報告書&レポート
WTO加盟に伴うロシア鉱業・製錬業への影響等(関係者の声)
ロシアは、1993年6月にGATT(当時)に対して加盟申請を行い、その後、約20年間に及ぶWTO作業部会会合(多国間、二国間交渉)を経て、2011年12月にWTO閣僚会議にてその加盟が全会一致で承認され、2012年8月に156番目の加盟国として加わった。 ロシアがWTO加盟して半年が経過した。その間における動き、特に鉱業、製錬業への影響等を考察するため、経済・産業全般、関連下流産業も含め、関係各方面のコメント(2012年)をまとめたので以下報告する。 |
1. 期待される経済的効果・影響等
(1) 光と影
世界銀行は、ロシアWTO加盟承認前に、ロシアはWTO加盟により年間GDP成長率が従来より1~3%拡大する試算を発表した。一般にロシアのWTO加盟は、マクロ的・中長期的には経済成長、企業の利益等に好影響を与えるが、ミクロ・短期的には全ての部門にプラス効果がもたらされるものではないと評価されている。このため、例えば、ロシア政府との協定「工業用組み立て措置」によりローカルコンテンツ義務を有する外資メーカーによるロシア国内での生産が開始されている自動車産業においては、今後、輸入関税が引き下げられる完成車輸入との競争激化も含め複雑な様相を呈しているが、今後の関税引き下げにおいては所要の経過措置期間が設けられる。
WTO加盟によるロシア経済・産業のプラス面、マイナス面として以下の評価がそれぞれ存在している。
(プラス面)
◆ ロシア市場の開放
関税引き下げにより輸入品が安くなる。また輸出関税引き下げや輸出枠制限の解除等によりロシアからの輸出も増える(これにより利益を得るのはまず原料部門と言われている。)。
◆ 国際標準・WTOルールの適用
経済活動はより予見可能で安定したものになる。これにより外国投資の増大が見込まれる。
◆ 競争環境の整備
ロシア市場における海外製品の流入、外国企業の活動が活発化し、競争が激化する。その結果、ロシア製品も安くなるが、将来的には市場が鎮静化し、またルーブルの交換レ―トは安定すると見込まれる。
◆ 閣僚、アナリストのコメント等
・ ナビウリナ経済発展相(当時)プーチン大統領との会談(2012年3月)
「WTO加盟により、まず、輸出障害の撤廃で輸出が拡大し、次に外資誘致条件等の投資環境が改善されると期待している。今すぐではないとしても、今後2~3年でこうした傾向になると見ている。」
・ WTO加盟の主なメリットを感じるのは輸出企業である。これにより高付加価値品の輸出が盛んになり、ロシアの経済構造が改善され、石油ガス資源輸出への依存度が低減される。
・ ロシアのWTO加盟の主な受益者は金属産業(鉄鋼・非鉄)、化学、消費者部門、輸送分野等である。Ernst&Youngの報告書では、WTO加盟により生産増が期待される産業として、非鉄金属産業、鉄鋼産業、石油化学産業が上位に挙げられている。その理由として、特に金属関係については、欧米諸国によるロシア製品に対する反ダンピング措置が解除されることをあげている。また、輸入関税引き下げメリットを享受できる輸入品を扱う小売業も上位に挙げられている。
(http://www.ey.com/Publication/vwLUAssets/WTO-Russia-April-2012/$FILE/ WTO-Russia-April-2012.pdf)
・ 協定で定められた関税(輸入・輸出)の引下げ分は4,300億ルーブルでGDPの0.8%相当に過ぎないが、ロシアのWTO加盟による外国投資の増加分はGDPの数パーセントになる。貿易よりも国内投資環境の改善、新技術導入による寄与が見込まれる。
(マイナス面)
◆ 単一産業都市への深刻な社会的影響
多くのロシア企業に競争力がないことが判明。その結果、雇用が失われ、失業者数が増加する。特に深刻な影響を受けるのは単一産業都市で、都市を形成する企業が倒産することで社会的暴発が起きる可能性がある。
◆ 柔軟性を失う保護政策
