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チリ・リチウム特別操業契約入札の顛末-新しいリチウム開発体制導入の失敗-

チリはオーストラリアと並ぶ世界有数のリチウム生産国であるが、Atacama塩湖で操業を行う2社(SQM及びRockwood Lithium)からの生産に限られている。これは、鉱業法の規制により新たなリチウム開発プロジェクトを立ち上げるのは事実上難しいことに起因する。リチウムイオン電池を搭載する次世代自動車やスマートグリッド用の蓄電池の普及などによりリチウム消費の堅調な成長が予想される中、リチウム生産大国の地位を守るべく、チリ政府は20年間で金属リチウム量10万tのリチウム生産権を開放する入札を企画した。 2012年9月11日に入札への応募は締め切られ3者が応札、続く9月24日の開札では一旦SQMが落札とされた。しかし、その後一転、同社が入札参加資格を満たしていなかったとしてSQMの失格だけでなく、11月22日、リチウム特別操業契約(CEOL:Contratos Especiales de Operación de Litio)入札全体の無効が裁定された。 本稿ではCEOLに関して鉱業省が公表した議事録や裁定、メディア報道をもとに、CEOL入札無効に至る顛末をまとめた。 |
1. 現在の法的規制とCEOL入札の背景
現行のチリ鉱業法(法律第18248号、1983年公布)の第7条にリチウムは鉱区の設定ができない鉱物と定められている。一方で、第8条には鉱区設定ができない鉱物の探鉱・採掘は国或いは国有企業によって直接、または、大統領最高政令で定める条件の適用を受ける管理鉱区、あるいは、特別操業契約(Contratos Especiales de Operación)を通じて行うことができると定めている。
リチウム探鉱・開発を銅など他の鉱物と同様に開放するには鉱業法の改正が必要となるが、チリ国会は上下院で与野党勢力が逆転するねじれ現象が生じており法改正がすんなりと進む状況ではない。このため、チリ政府はより短期間での新規リチウム生産を実現する施策として、国会審議の必要ない特別操業契約の入札導入に踏み切ったものと見られる。特別操業契約は石油での実績があり、政府側は運用への自信を見せていた。
CEOL入札導入の発表後、野党議員やCODELCO銅組合連合などからは戦略鉱物と定められているリチウム採掘の民営化であるとして、法改正や国営企業であるCODELCOによる採掘を求めるなど反対の声が上がっていた。
2. CEOLの概要
CEOL入札の落札者となった場合にチリ鉱業省と締結するはずであったCEOLの内容を概観する。
(1) リチウム採掘割当量
旧鉱業法で認可された鉱区以外のチリ全土を対象として、20年間で金属リチウム10万tを探鉱・採掘・精製する権利が与えられる。応札時の鉱業権の保有は必須ではない。旧鉱業法にはリチウム探鉱開発に対する規制がなく、現行鉱業法公布後も旧鉱業法によって認可された鉱業権についてはリチウム探鉱開発制限の対象外となっている。SQM及びRockwood Lithiumがリチウムを生産しているAtacama塩湖の鉱業権は旧鉱業法の鉱業権である。CEOL入札対象が旧鉱業法で認可された鉱区以外に限定されていたことは、チリ政府が新たなプレイヤーの参入を期待していたことを窺わせる。
(2) 販売条件
販売には原子力エネルギー委員会(CCHEN:Comisión Chilena de Energía Nuclear)の許可が必要。許可には少なくとも販売量、販売価格、買取人の身分、製品の行き先が含まれる。
(3) CCHENへの報告義務
CEOL請負企業は年間販売量、採掘した金属リチウム量、かん水中のリチウム平均比重、かん水中のリチウム平均比体積、汲み上げたかん水量をCCHENへ報告しなければならない。
(4) 報酬(Retribución)
CEOL請負企業の報酬は以下の式で計算される。
報酬=販売額-販売額×7/100
販売額:炭酸リチウム当量で計算された月間リチウム販売総額
炭酸リチウム当量1t=金属リチウム1 t×5.32
販売額×7/100を特別納入金と呼び、この比率(7/100)はCEOL有効期間中は一定
