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報告書&レポート

2013年1月17日 ロンドン事務所 小嶋吉広
2013年02号

2012年LMEセミナー参加報告

 毎年恒例となっているLondon Metal Exchange(LME)主催によるLMEセミナーが2012年10月15日、ロンドンで開催された。この期間、ロンドンには世界中から非鉄金属関係者が集い、関係企業などによるレセプション、ディナー、または各種セミナーが開催され、関係者の交流、情報交換などの機会が提供されている。この時期に開催されるセミナーは市場予測に係るものが多く、供給者と需要家の間における翌年の価格設定の材料として重要性を持っている。

 本稿では10月15日に開催されたLME主催の「LME Metals Seminar」における今後の金属市場の展望をテーマとする講演について紹介する。今回のLMEセミナーでは、足許では中国の景気減速の兆しが金属市況の動向に暗い影を落とすものの、2012年6月に発表された香港取引所によるLME買収に呼応する形で、中国経済が世界経済に及ぼす影響力や金属市場におけるプレゼンスなど中国に焦点を当てた講演が目立った。また2008年の金融危機の影響を脱したものの、ユーロ危機や新興国の成長率鈍化によって再度後退局面を窺う現下の世界経済の状況を背景に、ややもすれば冷え込みがちな投資家心理を鼓舞するような講演も目に付いた。講演資料は以下のLMEのサイトよりダウンロードすることができる。

 http://www.lme.com/lmeweek2012.asp

1.取引活動中心地アジアへの移転は何を意味するのか

 Noble Group:Mr Richard Elman – Chairman/Executive Director

2008年に発生した金融危機により、コモディティ関連の指標や非金属価格は激しい変動をみせたが、危機発生から4年経過した現在、主な指標や価格は金融危機発生前のレベルにまで回復した。この4年間、コモディティ市場は価格面で驚くほどに落着いた動きを示してきたと改めて感じざるを得ない 。

一方この期間、市場環境面では著しい変化が見られた。一つ目の変化としては、中国の目覚ましい成長ぶりである。 1993年から2003年の10年間に中国の銅消費量は世界消費量の10%から20%に伸びたが、その後7年たらずで40%に伸び続け、それに応じて中国は世界のコモディティ企業を次々と買収し、市場における影響力も増大してきた。二つ目の変化は、金融危機後、最も入手困難となったものはコモディティでは無く、運転資本となったことである。CDS(Credit Default Swap)指数を例にとって企業の資金調達コストを計ってみると2010年縲�2012年の指数値は、2008年の危機発生前の3年間に比べ3倍に伸びており、いかに運転資本の入手が難しくなったかが見てとれる。金融危機発生後、欧米企業は借入金による投資を手控え財務健全性確保に注力し、それが経済活動の低迷をもたらすことになったが、その間中国は政府主導による経済成長政策を推進し、それが世界経済の安定に資するとともに、世界経済における中国のシェアを押し上げてきたのである。

上記のような変遷を経た“新時代”が今後どのような進展をみせるかが当然大きな関心事となるところであるが、まず現在世界を襲っている経済ショックは過去に経験済みであることを思い起こす必要がある。1930年代の世界恐慌以降、約1世紀の間に主な金融危機が少なくとも5回あり、それらの危機の後、何年間かにわたるコモディティ価格の停滞期を経験している。金融危機はそれぞれが特殊であるが、どれもが危機後に以下のような共通の経過を辿っている。

1) 資産価格は長きにわたって下降、低迷基調を続けたこと
2) 経済成長は長きにわたり最適レベルを下回り続けたこと
3) 運転資本と一度得た信用を維持することが商業的成功にとって重要な鍵となったこと
4) 商業資金の信用入手が難しくなり危機を乗り切る為に商業マージンを増加させる動きが見られたこと

George Peabody氏が1838年に設立したMorgan Grenfellは英国で最古のマーチャント・バンク(英国で発達した貿易決済業務に特化した銀行)であるが、Morgan Grenfellは欧州とエマージングマーケット(当時は米国)の間の金属取引の期限を遵守して行い、それにより顧客の信頼を得たことが成功の鍵となって1929年の世界恐慌を切り抜けたと言われている。漢字の“危機”が示す様に、危機には危険と機会が存在し適切な管理手段をもって危険に望めば危機は機会となり得るのである。

