報告書&レポート
ICMMインタビュー:金属業界の持続可能な開発『天賦資源イニシアティブ』
『資源の呪い(Resource curse)』という用語が存在する。資源の呪いとは、天然資源に恵まれた国は、オランダ病(=資源歳入の増加に伴う為替相場の過大評価で自国通貨が高くなり、自国工業製品の輸出が困難になる)によって経済発展が遅れたり、資源価格の変動によって国家の歳入が大きく影響されたり、また、資源歳入の確保を狙った資源国の大胆な鉱業政策、暴利及び汚職等を招く傾向があることを示す*1。 ![]() 写真1. Kathryn McPhail女史 特に今日は、世界不況後にも金属価格が上昇する傾向から、鉱山国有化や権益没収、鉱業税の引き上げ等の資源ナショナリズムと言われる動きへの警戒が高まり、天然資源の持続的な開発環境を維持するためにも、『資源の呪い』の打開の必要に迫られている。 )の取材内容と、ICMMが公開する文献を参考にしながら、以下、本プログラムの概要及び進捗状況を報告する。 |
1. 天賦資源イニシアティブの始まり ~ 鉱業の恩恵を受ける秘訣とは? ~
「シンガポールの経済は、なぜインドネシアの経済よりも発展しているのか。『資源の呪い』が理由であるのならば、資源は地下に埋めておいた方が良い」とさえ思われるであろう。また、国際NGO団体では、鉱業による貧困削減や開発利益を否定する者もあり、世界銀行情報センター(PIC)やOxfam Internationalは、国際金融公社(IFC)が支援するペルー、ガーナ、グアテマラ、キルギスでの金鉱山開発を例に挙げながら、鉱山開発に伴う地域社会への負担の方が、彼等が受ける恩恵よりも大きいと指摘する*3。
他方、鉱業の恩恵を受けている資源国も存在する。そこで、金属産業界を代表するICMMは、資源国のいくつかについて分析を始めた。
ICMMは2004年5月、UNCTAD及び世銀グループの協力のもと、天賦資源イニシアティブ(Resource Endowment:REi)と称するプログラムを開始。本プログラムによって、天から賦与された資源(Endowed Resource)が、企業、政府、地域社会等の全利害関係者に利益を与える要因を見つけ出し、『資源の呪い』の回避、及び鉱業による貧困削減の促進を実現することを目指した。
2. 天賦資源イニシアティブのプログラム構成 ~ 3つの段階 ~
国際NGO団体、銀行、世銀、政府関係者、UNCTAD、企業、大学/研究機関、ICMM等の全利害関係者が参加するグローバル・ワークショップのもと、天賦資源イニシアティブは、以下の3段階で取り組まれることとなった。現在、本イニシアティブは第三段階に進んでおり、各段階で分析結果や活動内容を含む参考文献が公開されている。

(出典:ICMM公開資料’Resource Endowment Guide’ (2008年6月)*5、意訳)
図1.天賦資源イニシアティブの流れ
3. 第1段階:鉱業国33か国を分析 ~ 過半数が、パフォーマンスの良い国と判明 ~
先ず、鉱業国33か国を対象に、IFC、UNCTAD、UNDP等の統計データを用いて、経済パフォーマンス、社会パフォーマンスを分析した。その後、同33か国のガバナンス能力*4を調査した。
本調査の詳細は、ICMMが公開するAnalytical Framework等の関連文献*6に記載されているが、結論としては、鉱業国でも資源の呪いに囚われず、経済・社会のパフォーマンスが良い国はほぼ過半数の割合を占めていたことが確認された。
(1) 第1段階における調査基準
◆対象:鉱業国33か国 (※鉱業国の定義:1965年~2003年の間、鉱物・精鉱が国家の総輸出額の20%以上を占める国家) ◆分析指標: ①経済パフォーマンス(経済成長指標2つ) (i) GDP成長(1970~2002年)、(ii) Non-mineral tradable GDP成長(1980年~2002年) ②社会パフォーマンス(貧困緩和指標4つ) (iii) 幼児死亡数、(iv) UN Human Development Index(人間開発指数、HDI) (v) (国連ミレニアム開発目標の指標である)最低食事量が摂取できない人口 (vi) (国連ミレニアム開発目標の指標である)飲み水を利用できない地方の人口 ①、②の指標で、各国の地域社会群と所得層に分けて分析 ③ ガバナンス能力(世銀が提供するガバナンス指標6つ) (i) 国民の声(発言力)と説明責任、(ii) 政情不安定と暴力、(iii) 行政能力、 (iv) 規制による負担の規模、(v) 法の支配、(vi) 汚職の抑制 |
(2) 顕著な分析結果
● 表1では、鉱業国33か国の経済パフォーマンス及び社会パフォーマンス分析の結果を総合して、パフォーマンスの良い国と悪い国を示した。その結果、鉱業国でも、経済・社会パフォーマンスが比較的に良い国はほぼ過半数の割合を占めており、資源の呪いに悩まされていない国も存在することが確認された。さらに、いくつかの国家及び地方では、鉱業が長期的に社会・経済開発に貢献していることが確認された。