3. 入札条件
CEOL入札及び締結に応札企業が課された主な条件は以下のとおりである。入札プロセスの管理は入札特別委員会(CEL:Comité Especial de Licitación)が行うとされた。CELは以下の5名で組織される。鉱業次官(委員長);鉱業省法務部長(書記);チリ銅委員会(COCHILCO)副総裁;チリ地質鉱業局(SERNAGEOMIN)局長;鉱業省国際協力部長。
(1) 最低入札価格
25億Peso (約520万US$)
(2) 応札者
自然人、企業、コンソーシアム、何れも可。入札要領の購入が必須。
(3) チリ法人設立義務
外国企業はCEOL締結の際にはチリ法人を設立しなければならない。
4. CEOL入札無効をめぐる経緯
2012年2月のCEOL入札発表から入札全プロセス無効までの出来事を時系列にて下表に示す。
日付 | 出来事 |
2012年2月7日 | 鉱業省がCEOL入札の2012年末からの実施を発表。 |
3月28日 | CEOL入札に関する政府原案の立法審査院(Contraloría)での審査開始。 |
6月9日 | 地元紙上でCEOL入札及び入札要領(Bases de Licitación)の販売を発表。入札要領は鉱業省のみで入手可能で、販売期間は6月11日から7月31日までとされた。販売価格は15万Peso(約310US$)。入札応募期限は9月12日と定められた。 |
6月19日前後 | Pablo Wagner鉱業次官(当時)が米国及びカナダでCEOL入札に関する説明会を実施。 |
7月18日 | サンティアゴでCEOL入札に関する説明会を実施。100名以上が出席。 |
7月26日前後 | 豪州、日本、韓国でCEOL入札に関する説明会を実施。 |
7月26日 | 上院野党国会議員団がCEOL入札の無効を求め提訴。 |
7月31日 | 入札要領販売終了。60部以上を販売。 |
8月6日 | サンティアゴ民事裁判所は上院議員団の訴えを却下。 |
9月12日 | 入札応募締切。SQM、POSCO Consortium*1、Sociedad Legal Minera NX Uno de Peine*2の3者が応札。 |
9月14日 | CEL委員長及び書記により、応札者の入札参加資格要件審査。3者とも入札参加資格要件を満たしていることが認められ、議事録として公表。 |
9月24日 | 入札価格書開札。開札にはCELのメンバー全員が出席。各者の応札額は次のとおり。SQM:193億100万Peso(約4,000万US$)、POSCO Consortium:82億5,600万Peso(約1,700万US$)、Sociedad Legal Minera NX Uno de Peine:27億5,000万Peso(約570万US$)。最高応札額を提示したSQMを落札者と認定。 |
9月25日 | 司法外裁定(Resolución Exenta)第2659号でSQMの落札を裁定。 |
9月28日 | POSCO ConsortiumのLi Energyが、SQMは入札参加資格要件を満たしていないとして応札無効をCELに提訴。 |
10月1日 | CELはSQMの入札参加資格要件不備を確認、9月14日付議事録及び入札全プロセスの無効を宣言。鉱業省に司法外裁定第2659号の無効を申請。 |
10月2日 | Pablo Wagner鉱業次官が入札不調の責任を取り辞任。 |
10月4日 | NX Uno de PeineのErrázurizグループが宣誓書偽証でSQMを提訴。 |
10月5日 | CELによる入札全プロセス無効の決定の取り消しを求め、Li Energyが鉱業省に提訴。 |
10月8日 | Jimena Bronfman鉱業省法務部長(CEL書記)辞任。 |
10月9日 | Francisco Orrego Bauzá氏新鉱業次官に就任。 |
10月17日 | 司法外裁定第2771号により、SQMを落札とした司法外裁定第2659号の無効手続き開始及び如何なる応札も受理しないことを裁定。 |
11月19日 | 司法外裁定第3115号により司法外裁定第2659号の無効、Li Energy及びNX Uno de Peineによる入札再開請求却下を裁定。 |