今回の危機を経て、中国は世界経済におけるプレゼンスを一層拡大し、コモディティ業界においては支配的とまで言えるほどの影響力を有することになったが、この中国の影響力拡大の動きを以て、中国がエネルギー、鉱物、農業資源を独占する脅威と捉えるのは歴史的観点より正しいとは言い難い。歴史を見ると、世界における経済の中心地はその時々で変遷しており、各国のGDPを基にした世界経済の重心の変遷を歴史的に分析すると、1000年頃インド北部にあった世界経済の重心は、1820年頃までにカザフスタンに移動した(図1参照)。その後、欧米の経済成長を受け、重心は西方へ移動するが、第二次大戦以後は再び東方へ回帰する動きを見せている。このように世界史的には、経済の重心は循環的に遷移するものであり、近年の中国及びアジア諸国の世界経済における影響力拡大は、歴史的な趨勢と捉えることができる。

図1 世界経済の重心移動の推移

(出典:講演資料)

図1 世界経済の重心移動の推移

2.クリアリング(精算決済業務)および法規制に関するパネルディスカッション

  • LME: Mr Diamuid O’Hegarty-Deputy Chief Executive
  • Bank of England: Mr Edwin Schoolinglatter- Head of Payment&Infrastructure
  • LME: Mr Trevor Spanner – Head of Post Trade Services

2008年の危機発生を受け、リスク管理の法規制を見直すという進展が見られた。現在米欧にて修正案として出されているものは2008年に露呈したリスクをより厳格に捉え、同様な事態が発生する可能性を減らすことを目的とした内容となっている。しかしながら、市場の安定性確保に向けた関係当局による介入は度を越しているという意見もあり、事態の本質に焦点が当てられた解決策であるかどうか今後の推移を見守る必要がある。

危機以来、決済業務の内容、およびその重要性がより理解されるようになり、決済業務システムも全体として大きく変わりつつある。規制当局は中央決済業務機関(Central Counter Party Clearing House:CCP)をより重視するようになっている。取引所を経由しない店頭取引(Over the Counter:OTC)ベースの決済にも関係両者相互のクリアリングを通す必要性など、関連法規制の修正案は市場参加者の安全性を重視する内容となっている。こうした動きはクリアリング、コンプライアンスのコストなど市場参加者にとって新たな費用負担を意味するものである一方、CCPとしてリスクを管理するマージン(証拠金)やデフォルト基金の設定レベルを改めて見直す機会となっている。規制当局は包括的な規制を導入しようとしているが、これまでの規制はパッチワーク的なものが多く、今後15縲�20ヵ月間で包括的内容を盛り込んだものが導入できるかどうか注目される。

本件についてはG20においても議論されているところであり、現在G20レベルで検討されている修正内容は以下の三点に集約できる。

1) 標準化されたOTC取引にもCCPを通じての決済を義務づけること。これはイニシャル・マージン(当初証拠金)に加え日毎に変わる価格に応じたヴァリエーション・マージン(変動証拠金)の支払いを要し、これにより将来的な価格変動リスクの99%をカバー出来ることになる。

2) 決済機関メンバーの自己勘定と顧客勘定の区別の明確化。これは2008年のリーマン・ブラザーズ、最近ではMFG(MF Global Inc.)の例でも明確だが、決済機関内のメンバー自己勘定と顧客勘定を区別せず一緒にしていたために、一者のデフォルトの影響がより拡大されたものである。

3) 標準化されていない相対ベースのOTC取引はCCPを通さなくても良いが、例えば取引に先立ちリスクをカバーできる供託金の設定などより厳格なリスク管理導入が予定されている。これはデフォルトが他者へ波及する事を防ぐとともに、CCPで要求されるマージン支払いを避けるが為に標準化されていない相対ベースのOTC取引へ流れてしまうような事態を避ける為のものでもある。

リスク管理上CCPがより重視されることから、最低資本金レベルやマージンの引上げは考えられる。マージンや互助的(mutual)デフォルト基金は各クリアリングのメンバーが納得するレベルであることも必要である。修正案では最低必要資本金レベルは銀行業界と同様、クレジットリスク、業務リスクを反映するものとなっている。例えば資本金はデフォルトが発生した時、デフォルト基金使用以前に資本金の25%を以て損失補填に充てることなどが盛り込まれている。

