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EU委員会からの新しいコミュニケーション「コモディティ市場と原材料に関する課題への対応」(“TACKLING THE CHALLENGES IN COMMODITY MARKETS AND ON RAW MATERIALS”)について
1. はじめに
2011年2月2日、EU委員会からEU議会に対して、原材料イニシアティブ(Raw Materials Initiative:RMI)に関する初めてのコミュニケーション「コモディティ市場及び原材料に関する課題への対応」(“TACKLING THE CHALLENGES IN COMMODITY MARKETS AND ON RAW MATERIALS”)が発表された。 |
2. コミュニケの概要とその特徴
(1)全体の構成
本コミュニケには、本文21ページに加え、先に発表されたEUにとってクリティカルな原材料14鉱種の生産の集中度、代替可能性、リサイクル比率を記した付属資料2ページが含まれている。
(参考)EU委員会発表コミュニケ
http://ec.europa.eu/enterprise/policies/raw-materials/index_en.htm
今回のコミュニケは、EU委員会、特にRMIを担当する企業総局が従来から検討してきた原材料問題への対応策だけでなく、石油・ガス、農産品など広く一次産品市場や金融市場に関する内容にも及んでおり全体の構成は、以下のようになっている。
<「コモディティ市場と原材料に関する課題への対応」の構成>
1. 序論
2. 世界のコモディティ市場の進展
2.1. 現物市場の進展(エネルギー、農業と食物供給、原材料)
2.2. コモディティ市場と関連金融市場との相互依存の進展
3. コモディティ市場の進展へのEUの政策対応
3.1. 現物市場
3.1.1. エネルギー(石油、電気、ガス)
3.1.2. 農業と食物供給の安全性
3.2. 金融市場規制
3.3. 現物市場と金融コモディティ市場との相互作用
4. EU原材料イニシアティブ
4.1. クリティカルな原材料の認定
4.2. 原材料のEU貿易戦略の実施
4.3. 開発推進基盤
4.4. 新たな研究、イノベーション及び技術
4.5. NATURA2000の実施ガイドライン(注)
4.6. 資源効率化の向上及びリサイクル状況の改善
5. 今後の原材料イニシアティブの取組み
5.1. クリティカルな原材料のモニタリング
5.2. 世界市場からの原材料の公正かつ持続的な供給(第1の柱)
5.2.1. 開発政策と原材料の持続的供給
5.2.2. 原材料貿易戦略の強化
5.3. EU域内での持続的供給の促進(第2の柱)
5.4. 資源効率化・リサイクル促進の加速化(第3の柱)
5.5. イノベーション(横断的課題)
6. 将来に向けて
(注)NATURA2000:EU域内の環境保護ゾーン
(2)コモディティ市場関連
コモディティ市場に関しては、コモディティ毎に市場の構造が全く異なることから、本コミュニケもコモディティ毎に構成されている。
しかし、共通しているのは、そのコモディティにおいても、商品デリバティブが存在するものが多く、長年、現物の生産や価格の不確実性のリスクを回避する機能を有してきたことである。もちろん、商品デリバティブは、純粋な金融投資的な側面を併せ持っており、近年のコモディティ価格の上昇は、新興国の急速な需要増だけでなく、デリバティブ市場に流入した投機資金による影響が大きい。しかし、金融市場と現物市場、デリバティブ市場とスポット価格などとの関係は、相関することは事実だが、どのように相関するか完全に解明することは非常に困難である。そして、本コミュニケとしては、商品デリバティブ市場と現物市場の双方における取引の透明性を向上させることが、投資家のためにも、適正価格を見定める上でも、非常に重要であると結論付けている。
原材料については、他のコモディティと異なり、アルミニウム、銅、鉛、ニッケル、錫、亜鉛等のようにLMEなどの商品取引市場が存在する場合とそうでない場合とでは、価格と市場との関係や、市場の透明性において大きな差があることを指摘している。主にEUにとってクリティカルな原材料14種のうち、先物市場等での取引実績があるのは、白金族やコバルトなどほんの一部だけである。
原材料、つまり金属や鉱物資源の市場は、一般的には需給バランスに基づく循環的なパターンにより価格が推移する。しかし、2002~2008年の間では、新興国を中心とした経済成長による需要増が世界市場を牽引し、前例のない高い価格水準にまで押し上げた。最近の傾向では、原材料の需要は新興国の経済と共に、鍵となる実用化技術の急速な普及により、牽引されるであろうと分析している。
