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パナマ共和国における鉱業法改正を巡る混乱とCerro Colorado銅プロジェクトの凍結について
パナマ共和国では、基本的に現行鉱業法(注1)は1963年に制定されたもので、現在では常識になっている閉山対策等の環境問題に関する規定を欠いている。 (注1) 1973年、1988年等に手数料値上げ等の改正は実施されている。 (注2) 同プロジェクト等、パナマ共和国の鉱業の現状については、2011年1月6日付けカレント・トピックス(11-01号)を参照されたい。 |
1. 鉱業法改正を巡る混乱の概要
(1) 2011年1月13日、商工省が国会に鉱業法の改正案を提出した(詳細は5.(1)にて紹介)。
(2) その後、Cerro Colorado銅プロジェクトが所在する地域の先住民ノベ・ブグレ(Ngobe Bugle)族が度々主要国道であるインターアメリカハイウェーを封鎖したり、一度は国会を取り巻いたりといった抗議活動を繰り広げた(抗議活動の背景については、2.で紹介)。
(3) パナマ国会の第1読会(注3)の審議により、閉山対策、先住民問題のための規定等が追加された(詳細は5.(2)で紹介)。
(注3) パナマ国会では、第1読会、第2読会、第3読会(全議員参加)の3回の審議が行われ、大統領の署名(形式)を経て、法律が成立する。
(4) 2月14日、鉱業法改正案(第8号法)が成立する。抗議活動を行っているなかで強引に法案を成立させたことで、抗議活動が更に激化する。
同法の成立により鉱山開発に外国政府関連機関の参加を認めることが可能となったことから、Martinelli大統領が要望を受けていた李韓国大統領に法律が成立した旨を電話連絡したことも反対派からの批判の対象となった。
(5) 激化する抗議活動を受け、2月22日、Martinelli大統領は、政令第30号によって、同大統領の任期中(注4)である2014年6月まではCerro Colorado銅プロジェクトを凍結するとともに、先住民特別区での鉱山開発は行わない旨の公約を示した。また、先住民特別区の生活の改善に対し予算を充てることを発表した。
(注4) 憲法により大統領の任期は5年で再選禁止となっている。なお、同大統領は、民主変革党(CD)の代表であり、与党第2党のパナメリスタ党のバレーラ副大統領兼外務大臣を次期大統領にするとの約束で安定した政権を維持している。また、支持率も約70%と高い。
(6) 先住民グループの反対運動は収まりを見せず、同大統領は第8号法を廃止する旨約束し、国会の審議を経て、第8号法を廃止する旨を規定した第12号法が3月18日に成立した(注6)。
(注6) 鉱物資源総局によれば、これにより現在有効な法律は、1963年鉱業法であるとのことである。
2. 抗議活動の背景
鉱業法改正案の内容は、ロイヤルティ等各種料金の引上げ、監査料の導入及びそれを財源とした鉱物資源総局の機能強化、鉱山開発に外国政府関連機関の参加を認めること等を主たる内容とするものであるが、関係者の話では、反対の理由は法案の内容にあるわけではなく、先住民の政府に対する不信感にあったようである。ロスサントス州における住民一人当たりの政府の投資額が年間672 US$であるのに対し、先住民特別区では138~75 US$といった数字も出ているなど、先住民のなかには政府が自分たちの地域を差別しているといった不信感がそもそもあるとのことである。そうした中、スーパーマーケットチェーンの経営者でもあるMartinelli大統領は強引な政治手法を取ることで知られており、関係者に十分に意見を聞いたり、関係者に十分根回しをしなかったことが抗議活動が行われた背景としてあるようである。パナマ鉱業会議所によれば、鉱山開発に知識と経験を持つ同会議所への相談も一切無く、初め政府は鉱業法の改正はノベ・ブグレ族の地域に適用されるもので無いと説明し、公聴会にも呼ばなかった。しかしながら、同地域だけを対象とするものでは無いにしろ、同地域にも適用される内容であることが判り、先住民が政府に騙されたと思ったことが抗議活動の発端とのことである。
また、関係者によれば、環境保護団体や野党少数政党等が先住民に対し、鉱山開発を行うと環境が損なわれ、健康を害するといった情報を流したことも、抗議発動が激化した要因であるとのことである。
3. 商工省鉱物資源総局(Dirección Nacional de Recursos Minerales)Barrera局長からのヒアリングの概要