CCPの業務システムのリスクを防ぐ為に以下を備える必要がある。

1) リスクを吸収出来得る十分な金銭的バッファーを備えること。これはマージン、デフォルト基金、またはCCPの自己資金といった形で備えることができる。

2) 実際に損失が発生した際に損失を補填する割当順位の設定。

3) 情報開示と透明性確保。

4) 関係機関のガバナンス。相互依存によるリスクであることから、CCP、そのメンバー、およびメンバーの顧客が皆ガバナンスの構成員となるべきものである。

3.米・欧・アジアの 経済見通しと金属価格への影響

3.1 米国
 Prestige Economics:Mr Jason Schenker -President

世界経済成長率は2012年も更に鈍化すると予想されるが2013年には緩やかながら2012年を上回る成長が見込まれる。米国GDPは2011年以降2014年まで、わずかながらも続けて前年を上回る成長率を維持し景気回復基調を見せるものと見込まれる(表1参照)。

表1 GDP成長率予想

  GDP成長率予想(%)(実質ベース)
2011(実績) 2012 2013 2014
世界全体 3.8 3.0 3.5 4.2
ユーロ圏 1.6 -0.5 0.6 1.3
米国 1.8 2.2 2.3 2.8
中国 9.2 8.0 8.4 8.8

(出典:講演資料を基にJOGMEC作成)

米国連邦準備理事会(FRB)の連邦公開市場委員会(FOMC)は2012年9月、追加の量的緩和策を発表した。それによると、月400億US$規模の住宅ローン担保証券購入により金融緩和を図るとともに、景気動向次第では今後も米国国債を市場で買い入れることで市場への資金注入を行い、長期金利の低下により景気を刺激させたいとしている。米国短期金利は現在0.25%であるが景気、労働市況の回復のスピードは今後もゆるやかに推移すると見られることから、この金利レベルは少なくとも2015年半ばまで続く見通しである。

為替市場の関心は存続自体が危ぶまれるユーロに集中しているが、最終的にユーロ圏諸国は援助する側、される側がともに歩み寄りを見せ通貨は生き残るであろう。しかしより明確な解決策が提示されるまで為替市場はボラタイルな動きを見せるものと思われる。米国とユーロ圏の債務状況を比較すると、国家債務(米国:15.1兆円、ユーロ圏:10.7兆円)や一人当たり債務額(米国:48,397 US$、ユーロ圏:32,424 US$)、国家債務の対GDP比(米国:100%、ユーロ圏:82%)等、事態は米国の方が深刻である。また米国の公的医療保険制度であるMedicareやMedicaidは今後、負担額の増加が予想され国家財政の悪化が懸念されるため、今後ドルは中長期的にみて下落するものと予想される。加えて2012年9月に欧州中央銀行が発表した新規の国債購入プログラムであるOMT(Outright Monetary Transactions)はイタリア、スペインなどユーロ諸国の短期国債購入を通じマネー・サプライを調整する作用があることから、ユーロの補強に繋がり、その動きが ドル安に拍車を掛けることになる。

世界の石油消費量は2010年から2015年にかけて約7%の成長が見られるがこれは主に新興国の石油や電力消費の伸びによるものである。この間、米国民一人当たりの原油及び石油関連製品の消費量はわずかながら減少するものと見込まれる。石油価格は2009年以降の上昇基調を維持し、またイランからの原油輸入禁止も影響して、ブレント原油の1バーレル当たりの価格は2012年の112.65 US$から2015年には130 US$にまで上昇すると予想される。

ユーロ圏危機への懸念は金属需要にとってマイナス要因となっている。加えて2012年H1に強く懸念された中国経済の成長鈍化は金属価格の低迷にも繋がったが、中国政府による景気刺激策で需要は回復が見込まれる。これまでドル高は金属価格を引下げる影響をもたらしたが、欧州中央銀行主導のユーロ支援、FRBの市場介入による低金利から予想されるドル安の動きは金属価格にとっては引き上げ要因となろう。さらに、米国の建設業、製造業の回復が緩慢であり、また耐久消費財の販売も鈍いことが、市場に出回るスクラップの量を減少させ、金属価格を引き上げる要因にもなると考えられる。

