報告書&レポート
新労働関係法(The Fair Work Act)の施行とその影響

4年前に実施された2007年11月の豪州連邦議会選挙の結果、それまで12年間続いた自由党政権に替わり労働党政権が誕生した。ラッド前首相は2010年には「資源利潤超過税(Resource Super Profits Tax:RSPT)」が資源業界の反発を招き失脚することになるが、2008年の政権発足後、ハワード自由党政権が2005年に制定した職場関係改正法(The Workplace Relations Amendment (Work Choices) Act、以下ワークチョイス法)を見直し、新しい労働関係法(The Fair Work Act、以下フェアワーク法)を制定した。フェアワーク法は2009年7月から2010年1月までの移行期間を経て現在運用されている。本報告では、フェアワーク法の概要を説明し、ワークチョイス法との比較を行う。また、鉱山開発プロジェクトに与える影響について、いくつかの事例を紹介する。 |
1. ワークチョイス法(The Workplace Relations Amendment(Work Choices)Act 2005)
(1) 概要
2005年制定職場関係改正法(Work Choices Actとも呼ばれる)は、雇用主と労働者との雇用関係を(組合との団体的交渉によるものではなく)労働者個人を対象に結ばれる個別的なものとし、労働組合や労働裁判所の影響力に制限を設けることを主な狙いとするものであった。
ワークチョイス法では、1996年に成立した職場関係法(The Workplace Relations Act)に、主に以下のような改正がなされている。
● 雇用条件規約を、雇用者にとってより柔軟な内容とする。
● AFPC(Australian Fair Pay Commission:豪州公正賃金委員会)の設立。
● AIRC(Australian Industrial Relations Commission:豪州労使関係委員会)の、雇用条件の決定や労使係争の裁定に関する権限を縮小。
● 不当解雇の法律の改正。
● 労働組合の職場への立入や労働争議に関する規制を強化。
ハワード政権はこれらの改正を、「コストの節減、および生産高や生産性の増大を実現し、雇用レベルや国家経済パフォーマンスを向上させるもの」と主張している。改正の中で主要を占めるのは、従業員数100名以下の会社を対象とした不当解雇の法律の改正である。これは、会社側はCertified Agreement(認証契約)に対して“No Disadvantage Test(被雇用者が法規改正によって不利な立場に置かれないように行われる評価)”を行わずに、これをWorkplace Authority に提出さえすれば良いとするものである。このような改正は、雇用における柔軟性を増大させ、結果として雇用主の権限をより強めることになる一方、労働組合や被雇用者は権限を縮小され、労働者は、以前に保証されていた雇用条件について交渉を行う際には団体協約(collective agreement)を通さずにこれに臨まなくてはならず、合法的なストライキの実施にも制限を課されることになった。
上記のような様々な改正においては、Award(労働裁定)によって定められるあるいは州労使関係委員会を通じて行われる不当解雇防止も縮小され、大きな論議を呼んだ改正の一つとなった。このような改正は、ハワード政権の見解においては「不適切な従業員を解雇する上で雇用主が負う重責を取り払い、雇用を創出する」とされているが、経済的理由、技術的理由、組織面での理由といった“営業上の理由(operational reason)”による解雇を可能としたといった点で、被雇用者の職の保証を大いに減ずることになった。
(2) 反応
ワークチョイス法の法案は、議会の承認を受ける際、野党より「被雇用者の基本的権利を奪い、根本的に不公平なもの」として強い反発を受けた。この法案に基づけば、被雇用者は、(雇用条件に関する)交渉権を失い、賃金および労働条件においてより不利な立場に置かれることになる。
豪州の労働組合の主要機関であるACTU(Australian Council of Trade Unions:豪州労働組合評議会)は、職場関係改正法に強く反対する全豪キャンペーン“Your Rights at Work”を開始し、国内の各主要都市での運動を展開した。
鉱業では、多くの労働者が労働組合員であることからも、雇用の保証や人員配置数の喪失に関する高い懸念が示された。2006年6月には、Hunter Valley(NSW州)のUnited Colliery石炭鉱山において、操業者のXstrata Coalと労働組合との交渉が決裂した後に100名を超える石炭鉱山労働者がWorkplace Agreement(職場契約)の改善を要求し、1週間のストライキを行った。QLD州のDawson石炭鉱山でも、会社側の労働条件の引き下げに対する雇用交渉(enterprise bargaining)が決裂した後、300名以上の労働者がストライキを行った。
2. フェアワーク法(The Fair Work Act 2008)-2009年7月~2010年1月-移行期間