2011年2月に成立した鉱業法改正法は、廃止となった。従って、現在有効な鉱業法は1963年のものである。
先住民の鉱山開発に対する反対は想定以上に大きく、現大統領の任期中である2014年6月までは、大統領及びパナマ政府は再び鉱業法を改正しようとする意志は一切無い。金属鉱物資源以外の部分での改正はあり得るかもしれないが、金属鉱物資源に関しては改正の可能性は無い。また、同期間においては、先住民特別区での鉱山開発は行わず、Cerro Colorado銅プロジェクトはその間凍結する(注7)。
(注7) 現時点において政府としては対外的にこのように発言せざるを得ず、今後政府が鉱業法を再び改正すべく先住民と対話を進めるのではないかとの見方もある。
先住民の反対のバックには、環境保護団体等、元々開発に反対であるグループの動きが大きかったと考えている。国会も取り囲まれる等、反対の動きが大きすぎるので、大統領も新鉱業法を断念した。
なお、Mina de Cobre Panamá(旧Pataquilla)銅プロジェクト等の既に開始されたプロジェクトやMolejon金鉱山には影響は無い。
4. パナマ鉱業会議所(Cámara Minera de Panamá)Jaime Morales専務理事による今後の見通し
現在の政府は、静観しているしか無いであろう。政府は、国民に反対を受けるような法律改正はしないであろう。
しかし、鉱業会議所としては、Cerro Colorado銅プロジェクトや鉱業法の再改正の可能性はあると考えている。実際、ノベ・ブグレ族のリーダー格の人達のなかでは鉱山開発への賛成派が多数を占めている。鉱業会議所としては、これまでも鉱山開発に関する教育をしてきたが、今後も2011年9月(当初予定の3月から延期)に行われる予定の部族の代表を選ぶ選挙を通じ、鉱業への認識を変えていきたいと考えている。
Mina de Cobre Panamá(旧Pataquilla)銅プロジェクトやMolejon金山では地元が一体となって鉱山開発について検討し、道路、橋、学校等のインフラで地元に経済的な還元があることが認識されている。Cerro Colorado銅プロジェクトでも先住民と一緒になってF/Sを行うようにしたい。先住民の中の鉱山開発賛成派が声を上げれば、政府の対応も国民の意見も変わるであろう。なお、今回の混乱において、国民が世界的な銅の埋蔵量がパナマにあるという事実を知ったことは良いことであった。
鉱業会議所としては、先住民への働きかけを続け、現状を反転させるような活動をしていきたい。
5. 第12号法によって廃止になった鉱業法改正法(第8号法)の概要
(1) 2011年1月に商工省が国会に提出した鉱業法改正案の主要な改正点
商工省が国会に提出した鉱業法の改正案の主要な改正点は以下の3点である。
① |
地表税及びロイヤルティを2倍に引上げ(第3条、第4条、1963年法第210条、211条の改正) |
探鉱コンセッションに適用される地表税は表1、採掘コンセッションに適用される地表税、ロイヤルティは表2~4のようにそれぞれ2倍の引上げとなっている。 |
表1. 探鉱コンセッションに適用される面積(ha)当たりの地表税(第210条) |
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表2. 採掘コンセッションに適用される面積(ha)当たりの地表税及びロイヤルティ |
(第211条)(クラスⅡ(貴金属を除く金属鉱物(注9))の場合) |
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表3. 採掘コンセッションに適用される面積(ha)当たりの地表税及びロイヤルティ |
(第211条)(クラスⅢ(漂砂型貴金属鉱物(注11))の場合) |
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表4. 採掘コンセッションに適用される面積(ha)当たりの地表税及びロイヤルティ |
(第211条)(クラスⅡ(非漂砂型貴金属鉱物(注12))の場合) |
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② |
監査料の導入及びそれを財源とした鉱物資源総局の機能強化(第10条、1963年法に第294-A条を追加) |
以下のような概要の項目を新たに追加する。 |