世界経済が2013年、2014年と回復基調を見せること、引き続き金融緩和政策が維持されると予想されること、ドル安基調が予想されること等は金属市場にとってプラス要因となり銅、アルミニウム、ニッケル、錫の価格は2012年から2014年かけて以下のような価格水準になると予想される(表2参照)。

表2  Prestige Economics 社による価格予測

(US$/lb)

    2011 2012 2013 2014
Comex 4.01 3.66 4.05 4.20
アルミニウム LME spot 1.09 0.93 0.99 1.04
ニッケル LME spot 10.36 8.01 8.50 9.07
LME spot 11.77 9.38 10.43 11.79

(出典:講演資料)

3.2 欧州
 CRU:Ms Vanessa Davidson -Group Manager of Copper & Nickel teams

2008年に発生した世界金融危機は、過去40年間に発生した景気後退の中で最も経済的打撃が大きく、また回復するまでの期間も最も長く(図2の黒線)、危機発生前の水準に戻るまで77ヶ月間(2014年半ば目途)を要すると見込まれている。世界GDP成長率は2012年、2013年、それぞれ2.2%、2.6%と予想されるのに対し、ユーロ圏GDP成長率はそれぞれ—0.8%、—0.2%と2年間マイナス成長が予想されており、PIGS(ポルトガル、イタリア、ギリシャ、スペイン)を初めとしたユーロ圏諸国の経済不振が世界経済回復の足枷となっていることが見てとれる。

図2 過去40年の景気後退と2008年世界金融危機の経済的影響度比較

(出典:講演資料)

図2 過去40年の景気後退と2008年世界金融危機の経済的影響度比較

ユーロ圏諸国が頭を悩ましているのは国家債務危機と銀行危機の2つの危機である。ユーロ圏諸国が国家債務問題解決策に一致同意するのに時間を要しており本格的に協力して行動に至る時期の見通しが立たないというのが実情である。一部のユーロ諸国では国家債務危機に対応すべく、緊縮財政措置を取り国民にそのしわ寄せが来ているため、欧州中央銀行が債務危機に瀕するメンバー諸国の短期政府債を市場で買い、債券金利引き下げに取り組んでいる。スペインの銀行危機に加え、ユーロ脱退が危惧されるギリシャへの貸出による不良債権増加を恐れる欧州の銀行は貸し渋りに陥る可能性があるが、民間投資、個人消費を活性化させるには銀行が産業界、個人へ資金を滞り無く融資できることが不可欠であり、こうした観点からの支援策が必要であろう。

このような欧州経済不振は同地域の金属需要減少という形で市場に影響を与えており2012年の欧州の金属消費量は2008年危機以前のピーク時と比較すると、未だに8~9割程度までにしか回復していない(図3参照)。世界的に見れば、回復はもっと力強いものとなっており、2010年にはほぼ危機発生前のピーク水準にまで回復を見せた(図4参照)。このような世界の金属市場拡大は中国での需要拡大によりもたらされたものであり、中国経済の存在無しには、今日のような金属市場の姿は存立し得ないと言っても過言ではない。

図3 欧州の金属消費量推移(1996年を100とした場合)

(出典:講演資料)

図3 欧州の金属消費量推移(1996年を100とした場合)

図4 世界の金属消費量推移(1996年を100とした場合)

(出典:講演資料)

図4 世界の金属消費量推移(1996年を100とした場合)

欧州金属消費量は2013年にはわずかな成長を見せると予想されるが2008年危機以前ピークにもどるのは2017年になると見込まれることに加え、今後のユーロ圏が抱える問題の成り行き次第では下方修正リスクも十分存在する。世界消費量は中国消費が引き続き堅調に成長することで今後も伸び続けると見込まれる(図5参照)。世界消費量に占める中国の割合を鉱種別に見ると、2000年時点では銅:13%、アルミニウム:12%、ニッケル:6%に過ぎなかった。しかしながら2015年の予測では、銅:45%、アルミニウム:48%、ニッケル:48%と過半に迫る勢いである。

現在の非鉄金属の需給状況を見ると、銅がほぼ需給が均衡しているが、他の鉱種では供給超過となっており、この状態は短期的には暫く継続するであろう。こうした状況下、2013年に非鉄金属価格が大幅に上昇する可能性は低く、銅だけがLME3ヶ月先物価格が限界費用を上回っているため、価格面で見れば投資対象として有望であると言える。

