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報告書&レポート

2011年6月16日 バンクーバー事務所 片山弘行
2011年25号

長期化したVoisey’s Bay鉱山労働争議問題

 労働協約の更改に端を発し2009年8月1日に始まったVoisey’s Bay鉱山の組合加盟労働者によるストライキは予想以上に長期化、同鉱山が位置するニューファンドランド‐ラブラドル州政府も調停に乗り出すもののなかなか妥結には至らず、2010年10月には調査委員会を設置、問題点の調査に乗り出すとともに、双方への働きかけを行った。この調査委員会による働きかけが功を奏して、2011年1月31日にようやく労使間で労働協約が締結され、1年6か月にも及んだストライキが終結した。
 カナダでも注目を浴びた本労働争議については、調査委員会が問題の解決を意図した調査レポートを作成しており、2011年5月11日にその調査レポートの最終版が公開された。
 本稿では、この調査レポートに基づきVoisey’s Bay鉱山ストライキ問題の経緯を概観し、長期化した原因とその影響を探ることとしたい。

1. Voisey’s Bay鉱床の発見から開発まで

 今回の長期化した労働争議の背景には、Voisey’s Bay鉱山特有の問題が内在しており、その問題の所在を明らかにするために、発見から操業に至る同鉱山の歴史を振り返ってみたい。

1-1. 鉱床発見、Incoの所有へ
 Voisey’s Bay鉱床は、カナダ東部ニューファンドランド・ラブラドル州のラブラドル地域に位置する(図1)。
 Voisey’s Bay鉱床は、1993年9月にDiamond Fields Resources Inc.から調査を請け負ったArchean Inc.の地質技師Albert ChislettとChristopher L. Verbiski の二人によってその露頭が偶然発見された。鉱床の発見を受けてDiamond Fields社は1995年4月にVoisey’s Bay Nickel Companyを設立、1996年8月にはIncoがFalconbridgeとの争奪戦の末、Diamond Fields社を43億C$にて買収、Voisey’s Bay鉱床はIncoの所有となった(カレント・トピックス02-18号)。

1-2. 先住民による政府に対する土地所有権請求
 本地域は、沖合で漁を営む先住民であるInuitと内地で狩猟を営む先住民であるInnu が平和的に共存し、漁業資源等を共同で利用していた地域であった。他の先住民族と同様に、政府に対する土地所有権請求が盛んになってくると、双方が政府に対してこれらの土地や資源の権利を主張していたが、Voisey’s Bay鉱床の開発が視野に入ってくると交渉は本格化した。Inuitはいち早く政府との最終的な契約である「Labrador Inuit Land Claims Agreement」を2004年に締結し、Inuitを代表する組織であったLabrador Inuit Association (LIA)はラブラドル地域北部の15,800 km2の土地(Labrador Inuit Land)の所有権を得るとともに(図1)、当該地域の自治を執り行うNunatsiavut自治政府となった。
 一方で、Innuは1996年3月に政府と第一段階の契約であるFrame Agreementを締結したが、次段階であるAgreement-in-Principleや最終契約の締結には至っておらず、現在もなお政府と交渉中である。

図1. Voisey’s Bay鉱山の位置とNunatsiavut自治政府所有のLabrador Inuit Land(赤)

図1. Voisey’s Bay鉱山の位置とNunatsiavut自治政府所有のLabrador Inuit Land(赤)

