報告書&レポート
チリ環境基本法改正の概要

チリの環境基本法(Aprueba Ley Sobre Bases Generales del Medio Ambiente、法律第19,300号)が、法律第20,417号(2010年1月26日に官報に掲載)により改正された。改正により、これまでチリの環境行政を担ってきたチリ環境委員会(CONAMA:Comisión Nacional del Medio Ambiente)に代わり、環境省(MMA:Ministerio del Medio Ambiente)、環境評価局(SEA:Servicio de Evaluación Ambiental)、環境監督庁(SMA:Superintendencia del Medio Ambiente)が設立された。また、環境影響評価システム(SEIA:Sistema Estudio Impacto Ambiente)への市民参加の拡大など制度的にも、施策的にも重要な改定が行われた。環境影響評価システムは鉱業関係のプロジェクトも当然その対象となることから、チリで探鉱開発プロジェクトを進める場合に避けることはできず、環境基本法改正の内容を把握することは非常に重要である。本稿では環境基本法の概要と、法律第20,417号による環境基本法の重要な改正点及びその後の関係施策について紹介する。 |
1. 環境基本法の概要
1.1. 環境基本法の基本理念
以下では、環境基本法案が国会に提出された際の大統領メッセージをもとに環境基本法の基本理念について述べる。
(1) 予防の原則
環境基本法の大統領メッセージでは、「この法案の原則により環境問題が起きることを防止するよう試みる。」と述べられている。予防の原則をチリで最初に謳ったのは、チリ共和国憲法第19条、第8項であり、「汚染のない環境のもとで生活する権利を確立する。その権利が侵害されないように、その後見役として自然を保護することは国家の義務である。」と述べている。
(2) 汚染者が責任を持つ原則
この原則について、大統領メッセージでは、「現在環境を汚染している、または、将来汚染する者は、汚染を防止するために必要なあらゆる投資を、その生産コストに組み入れなければならない」と述べている。
この原則によって、誰もが環境への配慮と保護を考えることを義務付けられた。また、この原則は、民間企業の活動により生じる環境汚染のコストを社会が負担するのではなく、他方、国家が負担するのでもないと述べている。
環境基本法では、この原則に従い、環境に損害を与える責任者へは、その環境負債コストを開発コストに組み入れることを定めている。
(3) 漸進性の原則
漸進性の原則とは、長期にわたる目的に対して、それを放棄せずに徐々に近づいていく試みと言い換えられる。
すなわち、環境規制適用により実施される環境管理、それに関連して制定される制度は、適切な形で公共、民間のコストを吸収できるよう計画され、その適用は段階的でなければならない。大統領メッセージでは、「環境基本法案はより厳しい環境規制を明日から要求することを目指すものではなく、その規模を考慮せずに全国のあらゆる鉱業活動を環境影響評価システムに従わせるものでもない。それとは全く反対に、環境規制プロセスの第一歩を踏み出すものであって今後の道のりは長い。すなわち、全ての鉱業活動または資源に対して適用できる法の枠を定めるだけであり、今後様々な事業に応じた基準を制定していくものである。」と述べている。
さらに、大統領メッセージでは「基本的で最も根本的な規制から始めて、順次その他の事象を規制してゆく」となっており、漸進性の原則が示されている。
(4) 責任の原則
責任の原則とは、環境に被害を与えた責任者に対して、被害者へ損害の全てを償うことを求めるものである。責任者は環境に生じた損害を物的に修復することが求められ、さらに、破壊された景観の回復も義務付けられている。
(5) 市民参加の原則
「市民参加の原則は、環境分野において不可欠なものである。なぜなら、環境を適切に保護するためには、その問題による被害者全員が参加することが必要だからである。」と大統領メッセージには述べられている。
この原則は環境基本法のいたるところに述べられており、環境規制制定のプロセスにおいて避けられない必要条件となっている。
(6) 効率の原則
効率の原則とは、環境基準と対策をより効果的に、できる限り低コストで導入することと言い換えられる。すなわち、環境規制で求められるコストが、それを満たさない場合に起こりうる社会的コスト及び個人的コストより低いものであれば、環境規制を遵守しない方が不合理である方向に仕向けるものである。
環境基本法第45条では、予防計画及び環境汚染除去に関する最低限の内容が規定されており、そのg項では経済的・社会的コストの見積もりを明示するよう求めている。
