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ロシアの非鉄金属を巡る輸出関税に関する近時の制度変更と生産者への影響等について
ロシア連邦政府は、2011年に関税率法令を改正し、石油及び石油製品だけではなく、非鉄金属を含む他の商品に対しても、輸出関税の累進税率(市場価格により変動)を導入した。 |
1. ニッケル及び銅の輸出関税における変動税率の導入等
ロシア連邦政府は、2011年、非合金ニッケル及び電気銅の輸出関税に累進税率を導入した。それまで一律10%にあった関税率は、LME価格に基づき当該金属平均価格に応じた特定の計算式により算出される変動税率に代わった。その概要以下のとおり。
非合金ニッケル | 電気銅 | |
対象HSコード | 7502 10 000 0 | 7403 11 000 0 7403 12 000 0 7403 13 000 0 7403 19 000 0 |
旧税率 | 10%(一律) | 10%(一律) |
変動税率方式導入に関する政府決定採択・公布・施行日 |
・2011年4月25日付連邦政府決定第312号「非合金ニッケル輸出関税率算出について」 ・2011年4月27日付「ロシスカヤ・ガゼータ」紙連邦版第5466号にて公布 ・公布日より1か月後に施行 |
・2011年10月17日付連邦政府決定第840号「電気銅輸出関税率算出について」 ・2011年10月21日付「ロシスカヤ・ガゼータ」紙第237号にて公布 ・2011年11月21日より施行 |
関税率の算出の手順 | ・関税率は四半期毎のLME価格モニタリングをベースに決定される。 ・モニタリングは連邦経済発展省が実施する。 ・関税率は当該金属平均価格に応じた計算式により算出される。 ・連邦経済発展省はモニタリング期間終了の翌月20日までに税率を連邦政府に提案する。 ・連邦政府は関税率を承認する。 |
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関税率の適用開始・期間 | 関税率はモニタリング期間終了後3か月目の第5日から適用される(2011年9月27日付ロシア連邦政府決定第785号「2011年4月25日付ロシア連邦政府決定第312号の変更について」による)。 | 関税率はモニタリング期間終了後の3か月目の第5日から適用される。 |
関税額の算出計算式 | 以下の計算式により算出 Stnn=K × C 1 t当たり平均価格が12,000 US$以下の場合 Stnn=K1 × C Stnn=750+K2×(C-15,000) Stnn=1500+K3×(C-20,000) (各記号の意味) |
以下の計算式により算出 Stmr=K × C 1 t当たり平均価格が6,000 US$以下の場合 Stmr=K1 × C Stmr=800+K2×(C-8,000) (各記号の意味) |
関税率の導入に関する政府決定 | 2011年11月1日付ロシア連邦政府決定第875号「2006年12月23日付ロシア連邦政府決定第795号の変更及び非合金ニッケル輸出関税率の承認について」 適用関税額:2,117.8 US$/t 適用開始日:2011年12月5日 適用関税額:1,250 US$/t |
2012年6月以降に採択予定 |
(注1)ロシア連邦政府は、2011年11月7日付「ロシスカヤ・ガゼータ」紙(日本の「官報」に相当)にて、非合金ニッケル輸出関税額を上記計算式に従い2,117.8 US$/tと公布した。
(注2)非合金ニッケルに係る変動関税額の決定のためのLME価格モニタリング期間(現行では3カ月)の妥当性及び見直しの必要性については、生産者からの要望等は経済発展省に寄せられておらず、現状のところ特に検討されていない。
(注3)ロシア連邦政府は、現状、上記の非合金ニッケル及び電気銅に続く金属資源関係での変動税率を取り入れた関税制度の導入を予定していない。