● 表2のとおり、必ずしも鉱業がガバナンス能力の悪化を招いているとは限らないと言える。
● 良いガバナンスと良い経済・社会パフォーマンスは相関関係にあるとは限らないと言える。例えば、ガーナは経済面・社会面においてパフォーマンスの良い国に含まれたが、ガバナンス能力はボリビア、フィリピンとあまり変わらない。
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4. 第2段階:4か国のケーススタディ ~ 成功の秘訣は、地方、国家、グローバルレベルの協力 ~
第1段階で示されたパフォーマンスの良い鉱業国から、南米2か国(チリ、ペルー)、及びアフリカ2か国(ガーナ、タンザニア)を選び出し、第1調査で発行された”Resource Endowment Toolkit’*7を基に、地方NGOとの協力で現地調査も行いながら、各国の成功要因や共通の課題等を分析した。さらに、ICMMは、今後、天賦資源からの利益を改善させるための手段をいくつか提案した。
本調査に関する詳細は、ICMMによるケーススタディの文献*8に記載されているが、結論としては、経済パフォーマンスの向上には外資を誘致する鉱業法の変革や外資法の規制緩和・安定化が大きく寄与している。また、社会パフォーマンスの向上には、チリの例のように、地方、国家、グローバルレベルの全利害関係者が、貧困削減に向けて協力することであると確認された。
(1) 各国に於けるケーススタディの概要*8
チリ |
◆特長:過去20年間のGDP成長。また、地域社会、地方、国家レベルの全体において、貧困層が40%(1990年)から20%(2002年)に減少した。特に、鉱業の盛んな第Ⅱ州は、貧困度が急減した。 ● 中央政府が、人材育成及びスキル訓練強化に対する投資政策を実施。例えば、Escondida銅鉱山ではBHP Billitonも本政策に協力してそれらの強化に取り組み、地元の雇用機会を増加させた。 ● 第Ⅱ州では、中央・地方政府及び鉱山投資企業が、鉱業部門の執行委員会を設置した。費用を分担し、地元の資材・サービス調達会社がISO9000、14000規格を取得するよう支援。地元のビジネス機会を増やした。 |
ペルー |
◆特長:1990年代に、治安の回復と経済の自由開放化。鉱業に於ける外国直接投資が著しく成長した。他方、地方レベルでの貧困度は低下していない。人口の過半数以上が貧困層にあり、約1/4の人口が1日1$未満の所得で生活している。 ● 人口17百万人のうち、7百万人以上が飲み水を利用できない。地方政府による明確な開発計画があれば、企業はもっと地方のインフラ開発等に協力できたと考えられる。 ● カノン税で、地方政府は地域開発費を積み立てることとなるが、財政の管理・執行能力が十分でないため、上手く利用できていない。 |
ガーナ |
◆特長:過去20年間のGDP成長。貧困度も低下。特に、Accra以外の112地区を比較しても、鉱業が盛んな4地区は貧困度の著しい低下を示した。 ● 新鉱業法が導入されて以来、GDPの成長を維持している(図2)。 ● Obuasi金鉱山の周辺で、雇用28,000~72,000人が創出された。 ◆課題: ● 鉱業で納付された税金が、地域社会の開発に上手く利用されていない。地方の行政管理能力が低く、鉱山周辺の学校建設、及び水供給システムが未だ不十分である。 ● Obuasiでは、零細・小規模採掘事業者(Artisanal and Small-scale Mining)の環境汚染、児童労働等の社会的問題等が存在する。 |
タンザニア |
◆特長:1998年以降、金の生産が拡大。年間平均GDP成長率(1996~2003年)は、1960年初頭以来の4.8%。現在、海外直接投資(FDI)の約75%が鉱業に寄与。なお、1990年後半に鉱業部門が拡大したばかりで、鉱業による貧困削減の成果を測れない。 ● 1990年中期のマクロ経済及び構造改革、そして1998年に新しい鉱業法が成立したことにより、鉱業分野の外資関連規制が緩和され、金の増産が見られた。 ● North Mara鉱山では、企業が地元の雇用創出及びビジネス展開に投資。また、いくつかの健康、教育、インフラ改善プロジェクトを支援した。 ◆課題: ● 大規模鉱山会社と零細・小規模採掘事業者との間で、土地利用権をめぐって係争が起きている。これは、1980年代に国家が占有する鉱山が開放されて以来、零細・小規模採掘業者による鉱業が急激に増え、1995年までにタンザニアの約550,000人が鉱業で所得を得ているためである。なお、小規模採掘業者にとって、深部の採掘は技術的に困難であることから、比較的短期のマインライフとなりやすい。 ● 教会グループ等の地元住民が鉱業を反対する姿勢*9。 ● 地方政府及び行政機関のガバナンスが弱い。 ● 1998年に制定された鉱業法では、鉱山会社を優遇しすぎているとの声があり、鉱業関連税及びロイヤルティの値上げが訴えられた。(※2010年11月に制定された新鉱業法では、数種の鉱物に対するロイヤルティの引き上げが見られた*10。) |

