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カナダ連邦政府の環境許認可プロセス効率化への取り組みと各界の反応

鉱業投資アドバイザーであるBehre Dolbear社が毎年実施している鉱業投資ランキングによると、カナダは豪州に次いで2番目に鉱業投資に適した国であると評価されている。しかし、豪州と比較すると先住民問題等の社会問題と許認可遅延の2点について大幅に評価を落としており、これがカナダと豪州の鉱業投資に対する魅力の差となって現れている。 |
1. 現在の連邦政府による環境許認可プロセス
対象プロジェクトが、(1) 連邦政府のプロジェクト、(2) 連邦政府が財政支援を行うプロジェクト、(3) 連邦用地を使用するプロジェクト、(4) 別規則により連邦政府が許認可権を有するプロジェクト、に該当する場合、プロジェクトが所在する州政府の環境許認可に加えて、連邦政府の環境許認可も必要となる。
連邦政府の環境許認可は、カナダ環境評価法(Canadian Environmental Assessment Act(以下、CEAA))に基づきカナダ環境評価局(Canadian Environmental Assessment Agency)が環境評価を実施するが、以下のプロジェクトについてはさらに次の規制当局も関与する。
● 州間もしくは国際間の石油・ガスパイプライン敷設/送電線敷設などのエネルギー関連事業については、国家エネルギー委員会法(National Energy Board Act(以下、NEBA))に基づき国家エネルギー委員会も環境評価を実施
● 原子力関連事業については、原子力安全管理法(Nuclear Safety and Control Act(以下、NSCA))に基づきカナダ原子力安全委員会(Canadian Nuclear Safety Commission)も環境評価を実施
カナダ環境評価局による環境評価は、対象プロジェクトの環境負荷に応じてスクリーニング(Screening)、包括報告書(Comprehensive Study)、調停(Mediation)及び第三者検討委員会である審査パネル(Review Panel)の設置による審査の4種類に分類される。図1に現在のカナダ環境評価局の概略的な環境許認可プロセスの流れを示す。
カナダ環境評価局による環境許認可プロセスは国家エネルギー委員会や原子力安全委員会、各州による許認可プロセスと異なるものであり、また評価項目もそれぞれ異なる。最近ではカナダ環境評価局と州政府などの環境評価当局との間で覚書を締結して、可能な限り合同で審査することが行われているが、それでもプロセスの重複や審査期間が不透明なことなどから、プロジェクト申請者や州政府からはしばしば不満が出ている。

図1. 現在のカナダ環境評価局の概略環境許認可プロセス
2. 2012-2013年連邦予算案による取り組み
連邦政府は、2012年3月29日に2012-2013年連邦予算案を発表、2007年から段階的に取り組んでいる環境許認可プロセスの効率化を一段と推進させることとし、同年4月17日には連邦天然資源大臣が具体的な方策を発表、同年4月26日にはこれらを実現させるための法案Bill C-381を連邦下院議会に上程した。
本稿では、Bill C-38から詳細を補足しつつ、連邦政府が4月17日に発表した具体的方策の4つの柱に基づき、環境許認可プロセス効率化に向けた連邦政府の取り組みについて概説する。
(1) 予測可能かつタイムリーな審査プロセス
● 審査プロセスの簡素化
改正案では、現在の4種類の審査プロセスから、カナダ環境評価局による標準的な環境評価と審査パネルによる環境評価の2種類に簡素化
● 連邦政府の環境評価が必要かどうかを45日以内に決定
現在、連邦審査の必要性の決定に係る期限は設けられていない。改正案では、プロジェクト申請者からプロジェクト説明書を受理後、一般に公告、20日間のパブリックコメント期間を経て、受理後45日以内に連邦政府による環境評価が必要か決定する(CEAA改正案第8~10条)
● カナダ環境評価局による標準的な環境評価に対して365日の期限を設定
環境評価開始の一般公告から環境大臣による許可/不許可の最終決定まで365日以内とする。場合により最大3か月の延長、さらに環境大臣の提言に基づくカナダ総督2による延長も可能(CEAA改正案第27条)。上記期限には評価に必要な情報を申請者が準備する期間は含まれない
● 審査パネルに対しては最長で24か月、国家エネルギー委員会法に基づく審査に対しては最長で18か月の期限を設定
審査パネルでは、環境評価開始公告から60日以内に環境大臣が委員を任命。パネルは評価報告書を環境大臣に提出、環境大臣がプロジェクトの許可/不許可を決定。これら一連の審査を24か月以内に実施。必要に応じて環境大臣により延長可能(CEAA改正案第38条)
