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報告書&レポート

2013年3月7日 バンクーバ事務所 大北博紀
2013年10号

カナダ鉱業における臨時外国人労働者問題

 資源分野における技能労働者の減少は、カナダのみならず世界中で顕在化している問題である。バンクーバー事務所では、カレント・トピックス12-04号「カナダ鉱業における労働市場とその展望 -技能労働者獲得競争の激化-」において、カナダの鉱業人材協議会(Mining Industry Human Resources Council, 以下、MiHR)の労働市場予測を基に、カナダ鉱業界が抱える人的資源問題及びその展望について報告した。

 MiHRは、今後10年間に鉱業部門で必要となる雇用を満たすためには、女性、先住民、移民、若年層の更なる雇用が不可欠であるとしている。

 そのような中、将来的に移民となる可能性のある臨時外国人労働者について、カナダ国内である問題が生じている。本稿では、現地紙等で最近度々取り上げられている中国人炭鉱労働者問題について概説する。

1. 成長を続けるBC州石炭産業

 BC州の石炭生産量は2008年26,163 kt、2009年21,193 kt、2010年26,040 kt、2011年26,661 ktと2009年に前年より減少しているが、それ以降は着実に増加を続けており、2001年以降の平均生産量は25,213 ktとなっている。

 石炭生産額は2008年37億C$、2009年32億C$、2010年43億C$、2011年57億C$と生産量と同様に2009年に前年より減少しているが、それ以降は着実に増加を続けている。

 更に2012年は、29件もの探鉱開発プロジェクトが名を連ねるなど、成長を続けるBC州石炭産業ではあるが、炭鉱労働者不足が深刻化している。

 石炭業界関係者によると、カナダの坑内採掘鉱山の採掘技術者が不足しているため、BC州北東部で提案されている4件のプロジェクトで、1,600人~2,000人の中国人フルタイム労働者の雇用が推定されている。対して、カナダ人フルタイム労働者は480人~800人の雇用となっている。

 このような中、採掘技術者が不足しているBC州北東部石炭産業のためにカナダ連邦政府は、臨時外国人労働者プログラム(Temporary Foreign Worker Program, 以下、TFWP)により、中国人労働者グループ201人に対して、臨時労働許可証を発行した。

図1.BC州の石炭生産量・生産額の推移

図1.BC州の石炭生産量・生産額の推移

(出典:Natural Resources Canada, Annual Statistics)
図2.BC州の石炭鉱山等位置図

図2.BC州の石炭鉱山等位置図

(出典:Natural Resources Canada, The Atlas of Canada)

2. 臨時外国人労働者プログラム(Temporary Foreign Worker Program, TFWP)

 カナダ連邦政府人的資源・技能開発省(Human Resources and Skills Development Canada, 以下、HRSDC)が所掌するTFWPとは、カナダ人と永住者で技術及び労働力不足を埋めることができない場合に、カナダの雇用主に対し、外国人労働者を当面一時的に雇用することを可能とする制度である。

 雇用主は労働者が指定されたプログラムの基準を満たし、必要なコンプライアンスを尊重する限り、いかなる国及び合法の職業の労働者を募集することが可能となり、外国人労働者を最長4年間雇用することができる。

2-1. 雇用主の説明責任
 雇用主は以下の場合、外国人労働者プログラムに不適格とされる。

・ 労働ビザ申請に必要なLMO審査(Labour Market Opinion)申請時の2年前まで遡り行われるSTS審査(Substantially the Same)において、雇用主が雇用時に提示した雇用条件(賃金、職種、雇用状況等)に沿った雇用を継続しているかが審査され、それがなされていない、或いはそれがなされない正当な理由が提示できない場合

 もし、雇用主がSTS審査に不合格だった場合は、2年間TFWPへの申請が認められない。

 HRSDCはTFWPの規定を非常に重く受け止めており、少なくとも以下の件については、順守されているかどうか確認を実施するとしており、雇用主には説明責任が生じる。

・ 給与(控除を含む)
・ 労働条件(勤務時間、超過勤務時間、労働安全保険)
・ 職業認定(職務及び技術レベル)

