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報告書&レポート

2011年7月28日 サンティアゴ事務所 縫部保徳
2011年39号

ブラジルのリチウム資源開発状況~ブラジル・リチウム・セミナー参加報告~

 温室効果ガス排出削減は地球規模の環境問題として認識されている。世界各国で温室効果ガス排出削減策が検討されているなか、主要排出源である運輸部門では排出削減策のひとつして自動車の燃費向上が進められている。その中でも、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、電気自動車(EV)は普及が今後大きく進むことが予想されている。これら次世代自動車の普及の鍵を握るのが航続距離を決定するバッテリーの性能であり、PHEVやEVには軽量・高出力・高性能のリチウムイオン二次電池が搭載されている。このような背景から、リチウムの需要は今後大きく伸びることが確実な情勢であり、世界各国はリチウム資源の確保に向けてさまざまなアプローチを行っている。
 ブラジルは世界的なシェアは小さいものの、リチウムの生産を国内で行っていることから、その資源を利用した電気自動車生産までの生産チェーン構築を目標に、産官学ネットワークプロジェクト(PTD-Lithium)を開始している。この産官学ネットワークによるブラジルのリチウム開発の現況を紹介するブラジル・リチウム・セミナーが、2011年7月7日にサンパウロで開催された(表1)。現在、ブラジルで生産されるリチウムは主にセラミックス向けに消費されている。ブラジル国内でリチウムイオン電池は生産されておらず、技術的に生産可能かを検討している段階である。本稿では、セミナー講演の中でもブラジルのリチウム資源開発の現状や、関連する法制度を紹介した講演を中心にその概要を報告する。

表1. ブラジル・リチウム・セミナー講演プログラム

 Opening Remarks
 ・Yashihiro Sawada, Director, JETRO
 ・Eduardo Celino, General Coordinator for Investments (MDIC/RENAI)
 Brasilian Investment Information Network
 ・Eduardo Celino, General Coordinator for Investments
 Ores for the production of a Brazilian lithium ion battery
 ・João César Pinheiro, Director, Brazilian Department of Mineral Production (DNPM)
 Lithium Network Project
 ・Adilson Oliveira, Universidade do Extremo Sul Catarinense (PDT-Lithium)

Challenges and Technologies for Production of Lithium Carbonate from Ores to attend the EV market
・Sílvia Cristina Alves França, Center of Mineral Technology (CETEM)

 Integration and interaction, the basic premises of PTD Lithium
 ・Glória Freitas, GF consulting
 Brazilian Experience: Building a Prototype Electric Car
 ・Fernando Castro Alves, Entrepreneur

1. ブラジルのリチウム資源と生産及び消費状況

 米国地質調査所(USGS)のデータ(2011)ではブラジルのリチウム埋蔵量は6.4万tとされており、チリの750万tに比べると1%に満たない。これは、これまでブラジルでリチウム埋蔵量を増やす取り組みを行ってきていないことが原因である。一方で、既知のリチウム資源はMinas Gerais州(Araçuaí、Itinga)及びCeará州(Quixeramobim、Solonópole)において知られている。ブラジルのリチウム資源はペグマタイトに関連する鉱石系で、ブラジル企業(Companhia Brasileira de Lítio:CBL)がMinas Grais州Araçuaí及びItingaにおいて生産を行っている。CBLはLiO2平均品位5.38%のリチウム精鉱を年間11,200 t生産しており、Divisa Alegre(Minas Gerais州)の化学プラントで炭酸リチウム(230 t)及び水酸化リチウム(390 t)に加工している。
 ペグマタイトは主に粗粒の石英、長石及び白雲母からなる岩石で、リシア輝石*1、リシア雲母*2、アンブリゴ石*3、ペタル石*4等のリチウム鉱物以外にも、錫、タングステン、ニオブ、タンタルなどの鉱物を含む場合がある。花崗岩質岩石を切る岩脈、鉱脈、縞状、岩床などの形態で産し、数cm~数十mの幅を有する。ブラジルには世界最大級のペグマタイト分布地域が存在しており、これが同国のリチウム資源のソースとなっている(Minas Gerais州Jequitinhonha Vally及びMucuri Valley、Ceará州のBorborema Massif)。
 ブラジルでは1970年代、国営のNuclemon社によってアンブリゴ石からセラミックス産業向けリチウム塩類の生産がスタートされ、炭酸リチウム換算で120 t/年の生産が行われていた。一方、当時のリチウム輸入量は炭酸リチウム換算で250 t/年であった。1980年代には30 t/年まで国内生産が減る一方で、輸入量が500 t/年まで増加した。この国内生産の減少は鉱石供給及び環境問題が原因であり、鉱石供給の問題は鉱石の低品質化、環境問題は処理工場がサンパウロの中心部にあったことに起因する。結局、1987年にNuclemon社は操業を中止した。1990年代からはリチウム資源をすべて輸入に依存することへの問題意識から、CBLによりリシア輝石からのリチウム生産を再開、市場の成長とともに炭酸リチウム換算1,000 t/年の生産能力で操業を行っている。図1に2000年からのブラジル国内のリチウム生産状況を示す。2009年には炭酸リチウム換算で500 tを生産しているが、生産能力の50%しか稼動しておらず十分に生産余力のある状況である。
 ブラジルでは、化学(グリース)、冶金(アルミ生産)、セラミックス、原子炉封止剤向けにリチウムが消費されており、上述のとおりリチウムイオン電池は現在生産されていない。