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探鉱コンセッションについては、1年当たり2,500バルボア、採掘コンセッションについては、1年当たり5,000バルボアの監査料を支払う。 |
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鉱物資源総局は、それぞれの鉱業権について監査のための視察を一年に最低一度行う。 |
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このため、監査料の歳入は、鉱物資源総局の監査のための費用、職員の研修、技術調査に限って使用される。 |
③ |
鉱山開発に外国政府関連機関の参加を認めること(第1条、1963年法第4条第1項の改正) |
旧法では、外国政府、公的機関及び準公的機関の鉱業権の取得等を禁止していたが、以下のような場合に限り例外とした。 |
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・ 経済的又は財政的に参加する法人であること。 |
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・ 外交ルートによる申し立てを行うことを鉱業権契約書において放棄すること。 |
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・ 同契約書においてパナマ共和国の法規に従うことを明記すること。 |
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なお、この改正は、政府関係機関がMina de Cobre Panamá(旧Pataquilla)銅プロジェクトへの資本参加を検討している韓国政府及びシンガポール政府からの要望に基づくものであるとのことである。第8号法案が廃止されたことに関連し、鉱物資源総局Barrera局長は、政府関係機関が直接投資することが出来なくても、間接的に投資するなど方法はあるので心配していないと語っていた。 |
(2) 国会の審議における主な改正点
国会の審議の過程では、主として以下の13項目が改正又は追加となった。なお、鉱業会議所は④~⑩の項目について以前から鉱業法に追加するよう主張していたとのことである。また、鉱物資源総局は④~⑪の項目については、政令等で対応可能と考え法案に入れていなかったもので、第8号法が廃止されても影響は無いと説明していた。
① |
銅、鉛、亜鉛等の採掘コンセッションにおけるロイヤルティの引上げと先住民自治区におけるインフラ整備や社会保険基金への充当(第6条、1963年法第211条の改正) |
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表5のように銅鉱山等が該当するクラスⅡの場合のみ、採掘コンセッションに適用されるロイヤルティが商工省が国会に提出した法案の4%から5%へと引き上げになった。 |
表5. 採掘コンセッションに適用される面積(ha)当たりの地表税及びロイヤルティ |
(第211条)(クラスⅡ(貴金属を除く金属鉱物(注13))の場合) |
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また、以下のような規定が追加となっている。クラスⅡの銅、鉛、亜鉛等の鉱山の他、クラスⅢの砂金等も対象となる。 | |
ロイヤルティが5%以上である場合、当該鉱業権の対象地区の周辺にある先住民保護区(Comarca)におけるインフラ整備及び社会開発プログラムの構築のためにその2%分を充当し、障害・死亡等のリスクに係る資金繰りを強化するため社会保険基金に1%分を充当する。 |
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なお、鉱物資源総局Barrera局長によれば、この1%の引上げ及び社会保険基金への充当については、同国で社会保険基金の財源問題がある中での大統領のアイデアであるとのことであった。 |
② |
罰則の大幅な改定(第17条、1963年法に第318-A条を追加) |
鉱業法に違反した場合の罰金を従来の10~3,000バルボアから5,000~250,000バルボアへと大幅に引き上げる。 |
③ |