また、本コミュニケでは、中国という国名こそ出していないが、原材料の輸出制限等により、国内産業に原材料を特権的に使用させるような政策について、世界市場を歪曲させ、コモディティ・フローの不確実性をもたらすものと問題視しており、更には、こうした輸入制限策が企業の備蓄や長期契約等を助長し、供給逼迫を悪化させると述べている。
(3)原材料イニシアティブ関連
(3-1)原材料イニシアティブの進捗状況評価
原材料については、これまでの進捗状況として、最初に、クリティカルな原材料14種の決定を挙げている。
(注)JOGMEC CT 2010年40号参照:
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/current/10_40.html
加えて、原材料に関連したEUの貿易政策について、韓国とのFTA交渉、ロシアのWTO加盟交渉等に見られたように、二国間、多国間の枠組みにおいて相手国が何らかの輸出制限措置を設けた場合の貿易規律を提案した。また、対話を通じて貿易障壁の除去に取組むこと及びその進展がない場合にはWTO提訴等の手段を講ずること、更には二国間及びOECDの枠組みを活用した原材料に関する取組みを実施していると述べている。
開発推進基盤については、EDF(EU開発ファシリティ)やEUアフリカインフラ基金によるプロジェクトを始め、EIB(欧州投資銀行)による鉱山融資、FP7(第7次研究開発計画)による地質調査を挙げている。
また、研究開発政策については、ProMineプロジェクト(衛星データによるEUの鉱物資源情報データベース等の作成)、新しい掘削技術開発、レアアース代替品の開発研究、ERA-NETを通じた加盟国の各種研究活動の調整プロジェクトへの資金提供、ERDF(欧州地域開発基金)による鉱物資源開発のための研究開発支援などを挙げている。
このほか、NATURA2000(EU域内の環境保護ゾーン)の実施ガイドラインによる高いレベルの自然保護と採取産業の競争力開発の両立などの施策も紹介されている。
さらに、資源効率向上・リサイクル促進については、廃棄物枠組指令の下、最終処分基準の作成作業(鉄、アルミニウム、銅、再生紙・再生ガラスの作業を先行)のほか、破棄物輸出規則による不法廃棄物輸出・投棄の防止、電気電子廃棄物規則(WEEE)改正案として目標(回収率85%)を掲げて、議会へ提案したと報告されている。
(3-2)今後の原材料イニシアティブ関連の取組
[1]クリティカル原材料のモニタリング
今後の取組としては、まず、クリティカル原材料のモニタリングとして、採取・リサイクル・ユーザー等関係産業とともにリサイクルに関する目標の策定を検討すると共に、備蓄の可能性について検討するとしている。また、EU委員会は、原材料政策に関するプライオリティを決めるためにも、クリティカルな原材料に関するリサイクル率、資源国の占有度などの事項をチェックし、少なくとも3年ごとにEUとしてのクリティカルな原材料のリストを見直すことを宣言している。
[2]世界市場からの原材料の公正かつ持続的な供給(RMIの第1の柱)
RMIの第1の柱である。国際市場における原材料アクセスの確保については、特にクリティカルな原材料14鉱種を中心に、戦略的パートナーシップや政策対話を通じて、EUとして「原材料外交」を積極的に進めることを宣言している。
資源開発と原材料の持続的供給としては、開発途上国、とりわけアフリカ諸国とは2010年11月のアフリカ・EUサミットにおいて合意した枠組みの下、[1]資源国政府のガバナンス強化、[2]投資環境整備、[3]地質調査での知識・技術の向上等を通じた関係・支援強化を行うことを述べている。具体的には、EITI(Extractive Industries Transparency Initiative:資源採取産業活性化イニシアティブ)(注)を通じた資金的・政治的支援、世界銀行、IMF及びアフリカ開発銀行とのベストプラクティスの共有、採取産業からの収入が紛争等に利用されるという紛争鉱物への対応のためのサプライチェーンにおける透明性の改善、さらには、欧州投資銀行(EIB)等を通じた資源国のインフラへの金融支援など、多岐に亘る支援・協力を掲げている。
(注)JOGMEC CT 2010年24号及び25号参照:
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/current/10_24.html