11月22日 | 司法外裁定第3130号でCEOL締結のための国際入札要領を承認した裁定第12号の無効を裁定。 |
出典:鉱業省発表の裁定及び議事録、メディア報道をもとにJOGMECサンティアゴ事務所作成
*1 Posco、Daewoo International、三井物産、Li Energyからなるコンソーシアム。Li EnergyはMaricunga塩湖にプロジェクトを保有。
*2 チリErrázurizグループ。2011年にSamsung及びKORESと提携を発表している。Atacama塩湖西部にプロジェクトを保有。
5. SQMの入札参加資格不備と入札無効の理由
(1) SQMの入札参加資格不備
時系列を見ると分かるとおり、入札無効に至る最も重要なポイントはSQMの入札参加資格要件不備である。入札要領書第10.2.6項では、入札応募者は応札者となるのに障害はないとの公証宣言(Declaración jurada notarial de no hallasese bajo ningún impedimento para ser Ofertante)を公正証書として提出することが規定されており、その書式A8、c項にチリ国家との間に係争中の訴訟は存在しないこと(No tiene litigios pendientes con el Estado de Chile.)が含まれていた。
しかし、SQMは国庫(Fisco)及び公共事業省水利総局との10件を超える訴訟を抱えており、これが上記チリ国家との間の訴訟であるとされ、さらに公証宣言にこれを明示していなかったことが入札参加資格要件不備とされた。SQMは地役権(Servidumbre)確保に関する訴訟、水利権問題に関する水利総局との訴訟があることを認めたが、同社はこれらの訴訟は国家を相手にした訴えには当たらないとしていた。
入札参加資格審査はCEL委員長及び書記のみで行うことができると入札要領には定められており、実際にその2名で実施され、議事録も作成された。しかし、10月1日のCEL会議において、資格審査に参加しなかったCELのメンバー3名(COCHILCO副総裁、SERNAGEOMIN長官、鉱業省国際協力部長)は、CEL会議を招集開催し入札要領に沿った資格審査をすべきであったとし、資格審査の進め方に異議を唱えた。
(2) 全入札プロセス無効の理由
入札参加資格要件不備でSQMが失格となることは自明であるが、2番目の応札額を提示したPOSCO Consortiumの落札とならなかったことには説明が必要と思われる。入札参加資格審査からのやり直しでなく、入札プロセス自体を無効と決定する過程は10月1日付CEL議事録に記載されており、以下に紹介する。
既述のとおり、9月14日に行われた入札参加資格審査では応募した3者とも資格要件を満たしていると判定され、議事録が作成・公表された。このため、SQMの資格要件不備は見逃されたまま9月24日の入札価格書開札、続く9月25日の司法外裁定によりSQM落札が裁定された。この一連の手続き不備に対し、CELは疑念のある文書に基づき行われた手続きであり、かつ、SQMの入札参加資格要件が満たされていなかったことを認め、CEOL落札は無効にすべきとの結論を出した。
さらに、入札参加資格要件審査書類の返還(入札参加資格審査後10営業日以内に資格要件審査書類が返還されることが定められていた)が行われ、また、開札後に9月14日付議事録を無効としたため、入札プロセスの再開及びSQM以外の応札者の評価は不可能であり、また、行政手続基本法(法律第19880号)に定める国家機関の行政手続きにあるべき公正性、透明性及び不可避性の原則を遵守するためには全入札プロセスの無効が必要と判断した。
同じ会議中で、入札手続きの入札参加資格審査からのやり直しを要求するLi Energyの申請についても議論されているが、上記と同じ理由をもとに入札手続きの途中からの再開は不可能であると結論された。
Li Energyは国を相手取り訴訟を起こす構えを見せているが、同社の請求を議論した上で全入札プロセスの無効が裁定されており、この措置が覆る可能性は低いと思われる。