図5 世界の金属消費見込み(1996年を100とした場合)

(出典:講演資料)

図5 世界の金属消費見込み(1996年を100とした場合)

3.3 アジア
 Investment Banking Department of China International Capital Corporation (CICC)
 Mr Wang Qing – Managing Director

世界の経済、金属市況は2000年以降、中国の工業化が大きな牽引役となり成長を遂げた。GDPにおける投資と個人消費の構成比推移を見ると、2000年頃までは投資が3~4割、個人消費が6~7割で推移してきたが、2000年以降、中国の工業化進展により投資の割合が増加し、2010年には5割を超え、消費と逆転した。設備投資の増加により工業生産は今後一層拡大すると予想される。

今後も中国は世界経済に大きな影響を持ち続けると予想されるが今後の動きを展望するに際し、過去に同じ様な経済成長の経緯を辿った日本、韓国の成長をモデルとして今後の中国経済の動きを予測することができよう。中国の2007年時点での経済発展レベルは日本の1969年、韓国の1988年時点に相当するが、中国の2007年、日本の1969年、韓国の1988年を基準年として設定し、それぞれの基準年からの過去20年の経済動向を遡ってみると、GDPにおける鉱工業セクターやサービスセクターがそれぞれ占める割合、GDPにおける個人消費や産業資本投資がそれぞれ占める割合、インフレ率などの動きは3カ国ともおおよそ同様な動きをたどってきたことが見てとれる。

経済発展段階における基準年として設定した日本の1969年、韓国の1988年以降、石油ショックやアジア金融危機など特殊事情があったものの、基準年以後は、両国において経済成長率の著しい鈍化、物価上昇率の低下、GDPにおける鉱工業セクターのシェア減少とサービスセクターのシェア増加、GDPにおける個人消費の占める割合の回復と産業資本投資の割合の下落、といった共通点が挙げられる。

2007年を中国経済発展段階における岐路と見るなら、同国が今後の経済発展において日本、韓国と同様な経路を辿るかどうかが大きな関心となろう。中国の2008年のGDP成長率は14%であったが、2012年Q3には8%と成長が大きく鈍化している。加えてGDPの構成要因の動きも基準年とした2007年以降、サービスセクターの割合上昇、個人消費の割合上昇、産業投資割合低下など日本、韓国と同じ方向に動く兆しを示している。日本、韓国においては経済発展段階の基準年以降、GDPに占める企業収益の割合が低下の一途を辿っているが、他方、労働収益の割合が著しく増加した。中国は基準年に至るまでの期間、企業収益、労働収益の動きにおいて日本、韓国とは異なる経過をたどってきたが、中国のインフレ率は歴史的にみて極めて振幅が激しい時期を経験して現在は1.9%と落ち着いている。しかしこれまで安価であった労働賃金が上昇圧力を受けていることから、インフレ率がこのような低いレベルに収斂していくとは予想しにくい。また労働コストの上昇は企業の収益率を圧迫するものと予想されることから企業収益、労働収益の動きが日本、韓国の様な動きを見せることは十分考えられる。

中国の生産一単位当りの石油使用強度は1990年以来減少基調にあり、今後もこのトレンドが続くものと予想される。また銅の使用強度をみると2010年に頭打ちとなっており、2015年までは2001年縲�2010年平均使用強度のレベルを上回るも減少局面に入ると見込まれ、銅の消費量の伸びはGDP成長率を下回ると予想される。

しかしこのような中国経済の変化の兆しは今後の世界コモディティ市場に与える同国の影響力を弱め、結果、中国経済の発展を牽引とする金属市場の成長は翳りを見せる、と見る向きは早計であろう。例えば図6で示すように2011年の中国の鉄鋼の見かけ消費量は651百万tであり、韓国(70百万t)、日本(71百万t)、米国(95百万t)を凌駕しているが、一人当たりの鉄鋼蓄積量(Steel Stock per Capita)は5 t程度であり、日本(28 t)、米国(25 t)、韓国(22 t)と比べると大幅に低い水準にある。

図6 中国の鉄鋼消費量と一人当たり蓄積量

(単位:百万t)
図6 中国の鉄鋼消費量と一人当たり蓄積量

(単位:t)

