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報告書&レポート

2011年6月30日 バンクーバー事務所 片山弘行報告
2011年29号

レアアース関連技術者育成に向けた米国の取り組み‐コロラド鉱山大学の例‐

 昨今のレアアース供給問題は、日本だけでなく米国においても、中国一国への過度な依存という脆弱な供給構造を改めて浮き彫りにしただけでなく、製錬分離工程や磁石等の最終製品製造工程に至るまでの一連のサプライチェーンにおいてあらゆる問題を露呈させた。なかでもレアアース関連技術者不足については、最も深刻に受け止められているところである。
 かかる認識の下、米国では議会が特に国防の観点から、レアアースを始めとする複数元素をクリティカル元素とし、特にレアアースについては2010年から関連法案が複数上程されるなど、技術者の育成を含めた様々な対策を講じようと検討しているところである。
 一方民間ではMolycorp社などが中心となって、レアアース関連技術、特に製錬分離技術に関する技術者の育成に力を入れ始めており、これら企業の支援を受けて、現在、コロラド鉱山大学ではレアアースを中心とするレアメタル製錬工学のクラスを開講するなど、精力的に技術者の育成を図っているところである。
 今般、バンクーバー事務所では、コロラド鉱山大学において本クラスを主宰しているTaylor教授に取材する機会を得、同教授にレアアース関連技術者の育成について取材したので、米国における問題意識と共に、ここに紹介する。

1. 米国産業界及び政府の問題意識

1-1. 産業界
 アイオワ州立大学Ames研究所のGschneidner博士がレアアース産業技術協会(Rare Earth Industry and Technology Association, REITA)に寄せた論文によると、米国がレアアース関連業界で先導的な役割を果たしていた時代、鉱山から製品供給までの一連のサプライチェーンにおける技術者・労働者(学位の有無にかかわらず)は25,000人を数えていたところ、現在は1,500人程度であるとしている。事実、1980年代後半から90年代初めにかけては、米国内で1企業がレアアース鉱石及び酸化物を、5企業がサマリウム‐コバルト磁石を、5企業がネオジム磁石を生産・製造していたが、現在は、Mt. Pass鉱山が生産再開に向け動き出してはいるが、わずか2企業(Electron Energy Corp.及びArnold Magnetic Technologies)がサマリウム‐コバルト磁石を製造しているのみである(2011年3月現在)。
 また、カーネギーメロン大学のFifarek氏らは、研究開発拠点を海外に移転することによる長期的な影響について、レアアース産業を例に考察しており(Fifarek, et al., 2008)、その研究によると、米国のレアアース関連産業の生産拠点が海外シフトし始めた1990年代初頭から、米国特許庁に対する米国企業/組織によるレアアース関連技術の特許申請数が減少に転じ、対して外国企業/組織による特許申請数が大幅に伸びてきたことが示されている(図1)。
 このような米国国内レアアース技術の空洞化、それに伴い中枢技術にレアアースが使用されている国防分野を中国の供給に依存することについて業界の懸念は大きい。全米磁石材料協会(United States Magnetic Material Association, USMMA)やREITA等の業界団体は、一刻も早い政府の支援を訴え、その一つとして政府奨学金による研究者の早期育成及びレアアース関連技術の早期キャッチアップを唱えている。

図1. 米国企業(黒)と外国企業(赤)によるレアアース及び白金族元素に関する特許申請数の推移
図1. 米国企業(黒)と外国企業(赤)によるレアアース及び白金族元素に関する特許申請数の推移

(出典:Fifarek et al.,2008)

1-2. 米国政府
 米国政府でも、かねてから先端国防技術で必要となるレアアースを始めとするレアメタル確保について検討を行っており、その中でレアアース関連技術者不足が一つの課題として挙げられている。
 米国議会調査局(Congressional Research Service)による2011年3月31日付けレポート「Rare Earth Elements in National Defense: Background, Oversight Issues, and Options for Congress」によれば、米国は世界のレアアース生産量の約5%を国防目的に利用しており、レアアース供給の脆弱性は米国の国防戦略に重大な影響を及ぼすと述べている。本レポートでは、レアアース問題の一つとして、レアアース応用分野における米国の大学の研究活動の欠如を挙げており、その対策として政府機関等がレアアース応用分野を専攻する学生や技術者を育成するためのカリキュラムに財政的支援を実施する必要性を唱えている。
 米国議会では、レアアース問題を受けて2010年からレアアース関連法案が複数上程されていたが、第111議会では以下の2法案のみがレアアースに関する条項を含む法案として成立した。

● National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2010 (P.L. 111-84)

● Ike Skelton National Defense Authorization Act for Fiscal Year 2011 (P.L. 111-383)

 このうちP.L. 111-383では、レアアース関連技術の研究開発を実施する企業、大学、非営利団体への資金拠出について査定することを定めている。
 2011年1月から開会した第112議会では、上下院で複数のレアアース関連法案が上程され、現在審議されているところである。上程されているレアアース関連法案の技術者育成に関する条項を下記に示す。
 ● Critical Minerals and Materials Promotion Act of 2011 (S. 383)

