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報告書&レポート

2011年9月22日 リマ事務所 山内英生
2011年47号

ペルー鉱業を巡る最近の争議の動向

 ペルーの公的仲裁機関であるオンブズマン(Defensoria del Pueblo)※1は、ペルー国内の社会争議の動向を常時モニタリングし、毎月、調査報告書を公開している。
 2011年7月の争議レポートにより報告されたペルー国内の争議状況、特に鉱業関連の争議の実情や特徴をここに報告する。

1. ペルー国内の争議の状況

 オンブズマンレポート第89号(2011年7月号)によると、2011年7月末時点で確認された全国の争議件数は214件であり、その内135件(63%)が顕在状態※2、79件(37%)が潜在状態※2であった。これら争議の内、新たに発生した争議が4件、潜在状態から再び顕在化した争議が1件、一方、顕在状態から潜在化した争議が7件であった。また、対話・協議中の争議が85件、解決された争議が2件と報告されている。
 なお、争議とは別に、一時的に発生したデモ、ストライキ等の集団抗議行動(デモ、ストライキ等)が63件確認されている。
 最近1年間の争議件数の推移を見ると、争議件数はやや減少傾向にあるものの、依然として200件を超える争議が存在している(図1)。

図1. 全争議件数の最近1年間の推移
図1. 全争議件数の最近1年間の推移

※1:オンブズマン(Defensoria del Pueblo)
 1993年に憲法に基づき設立された独立・自立的監査官並びに機関であり、憲法が国民や共同体に対して保障する権利の保護、行政の監査、市民への支援サービスの提供等を行う。オンブズマンの代表は国会の3分の2以上の賛成をもって選出され、任期は5年である。オンブズマンは、係争案件に関して、憲法によって定められた完全に中立的な立場から、民事的・刑事的責任を負うことなく意見や仲裁案を提案することができる。ただし、裁判官や判事、その他の権威機関の代理となるものではなく、判決や刑罰、罰金等を定める役割は負わない。
※2:オンブズマンでは、争議全体を顕在状態、潜在状態に分けて把握している。この内、顕在状態は、争議の当事者あるいは第三者による抗議行動が公の場で発生したケースを示す。一方、潜在状態は、一見隠れた状態又は静止状態にある争議であり、軋轢や対立が存在しているが、表立った抗議行動には至っていない場合や、抗議行動が収まった後、一定の年月が経過しているケースを言う。

 争議要因をタイプ別にみると、全争議214件のうち118件(55%)が社会・環境争議となっており、次に郡・区行政を取り巻く争議及び中央政府行政を取り巻く争議がそれぞれ22件(10%)、労働争議が14件(7%)の順となっている(図2)。
 なお、2010年6月との比較では、全争議件数は250件から214件へ36件(14%)減少しているものの、社会環境争議については121件から118件と3件の減少に留まっている。

図2. 全争議のタイプ別比率
図2. 全争議のタイプ別比率

 また、争議の発生状況を県別にみると、争議件数の多い順にPuno 県(22件)、Cajamarca県(18件)、Ancash県(17件)、Lima県(14件)などとなっている(図3)。

図3. 県別争議件数

注:( )は顕在化している争議件数

図3. 県別争議件数

 一方、顕在化している件数の推移を見ると、この1年間で168件から135件になり、約2割減少していることが分かる(図4)。また、タイプ別では社会環境争議が92件で全体の68%を占めている(図5)。

図4. 顕在争議件数の最近1年間の推移
図4. 顕在争議件数の最近1年間の推移
図5. 顕在争議のタイプ別比率
図5. 顕在争議のタイプ別比率

2. 鉱業関連争議の動向

 顕在状態にある争議135件の内、約47%に相当する64件が鉱業関連争議であり、ペルー国内に顕在する争議の約半数が鉱業を取り巻くものである。更に、鉱業関連の争議をタイプ別に分類すると、社会・環境争議に属するものが62件(97%)と支配的である(図6)。