図1. ブラジルにおけるリチウム生産の推移(2000~2009年)(出典:DNPM,2000~2010)
図1. ブラジルにおけるリチウム生産の推移(2000~2009年)(出典:DNPM,2000~2010)


*1 リシア輝石:珪酸塩鉱物の一種。化学式はAlLi(Si2O6)。
*2 リシア雲母:リチウムやルビジウムの重要な原料鉱物。化学式は、K(Li,Al)3(Si,Al)4O10(F,OH)2
*3 アンブリゴ石:リン酸塩鉱物の一種。化学式は(Li, Na)Al(PO4) (F,OH)。
*4 ペタル石:珪酸塩鉱物のひとつ。LiAlSi4O10

2. リチウム資源をめぐる法制度

 ブラジルではリチウムが原子力発電所において原子炉封止剤として利用されることから、リチウムを含む物質の生産や加工に法規制がかけられている。1997年12月4日に施行された法律第2413号において、ブラジルでのリチウムが関連するあらゆる活動は国立原子力委員会の承認が必要である(表2)。

表2. 法律第2413号の概要

第1条 リチウムの鉱石及び鉱物の輸出入及び工業化、リチウムから加工されその組成にリチウムを含む有機物及び無機化学品、リチウム金属及びリチウム合金とその派生品、化学元素としてのリチウムを含有し原子力エネルギーに関連すると考えられるすべての物質は、この法律に定めた手続きに従わなければならない。

第2条 この法律が施行されてから5年間、第1条に関連する物質の海外貿易業務は国立原子力委員会の事前の許可を得た場合のみ実施可能である。(注:本法律は2020年まで延長となっている)。

第3条 国立原子力委員会には以下の権限が与えられる。
I 第1条に規定する物質を製造するすべての事業者を登録する。
II 第I項で登録された事業者の製造工程に関する技術開発状況を監視する。
III 技術及び工業部門の発展、強化を促進する方法を国に対し提言する。

 この法律第2413号はブラジルのリチウム産業振興の妨げになるとして、早急に見直すべきとの立場を本ネットワークプロジェクト(PTD-Lithium)は取っている。一方、ブラジル地質鉱産局(DNPM)のJoão César Pinheiro部長によれば、リチウム資源事業に対する本法律上の手続きは他の放射性元素と比べ扱いは厳格でなく、原子力エネルギー委員会(CNEN)とDNPMの協議を行うことで簡素化が可能であることから、新事業への妨げにはならないと考えているとのことであった。
 ブラジルでの鉱物資源開発は同国に会社を設立していれば外国資本100%でも可能で、法律上は外国企業にも門戸が開かれている。国境付近(国境線から150 km以内)のプロジェクトでは特別の審査が必要となり、この場合、外資は権益の過半数を取ることが出来ない。

3. ブラジルのリチウムイオン電池向け高純度リチウム生産技術開発状況

 現時点ではブラジルにおいてリチウムイオン電池は生産されておらず、PTD-Lithiumにおいて技術、法制度の面でリチウムイオン電池が生産可能かどうかを検討している段階である。彼らは電池生産に向けた技術の確立が課題であると認識しており、特に電池向けの高純度リチウムの生産において、かん水から回収されるリチウムとのコスト競争力を強く意識している。
 鉱石からのリチウム抽出コストは、かん水からの抽出コストよりも高いと一般的に考えられている(阿部(2010))。しかし、ネットワークプロジェクトの参加者は、かん水からの電池向け高純度リチウムの生産工程では、かん水に含まれるカリウムやマグネシウムなど不純物を取り除くのに技術を要することから、元々リチウム品位が高く、マグネシウム、塩化物イオン、硫酸イオンを僅かしか含まない鉱石からの高純度リチウム生産には利点があるとする。また、現在中国で行われている硫酸法による鉱石からのリチウム回収ではなく、アルカリ処理(図2)を行うことにより簡単にかつ安価にリチウムを回収できる可能性があるとしている。

図2. アルカリ処理によるリチウム抽出フロー(出典:CETEM, 2011)
図2. アルカリ処理によるリチウム抽出フロー(出典:CETEM, 2011)

4. まとめ

 ブラジルにおいては、リチウムイオン電池、電池用途の炭酸リチウムとも現時点では生産されておらず技術開発の段階であるものの、今回講演を行った各人からは自国の資源により電気自動車生産までのサプライチェーンを築いていこうとする熱意が感じられた。ブラジルはBRICsのひとつに数えられる成長著しい新興国であり、広大な国土、豊富な資源、人口1億9千万を数える有望な市場を抱えている。ブラジルのリチウム資源は鉱石系であり今のところ生産量、埋蔵量ともに限られている。また、リチウム資源開発の障害となる可能性の高い法律もあることから、短期的に新しいリチウム資源の開発に繋がっていく状況になるとは考えにくい。しかしながら自動車産業を始めとする同国のリチウム消費市場の規模は大きくなることが確実で、次世代自動車の普及とともに同国のリチウム資源開発がどのように推移していくか、そしてブラジル政府の海外におけるリチウム獲得戦略についても注目していく必要がある。

(参考文献)
阿部幸紀(2010)リチウム資源の現状-レアメタルシリーズ2010-:金属資源レポート Vol. 40, No.2 p 33-46

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