★ (第5条)奨学金によるクリティカル元素関連技術の教育支援、現場における職業訓練等を含む産学連携の支援、クリティカル元素関連技術のカリキュラムの策定

 ● Critical Minerals Policy Act of 2011 (S. 1113)

★ (第108条)国内のレアアース関連技術を有する労働力についての調査、クリティカル元素関連技術のカリキュラムの策定、奨学金によるクリティカル元素関連技術の教育支援

 ● Rare Earths and Critical Materials Revitalization Actof 2011 (H.R. 618)
   Energy Critical Elements Renewal Act of 2011 (H.R. 952)
   Rare Earths Supply Chain Technology and Resources Transformation Act of 2011 (H.R. 1388)
   Rare Earth Policy Task Force and Materials Act(H.R. 2184)

★ (第101条、第7条、第4条)レアアースやクリティカル元素の安定供給に資する研究開発プログラムを策定。そのプログラムに対して学生参加の機会を与える

 ● National Strategic and Critical Minerals Policy Act of 2011 (H.R. 2011)

★ (第4条)国内のレアアース関連技術を有する労働力についての調査

 ● RARE Act of 2011 (H.R. 1314)

★ 特になし

2. コロラド鉱山大学におけるレアメタル/レアアース関連技術者の育成

 米国及びカナダ国内の複数の大学において選鉱・製錬クラスが存在しているが、コロラド鉱山大学では、現在、Kroll金属製錬研究所のTaylor教授指導により、特にレアアースに主眼を置いたレアメタル金属製錬クラスが開講している。

2-1. Kroll金属製錬研究所について
 コロラド鉱山大学(Colorado School of Mines)のKroll金属製錬研究所(Kroll Institute for Extractive Metallurgy)は、チタンやジルコニウムのマグネシウム還元法であるKroll法の発明者であるWilliam J. Kroll博士の遺産を基に1974年に設立された。本研究所は、Patrick R. Taylor教授を筆頭とする合計7人の教授陣らにより指導され、現在、以下のテーマを主たる研究課題として取り組んでいる。
 ● 廃棄物質の処理及びクリーンテクノロジーの開発
 ● 商業的な操業工程の改善を主とする処理工程の研究開発
 ● 鉱物ベースの新たな副産物の生産
 ● 合成を含む物質の化学処理
 ● 活性金属・金属腐食処理
 なお、コロラド鉱山大学については、金属資源レポートVol.36 No.3、2006.09号掲載の「海外の鉱山関係大学における大学院教育について ―英・米・加編―」を参照されたい。

図2. コロラド鉱山大学Kroll金属製錬研究所の外観

図2. コロラド鉱山大学Kroll金属製錬研究所の外観

2-2. レアメタル製錬クラスの開講
 Taylor教授指導によるレアメタル製錬クラスは2011年春季セメスターから特別講義の形で開講し、今セメスターでは12名の学生が受講した。そのうち3名は地元エンジニアリング会社の聴講生である。
 本クラスの講義内容を表1に示す。

表1. 2011年春季セメスター(2011.1/12~5/4)の講義内容(シラバスより)

第1回 レアメタルの産出、鉱物、用途
第2回 レアメタル選鉱技術序論
第3~5回 レアメタルの抽出・製錬工程に適用される湿式・電解製錬技術
リーチング、溶液浄化、沈殿、溶融塩プロセス
第6~7回 レアメタルの抽出・製錬工程に適用される乾式製錬技術
焙焼、塩化法、還元
第8回 リチウムの抽出・製錬
第9回 テルルの抽出・製錬
第10回 インジウムの抽出・製錬
第11回 レニウムの抽出・製錬
第12~17回 レアアースの抽出・製錬
化学処理、分離プロセス、還元、製錬
第18~19回 白金族の抽出・製錬
第20回 ガリウム・ゲルマニウムの抽出・製錬
第21回 アンチモンの抽出・製錬
第22~23回 ベリリウム・チタンの抽出・製錬
第24~26回 レアメタルのリサイクル

 Taylor教授は、レアメタル/レアアースの製錬といえども、基本技術の習得なくしてはあり得ないとの立場から、カリキュラムの4分の1は基本技術の解説に充てられている(本クラスとは別に基本の選鉱製錬クラスが開講されているのは言うまでもない)。基本技術解説後に各元素に関する個別技術が解説されているが、特にレアアースの分離技術については最も時間をかけている。教材としては論文・書籍等をベースにしたハンドアウトを主とし、レアアースについてはGupta及びKrishnamuthy著の「Extractive Metallurgy of Rare Earth」(CRC Press刊)を併用している。なお、本クラスは学生でなくても聴講は可能で、レベルとしては大学卒業レベル(Graduate)を想定している。
 現時点では、米国外の居住者が本クラスだけを聴講するには、ビザや授業料の問題もあり難しいが、将来的にはインターネット等を利用した遠隔授業のようなものも可能にしていきたいとの意向であり、その際には間口が広がるものと期待される。