国家エネルギー委員会法に基づく審査では、15か月以内に主務大臣に評価報告書を提出。評価報告書の提出後、3か月以内に許可/不許可を決定(NEBA改正案第52~54条)
● 環境評価に対する責任機関をカナダ環境評価局、国家エネルギー委員会、カナダ原子力安全委員会に集約(CEAA改正案第15条)
現在、環境評価においては、それぞれの分野ごとに40以上にも及ぶ政府機関が当該分野について責任を有している。本改正案では、環境評価そのものの責任を上記3機関に集約する
● 国家エネルギー委員会の勧告に基づきカナダ総督が国家エネルギー委員会に対して許可/不許可の最終決定を指示(NEBA改正案第54条)
主要パイプラインプロジェクト許可に関する説明責任を内閣が負うことで、責任の所在をより明確化
● 漁業法(Fisheries Act)、絶滅危惧種法(Species at Risk Act (以下、SaRA))、航行水域保護法(Navigable Waters Protection Act)、カナダ環境保護法(Canadian Environmental Protection Act)、原子力安全管理法等の鍵となる許認可に対して法的に拘束力のある期限を設定
(2) 重複した審査プロセスの削減
● カナダ環境評価法に基づく要件を満足する限りにおいて、連邦政府審査の州政府審査による代替(CEAA改正案第32条)、または同等化(CEAA改正案第37条)
CEAAに基づくカナダ環境評価局による標準的な環境評価の場合、州政府の要望があり次第、連邦審査を州審査に代えることが可能
● 国家エネルギー委員会、もしくはカナダ原子力安全委員会による審査の場合、連邦政府の審査パネルによる環境評価を省略(CEAA改正案第38(6)条)
● 連邦の漁業法規則を州政府の規則と同等化(魚漁法改正案第4.1~4.2条)
連邦漁業海洋省と州政府等との間で協定を締結
● 漁業法に係る環境許認可権限を州、国家エネルギー委員会、カナダ原子力安全委員会等の規制当局に賦与(漁業法改正案第38条)
(3) 環境保護の強化
● 連邦政府の許認可に携わる人的資源等を環境影響の大きい大規模プロジェクトへの審査に集中
環境影響が非常に小さい、またはほとんどないと考えられる小規模プロジェクトは、州政府のみの審査とする
小規模プロジェクトとして例示されているものとしては、連邦政府の財政支援を受けるメープルシロップ工場拡張工事、運輸省による既存暗渠の交換工事、漁業海洋省によるボート用桟橋の建設等
主要プロジェクトに対する連邦審査を包括的に管理し、許認可プロセスを支援する主要プロジェクト管理事務所(Major Projects Management Office)の刷新に2年間で5,400万C$を投入
● 環境保護のために必要となる軽減措置にプロジェクトの申請者が従うことを確かなものとする環境評価決定通知書(Environmental Assessment Decision Statements)の導入(CEAA改正案第54~56条)
環境評価決定通知書の記載事項違反に対して10万~40万C$の罰金が新たに課される
● 決定通知書に記載された条件が満たされているかどうか検査する権限を有する連邦検査官の設置(CEAA改正案第89条)
● カナダ環境評価法、原子力安全管理法、国家エネルギー委員会法違反に対する罰金刑の設定(CEAA改正案第97~102条)
将来の被害拡大を防止するために軽微な段階で抑止することを目的
カナダ環境評価法もしくは原子力安全管理法に対する違反には2.5万~10万C$
国家エネルギー委員会法違反には別規則により規定
● 石油・ガスパイプラインやタンカー等の海上安全を強化する資金の拠出
2年間で1,350万C$を拠出し、タンカーの安全体制を強化するための新たな規則の導入と石油・ガスパイプラインに対する検査回数を増加
石油・ガスパイプラインの検査を現在の年100回から150回に、包括検査を年3回から6回に強化
● 主要プロジェクトにおける絶滅危惧種法の遵守及び環境保護の強化
絶滅危惧種法に基づいた長期の法的拘束力を有する許認可を賦与できるようにし、また規制当局を明確化
国家エネルギー委員会には、絶滅危惧種の生息域に影響を及ぼす事業に対する許認可権限が与えられる(SaRA改正案第77(1.1)条)
● 広域的もしくは累積的な環境影響を評価するための広域環境評価の適用範囲の拡大(CEAA改正案第73~77条)
(4) 先住民との協議の強化
● 新たな環境評価、規制プロセスへの先住民協議のさらなる整理統合
● 先住民との協議を支援するための資金拠出
● プロジェクト審査における連邦政府の協議調整者として単一の省庁を指名
