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報告書&レポート

2011年6月30日 リマ事務所 山内英生
2011年30号

ペルー大統領選挙の結果と鉱業への影響

 ペルーでは、2011年4月10日の大統領選挙の結果を受けて、得票で上位2名の候補者による決選投票が6月5日に行われ、開票の結果、左派で元陸軍中佐、勝利するペルー党(Gana Peru)のオジャンタ・ウマラ氏(Ollanta Humala)が中道右派のケイコ・フジモリ氏(Keiko Fujimori)を破り、次期大統領に選出された。任期は2016年までの5年間であり、大統領就任式は7月28日のペルー独立記念日に行われる。
 ウマラ氏は、前回2006年の大統領選挙において第1位の得票を集めながら過半数を上回ることができず、決選投票でアラン・ガルシア氏(Alan Garcia)(現大統領)に敗れた経歴を持つ。ウマラ氏の当時の主張は新自由主義に代わる経済モデルの採用であり、エネルギー部門の国有化など天然資源分野における国の役割や管理を強化し、より多くの利益を国民に還元する政策を主張した。これらの政策は変革を望む貧困層からは支持を得たものの、独裁的あるいは急進的すぎるなどの理由から一部の有権者から敬遠され、ガルシア氏に敗れる結果となった。
 リベンジに当たる今回の選挙では、ウマラ氏は接戦の末、決戦投票でケイコ氏を下した。6月15日にONPE(全国選挙過程事務所)により発表された両候補の最終的な得票率は、ウマラ氏が51.45%、ケイコ氏が48.55%であり、差は2.9ポイントとなった。また、地域別に見ると、ウマラ氏はプーノ県、クスコ県、タクナ県、ワンカベリカ県、アヤクチョ県などで70%を超える票を得ており、貧困層の多いペルー南部の県でウマラ氏の支持率が高かったことがわかる。近年のペルー経済の発展に取り残され、現状の政策に不満を持つ貧困層の多くがウマラ氏を支持したことを伺い知ることができ、経済成長を続けるペルーの影の部分が顕在化した結果と受け取ることもできる。
 ウマラ氏の勝利が確実との情報を受けて、6月6日のリマ証券取引所では鉱業関連企業株を中心に大幅に売られ、総合指数は過去最大幅となる12.5%の下落を記録し、正午過ぎに取引を中止するなど市場は敏感に反応した。その後も次期政権に対する様々な憶測や警戒感が飛び交う中、ウマラ氏本人及び次期政権の政策担当者などから政策方針に関するコメントなどが出され、また、それを受けて経済界などからの反応も示されている。
 本稿では、既にニュースフラッシュで紹介した地元報道などを中心に、オジャンタ・ウマラ氏の鉱業政策や今後の見通しなどに関して現時点での情報を整理して報告する。

1. ペルー鉱業の現状

(1) 鉱業の概況
 ペルーでは、アルベルト・フジモリ(Alberto Fujimori)政権下(1990~2000年)、1992年に鉱業一般法が制定され、民間セクターによる鉱業投資の促進が図られるとともに、国営及び特別鉱業会社の民営化政策が進められてきた。メジャー企業による大規模な鉱山開発により、2010年のペルーの銅生産量は、1991年当時の約38万tに比べ約3.3倍に拡大して125万tとなり、世界の銅生産の8%を占め、チリに次ぐ世界第2位の生産量を誇っている。このようなペルー鉱業の発展は、フジモリ政権以降の新自由主義経済政策の継承によってもたらされたものであり、輸出総額の6割を占めるなど、鉱業分野はペルーの最も重要な産業に一つに成長した。2010年のペルー鉱業セクターへの投資額は、2009年を46%上回り、40億US$を超えた。また、現在も多くの探鉱プロジェクトや鉱山拡張計画などが進行しており、活発な鉱業投資が行われている。一例として、主な銅探鉱・拡張プロジェクトを表1に示す。エネルギー鉱山省によると、今後数年内に280億US$を超える鉱業投資と200~300万tにも上る銅の増産が見込まれている。