ロシア経済政策は対外的な経済活動において、これまでの柔軟性を失い、国内生産者/消費者の保護策が難しくなる。例えば、現在過保護状態にある国内自動車産業を保護できなくなる他、2010年に行った旱魃時の農作物禁輸出措置も取れなくなる。
◆ 産業構造の多角化の後退
ロシアは製造業振興が遅れ、原料産業からの依存脱却が難しくなる。
◆ 財政赤字の懸念
関税引下げにより、財政赤字が大きくなり、国債発行で補填せざる得ない。
◆ アナリストのコメント等
・ 最も脆弱な分野、特に農業、自動車製造、機械製造、軽工業については、5~7年という長い移行期間を獲得することができた。
・ 外国生産者の圧力が特に強く影響するのは自動車製造業、家電製品製造業の他ハイテク産業であり、農業の幾つかの部門(畜産、酪農等)である。
(2) ロシア政府の動き等
2011年7月、ロシア下院で加盟議定書が批准された前後、国内産業の保護策等(国家買付の際の優遇措置、補助金などの特典供与、製錬業に関する設備投資減税など)が議論されており、ロシア政府は、WTO加盟の影響を最小限に抑えるべく、様々な対応策を検討・実施している。
シュワロフ第1副首相は「WTO加盟に伴う問題は確かに一部の産業部門で起こり得るが、政府が支援する」(2012年3月)、またロシア政府のマヨーロワ通商交渉局次長は「あらゆる分野に対して、政府は保護貿易措置を講じる事もあり得る。これは輸入がロシアの生産者に損害を与える、もしくは与えそうな規模に拡大した場合である」(2012年8月)とコメントしている。
一方、広義の保護主義的な対策について、ロシア国内でも、財務省は新たな歳出増等を嫌い、経済発展省は市場競争を歪め、WTOルールに違反すると懸念を示している他、ロシア最大の貿易相手にある欧州委員会も懸念を表明し始めている。
財政への影響については、経済発展相は昨年、輸入関税率の低下等による国家予算の歳入減は、輸出増による税収で相当相殺されるとする見方をコメントしている。
◆ 冶金企業の資産税の免税期間導入を提案(2012年7月18日)
冶金企業に対し、資産のいわゆる機器設備関係部分、つまり2006~2012年に設置された設備については免税期間を与える必要がある。免税期間は3~6年となるだろう。この措置の実施期間全体で冶金企業は約1,000億ルーブルを節約できる。さらに、冶金分野に対する支援はロシアのWTO加盟との関連で不可欠である。大臣によると、2015年には輸入関税は平均で9.5%から6%へと下がるが、冶金分野では14.9%から8%へと下がり、多くの製品で3分の1の5%にまで引き下げられる。無論、こうした関税率に適応するには冶金企業には投資が必要であり、我々はそのための条件を整備しなければならない。
(ベロウソフ・ロシア連邦経済発展省大臣)
◆ ロシアは関税同盟諸国の利益を考慮し国内金属冶金分野を保護すべき(2012年7月16日)
ロシアは、関税同盟諸国の利益を考慮し、WTO条件下での金属冶金産業の市場保護策に留意する必要がある。現行の市場保護策を積極的に改善する必要がある。「私の考えでは、諸外国が調査段階で積極的に事前保護策を実施しているのに、ロシアではそのような事をしていない。我々もそうしたチャンスを持っているのに、まだ活用できていない。この状況を変える必要があると思う」。(マントゥロフ・ロシア連邦産業貿易大臣)
(3) WTO加盟後の貿易量の変化等
2011年現在のロシア輸入関税率は、全対象関税品目の平均が10.0%、うち工業製品が9.5%にあるが、これをそれぞれ7.8%、7.3%へ引き下げる計画にある。約1/4の品目は加盟日より3年後に適用され、自動車などについては7年間の移行期間などが定められている。(http://www.wto.org/english/news_e/news11_e/acc_rus_10nov11_e.htm)
昨年8月22日の加盟後、既に一部の品目で輸入関税が削減されたが、加盟後の2ヶ月間における貿易量の推移状況は、繊維、靴などに増加期待があったものの、ほとんどは対前月比で大幅な増加は見られなかった(一方、豚肉、植物油、乳製品で顕著な輸入増となった。)。