● プロジェクト審査における協議段階と先住民グループの期待範囲を明確化させるための先住民グループとの協定・協議プロトコルの締結
● 先住民グループ、プロジェクト申請者、政府機関の関与を深めるとともに、州政府と連邦政府の許認可プロセス/先住民協議プロセスを連携させるため、州政府と覚書を締結
現時点では、アルバータ州とノバスコシア州で覚書を交渉中
● 先住民コミュニティとの長期にわたる良好な関係構築の促進
先住民の参加により、新たな天然資源プロジェクトから直接・間接的な便益を先住民が受けることができるよう支援する
その他の特記事項としては、従来のCEAAに従い分類されたスクリーニング、包括報告書審査は従来法に基づき審査が継続されるが、期限については改正案が成立した時点で遡及適用される。スクリーニングについては365日の期限、包括報告書審査については2010年7月12日発効の包括報告書期限設定規則(Establishing Timeline for Comprehensive Studies Regulations)が適用される。ただし同規則が発効される2010年7月12日より前に開始された包括報告書審査については6か月以内に完了させることとしている。また、従来法で審査パネルに分類されたプロジェクトについては改正法に基づく審査パネルに移行し、期限は24か月と設定される。改正法案では、国家エネルギー委員会、もしくはカナダ原子力安全委員会による審査では連邦政府による審査パネルは免除されるが、従来法に基づき審査パネルが設置された場合は引き続き審査パネルによる審査が継続される(CEAA改正案第124~128条)。
また、環境評価プロセスに参加できる団体・個人は、プロジェクトに直接影響を受ける団体・個人に限定され(CEAA改正案第2(2)条)、直接的な影響は受けないもののプロジェクトに関心を有する団体等には環境評価プロセスに参加する資格が与えられない。
3. 各界の反応
3-1. 連邦野党
連邦野党は、与党保守党による漁業法やCEAAをはじめとする一連の改正案に対して、一斉に反発している。
野党第一党の新民主党は、保守党政権の提案している環境許認可プロセスの改正案は、カナダの環境を損なうだけでなくカナダ人の健康も脅かすものだとして強く非難し、保守党政権は石油開発プロジェクトよりも環境保護を推進すべきだと主張している。
自由党は、保守党政権は環境保護という政府の役割を放棄する危険な道を歩んでいると非難し、特に漁業法の改正では、政府自らがどのプロジェクトを審査するか権限を有することとなり、カナダの環境と漁業に壊滅的な影響を与えるとしている。
2011年の連邦選挙で初めて議席を獲得した緑の党は、Bill C-38を「我々は環境について気にしない法(we don’t care about the environment’act)」と評し、CEAA改正案では連邦権限下の環境要素が魚類、水生生物、渡り鳥のみとなっていることから、従来の環境評価の一部を構成していた健康、社会経済的効果、文化遺産等は含まれていないと指摘している。また、国家エネルギー委員会に対しては、絶滅危惧種を危険にさらす事業に対する許認可権を賦与していることやパイプライン敷設事業を航行水域保護法の適用から除外して同委員会の管轄とするなど、国家エネルギー委員会に多大な権限を与えているとして非難している。
3-2. 州政府
連邦政府の発表を受けて、各州政府はそれぞれ歓迎の声明を発表している。特にBC州では、Taseko Mines社のProsperity銅・金プロジェクトが2010年に州政府の環境許可は賦与されたものの、連邦政府側では許可されなかったこともあり、以前から州政府の環境許認可プロセスへの一本化を要望し、積極的に連邦政府に働きかけていた。
サスカチュワン州は、連邦政府の一連の政策を歓迎する一方で、州内を流れる河川の上流で稼行されているアルバータ州のオイルサンド鉱山等の影響を懸念し、環境影響が複数の州に及ぶ可能性のあるプロジェクトに対しては、連邦政府が引き続き権限を発揮できるよう要望している。
3-3. 鉱業界
カナダ探鉱・開発者協会(Prospectors and Developers Association of Canada)、カナダ鉱山協会(Mining Association of Canada)等の業界団体は、それぞれ声明を発表し、今回の連邦政府の政策を歓迎している。
3-4. 世論
カナダの国営放送局であるCBCは、連邦政府による環境許認可プロセスの合理化等に関して賛否を問うアンケートを4月17日にウェブサイト上で実施している。投票総数約6,700票のうち約5,500票が反対に投じられ、賛成票は約1,000票にとどまっている。ウェブサイトを訪問した読者による投票のため世論を正確に反映したものではなく参考程度に過ぎないが、カナダ国内でも賛否が分かれていることを反映しているといえる。