図6. 顕在争議に占める鉱業関連争議の割合とタイプ別内訳
図6. 顕在争議に占める鉱業関連争議の割合とタイプ別内訳

 一方、鉱業関連争議を原因別に分類したものを図7に示す。原因が重複しているものもあるため、総件数は74件となっている。
 これら74件の内訳を見ると、環境汚染や鉱害が争議の原因となっているケースが39件と最多で、鉱山側の地元自治体やコミュニティ等に対する約束不履行を原因とするケースが9件、近年特に深刻化している違法金採掘問題が争議の発端となっているケースが8件、土地問題(土地や鉱区の所有権争い、境界線問題)を原因とするケース及び水資源問題(鉱山における水使用による水不足への懸念)が原因のケースがそれぞれ7件確認された。また、地元支援や利益還元(インフラ整備要求やカノン税還元)及び鉱業による被害(水銀や鉛による健康被害、道路破壊)に対する補償要求を原因とするケースが3件存在している。
 表1に鉱業関連争議の個別の事例を県別、タイプ別に整理したものを示す。

図7. 鉱業関連争議の原因
図7. 鉱業関連争議の原因

表1. 鉱業関連の顕在争議64件の詳細

県名
(争議件数)
タイプ
(争議件数)
当事者 内容
Amazonas(1) 社会・
環境(1)
Afrodita社、違法鉱業、
Cenepa先住民コミュニティ、その他市民団体
河川汚染を理由に正規及び非正規鉱業活動に反対
Ancash(9) 県政府
行政(1)
県政府、Cajacay農民コミュニティ、Antamina社 Cajacay農民コミュニティが、県政府及びAntamina社に対して2000年の取り決めに基づくダム建設を要求
社会・
環境(8)
Aija郡自治体及び市民団体、Buenaventura社 Aija郡自治体及び市民団体は、Pallca、Mallqui河川水源におけるBuenaventura社の活動に反対
Pativilca、Santa、Fortaleza川流域住民、Centauro社 Pativilca、Santa、Fortaleza川流域住民らは、Centauro社の探鉱活動による河川流域及びConococha湖水源の環境汚染を懸念
Huaripampa農民コミュニティ、Antamina鉱山 Huaripampa農民コミュニティは、Antamina鉱山によるコミュニティ発展プランに関する取り決め不履行を主張
Barrick社、
Cuncashca村
Barrick社に対する旧道閉鎖に対する代償の要求/同社による約束履行の要求
Antamina社、
Ayash川流域住民
廃さい流入による川の汚染に対する健康・環境を主張、鉱山による対応を要求
Antamina社、
Racrachaca村
操業影響下地域にあるとして鉱山からの支援を受けるための合意書締結を要求
Antamina社、
Carhuayoc、Ango Raju村
操業影響下地域にあるとして鉱山からの支援・補償を要求
Antamina社、
Juprog村
Antamina社による約束不履行と環境汚染の可能性を主張
Apurimac(4) 社会・
環境(4)
Southern Peru社
Tiaparo村
Southern Peru社による環境汚染への危惧と同社への情報公開要請
Iscahuaca村、Suyamarca社 Iscahuaca村代表者らは、Suyamarca社による合意事項の不履行や河川・土壌汚染、不当な対応、不適切な廃さい堆積場利用、村の石切り場の無許可利用を理由に同社を拒否
Chalhuahuacho農民連盟、Chalhuahuacho区利益戦線、Xstrata社 Chalhuahuacho農民連盟等が、Xstrata社による約束の不履行を理由に無期限デモの実施を宣言
Southern Peru社
Tapayrihua村
村の土地の利用に関する合意がないことや、極端な水利用を理由に同社の鉱業活動に反対
Ayacucho(2) 社会・
環境(2)
Fajardo郡、Hualla及びRiquihua農民コミュニティ、Southern Copper社 Fajardo郡及びHualla、Riquihua農民コミュニティは、事前合意が形成されていないことや環境汚染、不正な土地利用、水資源への打撃を理由にSouthern Copper社のChinchingaプロジェクトへ反対
Pomacocha農民コミュニティ、Santiago03社、違法鉱業従事者 Pomacocha農民コミュニティは、Santiago03社鉱区内におけるインフォーマル鉱業従事者の活動が環境汚染を引き起こしていると主張
Ayacucho/Ica(1) 社会・
環境(1)
Concepcion農民コミュニティ、零細鉱業連盟 Concepcion農民コミュニティは、コミュニティ所有のQuirish山における鉱業活動に反対し違法鉱業労働者らを追放した
Cajamarca(12) 社会・
環境(12)
San Jose de Lourdes先住民コミュニティ、Aguila Dorada社 San Jose de Lourdes先住民コミュニティは、環境汚染を理由にAguila Dorada社の活動を拒否