新聞等には、加盟後数ヶ月間のところ、インフレや小売価格変更等もあり、特に消費者向けに期待されていた小売価格の引き下げ効果は少なく、また海外からの直接投資の拡大や企業の大幅な生産増は見られなかったとする専門家のコメントなども掲載された。
2. ロシア産業への影響等(関係者の声)
2011年12月の加盟承認後の関係各方面のコメントは以下のとおり。
(1) 鉱業・製錬業競争力への寄与等
◆ WTO加盟後に何がロシアの金属業界を待ち受けるか(2012年11月15日)
WTO加盟に伴いロシアの金属産業は、新規市場進出と、そこでの活動が容易になる。さらに金属企業は低コストで投資誘致、外国銀行からの借入が可能となる。またロシア企業への各種知的所有権、ノウハウ、技術及び経験の移転に対する制限は撤廃されるだろう。(ドミトリー・バラノフ氏 マネジメント会社 Finam Management)
◆ WTOにおける金属産業:競争力を強化すべき時(2012年7月5日)
WTO加盟による金属産業の損得を一義的に言うことはできない。WTO加盟はロシアの金属産業の活動に影響を与える要素の1つにすぎない。その影響は主に輸出入関税構造の変更に帰結する。金属の輸出関税は引き下げられ廃止される。これは企業に追加利益と投資財源をもたらす肯定的要素。一方、同時に非鉄金属・鉄スクラップの輸出保護関税が引き下げられるので、合法的輸出が増加し、企業によっては原料確保が非常に難しくなる可能性がある。
輸入関税の状況は概ね変わらないが、鉄鋼製品、非鉄圧延製品、ケーブル製品は品目によっては関税が引き下げられる。つまり、輸入圧力が若干高まり、高付加価値製品を生産する金属企業が、国内市場でそのシェアを失うリスクが発生する。(アンドレイ・コジツィン氏 ウラル採鉱冶金会社社長)
◆ WTO加盟後に何がロシアの金属業界を待ち受けるか(2012年11月15日)
WTOでは割当制は禁止されているため、WTO加盟によりロシアの金属企業からこうした割当制限が外される。この制限が特に積極的に課されていたのは高付加価値の金属製品である。この制限の撤廃により、ロシアの金属企業は高付加価値製品の生産を発展させなければならない。(ミハイル・コロリュク氏 投資金融会社Solid)
プラス面はロシアの金属製品に対する保護関税が撤廃されること。これにより米国及び中国市場におけるロシア製品の競争力が高まる。マイナス面はロシア市場が中国及びウクライナの金属製品に開放されるため、特に鋼管市場における競争が非常に激化する。ロシアの金属産業にとって最も危険なのは、市場に新たな外国のプレーヤーが現れることではなく、消費者獲得の戦い(価格引き下げも含む)になることである。(アレクサンドル・シトク氏「2K Audit-Delovye konsultatsii」)
◆ WTOと鉄鋼業の展望(2012年9月5日)
輸入関税はガスパイプライン用鋼管が20%から5%に、溶接管が約6%に引き下げられる。
(エレーナ・チェルノレツカヤ氏 Moscow Securities Center)
◆ ロシアの機械製造業はWTOに「明るい未来」を期待していない(2012年7月24日)
WTOは鉄鋼産業に対し2つの正反対の影響を与える。一つはロシア製品の輸出条件の簡素化である。ただし、欧州で設定された輸出割当(欧州側にとっては輸入割当)がここ数年間使い切られていない事を念頭に入れておかなければならない。もう一つは、ウクライナと中国の生産者がロシア市場にアクセスしやすくなること。(ワレンチナ・ボゴモロワ氏 金融会社Uralsibアナリスト)
◆ 利益を期待する金属業界(2012年7月19日)
・ WTO加盟は非鉄金属業界にとって朗報となった。「4年後にニッケル、銅、アルミニウムの輸出関税はゼロになり、企業の競争力と財務実績に好ましい影響を与える」。(ユリヤ・オニクシモワ氏 投資会社BFAアナリスト)