(出典:ICMM ‘An award winning essay’(2008年5月)*3)
図2. ガーナの一人当たりGDPの成長率(1950~2003年(1990年時点のUSドルでの購買力平価換算))
(2) ケーススタディ4か国で見られた主な成功要因:
● 良い経済政策、鉱業分野に於ける外資法や鉱業関連法規の緩和・安定化
● 政府が地域社会に於ける人材育成、雇用創出等の貧困削減方針を示し、企業や政府等の利害関係者が協力
(3) ケーススタディ4か国で見られた共通の課題:
● ホスト国による鉱業税制の妥当性と平等性
● 鉱業関連税及び鉱物ロイヤルティで納付された歳入の割当制度(中央政府・地方行政機関の財政管理に於ける透明性の欠如、不適切な地方開発費の割当及び利用)
● 土地利用や土地所有権をめぐる係争
● 環境課題及び懸念
● 大規模鉱山企業と零細・小規模採掘事業者の確執
● 閉山に伴う課題
(4) 全利害関係者に対する天賦資源からの利益を向上するための提案手段
貧困削減、歳入管理、地方開発計画、資機材の現地調達、社会投資、問題解決において、ビジネス、政府、市民社会間でパートナーシップを図るべきである。
具体的な提案例:
● 貧困削減策の実現に向けて、全利害関係者が責任を共有し、協力すべきである。
● 政府の汚職や財政管理の透明性を向上させるためにも、採取産業透明性イニシアティブ(EITI)*11を勧める。なお、ペルーでは、IFCがNational Mining Canon Programを実施し、地方レベルでも財政管理の透明性の向上を試みている。
● 地域社会、地方、国家レベル全ての行政改革、有効な財政当局の分散化を勧める。
● 地元雇用者のスキル訓練に関しては、インフラ設備開発よりも時間がかかるので、早目から準備した方が良い。例えば、世銀等の融資を利用する等の手段もある。
● 鉱山会社によるインフラ開発と、分野横断的にも政府による地域・地方開発計画が一部でも統合されれば、コスト削減が可能となる。地方開発庁の設置は、このハブの役割として効果的かもしれない。また、鉱山会社はプロジェクト管理の優れた能力があるので、政府は地方開発計画を共に行うことによって、その管理能力を利用できる機会を得る。

(出典:ICMM ‘An award winning essay’(2008年5月)*3)
図3. 有効なガバナンスの構成
5. 第3段階:パートナーシップを通じて学びながら実践 ~ パイロット・スタディと、税制調査 ~
第三段階では、鉱業分野に於ける分野横断的な地方のパートナーシップを通じて、第二段階でなされた提案の実践を促進するためにも、ペルー、ガーナ、タンザニアにて、ワークショップ会合や、マルチステークフォルダーによるパートナーシップのパイロット・スタディが実施された。
加えて、本イニシアティブのグローバルワークショップでは、金属価格上昇の影響で、鉱物関連税の値上げの傾向が注目され、ICMMは鉱業関連税の計画、及び適用に関する様々な課題を纏めた文献を作成し、公表することとなった*12。
(例)タンザニア:パイロット・スタディの進捗概要
● 本イニシアティブによって、ICMM/UNCTAD/世銀は、『Mining in Tanzania ? What future can we expect?』*13を作成し、大規模鉱山がもたらす今後の経済成長を予測した。
● 本イニシアティブに基づいて、産業界と政策決定機関が、タンザニアのケーススタディで取り上げられた課題等について議論するワークショップを設け、民間企業と政府から50人以上が参加した*14。
● ワークショップでは、タンザニアに於ける鉱山操業のコスト高が課題として挙げられた。コスト高により増産が妨げられるのであれば、鉱業省は電力開発等の面で、分野横断的且つ効率的なパートナーシップを形成すべきではないかとの意見があった。
● チリの成功を例に、タンザニア政府による貧困削減計画には、企業のパートナーシップを含めるべきとの提案があった。
6. 本イニシアティブの現状と今後 ~ アジアの国を導入 ~
ペルー、ガーナ、タンザニアでのパイロット・スタディは一旦完了しているが、現在、ペルーではさらなるワークショップが検討されており、タンザニアでは、世銀がICMMの本イニシアティブのツールキットを適用し、ワークショップを引き続き行っている。