La Pampa農民協議会、Iraca農民コミュニティ、Rio Tinto社 La Pampa農民協議会及びIraca農民コミュニティはRio Tinto社のLa Granjaプロジェクトに反対
La Ramada村飲料水委員会、La Ramada灌漑組織、Yanacocha鉱山 La Ramada村住民らは、Yanacocha鉱山が利用してきたRume Rume、Perga Perga、Cuyoc等の泉の水量回復を要求
Hualgayoc郡、Chungur村、Coimolache社Cajamarca県政府 Hualgayoc郡及びChungur村は水資源への影響等を理由にTantahuatayプロジェクトの拡張に反対
Coimolache社-Tantahuatayプロジェクト、El Tingo農民コミュニティ El Tingo農民コミュニティ住民らは、Coimolache社に対する地元住民の雇用と土地売買の正当性の証明を要求。
Yanacocha鉱山、Celendin郡住民 Celendin郡住民らは、環境汚染及び4つの湖の消失を理由にMinas Congaプロジェクトへ反対
Anglo American Michiquillay社、Michiquillay農村コミュニティ、La Encanada農民コミュニティ 農村組合は約束の履行とMichiquillay社会基金の予算執行を要求
Vista Alegre村、Consolidada de Hualgayoc社 Hualgayoc郡自治体や住民らは、同郡内における鉱業拡大に反対し迅速な鉱害対策を要求
Colquirrumi社、同社旧労働者組合 休廃止鉱山鉱害が一部存在する土地所有権を巡る争議
Chuquibamba、Condebamba村、インフォーマル鉱業 環境被害を理由とするインフォーマル鉱業への反対
Gold Fields La Cima社、Hualgayoc村 Hualgayoc村はGold Fields La Cima社に対して一連の約束履行を要求
La Zanja社
Pulan区民
環境汚染を理由にLa Zanjaプロジェクトに反対
Cusco(4) 社会・
環境(4)
Mosoc Llacta区、同農民コミュニティ、県政府、Rumi Maki社、Qochapata社、エネルギー鉱山省 自治体による、Rumi Maki社、Qochapata社の所有鉱区の取り消し要求
Vicho村住民、Hatun Rumi社 Vicho村住民らは、Quispe氏所有の非金属鉱区Hatun Rumiで同氏が実施する採石活動が環境汚染を引き起こしているとして抗議
Espinar農民連合、Xstrata Tintaya社、Espinar郡役所 Minera Tintaya社に対し、Espinar郡開発への貢献拡大と、Huanipampa廃さい堆積場の移転を要求。またAntapaccayプロジェクト、Tintaya拡張による環境被害への懸念を主張。
Lutto Kututo村、Nazareno Rey社、エネルギー鉱山省 Nazareno Rey社によるインフォーマル鉱業の中止をめぐる争議、農業・遺跡地域における全ての鉱業活動の拒否
Huancavelica(4) 社会・
環境(4)
Sallcca Santa Ana農民コミュニティ、San Genaro Castrovirreyna社 Sallcca Santa Ana農民コミュニティは、San Genaro Castrovirreyna社に対して鉱害及びConococha湖汚染への賠償を要求
Caudalosa社、Lircay区、Secclla、Julcani村住民、保健所、環境省 Lircay村及びHuachocolpa村住民らは、Caudalosa社に対し、鉱害対策及びOpamayo川汚染対策の実施を要求。
Angaraes郡市民団体、Pampamali社 Angaraes郡の市民団体はPampamali社による環境汚染を告発
Buenaventura社、Lircay区、Angaraes郡 Ccochaccasa農民コミュニティは、Buenaventura社(Julcaniユニット)による土壌汚染を告発
Huanuco(1) 社会・
環境(1)
Lauricocha郡、Raura社 Lauricocha郡の農民コミュニティは、血中の鉛被害に対する補償とLauricocha川の迂回をRaura社に要求
Junin(4) 中央政府(1) Doe Run Peru社、エネルギー鉱山省、鉱山労働者、Yauli郡、市民団体、La Oroya製錬労働者組合等 La Oroya製錬所近隣住民、市民団体、自治体は、政府に対して製錬所の再開を目的としたDoe Run Peru社との対話実施を要求
社会・
環境(3)
中央アマゾンコミュニティ本部、San Ignacio de Morococha社、Chinango社等 中央アマゾンコミュニティ本部は、San Ignacio de Morococha鉱山会社や、Chinango電力会社による河川汚染に関し国による対応を要求
Aco村、Mantaro Peru社、市民団体 Aco村及び自治体は、自然環境・自然資源の汚染を恐れがあるとして鉱業活動に反対。
Morococha区、Chinalco Peru社 Toromochoプロジェクトの実施に必要なMorococha居住地移転に関する条件についての対話を、住民側が鉱山に対して要求。