・ 非鉄金属産業は鉄鋼業に比べ、国際市場での競争相手がはるかに少ない。しかも鉄鋼業に比べ、非鉄金属及び同製品に対する輸入関税の減少の影響ははるかに小さい。ロシアからは主に原料の形で非鉄金属が輸出されており、国内で完成品に加工されることは比較的少ないからである。鉄鋼業にとっては、鉄鋼製品に対する輸入関税率が当初の加重平均14.101%から8.212%に引き下げられることは相当重大である。一方、非鉄金属にとって輸入関税の引き下げはより穏やかで、業界ははるかに安心感を持つ。(アレクサンドル・ロマノフ氏 ロシア金属製品供給者連盟(RSPM)会長)
◆ ロシア、金属の新輸出関税率が発効(2012年9月4日)
自由貿易への移行は金属の輸出関税撤廃を前提としているが、即時ではなく徐々に廃止される。5%のニッケル輸出関税率が導入されるまで、関税額はほぼ2倍以上であった。FinExpertizaのアレクサンドル・ドロフェエフ企業評価部長は「ニッケル生産者には有利となる。競争力は向上し、マージンを拡大することができる。関税引き下げは、西側取引先にとっても有利である。ニッケルをより安く購入できる可能性があるためだ」としている。
関税の変更がこの分野に総じてどう影響するかについては、専門家も評価に窮している。Nalogovik法律事務所のアントン・ソニチェフ弁護士は、「これまで関税の累進課税が効果的であったとしても、企業によっては課税状況次第で得することもあり得る。例えば、累進税率導入によりNorilsk Nickelの支払額は固定税率に比べはるかに増大した。要するに、業界最大手にはどちらでもよいことである。」と述べている。(現地報道)
◆ 新規ニッケルプラントをターンキー方式で建設予定(2012年7月11日)
「UMMCにとってWTO加盟はマイナスかプラスか?」非常に難しい質問だ。未だに多くの点が完全には分からないからだ。例えば、現在ロシアではあらゆる大手外国自動車メーカーが事業を行っており、各社はローカルコンテンツに関する協定をロシア政府機関と締結している。我々のような自動車部品やその原材料のメーカーには、企業秘密を理由に協定の条件は教えてもらえない。当社のラジエータ工場と非鉄金属加工工場は自動車部品を直接供給している。自動車メーカーのローカルコンテンツ協定と当社工場の活動はどう結びつくのか。明確な計画を立てて生産し、ロシアで事業を行う世界的自動車メーカーに納入できなければ、2020年には当社は事実上これらに対する生産をやめざるを得ないと見ている。これは当社ばかりでなく、大多数のロシアの自動車部品メーカーに及ぶ問題である。(A・コジツィン ウラル採鉱冶金会社社長)
◆ ロシアWTO加盟後のアルミ二ウム市況(2012年9月27日)
長期的にはロシア市場におけるアルミ販売量の減少は生じない。ロシアでローカルコンテンツ化を進めた外国自動車ブランドがアルミ二ウム消費を順次担うことになるからである。自動車産業による2020年までの一次アルミ二ウム消費の予想平均伸び率は2%であるが、新規プロジェクト実施により伸び率は8%となる可能性がある。(セルゲイ・ベリスキー Rusalロシア・CIS販売担当取締役)
◆ ロシアのWTO加盟後、国内のアルミニウム消費者には政府の保護が必要となる(2012年3月20日)
政府が一連の措置を講ずるのであれば、WTOによってロシア経済全般、特にアルミニウム市場の発展が促進されることは言うまでもない。しかし、現在我々はロシア経済のハイテク加工分野の将来に強い懸念を抱いている。これらの分野は概ねRusalのアルミの主要消費者である。
WTOの条件下でロシアのハイテク加工分野を支えるには、銀行融資利率の引き下げ、アンチダンピングの積極化、輸入製品に係るリサイクル税の導入などの措置を講じる必要がある。
我々の見解では、中期的にアルミ二ウム消費が最も伸びるのはケーブル、圧延加工産業である。ケーブル生産では既存送電網の改良と新規敷設が必要なこと、また、圧延加工産業ではアルミ梱包材生産が拡大することからアルミ消費が伸びる。一方、アルミ消費の伸びが最も小さいのは、国産車が外国車に代替される自動車産業と見ている。建築用アルミ材、形材を製造する押出成形部門の成長は緩やかになる。これは、ロシアのWTO加盟に伴い、アルミ形材に対する現行4ユーロの輸入関税がゼロになることによる。その結果、まず中国、トルコ及びその他の国から建築用アルミ材がロシアに殺到することになる。これは主にロシアの建設部門の発展速度が遅いことによる。(セルゲイ・ベリスキー Rusalロシア・CIS販売担当取締役)