1.2. 環境基本法で規定されている環境管理施策
環境基本法第II章には、以下に述べる環境管理施策が定められている。
(1) 教育及び研究(第1節)
「環境問題の理解と自覚を促すため、各水準の教育課程において、環境保護の現代的観念に関する知識の移転及び教えを通じて、環境問題の防止及び解決に資する価値観の統合と習慣性の育成を図らなければならない」と規定されている。
(2) 戦略的環境評価[EAE:Evaluación Ambiental Estratégica](第1節の2)
戦略的環境評価とは、政策策定プロセス及び一般的規定の作成において、環境または持続可能性に対して影響のある政策、または、計画などに持続可能な環境規定を導入することを目的として行われる。戦略的環境評価は、環境に対して影響のある国家レベルの計画及び地域計画施策(IPT:Instrumetos de Planificación Territorial)に適用される。
この施策は法律第20,417号による改正で新たに導入された。
(3) 環境影響評価システム[SEIA:Sistema Estudio Impacto Ambiente](第2節)
環境の劣化を防止するための重要施策として環境影響評価システムを挙げることができる。この施策は、国内で実施されるプロジェクトの設計及び遂行に環境的側面を組み入れることを狙ったもので、官民のプロジェクトを問わず適用可能な環境的必要条件を満たしているかを評価、証明するものである。
環境影響評価システムは1997年4月3日に施行され、それ以後15年以上にわたり1万件以上のプロジェクトがこのシステムを通じて認可された。それにより公共・民間投資が求められる環境破壊を防止し、または、大規模な環境汚染が発生した場合にもその軽減策が存在するというように、環境対策の大きな転換点となった施策である。
(4) 地域社会の参加(第3節)
市民参加とは、特定の環境プロジェクト、政策、計画または環境規制に関して、自然人または法人が、それを知り、責任を持って意見を述べるメカニズムのことである。これにより、環境評価プロセスのより詳しい情報が地域社会へ提供され、それをより透明性のあるものとし、所轄官庁の決定を揺るぎないものとすることができる。
(5) 環境情報へのアクセス(第3節の2)
環境情報へのアクセスについては、「あらゆる市民は共和国憲法及び公共情報へのアクセスに関する法律第20,285号の規定に基づいて、行政機関が所有する環境関係の情報にアクセスする権利を有する」と定められている。
(6) 環境の質、自然の保護及び環境資産の保全に関する基準(第4節)
環境の質に関する基準には一次と二次の二種類がある。
一次基準は環境大臣及び健康大臣が署名する最高布告令を通じて公布される。チリの全領土に対して適用されるもので、緊急事態を引き起こす汚染基準を決定する。
二次基準は環境大臣及び対応する事象により、その管轄の大臣が署名する最高布告令によって公布される。
一次基準は市民の健康を保護することを目的とし、二次基準は天然資源、農作物、生態系、動植物種、記念建造物または考古学的価値のある場所などを保護するためのものである。
(7) 排出基準(第5節)
排出基準は、産業施設または一般の発生源から大気または水域に対して排出される汚染物質の最大量を規定するものである。最高布告令により公布され、適用地域が指定される。
(8) 管理計画、汚染防止または汚染除去計画(第6節)
汚染除去計画とは飽和地域(環境基準の規制値のひとつ、またはそれ以上の汚染物質の濃度が上限を超えている地域)を環境基準レベルへ回復させる施策である。
汚染防止計画とは潜在地域(水、大気及び土壌の汚染物質濃度が該当する環境基準値の80%から100%の間にある地域)で一次基準または二次基準を超えないようにすることを目的とする施策である。
管理計画とは再生可能な天然資源の使用及び利用が再生能力とそれに関連する生物多様性を確保しながら行われることを目的としたものである。
(9) 異議申し立ての手続き(第7節)
以下の最高布告令は官報に公表される。
・ 環境の質及び排出基準の制定
・ 潜在地域または飽和地域の宣言
・ 防止計画または汚染除去計画
環境基本法の規制を満たさないと判断する者、及びそのために被害を受けると思うものは、誰でも環境裁判所(Tribunal Ambiental)に訴え出ることができる。
2. 環境基本法の主要な改正点
2.1. 環境管理施策
(1) 戦略的環境評価の導入
1.2.(2)でも触れたが、法律第20,417号による改定で戦略的環境評価が新しい環境管理施策として導入された。これは、環境影響評価において行われる環境的な配慮を特定プロジェクトレベルではなく、政策や計画のレベルにおいて導入することを目的としたものである。