La Libertad(1) 社会・
環境(1)
Sayapullo鉱業活動環境委員会、San Manuel社、Milpo社、エネルギー鉱山省 Sayapullo住民及び市民団体は、環境被害を理由に同地区における鉱区の失効と、Sayapullo社の残した鉱害の対策を要求。
Lima(2) 社会・
環境(2)
Oyon農民コミュニティ、Buenaventura社 Oyon農民コミュニティがBuenaventura社の約束不履行を主張
San Mateo de Huanchor住民、San Mateo環境委員会、OSINERGMIN、エネルギー鉱山省、Coricancha鉱山 住民らは、崩落の危険があるCoricancha鉱山廃さい堆積場の危険性を訴えると共に水資源供給プロジェクトを提案
Madre de Dios(1) 社会・
環境(1)
零細鉱業従事者、Tambopata国立保護区管理局、エネルギー鉱山省/内務省地方局 Madre de Dios県内における違法鉱業根絶対策への反対。違法鉱業従事者らは緊急政令の廃止、採掘船解体の中止、同エリアからの軍隊の撤退を要求
Moquegua(1) 社会・
環境(1)
農民コミュニティ28区、Minera Quellaveco(Anglo American)社、県政府 近隣農民らが、Quellavecoプロジェクトによる地下水とAsana川水資源利用に反対。
Pasco(3) 社会・
環境(3)
Rancas農民コミュニティ、Volcan社、鉱山省、Simon Bolivar区 Quiulacocha農民コミュニティは、同コミュニティとVolcan鉱山の間の合意は正当な方法に則って締結されていないとして、合意は無効と主張
Milpo社、San Juan de Milpo農民コミュニティ、Pasco郡 住民らは、震動による住宅地被害や廃さい堆積場による環境汚染、約束不履行に対する補償を要求。
Chaupimarca、Yanacancha区民、Volcan社、Pasco郡 Chaupimarca区民らは、Volcan社によるピット拡張に反対。
Piura(2) 社会・
環境(2)
Piura県政府、Piura、Ayabaca郡政府、農民、鉱山省、零細鉱業連盟 Piura県政府以下自治体が、環境汚染を理由に違法鉱業に反対。
Huancabamba農民連合、Majaz社、地元ラジオ局、地元教会、鉱山省 違法性と環境汚染の懸念を理由に、農民連合らがRio Blancoプロジェクトに反対。
Puno(10) 社会・
環境(10)
Lampa郡利益保護戦線、Lampa郡自治体、Puno県政府 Lampa郡利益保護戦線は、カノン税及びロイヤルティに関する情報不足を理由に、同郡内の鉱区取消を要求
Orurillo村、CIEMSA La Poderosa社 Orurillo村住民らはCIEMSA La Poderosa社の鉱業活動を住民総会で拒否
Condorque農民コミュニティ、Sillustani社 Condorque農民コミュニティが、Sillustani社の廃さい堆積場による水資源の汚染を告発。
Jilatamarca農民コミュニティ、Aruntani社 Jilatamarca農民コミュニティは、Surani湖の環境汚染を理由に、Aruntani社の活動停止を要求。
Ocuviri区民、自治体、Arasi社 Ocuviri区民らは、廃さい流入により河川の鱒が死亡しているとして、Arasi社に対し約束の履行を要求。
Rosario農民コミュニティ、Capazo区、Ayllu社等。 Ayllu社が複数河川を汚染しているとして、周辺の複数コミュニティが同社の活動に反対。
Tambillo農民コミュニティ、Pomota等複数区、Patagonia Minerals社 Tambillo農民コミュニティやPomota区等が、観光地及び自然保護区である同地域における、Patagonia Minerals社への鉱区申請に反対。
Cojata村、鉱山省、INGEMMET、外務省、Peluchuco区(ボリビア)、SERGEOTECMIN(ボリビア) Cojata村のアルパカ牧畜業者らが、汚染を理由にSuches川における違法鉱業に反対。
Crucero区民団体、Ananea鉱業地区、Crucero環境監視委員会、地域住民 自治体及び住民らが、汚染を理由にRamis川流域の違法鉱業活動に反対。
Bear Creek社、Huacullani村、Quelluyo村、農民コミュニティ等 Chucuito内の複数の村が、環境汚染と同区の土地の減少を理由に、Santa Anaの鉱業活動に反対。またPuno南部における鉱業活動全般を拒否。
Tacna(2) 社会・
環境(2)
SRML Norteamericana XXI社、Ticaco区、Ticaco灌漑委員会 農民コミュニティは、農業との共存不可能であり健康や水質被害をもたらしうる鉱業活動に反対。
Candarave郡、Southern Copper社、市民団体 地元自治体、市民団体らは、Toquepara鉱山やCuajone鉱山での水資源利用に反対。