1-3. 開発に向けた政府及び先住民との交渉
 Voisey’s Bay鉱床を手中に収めたIncoは、開発に向け1996年9月に環境許認可プロセスを開始した。一方で、連邦政府、州政府、Inuitを代表するLIA、Innuを代表するInnu Nationは、Voisey’s Bay鉱床の開発により引き起こされる環境への影響を評価することを目的に1997年1月に「Memorandum of Understanding On Environmental Assessment of the Proposed Voisey’s Bay Mining Development」を締結、環境評価パネルを組織し、環境影響評価を実施した。
 州内に産業を呼び込みたい州政府は、Incoに対して、Voisey’s Bay鉱床の開発に際してニッケル精錬プラントを約1,100 km離れたニューファンドランド島のArgentiaに作るよう強く要請、一方、SudburyやThompsonの製錬所で鉱石を処理したいIncoは、この要請を経済的に見合わないと拒否、双方の交渉は1年ほど暗礁に乗り上げていた。最終的には、操業後2011年まで(のち2013年2月までに変更)はSudburyやThompsonで鉱石を処理するものの、その間Argentia(のちLong Harbourに変更)で試験プラントを設置して実証試験を行ったのち、Voisey’s Bayの鉱石を処理する商業精錬プラントを設置することとなり、2002年9月30日に州政府とIncoが「Development Agreement」及び「Voisey’s Bay Industrial and Employment Benefits Agreement」を締結した。
 州政府との交渉と並行して、Incoは先住民と交渉し、2002年6月にLIAとInnu Nationそれぞれと「Impacts and Benefits Agreement」を締結し、当該地域を土地請求から除外する代償として先住民に利益の還元や雇用を約束した。特に雇用については、先住民を優先的に雇用し、全体雇用の最低25%、可能であれば50%をLIAもしくはInnu Nationから雇用することとしている。

1-4. 操業の開始とValeによるInco買収
 Voisey’s Bayは2003年6月中旬に開発に向けて建設を開始し、2005年9月に初めて精鉱を生産、正式に操業開始となり、同年11月には初めてSudburyに向け鉱石が出荷された。
 一方で、2006年5月に始まったPhelps Dodge、Teck、ValeによるInco買収合戦は、Valeによる194億C$での買収で幕を閉じた(カレント・トピックス06-49号、06-64号)。外資によるカナダ企業の買収に対してカナダ投資委員会は、本買収がカナダの国益に結びつくとして2006年10月19日に承認、これに伴いVoisey’s Bay鉱山もValeの所有となった。

2. 労働協約更改交渉の経緯

2-1. Vale側当初提案と組合側の反発(2009年2月)
 2006年9月26日に締結・発効した当時のIncoと鉄鋼労働組合(United Steel, Paper and Forestry, Rubber, Manufacturing, Energy, Allied Industrial and Service Workers International Union (United Steelworkers))(以下、USW)第9508支部との労働協約が2009年2月末で期限を迎えることから、Valeは2009年2月12~13日に労働組合と会合を開き、新たな労働協約案を提示した。この労働協約案は、2008年の金融危機の影響を強く受けたもので、コスト削減、経営効率化を意図し、以下のような内容であったとされる。

● 基本給の据え置き。ただし四半期ごとのCOLA1は考慮

● 確定拠出型を中心とする年金プラン

● ボーナス上限を年収の20%

● 外注に関してValeとUSWによる合同委員会を設置、外注の是非について委員会で決定

● 労働協約の有効期限を2012年1月31日までとする


1 COLA: cost of living allowanceの略であり、生活費手当てを意味する。消費者物価指数(consumer price index)等に連動して、年1回の基本給の改定では調整できないインフレによる生活費上昇分を調整することを目的に基本給とは別に支払われる手当。

 当初提案では、四半期ごとに計算される生活費手当であるCOLAは従来通り支給されるとしながらも、通常毎年COLA調整分が基本給に組み入れられるところ、基本給は労働協約期間中据え置きとなり、COLAが組み入れられないものであった。これは基本給をベースとして計算されるボーナスや年金に影響を及ぼすものであり、年収の20%という上限を設けられたボーナスとともに組合側からの反発は大きかった。
 年金プランについては、Voisey’s Bay鉱山の以前からの従業員に対しては、従来通りの確定給付型年金も選択できるとするも、新規に雇用される従業員には確定拠出型年金のみとし、運用リスクを個人に負わせようとしたことから同様に強い反発を受けた(なお、金融危機直前に労働協約更改の交渉をしていたThompson鉱山のUSW第6166支部加盟労働者とは、従来通りの確定給付型年金を支給するとの内容で2008年9月16日に労働協約を締結している)。