(出典:講演資料)

図6 中国の鉄鋼消費量と一人当たり蓄積量

2007年頃から始まった中国の自家用車の普及(2007年には普及率2%前後)、および日本、韓国の基準年以降の自動車普及率の急激な増加から見ても、今後の鉄鋼消費量の成長潜在性が多大であることが容易に見て取れる(図7参照)。年毎の成長率で見ると足許では成長率の鈍化が見られるが、膨大な人口を擁する中国が先進国に追いつくには絶対数においてまだ巨大な市場の成長余地があり、鉄鋼の例が示す様に今後の経済成長潜在性は極めて高いものと言えよう。

図7 日本、韓国、中国の自動車普及率(人口1000人当たり)

(出典:講演資料)

図7 日本、韓国、中国の自動車普及率(人口1000人当たり)

4. 金属供給サイドでの新課題

  • Barclays Capital: Ms Gayle Berry, Director of Commodity Research
  • Wood Mackenzie: Mr Edgardo Gelsomino, Senior Analyst
  • AME Group: Mr Piers Montgomery, Senior Commodities Analyst

アルミニウムはこの5年間生産過剰となったがこれは供給サイドが需要の変動に対し柔軟に対応しなかったことに起因している。過剰供給はほとんどが中国によるものであり、中国以外ではほぼ需給均衡を保っている。これは中国政府がGDP成長維持の一環としてアルミニウムの生産を労働力の安い中国西部へと進めたが、過剰生産に対して素早く対応することもなく、生産施設規模が全体として増大してしまったことによるものである。

鉱山の開発段階において水、電力および廃棄物などに対する環境規制がより重要となりつつある。新規プロジェクトでは環境規制をクリアするのが鍵となることがあり、プロジェクト自体取り消しということにはならないにせよ、生産に至るまでのより長いリードタイムが必要となり、開発コストも上昇する。従来は企業責任として扱われてきたに過ぎない環境問題が今や業界全体に影響を与えるに至り、長期的には価格を押し上げる要因となるであろう。

昨今インドネシアは鉱業法の改正によりニッケル、銅などの鉱石輸出を規制する動きを見せているが、国益の為に政府が介入するのは特に目新しいことではない。この動きを資源ナショナリズムとして一方的に危険視するのは短絡的であろう。インドネシア政府が高付加価値化を目指し、国家の収益強化に結びつけようとするのは理解出来ることであり、長期的に見て自国内での製錬事業、それに関連したインフラ整備等を進めることは業界として歓迎すべきことである。一方、鉱業の歴史が浅く、政治的、経済的に不透明な国においては今後いかなる規制案が出るか予想しにくいことから、これらの国に対しては長期的投資はより難しいものになるであろう。

インドネシアの鉱石輸出禁止措置が2014年に実施されるかどうかは注視が必要である。ボーキサイト鉱山はインドネシアに81鉱山もあり、この1縲�2年の間に製錬プラントの建設が進捗しない限りは、実際にインドネシア政府が鉱業への多大な影響を無視してまで輸出禁止を強行するとは考えにくい。輸出禁止を遅らせるかまたは撤回することも十分考えられる。

業界全体として資金調達がより難しくなったが、メジャーはジュニア企業に比べ資金面で余裕があることから探鉱投資は引き続き活発に行うであろう。このため、ジュニア企業が得意とするようなカントリーリスクの高い国への探鉱投資は全体として抑制されたものになると考えられる。また、限りある資金を如何に効率的に用いるかが企業にとってより重要な課題となるであろう。資金調達が難しいため手元の資金を設備投資に回すより将来の投資に備えた留保とする、あるいは配当資金に充てるなど、企業としてより適切な資金戦略が問われることになる。新規プロジェクトへの投資判断はより慎重にならざるを得ないため、資金不足から実施が困難になるプロジェクトも多数出てくるであろう。

5. LMEの将来についてのLME CEOと香港取引所CEOの対談

  • LME: Mr Martin Abbott- Chief Executive
  • 香港取引所: Mr Charles Li(李小加) – Chief Executive