ケビン・ラッド前首相は、その就任とともに2005年制定職場関係改正法を廃止し、2008年制定フェアワーク法(The Fair Work Act 2008-FW Actとも呼ばれる)を制定した。この法律は、被雇用者の交渉権を再び強化し、労働条件を改善するものとなっている。また、労働組合もこの法律の制定によって、雇用契約の交渉における集団交渉の権限が更に強まることになった。
(1) 概要
フェアワーク法の概要は以下のとおり。
● “誠実な交渉”はフェアワーク法の土台であり、被雇用者の賃金交渉をより容易とするものである。雇用主は、“誠実な交渉”の下、交渉代表者の提案に対して、討議や検討を行う実質的な機会を(被雇用者側に)与えなくてはならない。雇用主がフェアワーク法の下に課せられる義務を怠った場合、関連当事者は、FWA(Fair Work Australia)に、交渉命令の発令を求めることができる。
● 2010年1月1日より発効となったNES(National Employment Standards:全国雇用基準)は、モダン・アワード(Modern Award)と共に、労働者の公正最低賃金や労働条件を保護する強制的なセーフティ・ネット(雇用最低条件の剥奪の防止を目的とする)を作る役割を果たしている。NESでは、被雇用者が法によって保証される、以下のような最低雇用権利が定められている。
– 週労働時間の上限
– 労働協定の柔軟性
– 育児休暇/手当
– 年次休暇
– 個人/地域社会サービス休暇
– 勤続休暇
– 公休
– 退職届/解雇通知
– 余剰人員による解雇の手当て
● フェアワーク法は、不当解雇を重視し、被雇用者の不当解雇を防止する内容となっている。不当解雇の法律は、厳格過ぎる、不当である、不合理であると見なされる解雇を受けた者の全てに適用される。“営業上の理由による解雇(operational reason)”は、その正当性が雇用主によって証明されない限り、もはや不当解雇の訴えに対する防御とはならない。解雇が不当解雇であると認められた場合は、被雇用者を復職させるための適切な救済策が取られるが、その他のケースにおいては最高で54,150 A$の補償金支払いが雇用主に命ぜられる。
● モダン・アワード(Modern Award)は、産業別の必要性に応じて設定される労働裁定である。このアワードは“flexibility clause(柔軟性条項)”を含み、被雇用者と雇用主が各社固有の必要性を満たすような協約を結ぶことを可能としている。モダン・アワードの導入後の被雇用者の手取り賃金は、導入前のそれと比べて低いものとなってはならないとされている。
● 労働組合の職場立入の権限が拡大された。これによって、労働組合の担当者は、雇用主の違法行為、および、被雇用者との協議の回避の疑いについての職場立入調査を行う事が可能となっている。
(2) 2009年7月~2010年1月-移行期間
● AIRC(豪州労使関係委員会)およびAIR(豪州登記所)が、運営を終了し、FWA(Fair Work Australia)が全ての業務を引き継ぐ。
● No Disadvantage Testに替わり、“BOOT(better off overall test)”が、雇用契約の評価テストとして使用されるようになる。
● FWAが、雇用契約は個別的な交渉ではなく雇用交渉(enterprise bargaining)に基づくものとなることを強調する。
3. フェアワーク法の影響
フェアワーク法は、豪州の労働市場で行われる雇用条件の交渉の性質に焦点を当てたものとなっている。雇用の交渉は、企業雇用契約(Enterprise Agreement)-これらは個別契約の外観を取ることがある-によって集団的に行われるものとする。誠意を伴った交渉は、被雇用者にとっての公平性や保護の拡大を促進するものとなると予想されている。
労働組合の権限の拡大は、集団契約(collective agreement)の下、多くの被雇用者に労働条件や賃金の改善をもたらすが、各産業での賃金値上がりも招くことにもなる。特に資源業界は、採鉱労働者間での労働組合の存在が大きいことからも、鉱山操業に大きな混乱を招くような労働争議が増えるものと予想されている。
また、資源業界では、熟練労働者の不足に加え、集団契約の約半数が2011年で期限を迎えること、および、労働組合がフェアワーク法を土台に影響力を再建しようと試みる見通しであることからも、更なる賃金上昇が予想される。
① 事例1:Woodside Petroleum社のPluto LNG精製プラント
2010年1月、Woodside Petroleum社のPluto LNG精製プラント(WA州Karratha)にて、1,400名の従業員がプラント・サイト周辺での生活条件への不服と移動費及びその他経費の補償請求のため、ストライキを行った。労働者を代表する諸労働組合は、このストライキについて「労働組合によって計画されたものではなく、労働者には職場へ戻るよう勧めた」と述べている。これは、フェアワーク法の施行後、雇用交渉の権限が雇用者から被雇用者へと移ったことを強く表している。