2-2. 断続的な協議とストへの突入(2009年5月~8月)
 2009年5月初旬、USWは労働協約の詳細な交渉に入る前に調停委員会の設置を要求したが、州政府はその代わりに調停員を派遣、双方の交渉を支援したが、合意を得ることはできなかった。双方進展が得られぬ間に、SudburyとPort ColbourneのUSW第6500支部加盟の労働者が2009年7月13日にストライキを開始、これに呼応してVoisey’s Bay鉱山のUSW第9508支部加盟労働者も8月1日からストライキに入った。

2-3. 平行して行われた法廷闘争(2009年9月~2010年12月)
 開始当時ストライキに参加していなかった下請企業のUSW加盟従業員に対してUSWがストライキへの参加を扇動、これらの労働者もストライキに参加したとして、このストライキが違法、かつValeに対して損害をもたらしたとの理由で、ValeはUSW及び交渉代表者 Boyd Bussey氏、USW第9508支部及び支部長Darren Cove氏らを相手取って2009年9月22日に州最高裁判所に提訴した。USWは、本件は最高裁判所の管轄ではなく労働関係委員会の管轄であり、Valeは州労働関係法第18.1条の規定に従うべきと反訴したが、2010年7月9日、州最高裁判所は管轄権の問題についてはValeの訴えを認める判決を下した。USWは上告したが、上告審でも管轄権の問題はVale側の訴えが認められた(2010年12月21日)。
 またValeは平行して2009年11月23日、誠実な交渉を行わないとしてUSW側を相手取って州労働関係委員会に提訴した。一方でUSW側は、USWの代表者が現場入りすることをValeに拒否されたとして、2010年4月5日に州労働関係委員会に提訴した。この訴えに対し、州労働関係委員会は8月30日に組合側の訴えを認める裁定を下した。

2-4. Valeによる修正案の提示(2010年1月)
 2010年1月22~24日に二人の調停員の助力により、ようやく次の交渉の場が設けられ、この場においてValeは修正案を提示した。修正案においてValeは以下の点を再提案した。

● 確定拠出型年金のVale負担分を6%から8%に積み増し

● 10%のサイトプレミアム(現場手当)

● 復職手当として合計4,000 C$

● 労働協約の有効期限を2012年9月30日までとする

 本提案に対しても組合側は、基本給の据え置き、ボーナスプラン、有効期間に対してなんら改善が見られないとして拒否し、交渉は行き詰まりとなった。

2-5. 交渉の継続と新たな条件の提示(2010年3月~7月)
 2010年5月15~16日も再度協議の場が設けられたが、進展のないまま散会、5月25~26日も調停員の助力の下、協議を持つも特段の進展は得られなかった。6月19~20日の協議ではValeの提案に対してUSW側が回答を行ったものの、同様に進展はなかった。Sudburyのストライキが収束し、Voisey’s Bayでも収束が期待されていたが、7月20日、Valeは交渉の席で新しいボーナスシステムを提案、USW側から強い反発を受けた。従来のボーナスシステムは、通称ニッケルボーナス2と呼ばれるニッケル価格に連動するボーナスと企業の業績指標に応じたボーナスの2本立てシステムであり、Sudburyでの労働協約でも継承されたものであったが、新たなボーナスシステムはこのニッケルボーナスとは異なるもので、Valeの業績に応じた指標と生産効率や製品品質に応じた指標から求める新たな算定方式に基づくものであった。

2-6. 調査委員会の設置と交渉の継続(2010年9月~2011年1月)
 2010年9月16日に州政府は調停者を任命、9月15日~10月3日まで交渉が続けられ、10月3日にValeは調停覚書案を提示した。調停覚書案では、合意点及び争点を列挙しており、争点に対する提案として以下を示している。

● 1年ごとの基本給(時間給)のベースアップ(時間給を20~25¢昇給)

● 1年ごとにCOLA分を基本給へ組み入れ

● 前労働協約失効時からのCOLA分(62¢/時間)を新たな労働協約締結時に基本給へ組み入れ

● ニッケルボーナスに代わる新たなボーナスシステム(2010年7月提案)