◆ アルミ形材メーカー、ロシアのWTO加盟に向け準備(2012年5月28日)
アルミの輸入関税は2014年には10%から5%に、アルミ製品の輸入関税は2015~2017年には10~20%から2~5%へと引き下げられる。これにより中国、トルコからの建築用アルミ材の輸入が増大する。(現地報道)
◆ ロシア鉄鋼業界(2012年11月12日)
ロシアのWTO加盟以前は、多くの西側諸国はロシアのメーカーと輸出企業を差別的貿易制限の格好の対象ととらえていた。このようなダンピング制限に異議を申し立てる国際的メカニズムの利用が、ロシア企業に許されていなかったからである。WTO加盟で状況は一変する。15年以上もWTO加盟交渉を行ってきたため、ロシアの法制は既にWTOの要求に合致したものとなっている。現に我々はWTOのルールに沿って既に事業を再編済みである。
WTOの通商紛争解決メカニズムは貿易制限に対する異議申立ての有効な手段であり、これに訴える可能性があること自体で、WTO加盟国は差別的措置の実施をある程度自制する。さらに我々は業界団体を通じ、ロシア経済発展省と協力しつつ、国際貿易のルール作りに参画できる。こうした可能性をロシア企業が得るのは多国間貿易システム史上初めてのことである。(E.ミヘル Mechel CEO)
◆ WTOに対応できる十分なパワーあり(2012年11月21日)
Sevelstalによると、ロシアのWTO加盟により、ロシアからEUへの鋼板輸出の割当制は廃止される。一方、NLMK(ノヴォリペツク冶金コンビナート)によると、実利を感じられるのは熱延鋼板メーカーだけである。他の品目についてロシア企業はEUの輸出割当を使い切っていないからである。米国市場にはロシアの熱延鋼板輸出に対する制限がある。現在、薄鋼板の輸出制限見直しが行われているが、これはWTO加盟と全く関係ない。それ以外の製品は米国では制限されていない。その他の国々におけるロシアの鉄鋼製品に対する現行のアンチダンピング調査は継続される。しかし、ロシアはこれまで課されてきたアンチダンピング制限措置の一部に対し、WTOの枠組みの中で異議申立てができるようになる。例えば中国への変圧器用鉄鋼輸出に関する制限措置がそれである。(現地報道)
(2) 自動車産業への影響等
◆ 自動車会社の日(2012年8月22日)
・ 税率変更で最も大きな影響を受けるのは、ロシアの乗用車・小型商用車市場で50%のシェアをもつGAZである。(Troika Dialog専門家)
・ ロシアの小型商用車メーカーは、輸入による深刻な価格圧力にさらされる可能性がある。しかし、乗用車についてはおそらく大きな変化はない。なぜならば、輸入企業に課されるリサイクル税(著者注:輸入外国製自動車への課税負担水準を、WTO加盟による関税引き下げ前の税負担の水準にまで維持することを目的に導入)が9月1日から施行されるからである。リサイクル税は輸入関税引き下げ分を補填するものであり、ロシアに輸入される外国車が値下がりすることはない。(アンドレイ・ロシュコフ Metropol)
・ GAZはWTO加盟に向けた準備は整った。何らかの売上減少が生じても、それは単に他のマイナス要因が合わさっただけかもしれない。当社にとってWTO加盟はマイナス要因ではない。当社は競争力強化に取り組み、市場開放に向け長い間準備してきている。(エレーナ・マトヴェーエワ GAZ副社長)
(3) 建材産業への影響等
◆ WTOに対応できる十分なパワーあり(2012年11月21日)
ロシアのWTO加盟によって建設資材の市場が大きな影響を受けることはまずない。Stroitelnaya informatzia社のエウゲーニー・ボトカ社長は、建設資材の大部分は現行関税率が5%以下であり、税率引き下げや廃止による影響を市場が受けることは全くないとしている。