地元市町村等への利益の配分の増額(第26条、1988年第3号法20号の改正) |
1988年第3号法において、鉱物資源の探査・採掘が行われている市町村・自治区に対し、鉱業法により国が受領する利益の15%を配分するという規定が盛り込まれていたが、これに加え、35 km内にある隣接した市町村・自治区にも国が受領する利益の5%を新たに配分する。 |
④ 閉山計画(第27条、新規)
鉱山の探査及び採掘コンセッションを申請する者は、該当する環境影響評価報告書に鉱業活動の修了及び閉山の計画を盛り込まなければならない。
⑤ 環境規制への適合(第28条、新規)
探査及び採掘コンセッションを申請する者は、環境関連の法規、施行規則及び環境浄化のメカニズムに従うものとする。
⑥ 先住民自治区内での広報、自治区法規の遵守等(第29条、新規)
先住民自治区内で探査及び採掘を行う場合、国及び鉱業権者は、当該先住民が当該鉱業活動に対する各自の見解を述べることができるよう広報計画を立てなければならない。また、先住民の権利、持続的開発及び経済保護の原則の遵守を保証し、上記自治区が策定する法規に従って事業に関わるように努めなければならない。
⑦ 先住民への社会的影響を考慮した環境影響評価(第30条、新規)
先住民自治区内で鉱業活動を行う場合、環境影響評価報告書に影響を受ける住民の文化的特色を考慮の上、社会的影響を含めなければならない。同調査の結果は、先住民集落が30日以内にそれぞれの見解を提示できるよう、国から自治区連邦審議会(Consejo de Coordinación Comarcal)及び先住民集落に送付される。
⑧ 労働安全衛生(第31条、新規)
鉱業権者及び請負業者は、労働者の生命と健康を保護するために不可欠な措置を保証するとともに、安全と業務上のリスクを回避するための基本的条件を労働者に対し提供しなければならない。そのため、鉱業活動に特有な条件又は特性を配慮の上、労働法に定める安全衛生対策及び労働保護に関して規定される特別措置を取るものとする。
⑨ 環境被害の予防と修復(第32条、新規)
鉱山会社は、企業の社会的責任に配慮し、環境被害の予防と修復という社会的目的が達成できる計画、プログラム、プロジェクトを設計・開発し、これを実行しなければならない。
⑩ 環境庁への環境監査の実施の依頼(第33条、新規)
商工省は、1998年環境総合法第41号の規定に従い、操業中の鉱山会社及び閉山業務を行っている企業に対する視察及び環境監査の実施をいつでも環境庁に対し求めることができる。なお、この規定は、環境庁が上記監査を行うための権限を侵すものではない。
⑪ 環境庁による処分の際の鉱業権の停止等(第34条、新規)
環境庁が環境基準の違反に対する行政手続きにより暫定的又は確定的に鉱業権者の活動を停止させた場合、商工省は、当該鉱業権を停止又は取り消すものとする。
⑫ 閉山時に要した費用の支払い(第35条、新規)
義務の不履行又は罰則により鉱業権契約が取り消された場合、鉱業権者は、自らに課される罰金とは別に、閉山計画の作成及び行使のために国が費やした費用を支払うものとする。
⑬ 不法に採掘された鉱物を購入・輸送した場合の罰則(第36条、新規)
不法に採掘された金属鉱物又は非金属鉱物を購入又は輸送した者は、1,000バルボアから10,000バルボアの罰金及び採掘、輸送又は選鉱した鉱物の没収により処罰される。
おわりに
商工省鉱物資源総局Barrera局長は、Martinelli大統領の任期中の2014年6月までは鉱業法の改正及びCerro Colorado銅プロジェクトを凍結すると発言するとともに、現在有効な鉱業法は1963年法であること並びに鉱業法改正法(8号法)の廃止がMina de Cobre Panamá銅プロジェクト及びMolejon金山といった既に進められているプロジェクト等には影響しないと発言した。
一方、Barrera局長の発言には政府として現時点で対外的にこのように発言せざるを得ないからであり、今後政府が先住民との対話を進めるのではないかとの見方もある。また、鉱業会議所は、先住民のリーダー格の人達の中では鉱山開発賛成派が多数を占めており、9月に行われる先住民の代表を選ぶ選挙に向け、先住民の鉱業への見方を変えることで、流れを変えたいとのことであった。
JOGMECメキシコ事務所では、引き続き、パナマ共和国の鉱業法改正やCerro Colorado銅プロジェクト、Mina de Cobre Panamá銅プロジェクト等の状況をフォローしていきたい。