 鉱業関連の顕在争議の件数はCajamarca県が12件と最多となっており、次にPuno県(10件)、Ancash件(9件)が続いている。
 Puno県の項目ではBear Creek Mining社(カナダ)のSanta Anaプロジェクトを巡る争議が記載されている。本プロジェクトに対する反対運動は、Puno県南部における鉱業活動全般の中止を求める運動と共に、2011年4月末以降急速に激化した。特に大統領選挙後の6月には大規模な反鉱業運動や暴動に発展し、道路封鎖や空港等の施設襲撃によって多数の死傷者を出す結果となった。一方、最後まで対応の遅ればかりが目立った政府は、Santa Ana鉱区を取り消し、Puno県内における鉱区付与を36か月間中止する等の政令を発令するに至った。なお、Santa Anaプロジェクトを巡る争議は、2010年9月のオンブズマンレポートにも報告されていることから、比較的長期間存在していた争議が、適切な対応を得られないまま最悪の事態を回避できなかったケースと見ることができる。その一方で、Bear Creek Mining社は合法的な活動を行ってきた以上、政府による鉱区取り消し等の措置は違法かつ違憲であるとして、本問題の政治的な解決を要請している。
 全国の争議の原因や内容に注目すると殆どが環境関連であり、特に河川や湖の汚染が、実害や今後の被害に対する懸念を含めて、地元自治体や農民コミュニティが鉱業を拒絶する最大の要因の1つとなっているのが分かる。また、農業や牧畜業従事者が鉱業による水資源の不足を訴えるケースも多く、水問題は重要なテーマである。
 水問題に関しては、Southern Copper社のTia Mariaプロジェクト(Arequipa県)が、水不足や河川の汚染を懸念する地元住民らによって長期間にわたる根強い反発を受けていたが、2011年3月末に同プロジェクトに対する抗議行動が激化し、治安部隊との衝突により4月には死傷者が発生する事態となった。また、政府は同プロジェクトの環境影響評価(EIA)の修正不可能な不備を理由に否認を決定、Tia Mariaプロジェクトは凍結されることとなった。環境関連では、この他にも土壌汚染、血中鉛濃度等の健康問題、鉱害問題等も争議の要因となっている。
 一方、最も深刻なレベルの環境汚染をもたらすとされる違法鉱業も、全国で争議の要因となっている。金の違法鉱業に関しては、金価格の高騰を背景に、特にジャングル地帯のMadre de Dios県で大規模な違法操業が行われており、政府は治安部隊の投入による違法鉱業の根絶を試みている。しかし違法鉱業を収入源とする労働者からの反発を受け、根絶作業は苦戦を強いられている。
 また、2009年半ばに資金繰り悪化で操業を停止したLa Oroya製錬所(Junin県)を巡る争議では、同製錬所の排煙による健康被害への対応を求める声がある一方、地元の人々に雇用を提供していた同製錬所の再開を求める声もある。
 このように、農業や牧畜等、鉱業以外の産業が存在する地域では水や土壌汚染、水資源不足を懸念して全面的な反対運動が展開される傾向があるのに対して、本来鉱業が生活の手段となっている地域では、環境・健康被害への懸念と鉱業存続の要求が入り混じっており、地域住民の中にも鉱業推進派や反対派が混在するなど、鉱業争議は個別ケースごとに様相が異なっている。また、大規模鉱山の場合、鉱山の操業が影響を及ぼす地域や当事者数が多くなるため、複数の争議を抱えているケースも見受けられる。
 表1記載の争議とは別に、2011年7月に一時的に発生した集団抗議行動(デモ、ストライキ等)が63件報告されており、このうち鉱業関連ではCajamarca県のSocota村で発生したBarrick Misquichilca社の活動を拒否するデモ行進の1件が報告されている。
 更に、オンブズマンが表1記載の争議とは別に動向を注視すべき案件として挙げる8件のうち、以下の3件が鉱業関連である。
 ①Yanacocha鉱山に対する水利施設建設要求(Cajamarca県)
 ②Moquegua県住民らがSouthern Copper社のToquepala、Cuajone両鉱山におけるカノン税の公平な配分を要求(Moquegua県)
 ③La Esperanza、Saipay、Soledadの住民らが環境への影響を理由にGold Mine Holding社の活動を拒絶(Huanuco県)