LMEは香港取引所に買収される予定であり、現在は関連監督庁の認可待ちであるが、認可は3ヵ月程度で下り、年内に買収が終了するものと予想される。現在LMEは世界的な金属取引所となったが、これから更なる成長が期待される中国、アジアの取引所と強い関係をもって現地の取引知識を蓄えて行くことが今後も引き続きLMEが成長し続けていける鍵ともいえる。

LMEは香港取引所に統合されてもアジアに偏重することなく、これまでどおりグローバルに事業展開をしていく方針である。香港取引所が親会社になるというのはLMEを更に国際的な取引所に押し上げていくステップであると考える。

香港取引所はLMEを買収する事により以下のことを目指している。

1) 現在取引されている商品のクオリティを上げ、かつ取引量も拡大させる。例えば取引の時間帯を拡大し、アジアでの取引時間帯にも対応させることでアジアからの潜在需要を引き出すことや、様々な取引障壁の除去、中国の倉庫との連携によって商品引渡しの円滑化や、人民元クリアリング導入等も検討している。

2) LMEのブランド、フランチャイズ、他機関への会員資格などを通じての将来的なビジネスの拡大。例えば人民元のオフショア取引など香港取引所の商機を英国において拡大させることや、他の鉱種を取引対象に加えることで、取引商品の拡大を図る。また、独自のクリアリングハウスを設置することでサービスの向上を図る。

3) 取引の電子化を一層推進し、LMEの組織自体を時代に即した近代的なものにしていく。

LMEの指定倉庫において商品の受け渡しに時間を要している問題については、早急に解決に向けた対応を取る予定であるが、各倉庫での引渡時間や手続きについてまずは現状把握を行いたい。

6. おわりに

 2012年6月に発表された香港取引所(HKEx)によるLME買収(買収金額21億US$(約1,700億円))は、2012年12月6日付けで監督官庁による許認可手続きを完了させ、正式にHKExはLMEを手中に収めた。この大買収を成功させ、まさに「時代の寵児」となった李小加CEO(Mr Charles Li)が、LMEセミナーの翌日に開催されたLMEディナーにおいて行ったスピーチの骨子と彼のプロフィールを最後に以下紹介したい1

<LMEディナーでのスピーチ骨子>

人生において「初めてのこと」は常に特別な意味を持つ。今回のLME買収が特別な意味を持つ理由として以下が挙げられる。

・ 今回の買収は整理合理化ではなく、成長を指向するものであること。

・ 今回の買収は我々が持っているものが変容することを意味するのではなく、我々のマーケットが本来目指すべき方向へ向かって拡大することを意味するもの。

・ ロンドンから軸足を移すのではなく、西洋から東洋への伸長であること。

 言い換えれば、今回の統合は買収ではなく結婚なのである。しかもその結婚は、成人間の合意に基づく輝かしいものであり、また、一つの夢に向かって両者が共に手を携えていくものである。

 「初めてのこと」について個人的に述べさせて頂くと、ブラックタイを付けたのは私にとって今日が初めてである。私はもともと原油採掘所の近くで生まれ育ち、原油採掘労働者であった。人生においてブラックタイを付けるとは夢にも思わなかった。もしブラックタイ着用の会合がある場合、私はその会合からすぐに逃げ出すであろう。しかしながら、今日だけは逃げられなかった。

 今回の統合によってLMEの特殊性が損なわれると心配される方々も多いと思う。今回の統合は、決してLMEの特殊性を終焉させるものではない。また、LMEの特殊性を終焉させるプロローグでも決してない。強いて何かの終わりであると言うなら、我々のこのすばらしい結婚式の入場行進曲が終わったに過ぎず、行進曲が終わった今こそ共に前に向かって歩んで行こうではないか。

<プロフィール>

年齢 : 51歳

学位 : 法学博士(米Columbia University)
ジャーナリズム学修士(米 University of Alabama)
英文学士(厦門大学)

職歴 : New YorkのDavis Polk & Wardwell法律事務所(1991~1993年)
New YorkのBrown & Wood法律事務所(1993~1994年)
メリルリンチ中国支社(1994~2003年、1999年より支社長)
JPモルガン中国支社 支社長(2003~2009年)
China Vanke Co Ltd(深セン証取上場の不動産会社)非執行役員(2008~2010年)
上海浦東開発銀行 非執行役員(2008~2010年)
香港取引所CEO(2010年1月~)


1HKExのwebサイト情報を基に作成

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