表1. 主な銅の探鉱・開発プロジェクト

プロジェクト(所在地) 企業名 開発投資額
(百万US$)
生産開始
(年)
生産量
(t/年)
Toromocho (Junin) CHINALCO 2,200 2012 275,000
Antamina拡張 (Ancash) BHP
Billiton他
1,100 2011 175,000
Antapaccay (Cuzco) Xstrata 1,500 2012 160,000
Las Bambas (Apurimac) Xstrata 4,200 2014 400,000
Quellaveco (Moquegua) Anglo American 3,000 2014 225,000
Tia Maria (Arequipa) Southern Copper 950 2012 120,000

Mina Justa (Ica), Constancia (Cuzco), Quechua (Cuzco)

various 2,080 2013 210,000

Galeno (Cajamarca), Michiquillay (Cajamarca), La Granja (Cajamarca) 他

various 11,602 various 945,000
その他の拡張計画 various 1,600 2012 418,000
合計   28,238   2,928,000

出典:エネルギー鉱山省

(2) 鉱業税制

① 鉱業カノン税
カノンとは、鉱物資源の採掘により中央政府が得る税収に対して地方自治体が持つ参加権とされ、具体的には法人所得税(税率30%)の50%となっている。カノン税は、鉱物資源が採掘される鉱山が位置する自治体に配分され、地域社会に貢献するプロジェクトやインフラ整備などに当てられる。

② 鉱業ロイヤルティ
 ペルーでは、法人所得税(税率30%)の他に、鉱業を営む企業に対して鉱業ロイヤルティ(Mining Royalty)を納付する義務が課せられている。ロイヤルティは年間の総売上額に対して課税され、税率は総売上額が60百万US$までが1%、120百万US$までが2%、120百万US$以上が3%となっている。ロイヤルティは、鉱物資源が採掘される鉱山が位置する自治体に交付される。
 なお、鉱業ロイヤルティは2004年に導入された制度で、税ではなく、天然資源の使用に対する補償とされている。

③ 自発的拠出金制度
ガルシア現大統領は、2006年の大統領選挙において、超過利益税の導入を政権公約に掲げていたが、就任後、業界との協議の結果、新たな税の導入を見送るかわりに、2007~2011年の5年間の期間限定の制度として自発的拠出金制度を導入した。拠出金は年間純利益の3.75%相当額であり、43社が5年間にわたって25億ソーレスを基金として拠出し、鉱山地域の貧困対策やインフラ事業などに活用されている。

2. ウマラ次期政権の鉱業政策の展望

(1) 鉱業政策
 当初、Gana Peru党が公表した2011~2016年政策プランにおける税制に関する改革案では、鉱業関連分野について以下のとおり記載されている。

① 鉱業活動における加速減価償却等の不適切な制度を法的に廃止する。また、超過利益税を導入し、社会政策の財源とする。超過利益税の税率は、他国(豪州等)に倣い、超過利益の40~45%程度とする。

② 炭化水素(石油、ガス)及び鉱業に対するロイヤルティ制度を評価・改善・拡大する。

 また、同政策プランの発展戦略における鉱業の補完政策について、以下のとおり列挙されている。
 ① 戦略的かつ広範な鉱業発展計画の策定
 ② 鉱業ロイヤルティ、カノン税、超過利益税の改正並びに税の安定契約の見直し
 ③ 独立した公的環境機関の設置による水資源等の保護と合理的な利用の推進
 ④ 公正な賃金、研修、労働者数の増加に関する提案
 ⑤ 技術研修の実施
 ⑥ 操業停止の回避を目的とした独立安定基金の設立
 ⑦ 製錬や圧延等、鉱産物の付加価値増加のための政策の推進など

 ただし、ウマラ氏は選挙期間中に当初の急進的な提案が次第に穏健化して、中道左派路線へと変化し、自由市場経済のもと更なる投資促進を行い国内市場を強化するといった政権運営方針を打ち出した。それに伴い政策プランも4回にわたり改定したため、上記の政策プランが必ずしも現時点での政策方針を示すものではないことには留意が必要である。
 ウマラ氏は大統領選挙に勝利を収めた後、外国メディアによるインタビューの中で、一部に懸念が広がっていた民間企業の国有化や国有化に類似する政策は一切行わないとコメントし、また、政策担当者は、次期政権は現在の経済モデルを維持する方針であり、成長の原動力である投資を促進していくとの考えを示し、これらの発言はペルー経済界に一定の安堵感を広げる結果となった。
 ペルー経団連は、6月8日にウマラ次期大統領と面談した結果を受けて、「ウマラ次期大統領と十分な時間をかけて話し合うべき全てのテーマについて協議を行い、満足の行く回答が得られた。経団連としてはこれまでの疑念は全て晴れた」とコメントし、ウマラ政権に協力していく姿勢を示している。また、鉱山会社の反応も、Las BambasやAntapaccay銅プロジェクトを推進するXstrataやSouthern Copper社の親会社であるGroup Mexicoなどが鉱業投資を続行すると発表するなど、現時点では投資計画に大きな変更がないことを表明している。