2-2. 臨時外国人労働者数
 2011年の臨時外国人労働者数は、190,842人と前年から約1.2万人増加している。

 州別内訳は上位からON州67,405人(35.3%)、BC州46,378人(24.3%)、QC州34,369人(18%)、AB州25,553人(13.4%)と上位4州で9割を占める。

 出身国の上位5カ国は、上位からアメリカ34,350人(18.0%)、メキシコ18,655人(9.8%)、フランス15,777人(8.3%)、イギリス10,552人(5.5%)、オーストラリア9,019人(4.7%)と上位5カ国で約5割を占める。

 以下は、フィリピン7,654人(4.0%)、ジャマイカ7,453人(3.9%)、インド6,859人(3.6%)、ドイツ6,696人(3.5%)、日本6,243人(3.3%)、韓国6,019人(3.2%)となっており、本問題の対象である中国人労働者数は14位2,582人(1.4%)と、ごく少数となっている。

図3.臨時外国人労働者数の推移

図3.臨時外国人労働者数の推移

(出典:Citizenship and Immigration Canada, Immigration overview)
図4.臨時外国人労働者出身国の推移【上位5カ国+アジア各国】

図4.臨時外国人労働者出身国の推移【上位5カ国+アジア各国】

(出典:Citizenship and Immigration Canada, Immigration overview)

3. TFWPによる中国人労働者の雇用理由等 -雇用主等の主張-

 中国出身のNaishun Lin氏が設立したCanadian Dehua International Mines Group Inc.(本社:バンクーバー)は、環境影響評価の審査段階にあるBC州Murray Riverプロジェクト(2015年に完全生産を予定)や様々な開発段階にある3つのプロジェクトを有している。

 同社の最高経営責任者John Cavanagh氏は、

・ カナダ人が坑内採掘鉱山から石炭を安全に抽出するために必要な機器操作技術の経験を持ち合わせていない

・ 中国人と彼らの持っている技術無しにこれら特定の鉱山開発はできない

・ 外国人労働者の雇用は、地元のカナダ人を雇う場合に比べて、輸送量や宿泊施設を提供しなければならず高額な選択である

・ 我々の目標は、外国人労働者にカナダ人労働者と同等の賃金を与え、安全操業で死亡事故をなくすことである

 とMurray Riverプロジェクトでの中国人労働者の雇用理由や企業負担及び理念を述べている。

 また、同社のパートナーであるHD Mining International Ltd.,(本社:バンクーバー、Huiyong Holdings (BC) Ltd., Canadian Dehua Lvliang International Mines Corp.等により設立)や臨時外国人労働者を認めたBC州政府も、

・ 北アメリカの坑内採掘鉱山では、ルーム&ピラー法が主流であるが、Murray Riverプロジェクトでは長壁式採掘法が技術提案されており、技能労働者不足を満たす必要がある

・ 仕事はこの段階の一時的なものであり、鉱山が承認されれば、新しい訓練プログラムによりカナダ人労働者は半永久的な仕事が保障される

 と中国人労働者を雇用する正当性を主張している。

4. TFWPによる中国人労働者の雇用への反対の声

4-1. 労働組合の反応 -Canadian Dehua社等への反論-
 鉄鋼労働組合(United Steelworkers union)西部地区担当者は、Canadian Dehua社Cavanagh氏等によるカナダ人労働者が必要な技術を持ち合わせていないとの主張等に対して、

・ コストを抑えるために、中国人を低賃金で雇おうとしている可能性がある

・ 中国の石炭鉱山での死亡事故は非常に多く、安全面で非常に不安がある

・ 州やカナダ全体の失業者の大きなプールの中に鉱業分野に適した技能を持つ者が存在する

・ HD Mining社の計画はかなり低賃金であり、労働市場を下落させ、同等の仕事のカナダ人鉱夫に取り返しのつかない損害を引き起こす疑いがある

 と反対意見を述べている。

 米国鉱山救援協会(U.S. Mine Rescue Association)では、中国の鉱山災害を追跡するウェブサイトを構築しており、それによると中国では2001年から2011年の間に50,000人以上の死者が出ており、2011年も1,973人と2002年の6,995人に比べて減少しているが、多数の死者が出ているとのことである。

4-2. 労働組合の反応 -BC州政府への要求-
 鉄鋼労働組合(United Steelworkers union)カナダ第3地区は、2012年10月9日、BC州Bell労働大臣に対してBC州内で中国により操業される石炭鉱山の計画を中止するよう要求する声明を発表した。