このストライキにより一部の幹線道路の交通が遮断され、隣接するRio Tintoが鉄鉱石積出を行っているDampire港の労働者が影響を受け、一時は鉄鉱石の出荷遅延が危惧されていた。Rio Tintoは「このストはCFMEU(建設林業鉱業エネルギー組合)によって扇動された不当な行動である」として失望感を示すと共に、「現連邦政府で2010年1月から施行されたフェアワーク法が今後Pilbara地域の鉱山会社に悪影響を与える」との懸念を示した。(2010年2月1日WA Today紙、2010年2月5日Sydney Morning Herald紙およびAustralian紙)
② 事例2:Xstrata Coal社のBulga石炭鉱山
2010年1月Xstrata Coal社のBulga石炭鉱山(NSW州)での労働ストライキが、事業に大きな支障をきたした。このストライキは、CFMEU(建設林業鉱業エネルギー組合)の労働組合員が、Xstrata Coal社の申し出た企業雇用契約案を被雇用者の権利または職場条件の改正が行われていないことを理由に拒絶したことが発端となっている。(2010年11月15日 Sydney Morning Herald紙)
③ 事例3:BHP Billiton社の懸念
BHP Billitonが2009/10年次報告書中で、2010年1月から施行されたフェアワーク法が、豪州投資に対する1つのリスク要因であるとの懸念を示した。将来的にこれまで以上に技術者が不足することが予想されており、労働組合による賃上げ交渉や労働条件交渉の動きが活発化することを懸念しており、勤務場所の限定、生産性低下、コスト高につながる恐れがあるとしている。
④ 事例4:AWUとCFMEUの方針
2010年11月AWU(豪州労働者組合)とCFMEU(建設林業鉱業エネルギー組合)は、労働組合のない全国12の鉱業プロジェクトについて労働者とともに団体交渉に乗り出す方針を示した。2011年に全ての職場契約(Australian Workplace Agreement)が失効することから、両組合は雇用者に対し団体交渉の開始を強く求める意向を示している。(2010年11月19日 Sydney Morning Herald紙)
⑤ 事例5:BHP Billiton社石炭鉱山
2011年6月CFMEU幹部は、BHP Billiton Mitsubishi Alliance(BMA)の石炭鉱山労働者がストライキを実施する方針を明らかにした。BMAの石炭鉱山労働者約1万人のうち、約3,500人がCFMEUに所属している。CFMEUに所属する労働者は、さらなる職業訓練の実施を求めている。(2011年6月27日ロイター)
⑥ 事例6:産業界の反応
BHP Billiton社、Qantas航空、運輸・インフラ会社Ascianoのコンテナ輸送部門パトリックなどで労使交渉が行き詰まっており、ストライキ実施の可能性が高まっている。一方、小売業界の経営者側からは、フェアワーク法を擁護するギラード政権に批判が出始めた。(2011年6月20日Australian Financial Review紙)
おわりに
豪州資源業界は2008年に起きた世界金融危機からの回復の過程において新たな資源ブームを迎え、さらに新興国の旺盛な需要増による恩恵を最大に高めようという気運を持っている。その中で、2012年7月に導入が予定されている鉱物資源利用税(Minerals Resource Rent Tax:MRRT)及び炭素税、中国需要の動向、熟練労働者の不足、コスト高等がプロジェクト開発に影響を与える可能性があるものとして懸念されている。フェアワーク法によって、直接労働コストが引き上げられるということはないが、今後の豪州資源業界を取り巻く環境の変化の一つとして、きちんと把握していくことが必要と思われる。
出典:
● The Workplace Relations Amendment (Work Choices) Act 2005(2005年制定職場関係改正法)-連邦政府<
● The Work Choices Legislation: An Overview, December 2006(職場関係の法律制定:概要2006年12月)-Federation Press
(http://www.federationpress.com.au/pdf/WorkChoicesOverviewDec06.pdf)
● New Workplace Legislation: A Step Closer, September 2008(職場関係の新法の制定:A Step Closer 2008年9月)Thomson Reuters
(http://sites.thomsonreuters.com.au/workplace/2008/09/19/new-workplace-legislation-a-step-closer/)
● The Workplace Relations Amendment (Transition to Forward with Fairness) Act 2006(2006年制定職場関係改正法(公正性を伴う前進のための移行))
● Fair Work Act 2009(2009年制定フェアワーク法)-連邦政府
● A Brief Overview of the Fair Work Bill(フェアワーク法案の概要) Guild Lawyers
● National Employment Standards(NES(全国雇用基準))TressCox Lawyers
(http://www.tresscox.com.au/resources/resource.asp?id=310)