連邦経済発展省次官は、2011年10月、例えば、アルミのような金属については、ロシア国内の天然資源をベースとするニッケルや銅とは異なり、原料の一部を輸入しているためビジネス・スキームが異なる点を言及している。
(注4)一方、変動輸出関税率の導入に伴い、サプライチェーンで関連する他の品目に関する輸出関税の在り方についても見直しがなされた。具体的には、銅線材に対して、ズプコフ第一副首相を議長とする関税・非関税規制小委員会は、2012年1月27日、7.5%の輸出関税の設定を承認した。これは、電気銅に対する変動輸出関税率の導入後に、生産者が電気銅から銅線を製造し、無関税で輸出・販売するようになったためである。
(注5)参照ホームページ
ニッケル関税:http://www.tks.ru/news/law/2011/04/27/0002
銅関税:http://www.tks.ru/news/law/2011/10/21/0001
2. WTO加盟に伴うEUとの協議義務
WTO加盟に伴うロシアの義務リストには含まれていないが、ロシア連邦政府は、EUに輸入利害がある原料商品に対する輸出関税の導入又は引き上げを検討する場合は、EUとの協議を行うとする義務を負った。
この協議は新税率導入の少なくとも2か月前に行われる。この取り決めは、2011年11月3日付政令第1951-P号「原料商品に対する輸出関税の導入又は引き上げに関するロシア連邦とEUの協定締結について」により承認されたロシアとEUの協定に盛り込まれている。協定はロシアのWTO加盟日より発行する。
ロシアは、WTO加盟に当たり700品目以上の原料商品の輸出関税制限に同意した。リストに入ったのは、ロシアのシェアが世界の生産量又は輸出量の10%を超える、若しくは世界市場で供給が不安定な商品である。具体的には、貴金属、銅、ニッケル、アルミ及びアルミ合金、亜鉛、錫及びその合金、バナジウム・ニッケル・銅の酸化物又は水酸化物、ウランが該当する他、錫・モリブデン・ジルコニウムその他の鉱石もこれに該当する。その他、非鉄金属・鉄スクラップの輸出関税もEUとの調整を必要とする。
(注)参照ホームページ:http://docs.pravo.ru/document/view/20898672/
3. 累進税率導入に伴う生産者側への影響等
(1)ロシア銅生産者を巡る産業構造(ニッケル産業との相違)
ロシア銅産業は、ロシアにおいて最も統合されかつハイテクな産業部門の一つである。持株会社の下で、採掘から圧延加工、そしてハイテク製品生産に至るまでのサプライチェーンを垂直統合することにより、銅の国際価格変動による影響を吸収し、十分な資金を部門の近代化に充て、低品位鉱や尾鉱から金属を抽出する新たな効率的技術を導入したり、新製品を開発したりすることができる側面を有する。ロシア国内の銅消費は必ずしも大きくないため、グループ企業を維持・発展させるための唯一の収入源は輸出である。
一方、世界最大のニッケル生産企業Norilsk Nickelにとって銅は主たる収入源ではない。同社が産出する鉱石(銅2.5%、ニッケル1.5%、8g/tの白金族金属を含有)の組み合わせでは銅が最も安価であり、同社売上の約1/2がニッケル、約1/4が白金族の販売によるもので、残りが銅である。
(2)ロシア銅生産者の反応等
銅の国際価格は2008年の経済危機を受けて、約9千US$/tから3千US$/tへと急落した。当時、生産設備近代化のために受けていた融資の利払いを背負うロシア企業にとって、この価格はあまりに低廉であった。そして、2009年2月より政策的に一律10%の輸出関税は廃止された。その後、銅の国際価格は上昇し、2010年末には史上最高値となるに至り、2010年12月18日から一律10%輸出関税が復活した。
こうした流れもあり、ロシア銅生産者は、電気銅の一律10%の税率が、累進税率(近時の価格では実効税率は10%を超える)に変更されたことに特段の驚きは無かったようである。