この施策が有効になるには施行細則の制定が必要であり、実際にいつ有効となるかは現時点では未定である。
2.2. 新環境機関
環境基本法の改正によりチリ環境委員会(CONAMA)は廃止され、環境省及び環境評価局が設立された。さらに、環境規制の監査及び罰則の適用を担当する環境監督庁が設立された(添付図参照)。以下に、チリの環境関連省庁と主な機能を紹介する。ただし、環境基本法で設置が言及されていない機関(環境裁判所及び生物多様性及び野生生物地域保護局)も含めている。
(1) 環境省(MMA:Ministerio del Medio Ambiente)
環境政策及び環境規制の策定を担当する機関。環境省設立の主目的は生物多様性の保護、保全及び持続可能な発展を促進することである。
環境省の傘下には次官官房、環境省地方事務局、全国及び地方諮問委員会がある。
(2) 持続可能性のための閣僚委員会(Consejo de Ministros para la Sustentabilidad)
環境問題について横断的な議論を行い、政策及び規制を承認する審議会。環境大臣(議長)、農業大臣、財政大臣、健康大臣、経済刺激・観光大臣、エネルギー大臣、公共事業大臣、住宅・都市計画大臣、交通・遠隔通信大臣、鉱業大臣、計画大臣などのメンバーにより構成される。
(注:1)省の日本語名称は国立国会図書館のウェブサイトを参考にした。
(3) 環境評価局(SEA:Servicio de Evaluación Ambiental)
環境評価局はCONAMAの業務を法的に引き継ぐ機関であり、最も重要な任務は環境影響評価システム(SEIA)の管理である。この組織の設立目的は以下のようにまとめられる。
・ チリの持続的な発展のため、環境評価に最新技術を導入する
・ SEIAに基づく環境評価への市民参加を促進する
・ 各省庁の定める環境基準をガイド作成により規格化する
・ 評価システムやその他すべての環境許可に係る手続きの簡素化を提言する
(4) 環境監督庁(SMA:Superintendencia del Medio Ambiente)
環境監督庁は環境規制及び環境管理施策の履行を追跡、監査し、不履行の場合には処罰する権限を有する。
環境監督庁は環境裁判所の設置とともにその権能の行使が可能となる。
(5) 環境裁判所(Tribunal Ambiental)
環境監督庁が科した処罰、環境認可(RCA:Resolución de Calificación Ambiental)に対する異議申し立て、環境の質、排出、飽和または潜在地域宣言及び汚染除去または防止計画に関する最高布告令に対する異議申し立てを扱う。
環境裁判所設置法は2012年6月28日に官報に掲載され施行された。Antofagasta、Santiago、Valdiviaの3都市に設立され、Santiagoの第2環境裁判所が2012年12月28日までに、Antofagastaの第1環境裁判所及びValdiviaの第3環境裁判所は2013年6月28日までに設置されることが定められている。
(6) 生物多様性及び野生生物地域保護局(Servicio de Biodiversidad y Áreas Silvestres Protegidas)
チリ全土の生物多様性保護、自然保護、及び環境遺産の保全を目的とした、中央政府からは独立した機関。主な機能には、自然保護地域など国立野生生物地域保護システムの管理、国立自然保護地域内の権益及び認可の授与、民有地内の自然保護地域確保の促進、民有地内の自然保護地域の自発的申請に対する認可及びその解除、認可条件の履行に対する監査がある。
本局を設置するための法案が国会で現在審議中である。
2.3. 環境影響評価システム
(1) 厳密な調査、許容性の管理、重要ないし本質的な情報不足
環境基本法の第14条3項において、環境影響評価システムのプロセスは、プロジェクトの種類及び評価方法の“厳密な調査”から開始すること、かつ、プロジェクトの重要ないし本質的な情報が不足している場合には、所轄環境機関は評価プロセスを打ち切る権限を有することなどが規定された。この規定により、行政機関及び環境影響評価申請者に法改正前以上の要求が課され、プロジェクトに対するより適切な評価が行われることとなった。これにより、環境影響評価システムの初期段階から評価の重要性がより明確化され、手続き期間短縮に繋がることが期待されている。
(2) プロジェクトの環境評価