● ボーナス上限を年収の25%にする

● 労働組合活動参加のための現場からの離脱を認める

● 2013年9月30日までの有効期間

 組合側は、ボーナスシステム及び有効期間について拒否し、合意は形成されなかった。10月22~23日にかけて、州首相の呼びかけに応じて双方交渉を持つも妥結に至らず、10月22日でもって州政府は州労働関係法第140条の規定に基づき調査委員会を設置、2カ月以内に問題解決を意図した調査レポートを作成するよう命じた。
 以降、断続的に交渉が継続されるものの、特段の進展は得られなかった。


2 ニッケルボーナス: 四半期決算報告書で示される四半期毎のニッケル平均価格に基づき算出されるボーナス。ニッケル価格が一定水準以下の場合はボーナスが支給されないが、一定水準を超える場合はニッケル価格に応じてボーナスも増える。

2-7. 労働協約の締結によるストライキの終結(2011年1月31日)
 2011年1月22日、Voisey’s Bay鉱山の選鉱設備において排水の漏水事故が発生(ニュース・フラッシュNo.5(2011年2月2日号)。この漏水事故は発生から発見までに8時間ほど要したと報告されており、この発見の遅れの原因の一つとして、不慣れな代替労働者にあるとUSW側は主張している。この点についてValeからは肯定も否定もされていない。しかし、この事故が直接の原因か定かではないが、事故直後にValeからUSWに対して交渉の申し入れがあったとされている。
 この場でValeはUSWの主張していた有効期間5年に対して譲歩し、争点は解消した。2011年1月31日に実施されたUSW第9508支部加盟労働者全員による投票の結果、88%の賛成でもって労働協約案は承認され、翌2月1日からストライキは解消となった。
 最終的な労働協約の内容は以下の通り。

● 合計4,000 C$の復職手当

● 労働協約期間全体で1.00 C$/時間の昇給及びCOLAの支給(前労働協約失効時から起算したCOLA分62¢を含む)

● 10%の現場手当

● Vale負担8%の確定拠出型年金

● 上限を年収の25%とする新たなボーナスプラン

● Family Dayを新たに有給の祝日とする

● 外注に関する新たな条文の追加

● 2016年1月末までの有効期間

3. ストライキを長引かせた要因

3-1. 代替労働者による操業の継続
 Voisey’s Bay鉱山では、2010年1月末頃から代替労働者による操業が再開されていた。これによりValeに対する経済的な影響は軽減されていた(図2)。このストライキ期間中の代替労働者による操業の継続はSudbury鉱山でも行われたが、これはInco時代も含めて初めてのことであり、このことが労働者側のValeに対する不信感を高めた一因となっている。
 企業側がストライキ期間中に代替労働者を確保して操業を継続することは、ニューファンドランド‐ラブラドル州の労働関係法(Labour Relations Act)において許容されている行為であるが、これは労働組合のバーゲニングパワーを減じるものとして国際労働機関が提唱する国際基準とは相容れない。しかし、これはラブラドルのみならず北米で一般的に許容されているものであり、しばしば労働組合を支持母体に持つ政党や議員から代替労働者の雇用を禁ずる法案が提出されるものの、いまだ成立に至っている所は少ない。カナダでは、2011年5月時点ではケベック州及びBC州においてのみ代替労働者の雇用を禁ずる法律が存在しており、連邦やオンタリオ州では同様の法案が最近否決されている。

図2. Sudbury鉱山, Voisey’s Bay鉱山のニッケル生産量,及びValeの収益の変遷

図2. Sudbury鉱山, Voisey’s Bay鉱山のニッケル生産量,及びValeの収益の変遷

(出典: Quarterly Earnings Release, Production Report; Vale)