3-5. 先住民グル―プ
北西準州など先住民自治が行われている地域では、従来、規制当局としては先住民グループの自治政府が役割を担ってきていたところ、今回の改正で本地域の規制当局は、先住民自治政府と連邦政府で構成される委員会形式となることが予想される。このようなことから、北西準州の先住民グループは、今回の連邦政府の政策に関して、先住民グループが北西準州で勝ち取ってきた自治権の侵害に当たるとして、強い懸念を示している。
また、カナダで最も影響力のある先住民組織であるファーストネーションズ議会(Assembly of First Nations)は、本改正が、先住民の権利に影響を与える事項に関して先住民と交渉するという連邦政府の責務に抵触するものであるとし、環境評価に対する「非合法かつ違憲(unlawful and unconstitutional)」の変更を実施する前に会談を持つよう連邦天然資源大臣に要求している。
3-6. 環境保護団体
環境保護団体は、連邦政府の一連の改正に対して強い非難の声を上げている。
Sierra Club Canadaは、連邦政府は環境保護に対する責任を放棄しつつあると非難し、最も深刻な事態は、環境省などの連邦監督官庁の予算が削減され、環境評価に従事していた何百人もの科学者らが解雇されていることだと述べている。
David Suzuki Foundationは、Bill C-38を「カナダ環境法解体法(An Act to Unravel Canada’s Environmental Laws)」と評し、漁業法及び絶滅危惧種法の改正は、連邦内閣や国家エネルギー委員会といった産業よりの規制当局の手に権限が委ねられ、結果として環境影響についての情報や監視が不十分なまま、急速にプロジェクトが進展させられると警告している。
West Coast Environmental Lawは、連邦予算案は環境に対する宣戦布告であるとの強い声明を発表し、本案は巨大石油・ガス企業が要求してきた事項-より少ない環境保護手段-を与えるものであり、我々カナダ人と子孫がその代償を支払うことになると非難している。また、直接的な影響を受けない団体等の審査プロセスからの排除に対しても強く非難している。
Canadian Environmental Law Associationは、現在の法律がここ10数年間担ってきた環境保護への役割を連邦政府は過小評価しているとし、特に原子力施設、石油・ガスプロジェクト、州間パイプラインプロジェクトといった環境影響の大きなプロジェクトの審査に対する一般参加の機会が制限されたことに強い懸念を表明している。
まとめ
連邦政府が発表した審査期間の明確化や重複プロセスの削減といった環境許認可プロセスの改正案に対しては、経済振興・雇用促進を図りたい州政府や産業界からは好意的な見解が示されている。一方で、法案が上程され、詳細が明らかとなって以降は、環境保護団体からの批判の声が強まっている。特に漁業法の改正に対して魚類等への影響が大きいとして懸念されているともに、そのような環境保護団体が直接的な影響を受けない限り、プロジェクトの審査プロセスに関与できないことにも強い不満の声が出ている。
プロジェクトの申請者にとっては、今回の連邦政府の取り組みは大いに歓迎されるものであるが、従来であれば審査プロセス期間中に公式に意見を述べる機会が与えられていたステークホルダーがその機会を逸し、かえってそれがプロジェクトに対する激しい反対運動に転化する恐れもある。
現保守党政権は議会の過半数を占める安定与党であり、保守党提案のBill C-38は賛否があるにせよ大きな修正もなく可決される可能性が高い。本法案により、現保守党政権下で多数のプロジェクトが一気に進展することが期待されるが、環境保護団体が主張するような懸念に対して連邦政府がどのような対応を行うのか注目される。
1 Bill C-38は4部から構成され、第3部(PART 3)にカナダ環境評価法、国家エネルギー委員会法、カナダ石油・ガス操業法(Canada Oil and Gas Operations Act)、原子力安全管理法、漁業法、カナダ環境保護法、絶滅危惧種法の改正条項が規定されている。なお、本稿で示している条項は2012年5月1日時点のものであり、その後の審議により変更される可能性があることを付記しておく。
2 原文は「Governor in Council」であり、これはカナダ総督を表す「Governor General」とは異なる。これはカナダの法律文書にしばしば見られるもので、内閣(正確には枢密院)の助言に基づき公式文書への署名等の執務を遂行するカナダ総督「Governor General」を意味する。本稿では、大意に違いはないとし、「カナダ総督」と訳出している。