高価格品に限っては若干の変化が起こり得る。専門家は、WTO加盟により高品質製品の需要構造が変化し、ロシアのプレーヤーに新たなチャンスが開かれる可能性を否定していない。TechnoNICOL(屋根材、断熱材、防水材メーカー)のセルゲイ・コレスニコフ社長は「高級品には輸入が大きなシェアをもつものがある。例えば屋根材では瓦だ。現在ロシアの瓦メーカーは価格を欧州のサプライヤーに合わせざるを得ない。しかし、ロシア製品の品質は遜色ないし、最新設備も持っている。もっと安く製品を販売することもできるが、それはしない。売れなくなるからである。現在この部門に強い影響力をもつ輸入企業は、関税引き下げや廃止に伴っておそらくもっと採算に見合った価格政策をとるようになり、今度はそれによって高品質製品の需要が拡大するだろう」としている。
量販品の建設資材輸入は、関税が極めて低く、量の拡大が見込まれない。
その原因は第一に地理的特殊性、輸送距離の長さ、インフラの制約である。第二に建設資材の国内生産量が近年大幅に拡大したことである。ロシアと西側の投資家によって屋根材、断熱材、壁用ブロック材製造の最新工場が多数建設された。西側の大手メーカー(断熱材、屋根材、外装材等)でさえ、極力現地生産化を図り、生産施設を販売市場に近づけようとしてきた。
総じて建設資材市場の参加者が懸念しているのは、海外のライバルから圧力を受けるリスクよりもむしろ、ロシアの役人に絶えず官僚的圧力をかけられることである。苦情のほとんどが不当に複雑で長期に亘る承認手続きに対するもので、生産力拡大に関連するあらゆる投資プロセスが必ず直面する問題である。ロシアビジネスの競争力にとって真の脅威は関税ではなく、ロシアの官僚機構なのである。(現地報道)
(4) エアコンなど家電製品産業への影響等
◆ WTO加盟は家電メーカーを直撃する(2012年3月1日)
・ 部品の現行税率を変更せずに輸入製品の関税を引き下げれば、現地生産は意味がなくなり、ロシアで生産された製品は競争力を失う」。(オグズカン・シャティログル トルコ企業Bekoロシア駐在事務所代表)
・ 冷蔵庫、洗濯機、ガスレンジの国内メーカー及び多国籍メーカーは、完成品の輸入関税の大幅引き下げにより、海外のライバル企業に対し優位性を失う可能性がある。ガスレンジと洗濯機の関税は2015年に15%から10%に引き下げられ、部品の関税も13%から7%(平均)に引き下げられるが、これは2017年になってからである。(A・オニシチュク会長 ロシア家電・コンピュータ製品商社・製造企業協会(RATEK)会長)
・ 当協会(RATEK)は経済発展省に対し、冷蔵庫・洗濯機・ガスレンジ・オイルヒーター用部品の関税率を2012年にも引き下げ、ロシア国内の生産を保護するよう要請している。(アントン・グシコフ RATEKスポークスマン)
◆ ロシアの家電生産が10%増加(2012年7月10日)
Ekspress-Obzor社の予想によると、心配したり結論を急ぐにはまだ早い。関税率引き下げは台所用レンジと洗濯機(現行15%がそれぞれ10%と8%に)が2015年、冷蔵庫と電子レンジ(現行20%がそれぞれ12%と10%に)は2017年になってからである。(現地報道)
◆ WTOの中のロシア、プラス・マイナスはどこに?(2012年8月24日)
ロシアの家電市場はWTO加盟の影響を全く受けない。最大手の家電メーカーは皆、生産施設をロシアに移転して久しいからである。部品は確かに海外で生産されているが、これまでも輸入の際に課税されたことはない。(M.コズロフ 企業グループArkonadaクラスノヤルスク支店長)
(5) PCなど先端製品産業への影響等
◆ ロシアがWTOに加盟:勝利か敗北か(2012年8月22日)
コンピュータと電話機の価格は3年以内に下がる。この期間にロシアはコンピュータとOA機器の関税をゼロにするからである(現在は5.4%)。