3. オンブズマンの取り組み

 オンブズマンでは、社会争議の解決や沈静化に向けて①防止・監査活動、②仲介、③法的擁護の3種類のアプローチを行っており、2011年7月の実績は表2のとおりである。
 なお、オンブズマンによる活動件数は154件であり、このうち防止・監査活動が133件で大部分を占めている。

表2. オンブズマンの取り組み実績

防止・監査活動 情報アクセス 14
立ち入り監査 0
当事者への意見聴取/会議・セミナー開催 119
法廷助言 0
仲介 仲裁/仲介 1
対話協議の設置 20
ハイレベル争議解決委員会の設置 0
法的擁護 逮捕者の拘束状況調査 0
警察、検査局、司法への監査 0
合 計   154

4. おわりに

 2010年/2011年のここ1年間の社会争議件数は減少傾向にある一方で、鉱業関連争議が大規模な抗議デモに発展し、最終的にプロジェクトが中止となる事態が立て続けに発生した。また、複数の県政府や地方自治体が鉱区付与や鉱業活動を禁ずる条例を発令する等、鉱業を取り巻く争議はむしろ悪化したといえる。
 これまでペルー政府は、社会争議が鉱業投資を阻害する最大のマイナス要因であるとの認識のもと、地元社会と鉱山会社の仲介役を行うべく努力を行っているとしてきたが、政府による争議対策が十分でないことは明白である。特に、争議が道路封鎖等を伴う抗議デモに発展した際、これまで政府は一時的な合意を取り付けてデモ行動を解除させて問題解決としてきた。しかし最近の抗議デモは、プロジェクト中止等の目的が達成されるまで犠牲を問わず長期間展開される傾向があり、本腰を入れた社会争議の防止や対策が求められている。
 このような中、2011年7月28日にスタートしたHumala政権は、社会争議の根本にある社会的不平等の解消を目指し、貧困層向けの様々な社会プログラムの導入を計画、また、これらの社会対策費捻出の一環として、公約に掲げた鉱業超過利益課税に関して、年間30億ソーレス(約10.9億US$)で鉱山会社側と大枠で合意したと発表する等、新体制に向けた足場作りを行っている。更に新政権への移行後まもなく、先住民地域における鉱業や石油・天然ガス開発に関し、先住民の意向を汲むことを目的とした「先住民事前協議法」(Ley de Consulta Previa)が国会において全会一致で可決された。本法に関しては、投資への阻害要因となることを懸念する声がある一方で、争議の解決に貢献するとの期待も寄せられている。また、Humala大統領自身、経済成長は全てのペルー国民の生活向上を伴うものでなければならないとしつつ、全国に200件近く存在する社会争議の解決に意欲を示す発言を行っている。
 現在、ペルー鉱業の発展にとって最大の足かせとなっている社会争議を一つでも未然に防ぎ、また、その拡大を防ぐため、新政権が今後どのような取り組みを行っていくのかが注目される。

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