(2) 税制改革
 その一方で、ウマラ氏は、選挙期間を通じて、金属価格の高騰や鉱山会社の好調な業績を反映して、鉱山会社に対して新たに超過利益税を導入するとの方針を明らかにしている。政策担当者の一人は、新政権が新たに導入する唯一の税制は鉱山会社に対する超過利益税であると明言し、また、別の政策担当者は、超過利益税は利益に応じた税制となり、増益に従って納税額も増える仕組みとなるとコメントしている。
 引き合いに出されているチリでは、2010年10月にロイヤルティ改正法が施行された。銅量換算で年間生産量が50千t以上の企業については、従来は営業利益の5%が鉱業ロイヤルティであったが、改正法では営業利益率に応じて課税率が変化し、2010~2012年は実効課税率が4~9%、2018年以降は5~14%に税率がアップされる。新規鉱山は当初より5~14%の税率が適用される。
 今後は、新政権によって超過利益税の導入やロイヤルティの見直しを軸に鉱山会社の収益にとってマイナス要因となる政策が打ち出されることは不可避であり、どのような税の導入や制度の見直しがなされるのか、また、企業にとってその負担増の程度や他の鉱業国との競争力の確保が鍵となる。
 ペルーではAntamina社やSouthern Copper 社を始めとする大規模に鉱業活動を実施している企業の多くが国との間で税の安定契約を締結しており、投資計画が承認された時点での税制の維持が保証されていることから、新たに超過利益税が導入されたとしてもこれら企業は対象とならない。したがって、超過利益税の導入の効果を担保するためには当該契約を見直す必要があるが、安定契約の改正はペルーへの投資に大きなマイナスイメージを与えることが懸念される。また、ロイヤルティについては、制度上は税ではないため、本来は安定契約の適用外となるが、実際には制度発足以前に安定契約で保護されていた企業はその支払いを免除されているため、そのような企業の扱いも今後の課題となる。
 そのような状況の中、ペルー鉱業石油エネルギー協会(SNMPE)は次期政権に対して、新たな税制として超過利益税を導入するのではなく、鉱業ロイヤルティ率を上げること、及び現行の総売上額ではなく、利益をベースに課税する制度に変更することを提案するとしている。また、Gana Peru党の政権移行委員会がIDB(米州開発銀行)によって招聘された鉱業コンサルタントの意見を聴取するなど、検討を行っている。
 現行の制度を踏まえ、どのような形の税制改革が提案され、どのようなプロセスを得て実施されるか、また、その結果としてペルー鉱業の国際的な競争力が維持できるか否かが注目点である。

3. おわりに

 ウマラ氏は、今回の選挙では前回のように極端な反自由主義経済や民族主義を打ち出すことはせず、かなり中道寄りに方針を転換した。また、経済政策では民間投資を促進するとも述べており、当初懸念された鉱業セクターの国営化などの極端な資源の国家管理政策はとらないとしている。ウマラ次期政権の政策方針を経済界は評価し、ペルー経団連は協力していく姿勢を示した。しかし、超過利益税の導入あるいはロイヤルティの見直しは不可避な状況である。
 鉱業税制の改革については、現時点では明確に示されていないため、今後の動向を注視していきたい。また、今後行われる閣僚の人選、特に首相、経済財務大臣及びエネルギー鉱山大臣など核となるポストの人選についても、今後のペルー鉱業を占う上で注目に値する。更に、ペルー鉱業にとって大きなリスクとなっており、頻発する反鉱業運動に対する政策面での対応についても、期待を込めて注目していきたい。

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