2-3. レアメタル関連企業との産学連携
 Kroll研究所では、レアメタル金属製錬クラスの開講だけでなく、民間企業の支援を受けて、レアメタル産業界が抱える技術課題に対する研究開発活動を通じて、学生・技術者の育成にも取り組んでいる。
 現在、金属製錬技術の開発に対する政府の資金的な支援制度は存在しないため、このような民間資本導入による研究開発が必須であり、そのため従来からKroll研究所では、Newmont社やFreeport社等の鉱山会社を中心に共同研究を実施していた。しかし、近年のレアメタルに対する注目の高まりとともに、同研究所でもMolycorp社を始めとするレアメタル/レアアース関連企業との研究開発が盛んとなってきている。
 レアアース業界としてはMolycorp社が最も精力的なスポンサーであり、資金的な支援のみならず様々な面で共同研究開発を実施している。Kroll研究所としては、レアアース元素のより効率的な分離技術の開発、レアアース酸化物からのより効率的なレアアース金属の製造、レアアースの効率的なリサイクル技術の開発等についてMolycorp社と共同で研究開発を実施することで、即戦力の学生・技術者を育成できるとともに、Molycorp社としても、数少ないレアアース技術者の囲い込みにもつながる良い機会となっている。また、ワイオミング州のBear Lodgeレアアースプロジェクトを保有するRare Element Resources社も同様に本研究所をサポートしている企業の一つである。
 同研究所は下流の製造者側との連携も考えており、米国内でレアアース磁石を製造しているArnold Magnetic Technologies社とは、レアアース磁石のリサイクル技術に関して現在提携を模索しており、また電池業界ともニッケル水素電池からのレアアース回収といった提携を考えているとのことである。その他のレアメタル関連としては、PrimeStar Solor社(General Electric社子会社)からの資金協力により太陽電池パネルのリサイクル、特にテルル回収に関する研究開発の実施や、その他企業と鉄スラグからのバナジウム‐チタンの効率的回収技術の開発等も実施している。ただ、あくまで教育機関であるため特定要素の研究開発を主とし、全体のフローを設計するエンジニアリング会社とは一線を画している。
 本研究所がレアアース製錬分離の技術者育成に関して先陣を切っている理由として、
 ● 製錬分離研究に十分な実験設備を所有していること
 ● レアアース処理に問題となる放射性元素の取り扱いに関して、少量放射性元素取扱いライセンスを所有していること
 ● 関係業界にいるコロラド鉱山大学出身者のネットワーク
 が挙げられるであろう。このような背景から、今後ますますレアアース関連の共同研究が増え、それに伴いレアアース関連技術者の輩出が増えるものと思われる。

2-4. 一般向けレアアースショートセミナーの開催
 今後の展開として、講義クラスという形だけでなく、米国内レアアース関連企業からも講師を招いた幅広い技術(地質鉱床、採掘、選鉱、製錬)を対象とした一般技術者向けのレアアースショートコースが2011年8月9日~11日にかけて開催予定である。詳細は、以下のホームページを参照されたい(2011年6月29日現在)。
http://www.csmspace.com/events/RareEarth/

3. まとめ

 レアアース関連技術者不足は最近とみに認識されてきた問題であるが、技術者の育成に向けた取り組みは、北米においても現時点ではコロラド鉱山大学以外ではなされていないのが現状である。この背景の一つとして、レアメタル選鉱製錬といえども基本技術は同じであるため、レアメタルに特化したクラスを設ける必要はないとの考えもあるが、最大の原因としては、北米の大学では研究開発の推進に当たって産業との連携が不可欠となっているところ、レアアース関連産業欠如のため資金的なスポンサーが集まらず、研究開発が停滞、それとともにさらに産業が低迷、産業が存在しないため人材も集まらないという負のスパイラルに陥っていたためと思慮される。
 このような中、レアメタルに主眼を置いた製錬技術のクラスを開催するなど、レアメタル技術者育成に向けて他大学に先駆けて動きを開始したコロラド鉱山大学、及びMolycorp社などの米国レアアース関連企業の動向は注目に値するとともに、技術者欠如の負のスパイラルを断ち切る先鞭役となることが期待される。
 同研究所はぜひ日本とも提携したいとの意向を示していることから、同じようにレアアース関連技術、特に上流部門の技術者欠如が懸念される日本においても、日米加協力も視野に入れた同様の取り組みが期待されるところである。

参考
金属資源レポートVol.36 No.3、2006.09, 海外の鉱山関係大学における大学院教育について―英・米・加編―
 Offshoring technology innovation: A case study of rare-earth technology, 2008, Fifarek, B. J., Veloso, F. M. and Davidson, C. I., Journal of Operations Management, vol. 28, pp.222-238.
 The rare earth crisis -The lack of an intellectual infrastructure, 2010, Gschneidner, K. A.
 Rare Earth Elements in National Defense: Background, Oversight Issues, and Options for Congress, 2011, Valerie Bailey Grasso, Congressional Research Service, R41744

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