ペルーでは、2011年6月5日に行われた大統領選挙の決選投票の結果、左派で勝利するペルー党(Gana Peru)のオジャンタ・ウマラ(Ollanta Humala)氏が中道右派のケイコ・フジモリ(Keiko Fujimori)氏を破り、次期大統領に選出された。ウマラ氏は、選挙期間を通じて極端な反自由主義や民族主義を打ち出すことは無く、当初懸念された鉱業セクターの国営化などの資源の国家管理政策はとらないとした一方で、金属価格の高騰や鉱山会社の好調な業績を反映して、鉱山会社に対して新たに超過利益税を導入するとの方針を明らかにした。
7月末に発足したウマラ政権は、鉱業に対する超過利益課税に関して、営業利益に対して課税するチリの鉱業ロイヤルティ制度(正式名称:鉱業特別税)を参考にして、ペルーの鉱業セクターが競争力を失わないことを前提条件に鉱山会社側と協議を進めた。その結果、鉱業超過利益課税に関する3つの法案が9月22日に国会で承認され、大統領の署名を経て9月28日に官報に掲載され、公布された。 |
1. 新鉱業税制の概要
今回新たに制定された法律は以下の3法である。
鉱業ロイヤルティの改正法(Ley 29788:Ley que modifica la Ley 28258, Ley de Regalia Minera)
鉱業ロイヤルティの改正に関する法律で、2004年に制定されたLey 28258(ロイヤルティ法)を改正し、これまで、売上げの1~3%(年間総売り上げが60百万US$までは1%、120百万US$までは2%、120百万US$以上は3%)となっていたロイヤルティを、営業利益率に応じた累進制に変更するものである。
営業利益に課される実行税率は、営業利益率区間及びそれに対応した限界税率に従って、法令で定められた算定式により算出される。限界税率及び実効税率は表1に示すとおりである。例えば、営業利益率が10%の場合の実効税率は1%、20%の場合は1.56%、50%の場合は3.70%となり、当該税率が営業利益に課される。
本法律は税の安定契約を有していない企業に適用されるが、小規模及び零細鉱業については免除される。なお、施行細則は最高政令(D.S.180-2011-EF)で規定されている。
表1. 鉱業ロイヤルティの限界税率と実効税率
①鉱業ロイヤルティ |
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営業利益率区間 |
限界税率 |
実効税率 (上限値) |
下限 |
上限 |
1 |
0 |
10% |
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2 |
10% |
15% |
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3 |
15% |
20% |
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4 |
20% |
25% |
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5 |
25% |
30% |
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6 |
30% |
35% |
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7 |
35% |
40% |
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8 |
40% |
45% |
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9 |
45% |
50% |
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10 |
50% |
55% |
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11 |
55% |
60% |
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12 |
60% |
65% |
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13 |
65% |
70%
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14 |
70% |
75%
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15 |
75% |
80%
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16 |
80%以上 |
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注:実効税率は営業利益率が上限値の場合の率
80%以上の欄の実効税率は85%の場合の率
(出典:鉱業ロイヤルティの改正法Ley 29788に基づきJOGMEC作成)
鉱業特別税の新設法(Ley 29784:Ley que crea el Impuesto Especial a la Mineria)
鉱業特別税(IEM:Impuesto Especial a la Mineria)を新設する法律であり、営業利益に対して課税される。実行税率は鉱業ロイヤルティと同様に、営業利益率区間及びそれに対応した限界税率に従って法令で定められた算定式により算出される。税率は表2に示すとおりである。
なお、IEMは税の安定契約を有していない企業に適用される。ただし、ロイヤルティ同様に、小規模及び零細企業は免除されている。また、施行細則は最高政令(D.S.181-2011-EF)で規定されている。
表2. 鉱業特別税の限界税率と実効税率
②鉱業特別税(IEM) |
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営業利益率区間 |
限界税率 |
実効税率 (上限値) |
下限 |
上限 |
1 |
0 |
10% |
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2 |
10% |
15% |
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3 |
15% |
20% |
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4 |
20% |
25% |
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5 |
25% |
30% |
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6 |
30% |
35% |
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7 |
35% |
40% |
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8 |
40% |
45% |
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9 |
45% |
50% |
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10 |
50% |
55% |
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11 |
55% |
60% |
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12 |
60% |
65% |
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13 |
65% |
70%
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14 |
70% |
75%
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15 |
75% |
80%
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16 |
80% |
85%
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17 |