これにより小売価格が下がる可能性があるのは、モニター(フラットパネル、プロジェクタ・パネルを含む)、コンピュータ構成部品(ボード・カード類、ハードディスク、ディスクドライブ、CD・DVDドライブ、PCMCAデバイス)、有線電話機、電話用の自動応答装置・マイクロフォン・スピーカー・ヘッドセット、無線電話機、コピー機、ファクシミリ、コンピュータ・チップ、スマートカード、インタラクティブ用テレビアタッチメント、LAN用機器、電卓、電子辞書及び翻訳機、テレビ・ラジオアンテナ。(現地報道)
◆ WTOに対応できる十分なパワーあり(2012年11月21日)
WTO加盟後3年以内にコンピュータ、その製造機器及び構成部品の関税が撤廃される。家電製品に対する関税は15%から7~9%に引き下げられる。
スーパー・コンピュータ・メーカーT-Platformsのフセヴォロド・オパナセンコCEOは、「WTO加盟はIT市場の大半のプレーヤー、なかでも当社にはプラスの影響を与える。当社製品の中には、独自に開発したハイテク技術と並び、西側有力メーカーのマイクロエレクトロニクス部品が入っているが、これらの価格のかなりの部分を関税が占めている。この関税が引き下げられれば、製造原価を削減できるため、輸出向け西側プレーヤーのソリューションに対する当社のスーパー・コンピュータの競争力が高まり、利益も拡大するだろう」と見る。また同社は、WTO加盟により海外販売市場に進出しやすくなると見ている。
ロシアの半導体業界を技術的にリードするNIIME i Mikronのマーケテイング担当取締役、カリーナ・アバギャンは、「機器や部品の関税廃止により、当社の生産に使用する機器の輸出入手続きは簡素化・迅速化し、通関手続きが短縮されれば、納期はもっと予測しやすくなる。その結果、当社は、実質的に“凍結資金”ともいうべき部品在庫を減らすことができる。そもそも税関が経済全体にとって強力なブレーキである」としている。
エレクトロニクス企業は、競合する輸入チップに対する関税が廃止されることに不安はない。この市場の関係筋によると、今でも頻繁にチップは税関をすり抜けてロシアに持ち込まれているのである。チップは小さく軽量で高額であり、実際より少量で申告したり(税関はグラム単位まで厳密にチェックしない)、手荷物で持ち込むこともできる。
IBS Group Holdingのアナトーリー・カラチンスキー社長は、「WTO加盟はIT部門にはほとんど影響しない。これまでも関税は低かったからだ。ただ、総じて言えば私はWTO加盟を大いに歓迎している。グローバルな事業展開に向け、我々の格付けが上がったからである」としている。(現地報道)
3. ロシア国外の海外専門家の見方
(1) 産業への影響等
WTO加盟による3つの重要な変化として(1)ビジネスサービス分野の直接外国投資に対する障壁撤廃、(2)商品分野の関税引き下げ、(3)アンチダンピング適用分野におけるロシア輸出企業の市場アクセス改善を予想している。
サービス分野の直接外国投資に対する障壁の撤廃は、WTO加盟による最も大きな利益源である。WTO加盟関連で交渉が行われている障壁の例は、ロステレコムによる国際電話サービス独占、ロシアにおける多国籍銀行の支店開設制限等が挙げられる。サービス多国籍企業に対しロシアが負った義務は、対ロ外国直接投資拡大のインセンティブを創出するものである。これによりロシアのビジネス界は、通信、銀行、保険及び輸送といった分野で多国籍企業のサービスを非常に利用しやすくなる。これはビジネス関連コストを低減し、これらのサービスを利用する企業の生産性向上にもつながる。
関税引き下げは大きな利益をもたらすが、WTO加盟による最大の利益源ではない。関税引き下げはロシアの資源配分を改善する。もっと重要なのは関税引き下げにより、各種新技術製品のロシアへの輸入可能性が拡大し、生産性向上につながることである。しかし現在ロシアの関税はあまり高くない(GDPの1.6%、輸入価格の約7%)。したがって、これは特定分野にとって重要とはいえ、マクロ経済効果をもたらすものではない。