 同組合では、Bell労働大臣とClark州首相に対して、2011年12月20日、2012年3月26日、同7月16日と3度にわたって親書を送り、BC州北東部で中国企業により操業される新たな2つの石炭鉱山の計画に対して許可を与えないよう求めていた。

4-3. 労働組合の反応 -連邦裁判所への提訴-
 操業技術者の国際連合115支部と建設専門労働者組合1611支部の2つの労働組合は、

・ 労働者不足の証拠はない

・ 仕事にカナダ市民または永住者が適していないということもない

・ 労働者不足が存在する状況において外国人労働者を使うことができると規定するカナダ連邦規制に違反しているにもかかわらず承認された

・ 長壁式採掘法には、ほんの少しのトレーニングを必要とするだけである

・ なぜ広告において、仕事に中国語が必要であると提案しているのか

 として、BC州北東部石炭鉱山の中国人労働者に発行された臨時労働許可証の決定の差し止めと、更に多くの労働者が到着しないよう求め提訴した。

4-4. 労働問題に関する専門家の見解
 本件に関して労働問題の専門家は「BC州北部の労働者は真に不足しており、現在のカナダの経済状況においては、中国人労働者を置き換えることはできない。」との見解を述べているが、以下の点を問題視している。

 a. 不当な条件による公募

カナダで外国人労働者を雇用する際には、カナダ居住者を対象とした公募が義務付けられているが、公募に出された賃金は年収約66,000 C$(時給25 C$~32 C$)であり、通常、カナダ人鉱山技術者は73,000 C$~120,000 C$の賃金を得ていることから、基準を大幅に下回る賃金ではカナダ国内で労働者を探すことは不可能であった。

 b. 労働者の労働環境

以前から他の工業界では問題となっていることであるが、

・ 外国人労働者がカナダの雇用基準を知らされずに標準以下の賃金で雇われる可能性がある

・ 十分な安全手順を英語で理解できず、指導されない可能性がある

・ BC州労働基準法の臨時外国人労働者に係る罰則が最大10,000 C$と、AB州の100,000 C$又は2年の禁固刑と比べて軽い

5. 新たな火種 -リクルーター手数料-

 低賃金による公募や英語が不十分な中国人労働者の労働環境等が問題視される中、カナダで働く中国人労働者の募集に関して新たな問題が発覚した。

 中国国内のリクルーターが、中国人労働者にカナダで働くために12,500 C$の支払いを求め、更に賃金についても、求人広告では時給25 C$~30 C$と謳っているが、電話で確認した際には、時給22 C$~25 C$と述べていたという内容である。

6. カナダ連邦政府の対応

 カナダ連邦政府は、中国企業コンソーシアムによるBC州北東部の4つの坑内採掘石炭鉱山での中国人臨時労働者雇用計画(1,600人~2,000人)について、

・ 臨時外国人労働者について、必要要件を満たしているか再検討していること

・ 広告で仕事に中国語が必要であると提案していることから、TFWPに問題があると認め、201人の労働許可について再検討を行うこと

 を表明した。

 また、政府はカナダでの仕事の機会に対して、

・ いつも必ずカナダ人に最初に機会が与えられていると信じている

・ カナダ人の求人募集に十分な努力を果たしたか満足していない

・ もし、カナダ人がそれらの仕事を埋めることができると証明されたら、労働者は本国に帰る必要がある

 とも述べている。

 リクルーター問題に対しては「臨時外国人労働者の雇用に関して、リクルーターを用いて募集をする場合は、臨時外国人労働者の雇用に関する費用は全て雇用主が負担する必要がある。」と強調する声明を発表した。

 BC州政府も「外国人労働者にカナダで仕事を得るための移民補助手数料の支払いを強制することは出来ない。また、会社が雇用するために要した費用を労働者が負担する必要はない。」との声明を発表した。

 このような政府の対応に対し、現野党NDPの議員からは「保守党が本件を認めていることが重大な問題であり、既に手遅れである。」との意見が述べられている。

7. 労働組合等の声明やリクルーター問題に対する雇用主の反応

7-1. 対労働組合・カナダ連邦裁判所
 労働組合による提訴を受けHD Mining社は、201人の中国人労働者に関する臨時外国人労働許可を取得するために連邦政府に提出した計画を公表した。内容は以下のとおり。