85%以上 |
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注:実効税率は営業利益率が上限値の場合の率
85%以上の欄の実効税率は90%の場合の率
(出典:鉱業特別税の新設法Ley 29784に基づきJOGMEC作成)
鉱業特別賦課金の新設法(Ley29790:Ley que establece el marco legal del Gravamen Especial a la Mineria)
鉱業特別賦課金(GEM:Gravemen Especial a la Mineria)を新設するものであり、ロイヤルティや鉱業特別税と同様に営業利益に対して課税される。実行税率は表3に示すとおりである。
鉱業特別賦課金(GEM)は、現在、税の安定契約を有する企業を対象に適用されるが、政府はこの制度を適用する前に、各企業と事前に本制度の適用に関する合意書を取り交わすとの考えを示している。なお、施行細則は最高政令(D.S.173-2011-EF)で規定されている。
表3. 鉱業特別賦課金の限界税率と実効税率
③鉱業特別賦課金(GEM) |
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営業利益率区間 |
限界税率 |
実効税率 (上限値) |
下限 |
上限 |
1 |
0 |
10% |
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2 |
10% |
15% |
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3 |
15% |
20% |
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4 |
20% |
25% |
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5 |
25% |
30% |
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6 |
30% |
35% |
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7 |
35% |
40% |
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8 |
40% |
45% |
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9 |
45% |
50% |
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10 |
50% |
55% |
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11 |
55% |
60% |
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12 |
60% |
65% |
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13 |
65% |
70%
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14 |
70% |
75%
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15 |
75% |
80%
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16 |
80% |
85%
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17 |
85%以上 |
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注:実効税率は営業利益率が上限値の場合の率
85%以上の欄の実効税率は90%の場合の率
(出典:鉱業特別賦課金の新設法Ley 29790に基づきJOGMEC作成))
2. 税負担の変化と鉱山企業の評価
新たな鉱業税制については、税の安定契約を有する場合と有さない場合とで異なる制度が適用される。
税の安定契約とは、ペルー政府を代表してPROINVERSION(民間投資促進庁)が外国投資家との間で税の安定に関して調印する制度である。鉱業活動においては、1日当たりの鉱石処理量350 t以上・5,000 t未満で操業あるいは操業しようとする鉱山会社で、2百万US$以上の投資計画を提示する場合、ペルー政府より10年間にわたり税の安定、即ち投資計画が承認された時点の税制が維持されるものである。更に鉱石処理量及び投資額が大きい場合は、15年の安定契約が認可されることもある。ロイヤルティ法が制定された2004年以前に税の安定契約を締結して投資を行った企業は、現在ロイヤルティの支払いが免除されている。
税の安定契約を有さない企業には、新たなロイヤルティと鉱業特別税(IEM)が適用され、安定契約を有する企業には鉱業特別賦課金(GEM)が課せられる。
また、新たな鉱業税制では営業利益率に応じた累進課税方式となっているため、利益が少なく利益率が低い場合は税負担が軽くなるメリットがある一方で、金属価格の高騰時など大きな利益が出る場合には、税負担がより大きくなり利益が圧縮されるという特徴がある。
課税基準が変わり、また、利益率によって税率が変化することから単純に比較することは困難であるが、一例として、経済財務省による税負担率の変化の試算を表4に示す。これによると、安定契約のない企業で3.7%、安定契約のある企業で4.6%の税の負担増になる。
表4. 税負担率
項目 |
安定契約無し |
安定契約有り |
旧制度下 |
42.8% |
35.6% |
新制度下 |
46.5% |
40.2% |
負担増加率 |
3.7% |
4.6% |
(出典:ペルー経済財務省)
なお、2006年に創設された、栄養プログラムや教育プログラムなどのプロジェクトを行うことを目的に鉱山会社が鉱業基金に自発的に年間純利益の3.75%に相当する資金を拠出する自発的拠出金制度は2011年で終了する。
新たな鉱業税制が創設されたことに関して、Buenaventura社のMorales法務部長は、先行きが見えない状況を終わらせるという意味では新制度が承認されたことは前向きなニュースであるとしつつ、新制度の導入により、ペルー鉱業はチリや豪州等との競争力を維持できるぎりぎりのラインに立つことになったとの考えを示した。一方で、現在計画されている鉱山会社各社による今後の鉱業投資総額が、2011年4月に発表された426億US$から507億US$へ増加したことなどから、新たな鉱業税制は鉱山会社側から一定の評価を受けていることが伺える。
おわりに
2011年10月に、Herreraエネルギー鉱山大臣は、政府が税の安定化契約を有している鉱山会社9社との間で合計14件の鉱業特別賦課金(GEM)に関する合意書を取り合わしたことを明らかにした。同大臣によると、2011年Q4から納付が行われるように、合意書は10月1日付けで締結された。また、未だに合意書を取り交わしていない企業が3社残っているが、10月末までに全企業と合意書を取り交わす見通しであるとコメントしており、新鉱業税制への移行は比較的順調に進んでいると思われる。
一方で、鉱業界からは、Arequipa県のTia Maria銅プロジェクト、Puno県のSanta Ana銀・鉛・亜鉛プロジェクト、Tacna県のToquepala銅・モリブデン鉱山拡張プロジェクト、Minas Conga金プロジェクトなど鉱業活動への反対運動が立て続けに起こっている現状から、政府が新税導入によって目指す年間30億ソーレス(約11億US$)の鉱業税収の実現は困難だとの声も上がっている。
前Garcia政権では、反鉱業運動に対する政府の対応が不十分であったと言われているが、Herreraエネルギー鉱山大臣は、今後5年間のエネルギー鉱業政策方針において、政府が鉱業を取り巻く社会争議に対してより積極的に関与していくと述べており、エネルギー鉱山省だけでなく政府全体の責任として取り組む姿勢を示している。また、Humala大統領は就任演説で、公平・平等な社会の実現を目指し、鉱山会社による超過利益を国家による貧困撲滅活動に貢献させると表明している。
ペルー鉱業の今後に大きな影響を与える反鉱業運動であるが、その解決に向けた新政権の積極的な姿勢や政策にも期待しつつ注目していきたい。
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