6. CODELCOによるリチウム開発をめぐる動き
CODELCOは国有会社であることから現行鉱業法によるリチウム探鉱開発の制限は受けない。労働組合はCEOL入札実施の発表後からCEOLをリチウム開発の民営化と非難しCODELCOに開発させるよう求め、政府側からも同社のリチウム開発参入への期待を示す発言が続いていた。本稿の主題であるCEOL入札無効問題とは直接の関係はないが、チリにおけるリチウム開発の重要なオプションのひとつであるCODELCOのリチウム開発に関連した政府及びCODELCO首脳の発言を時系列でまとめた。
日付 | 出来事 |
2012年2月15日 | Wagner鉱業次官がCODELCOによるリチウム開発に対して歓迎の意を表明。同社が鉱業権を保有するPedernales塩湖(第Ⅲ州)について言及。 |
2月20日 | Wagner鉱業次官がPedernales塩湖でのリチウム開発について真剣に調査すべきと発言。第三者とのパートナーシップによる開発可能性を指摘。 Diego Hernández CODELCO総裁(当時)はリチウム開発は2012年の戦略計画に入っていないと言及。また、政府からのリチウム市場参入の要請は受けていないとコメント。 |
6月20日 | 野党議員がCODELCOによる優先的リチウム開発に係る動議を下院に提出。 |
6月21日 | CODELCOのGerardo Jofre役員会会長がリチウム開発のための新会社設立について言及。 |
6月22日 | Jofre役員会会長はMaricunga塩湖(第Ⅲ州)及びPedernales塩湖での調査結果を基にリチウム開発を検討してきており、ビジネスとして見合う場合は開発を行うとコメント。 |
6月23日 | CODELCOが入札要領を購入。 |
7月3日 | Thomas Keller総裁が同社保有のリチウム資源の経済性を評価中と言及。また、銅プロジェクトが最優先で、リチウム開発は優先事業ではないとコメント。銅事業の障害にならないことを条件に政府からのリチウム事業参入要請があれば応じる用意ありと表明。 |
7月7日 | Sebastián Piñera大統領はCODELCOによるリチウム・カリウム開発への期待感を表明。 |
9月12日 | Jofre役員会会長がリチウム開発に関し三井物産とのパートナーシップを検討していると言及。 |
9月26日 | Jofre役員会会長がリチウム事業参入について数ヶ月以内に結論を出すとコメント。 |
11月26日 | CODELCOリチウム事業参入決定とのメディア報道。同社はリチウム資源の探査開発はパートナーに任せ、銅事業に専念する意向。 |
出典:メディア報道をもとにJOGMECサンティアゴ事務所作成
時系列を追うと一貫して政府はCODELCOによるリチウム資源開発に期待感を表明する一方で、CODELCOは最優先事業の位置づけではないながらも2012年6月以降前向きな対応を始めたことが窺える。メディア報道では、政府にはCEOL入札を再度行う意思はなく、代わりに広く国民に受け入れられるリチウム開発の枠組みを検討しているとも言われており、今後、チリにおける新規リチウム開発はCODELCOを中心として議論が進んでいく可能性は十分にある。
まとめ
現行鉱業法によってリチウム資源開発が制限されているチリでは、鉱業法に定められる特別操業契約の枠組みを利用し新たな開発体制の整備に乗り出した。
2012年9月14日の入札参加資格審査を経て、9月24日に入札価格書の開札が行われ、一度はSQMの落札が裁定された。しかし、SQMは入札参加資格要件を満たしていなかったことが判明、同社の落札が取り消された。さらに、すでに資格要件審査書類の返還及び開札が終了した後でプロセスの不備が判明したことから公正性や透明性が保てず、入札再開は不可能と判断され、全入札プロセスの無効が決定された。
鉱業法の改正やCEOLに拠らなくともリチウム資源開発が可能なCODELCOは、当初リチウム開発に否定的な態度を示していたが、2012年6月から最優先事業ではないものの前向きな対応を始めたことが窺える。リチウム事業参入についてのメディア報道もあるところ、今後のチリ政府の施策とともにCODELCOの動向が注目される。