本稿冒頭でも述べたが、旧環境基本法下ではCONAMAがプロジェクトの環境評価を行う組織であった。新法下では、その役割を評価委員会(Comisiones de Evaluación)が担っている。しかし、評価委員会の構成は、新旧法間で大きな変更はなされていない。すなわち、評価委員会は州知事が主催し、委員は環境省、健康省、経済刺激・観光省、エネルギー省、公共事業省、農業省、住宅・都市計画省、交通・遠隔通信省、鉱業省、計画省などの書記官であり、地方局長が書記を務める。改正法では、県知事と地方評議員が外れただけである。この変更の目的は環境認可に際し、政治的圧力の軽減を図ることであった。
(3) 環境認可の変更
第25条5項で、プロジェクト実施時に、設定条件または対策に基づき設計されたフォローアップ計画での評価要素が当初計画と大きく変化する、または、それを確認しない場合には、その状況に対応する必要な対策を講ずるための環境認可変更の可能性が組み込まれた。
(4) 環境認可の失効
第25条3項では環境認可の失効について規定している。改正前は環境認可の承認を得たプロジェクトの名義人は、そのプロジェクトを実施するまで何年でも放置することができた。しかし、年月を経ることによりプロジェクトのベースラインそのものが大きく変化することがあり得ることから、今回の改正により、“プロジェクトまたは活動に対して承認された環境認可は、承認されたプロジェクトまたは活動の実施を通告後5年を経ても開始しない場合には失効する”ことが規定された。
(5) 環境評価システムへの住民参加
環境評価システムへの住民参加に関しては以下のような改定がなされた。
・ プロジェクト評価に参加するための参加資格が拡大された。改正前は、プロジェクトまたは活動により直接に影響を受ける市民団体と自然人のみが参加できたのに対し、法人を含む全ての住民が参加できるよう改定された(第30条2項)。
・ プロジェクトの評価手続き中に環境負荷そのものに大きく影響する説明、訂正及び補足を行った際の住民参加のための時間が確保された(第29条)。
・ 住民参加の範囲が環境影響宣言書(DIA)まで拡大された。法律中には”podrán(できるであろう)”が使われており、環境評価局は環境影響宣言書に対する住民参加を促す権限を有するものの、それを開始する義務は負っていない。この住民参加については、少なくとも法人格を有する二つの市民団体または直接影響を受ける少なくとも10人以上の自然人が申請することが必要とされており、さらに、そのプロジェクトが近隣社会に環境負荷を発生する場合に限定されている。
・ 住民参加に関して、プロジェクトの名義人が環境影響評価書または環境影響宣言書を提出したことをラジオ放送などを通じて通告する義務などが導入された(第30条)。この義務については、施行細則により明確な規定がなされることとなっている。
3. 環境基本法改正による鉱業プロジェクトへの影響
環境基本法の改正は鉱業部門のみを意識して行われたものではないことから、同部門だけが影響を受けるものではないが、プロジェクトの性質上、影響が大きいと思われる改正内容は以下のとおりである。
環境影響評価手続きを進めていく上で最も大きな問題となる可能性があるのは、地域社会との関係である。プロジェクト関係者との対話強化措置については、上述のとおり、環境影響宣言書または環境影響調査書の提出を地元ラジオ放送等を通じて公表する義務、二つの市民団体または10人の自然人の申請による環境影響宣言書への住民参加の規定、州都新聞または全国紙への環境認可公表義務を規定したことが挙げられる。しかし、これらは施行細則により明確な規定がなされることになっており、実際にどのような影響が出るかが判明するには依然として時間を要する。
環境影響評価システムの適用に当たり、優先地域、湿地帯及び氷河を考慮する必要が規定されたことも高標高地に立地することの多い鉱業プロジェクトにとっては影響が大きいと思われる。
おわりに
本稿では、環境基本法の基本理念と法律第20,417号による改正及びその後の関係施策の概要をまとめた。本文中にも触れているが、今回の改正点がすべて運用されるようになるのは、環境影響評価システムの施行細則の改定を待たねばならない。サンティアゴ事務所による取材では施行細則の改定は2012年10月頃になるとのことである。
施行細則の改定では、これまで区分が曖昧であった概査(prospecciones geológicos)と探鉱(exploraciones)が明確に定義されるとのことであり、環境影響宣言書の提出義務がこれによって明確に分かれることから、鉱業プロジェクト、特に探鉱プロジェクトへの影響は大きい。また、先住民族との関係でILO第169号条約に関連する手続きとの整合性も図られるとも言われている。施行細則の改定内容についても別途報告したい。
なお、改正環境基本法原文、新旧対比表は別途小冊子として発行する予定である。

添付図. チリ環境行政機関相関図