http://www.jogmec.go.jp/mric_web/current/10_25.html
貿易政策については、引き続き、二国間、多国間の枠組みにおいて、輸出制限措置を設けた場合の貿易規律を提案すると共に、対話を通じて貿易障壁の除去に取組むこと及びその進展がない場合にはWTO提訴等の手段を講ずること、更には二国間だけでなく、G20、UNCTAD、OECD等のマルチの枠組みを通じた原材料に関する取組みを強化すると共に、輸出制限をモニタリングするメカニズムの創設、非OECD諸国を巻き込んだ活動の促進などが実施を検討中という項目に挙がっている。また、この中では、資源国に対する一般特恵関税制度(GSP)の見直しも検討されているとの報道もされている。
[3]EU域内での持続的供給の促進(RMIの第2の柱)
RMIの第2の柱である。EU域内からの持続的供給体制の確立に向けた環境整備については、EU2020戦略に基づき、域内の投資活性化が重要である。そのため、EU委員会は、資源産業の域内で活動と関連規制とのベストプラクティスを探求する橋渡しを行うとしている。また、EU域内で安全に資源産業が生産活動を行うための環境整備として、持続可能な資源生産活動と他の政策とを調和した国家鉱物政策の構築、デジタル地質情報基盤、鉱床確認手法、長期鉱物資源需給推計等を含めた鉱物資源土地利用計画政策の策定、鉱物資源開発認可プロセスの透明化・簡素化等が必要となると述べている。また、各国地質調査所の連携による鉱物資源地質データベースの統一、EU原材料年鑑の策定等を進めることや、森林資源への対応も挙げられている。
[4]資源効率化・リサイクル促進の加速化(RMIの第3の柱)
RMIの第3の柱である。リサイクルや省資源化の推進による原材料消費の削減の加速化についても様々な施策が盛り込まれている。
まず、欧州委員会は、資源効率化に関するEU2020イニシアティブに基づき、2011年中にロードマップを作成すると言及している。また、いわゆる「都市鉱山」を活用するため、廃棄物の回収・処理に関するベストプラクティス構築など廃棄物抑制・リサイクル政策を2012年に見直すこと、EUにおける廃棄物検査基準を2011年中にも確認するなど、第三国への不法輸出防止策を講ずることなどが盛り込まれている。
[5]イノベーション(横断的課題)
イノベーションについては、採掘、製錬プロセス、環境デザイン、リサイクル、新物質、代替物質、資源効率性、土地利用計画など、あらゆるバリューチェーン全体で必要となる。そのため、EU2020イニシアティブの下の原材料イノベーション・パートナーシップを立ち上げることについて検討を行う予定である。
3. おわりに
EU委員会として、2008年11月に鉱物資源等の戦略としてRMI(Raw Materials Initiative:原材料イニシアティブ)を策定してから3年余りが経過し、コミュニケーションが発出された。当初予想されていたコミュニケは、RMIに特化したものだったが、最近のコモディティ価格の上昇、2011年開催予定のG20の影響を強く受け、EUの政策全体の中で原材料政策の位置づけが一層向上したように思われる。
もちろん、今回のコミュニケにおける原材料に関する記載事項は、概ね最近のEU委員会における政策の検討状況を反映するものではあるが、最近の中国のレアアース輸出枠削減などを受けて、資源国の輸出制限措置に関する対応が強化されたこと、検討とはいえ従来EU委員会事務局が否定してきた金属資源の備蓄に関する検討が盛り込まれたこと、項目の中には新たな方策や具体的な実施年次を含めたアクションプランが盛り込まれたことなど、一定の評価がなされる内容となっている。
とはいえ、今後、このコミュニケの実現を図るためには、EU及び各加盟国が実施する上での、課題が山積している。アフリカ諸国との協力強化のための会合、クリティカルな原材料の見直しなど、EU委員会が音頭を取り着実に実施すれば実現可能なものもあれば、リサイクルで最大の問題である回収率向上、第三国への不法輸出の問題、中国の輸出制限措置への対応等々出口が見えない項目も数多くあるように思う。
本コミュニケが発表された翌日(2月3日)のブラッセルの会議で、担当のCozigou企業総局長は、コミュニケを紹介する中で、地質データ基盤を作成するという極めて技術的な項目でさえも、「すべての加盟国に地質調査所があるわけでなく、また、同じデータや専門用語が使われている訳でもない。まずは同じ言語を話し始める必要がある。」と紹介していた。
原材料政策が非常に大きな政策に成長した今、EU特有の政策実施の難しさをどのように克服していくのか、今後とも注目していきたい。