3-2. 遠隔地での操業
 Voisey’s Bay鉱山は遠隔地での操業であったがゆえに、Vale側にとって代替労働者の雇用も容易ではなく、一方でUSW側にとっても代替労働者の現場入りを阻止するような道路封鎖等の効果的なピケットが張れず、容易に代替労働者等が操業現場にアクセスできていたとされる。また、コミュニティーが付近に存在しないため、代替労働者の雇用やピケット越えというストライキ破りの行動に対する反発や製品の不買運動といったコミュニティーからの非難・圧力も起こらなかった。これは、Sudbury地域からの労働者が多数を占めるSudbury鉱山とのもっとも顕著な相違点であり、地元新聞による報道が連日なされ、地域コミュニティーの関心も高かったSudbury鉱山とは対照的である。
 本鉱山はfly-in/fly-outの操業形態であるため、通常の操業時には、全労働者の半分は現場から離れており、現場にいる労働者も交代性により半分は作業に従事していることから、組合の会合では最大でも全労働者のうち25%までしか一度に集まれない。また、ストライキ期間中は、各所から集まってきていた労働者が離散する。したがって、労働協約更改等の重要議案について、労働者間の十分なコミュニケーションを図ることに時間を要したこともストライキ長期化の原因の一つと考えられている。

3-3. 他の労働組合との連携
 伝統的に労働組合の強いSudbury鉱山やThompson鉱山労働者(表1)との共闘が長期化の一因であったことは衆目の一致するところであろう。ストライキ期間中には、他組合と共闘した国際的な「反Valeキャンペーン」を張ることで、Valeに対する圧力もかけていた。
 組合側が5年の有効期間にこだわった理由として雇用の安定があるが、有効期間を5年とすることで、Voisey’s Bay鉱山とSudbury鉱山での労働協約の更改時期が近くなり、組合側のバーゲニングパワーが高まることを期待していた点もある。また、Voisey’s Bay鉱山におけるストライキには約130人が参加していたが、この規模であったが故に国際的な労働組合連合からの財政的支援が可能であり、長期にわたるストライキが可能であったとも言われている。
 ニューファンドランド‐ラブラドル州はカナダでも労働組合の組織率が比較的高い州であり(図3)、組合活動が盛んな州であったことも遠因と考えられる。

表1. Inco/Vale操業鉱山における過去のストライキ期間
Sudbury Thompson Voisey’s Bay
期間 期間 期間
1966 24日 1964 4週 2006 9週
1969 128日 1981 13週 2009 18カ月
1975 10日 1986 2週
1978 261日 1996 12週
1982 32日
1997 26日
2003 89日
2007 1日
2009 257日

図3. カナダ各州の2010年組合組織率(出典: Unionization 2010, Statistics Canada)

図3. カナダ各州の2010年組合組織率(出典: Unionization 2010, Statistics Canada)

3-4. 先住民
 先住民との間で締結されているImpacts and Benefits Agreementの影響を受けて、労働協約においても先住民を優先的に雇用・昇進させることが定められている。しかしながら、雇用されている先住民の多くは、賃金の低い労働に据え置かれているとの認識が強く、雇用者側に対して不満を抱いていたのは事実のようである。一方で、労働協約交渉というものに不慣れな先住民も多く、組合側がこれら先住民に対して、組合加入に伴う潜在的な影響を十分に説明していなかったものと考えられ、先住民の中には労働組合に対しても失望を抱いたものも多かったようである。

3-5. ニューファンドランド‐ラブラドル州の雇用情勢及び労働関係法
 ストライキ期間である2009年~2010年は同州の雇用情勢が良好で、特に手に職を有する鉱山労働者は、州内各所の建設現場等で働くことが可能であった。他所で働く労働者には組合からの賃金補償が支給されず、その分を他所で働けないストライキ参加労働者に割り増しで支給することが可能となり、これによりストライキによる労働者側の経済的損失は軽減されていた。
 EU諸国やカナダでもブリティッシュ・コロンビア州の労働関係法等においては、労働者と管理者側とで構成される現場協議会を設けるよう労働協約に盛り込むことを定めている。この現場協議会は、現場での問題を解決し、お互いの理解を深め、共通の利害を促進させるために設けるものとされ、お互いのコミュニケーションを改善するのに有効とされている。ニューファンドランド‐ラブラドル州の労働関係法ではこのような条項は存在せず、今回の調査委員会のレポートでは、同州の労働関係法への本条項の導入を提言している。