・ 臨時外国人労働者による鉱山建設に30カ月を要し、鉱山が承認された場合には、最初の2年間は鉱山の操業、訓練学校の設立やカナダ人労働者の募集・訓練に臨時外国人労働者を使用する

・ その後、1年当たり鉱山労働人口の10%、10年をかけてカナダ人労働者にシフトする

 また、同社は既に17名の中国人労働者がBC州に到着しており、2012年12月中旬には、60名の中国人労働者が到着する予定であると述べている。

7-2. 対カナダ連邦政府
 一連の騒動におけるカナダ連邦政府の対応に対してHD Mining社は、

・ 政府が雇用手続きの妥当性に公然と疑問を呈したこと

・ 公然と疑問を呈したことが政治上の論点に使われていると心配されること

・ 政府の正式な手順に基づき保証されたのちに、同社の労働市場に関する主張の再調査を行うこと

 について、カナダ連邦政府を激しく非難するとともに、司法審査の適用を積極的に支持し、Murray Riverプロジェクトに関わる財政利益や評判を害するいかなる相手に対して、民事損害賠償請求を追求するつもりであるとの態度を明らかにした。

7-3. 対リクルーター手数料
 リクルーター手数料等に対してHD Mining社は、

・ 当社と中国の親会社は、ビジネスにおける礼儀や倫理を乱す不法労働行為を非難する

・ 当社は大変不快な行為をする者とのつながりはない

・ 当社の全てのTFWP労働者は、我が社の中国の既存鉱山の従業員で、支払われる賃金はカナダ人の給与と同水準である。

 と述べ、同社の関係を否定した。

8. カナダ連邦裁判所の判断

 カナダ連邦裁判所は、2つの労働組合による外国人労働者の来加差し止め請求は、

・ 雇用主も労働者も規則に則って手続きを行っている

・ 中国人労働者がカナダ人の労働機会を奪うという労働組合側の主張には明らかな証拠がない

 として差し止め請求を却下した。

まとめ

 自国天然資源のアジアへの輸出、特に中国輸出を経済の牽引役に期待するカナダにとって、中国との関係は非常にセンシティブな問題である。

 特にBC州は、Clark州首相が2011年11月に中国を訪問した際にその成果として、Canadian Dehua社等からTumbler Ridge Gething坑内採掘石炭鉱山プロジェクトへの投資を増加させるとの約束を取り付け、約800名の直接雇用が創出されること、更にCanadian Dehua社等と5.0億C$に値する他の鉱物プロジェクト契約を締結、400名超の雇用が創出されることを公表しており、多大な金額を必要とする鉱山開発に対する中国からの投資の見返りとして、中国人労働者の雇用が約束されている可能性も否定できない。

 カナダ連邦裁判所の判断により、労働組合による中国人労働者の来加差し止め請求は棄却されたが、カナダ人の雇用機会剥奪等に対する労働組合の不満は未だ燻り続けている。また、カナダ連邦政府による再検討も未だ継続されている。

 更にBC州においては、2013年5月14日に州議会選挙が予定されており、躍進が予想される現野党NDPが政権を獲得した場合には、伝統的に労働者保護を重視しているNDP政権により、臨時外国人労働者問題が益々混迷を極める恐れがある。

 仮にTFWPの許可要件が強化された場合には、鉱山労働者の確保が更に困難となることから、鉱山労働者給与等の待遇改善は避けて通れない問題であろう。従来より、カナダの労働組合には強硬なイメージがある。例えば、労働協約の更改に端を発し2009年8月に始まったNL州Voisey’s Bay鉱山のストライキは、収束(2011年1月末)までに1年6カ月を要している。

 本件に関連して、労働組合がストライキ等の更なる強硬手段に出ないことを切に願うばかりであるが、本件に係わらず、鉱山権益を所有する日本企業は、技能労働者を確保するために、労働者の待遇改善による繋ぎ止めやストライキを起こさせない体制づくり等について、マイノリティーであるとしてパートナー企業に依存することなく、鉱山運営体制の安定化を更に意識する必要があるのではないであろうか。

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