さらに、本イニシアティブの初のアジア対象国として、ラオスのケーススタディへの導入がなされた。ラオスでは、ICMMの加盟企業であるMMG(中国Minmetalsの子会社)が参画しており、同国における新しい金・銅の産出が期待されているため、今後の本イニシアティブに基づいた企業及び政府のパートナーシップによる効果が期待されている。なお、ICMMによるラオスのケーススタディ報告書は、2011年6月に公開される予定となっている。
7. おわりに
ICMMのKathryn McPhail女史の貢献してきた天賦資源イニシアティブに関する論文*3は、2008年5月、IFC/Financial Times年次論文コンテストの”民間部門の開発:市場形成、生活改革”部門で90か国750件の論文の中から銅賞に選ばれている。
本イニシアティブでは、世銀、UNCTAD、UNDP等の分析データを利用しながら、過半数近くの国では、鉱業が経済成長及び社会開発に貢献することを論証し、また、『資源の呪い』を回避、貧困削減に貢献した過去の例を分析しながら、適切な対策を提案して、第三段階のマルチステークフォルダーのパートナーシップのもと、鉱業が全利害関係者にポジティブな効果を出すよう推し進めていた。
現在、金属価格上昇を背景に、鉱業国政府によるプロジェクトへの参入強化の動きやロイヤルティ引き上げ等の動きが見られ、鉱業投資に係る環境が一層厳しくなってきている本イニシアティブの取組みは、鉱物資源保有途上国が鉱業開発を契機とする持続可能な経済成長を実現させていく上で、一つの有意義な参考例であると考えられる。特に、鉱山会社、政府、NGO、地域住民等の利害関係者が対等な立場で同じテーブルに着き、パートナーシップ*15を築いてベストプラクティスを追求していく試みは本イニシアティブの真骨頂とも呼べるものであり、今後の成果が大いに期待されている。
参考資料:
*1 Natural Resource Abundance and Economic Growth, J Sachs and A Warner, NBER Working Paper No. W5398, Dec 1995
*2 http://www.jogmec.go.jp/mric_web/kogyojoho/2005-05/MRv35n1-09.pdf
*3 ICMM “An award winning essay” (May 2008) :www.icmm.com/document/269
*4 www.oecdtokyo.org/theme/corp-g/1999/19991210gavernace.html
*5 ICMM “‘Resource Endowment Guide” (June 2008) : www.icmm.com/document/312
*6 ICMM “Resource Endowment initiative – Phase 1”
www.icmm.com/page/5902/resource-endowment-initiative-phase-1
*7 ICMM “Resource Endowment Toolkit” (September 2008)
www.icmm.com/page/2915/resource-endowment-initiative-toolkit
*8 ICMM “Resource Endowment initiative ? Phase 2”
www.icmm.com/page/5968/our-work/projects/articles/resource-endowment-initiative-phase-2
*9 http://markcurtis.files.wordpress.com/2008/10/goldenopportunity2nded.pdf
*10 http://www.jogmec.go.jp/mric_web/koenkai/101224/briefing_101224_2.pdf
*11 http://www.jogmec.go.jp/mric_web/current/10_24.html
*12 ICMM “Minerals Taxation Regimes” (February 2009)
http://www.icmm.com/page/12880/
*13 ICMM “Mining in Tanzania: What future can we expect?” (October 2009)
www.icmm.com/document/702
*14 http://www.icmm.com/page/15957/spotlight-series-14-tanzania-building-bridges-on-mining-policy
*15 ICMM “Mapping in-country partnership” (February 2010)
www.icmm.com/document/783