3-6. 加企業Incoから伯企業Valeへの変化
 ValeによるInco買収の際に、カナダ投資法に基づいて連邦政府による審査が行われた。カナダの国益にかなうかどうかが審査基準であり、ValeによるInco買収が承認されたということは、カナダの国益になると判断されたからである。しかしながら、Valeが「カナダの国益」として具体的に何をするのか明確でない点が問題であると提起されている。また、連邦政府には労働関係法に関する権限は一部地域を除いて存在せず、州政府の管轄となるため、カナダ投資法に基づく連邦政府の審査では、雇用確保というカナダの国益は考慮されるものの、労働関係法の観点からの審査は必ずしも必要とされていないことも指摘されている。
 Valeの収益の大半は鉄鉱石事業から得ており、ValeにとってVoisey’s Bay鉱山やSudbury鉱山等のニッケル鉱山からの収益減は、それほど大きなダメージとはならなかった。

3-7. 2008年の金融危機の影響
 組合側が5年の労働協約にこだわった最大の理由としては、2008年の金融危機の際にVale経営側によってなされた人員整理に懸念を抱き、雇用の安定を志向したことは想像に難くない。一方で、Valeとしてもコスト削減、経営効率化を志向し、Incoと組合側との交渉の産物であったニッケルボーナスの廃止や確定拠出型年金の導入といった、従来とは異なる雇用条件の導入に踏み切らざるを得なかった。

4. まとめ

 今回の労働協約の更改は、Valeにとってやや厳しいものとなったと言える。その背景には、やはり「カナダの国益に合致する」として承認されたInco買収が影を落としていることは否めない。一方で、労働者側も完全勝利とは言いがたく、ニッケルボーナス廃止や確定拠出型年金制度などでは譲歩を余儀なくされている。
 今回、双方ともにストライキや法廷闘争などあらゆる手段を講じて交渉を進めていたが、様々な要因やお互いの交渉戦略の不一致が、本労働争議を長期化させた要因であろう。
 SudburyやVoisey’s Bayでの労働争議以降、外資によるカナダ企業買収審査の際の「カナダの国益」について、何が本当の「カナダの国益」となるか政治レベルで議論が巻き起こっており、特に買収審査の際の透明性を高めるよう求める声が大きくなっている。事実、第40回連邦議会第2会期及び第3会期では審査に際して情報公開を強化する法案C-488が、同第3会期では審査委員会を組織する法案C-551及びC-648が、それぞれ上程された(2011年3月の下院解散により審議未了、廃案)。また、2011年5月に行われた連邦下院議会の総選挙においても、外資によるカナダ企業買収審査の透明性確保が争点の一つとなっていた。
 このように今回の労働争議は、長期に及んだストライキというだけでなく、一般にカナダ外資法や労働関係法の改定論議を呼び起こすなど多方面に影響を及ぼし、今後にも多大な影響を残した争議であったといえる。

参考
 カレント・トピックス02-18号 カナダ・Voisey’s Bayニッケルプロジェクト
 カレント・トピックス06-49号 白熱するカナダ・ニッケル大手を巡るM&A
 カレント・トピックス06-64号 白熱するカナダ・ニッケル大手を巡るM&A(その2)Falconbridge社の帰趨とInco社の行方
 Report of the Industrial Inquiry Commission, Final Report, Labour Relations Agency, Newfoundland and Labrador, May 11, 2011
 Report of the Industrial Inquiry Commission, Report No. 1, Labour Relations Agency, Newfoundland and Labrador, December 23, 2010
 Sustainability assessment and conflict resolution: Reaching agreement to proceed with the Voisey’s Bay nickel mine, Gibson, R. B., Journal of Cleaner Production, 2006, pp.334-348
 Unionization 2010, Statistics Canada, October 2010

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