他方、これまで非課税にあった銅線材に対し、連邦経済発展省が輸出関税の導入を提案したことは生産者にとっては悩ましい驚きであった。同省が銅線材の輸出関税導入に踏み切った理由は、同省が電気銅の輸出関税を復活させた時に電気銅の輸出が削減して無関税であった銅線材の輸出増加がみられたことにある。
この措置に主に反対しているのは、垂直統合経営型のウラル地域の銅生産者で、銅線材生産は採算がとれなくなると考えている。圧延加工が必要な銅線材は原料商品とは異なり、その販売には、購入者との信頼構築という長年の努力と相応の営業経費が必要となる。またロシアの銅生産者は欧州企業に対し更なる不公平な競争条件の下に置かれると懸念している。それはロシアの主要市場であるEUでは、銅線材生産施設の操業率が低いため、ロシア製銅線材に1.3%の輸入関税を課しているからである。
銅線材への輸出関税導入は、より加工段階の低い製品(電気銅)の輸出への回帰を促すものであり、これはロシア経済の原料依存低減戦略に矛盾しているとする指摘につながる。
(3)スクラップ市場との関係
ウラル地域の生産者達にとって重要な原料供給源として非鉄スクラップがある。企業によっては電気銅の原料の約1/3~1/2をスクラップが占める(Norilsk Nickelはスクラップをほとんど利用しない)。銅の国際価格高騰は自動的にスクラップ価格にも反映されるため、電気銅生産者の利幅は従来水準とさほど変わらないものとなるが、ロシアの冶金企業は、スクラップの国際的慣行の値引きを踏まえて業者からスクラップを購入することで、これまで輸出関税が無税であった銅線材の生産は魅力的であった。しかし、銅線材に対する約800~900 US$/tの関税により、スクラップ再利用の採算性は完全になくなると関連企業は考えている。
一方、スクラップ業者は、冶金企業の関税支払に配慮して値引きを拡大することは考えられない。銅生産者は、電気銅への一律10%関税導入の復活により、既に二次銅原料市場を悪化させたとする指摘がある。 今後、累進関税率が15~17%に上がることで、2008年末~2009年初めの経済危機の時のように二次原料市場がロシアから消滅するのではないかとする懸念もある(当時、国内スクラップ販売が9割減少したとの話あり)。
ウラル地域に位置するスヴェルドロフスク州(首都:エカチェリンブルグ)知事は、電気銅への累進課税導入等により、同州銅関連企業の負担増と生産施設近代化の遅延等により、同州の歳入は大幅減になるとしている。
(4)上流開発への影響
ウラル地域の操業鉱山の銅品位は現在1~1.2%と言われており、銅の国際価格上昇は、銅品位が0.5%以下のチェリャビンスク州(首都:チェリャビンスク)の鉱山(ミヘエフ鉱山0.4%、トメンスコエ鉱山0.38%)の開発を下支えした。また、グミョシキンスコエ鉱山では尾鉱や既に採掘した鉱石を再利用している。ウラル地域の鉱石にも亜鉛、金、銀といった金属が随伴するが、Norilsk Nickelの鉱石と比べると量は少なく常に随伴しない。こうした現状は、ウラル地域の銅採掘コストを引き上げ、企業収益率を押し下げている。
こうした傾向から、銅の国際価格が9千~1万US$/t以上なら開発に値するような長期投資プロジェクトはその経済性計算の前提が変わり、一時中止となる可能性があると言われている。「ウラル金属市場」誌によると、15~17%の電気銅の累進関税率、及び7~10%の銅線材の関税率の導入により、ウラル地域の鉱山開発投資は不可能になり、アルタイ地方や中央アジアでの鉱床開発にシフトするという見方がある。
4. まとめ
今次の電気銅への累進税率及び銅線材への関税導入は、ウラル地域の銅生産者の産業構造を巡る事例から、国際価格上昇局面での輸出における利幅を圧縮するものであり、ロシア国内の原料供給源の持続的発展の観点においては、スクラップの国外輸出への傾斜や鉱山開発計画の見直し等、かかる開発投資案件を保有する企業行動に少なからぬ影響を与えるものと考えられる。(以上)