市場アクセスの改善は重要ではあるが、WTO加盟で生じる3つの主要変化の中では最も重要性は低い。ロシアは既にほぼ全ての貿易相手国との間でバイラテラルな最恵国待遇もしくはCIS内諸国での自由貿易が実現しているため、WTO加盟国が受ける最恵国待遇によってロシアの輸出企業の市場アクセス改善が大きく促進されることはない。但し、アンチダンピング措置が適用されているロシアの輸出企業は、アンチダンピング関税適用に異議を申し立てる権利を付与する法的ステータスを獲得する。しかし、これは平均すれば大幅な関税引き下げをもたらすものとならない。したがって、WTO加盟によるロシアの輸出企業の市場アクセス改善はおそらくごく小幅なものとなる。(デビッド・タール氏 世界銀行 他)
「ロシアのWTO加盟について最も重要なことは、ロシア経済に対する信認が高まることであり、私見ではこれによりロシアは今後数年で経済成長速度も上げることができる」(ピーター・マンデルソン)
「WTO加盟によりビジネスの成長、経済効率向上のための条件が作られる。ロシア市場が開放され、ロシアはより多様な世界水準の製品・サービスを利用できるようになる」。「予測可能な関税率と有効な紛争解決メカニズムにより、ロシアとそのパートナー国は信頼感を深め、米ロ双方に新たなチャンスを創出する貿易が促進される」(ジョン・バイヤリー駐ロ米国大使)
(2) 鉱業・製錬業への影響等
外国の専門家は、一連の金属の輸出割当が廃止されても(例えば鋼板に対する346万tのEU割当はWTO加盟後廃止される)、ロシアが得られるメリットは小さいと見ている。ロシアの輸出の50%以上が石油とガスであり、これらの輸出関税はWTO加盟後も以前の水準に留まる。一方、金属が輸出全体に占める割合はより小さい。(現地報道、機関投資家)
(圧延製品部門)
ロシアのWTO加盟は、ホイル及び缶材用シート市場の競争を激化させる可能性があるが、アルミ包装材の利用拡大、圧延製品部門(クラスノヤルスク冶金工場、カメンスク・ウラリスキー冶金工場その他)の成長により相殺される。したがって長期的には圧延製品市場は安定成長が見込まれる。
(ケーブル製品部門)
ロシアのWTO加盟は国内市場の線材販売量にはさほど影響しない。カンダラクシスキー・アルミニウム工場の生産近代化により、アルミ合金製線材を使用して生産される鋼心アルミより線(ACSR)を使ったケーブルの輸入急増リスクが解消される。また、非CIS諸国に対するケーブル製品輸出の最初の試みが行われていることも肯定的ファクターである。しかしこうした動きを進展させるには、さらに積極的な政府支援が必要である。例えば、EXIAR(政府による輸出支援の金融商品開発を目的とする専門企業)のような組織の一層の発展である。
(押出成形部門)
形材、ドア、窓、フレームの輸入関税が12%に引き下げられ、4 €/kgの最低関税課税価格が撤廃されることで、ロシア市場の形材輸入は、初期段階では拡大する可能性がある。しかし、現在のロシアのアルミ押出成形技術が
アップすれば、外国製形材の輸入量は下がり、ロシア市場から追い出すことができるということに留意すべきである。(Troika Dialogのエキスパート)
4.おわりに(考察)
ロシアがWTOに加盟して半年が過ぎ、今回、関係各方面の関係者のコメントを取り上げてみたが、ロシア経済・産業全般、そして鉱業、製錬業に対する効果・影響等を評価するには、もうしばらく時間を要すると思われる。現状について、以下、簡単に考察すれば、
・ WTO加盟以前から国際的な大手企業は既にロシア市場に参入しており、また、ロシア国内の関連法制度についても、加盟に向けて段階的に整備されてきたことが挙げられる。
・ 輸入関税率の引き下げ効果については、一部重要品目について経過措置期間などが設けられている他、必ずしも関税水準は相対的に輸入企業(又はロシアへの輸出企業)にとって魅力高い(輸入関税率が低い)ものにはない。むしろ、時期によっては、ロシア中央銀行が管理から自由化へその為替政策をシフトしていることもあり、為替変動がより大きく影響するかもしれない。
・ 輸出拡大については、対ロシア輸入枠の解消もあるが、WTO加盟が輸出関税の完全な撤廃という事態にはならない。短期的には既存の生産能力やその輸出製品の価格競争力等に律則することになるが、中長期的には、世界経済の回復とロシア国内市場の需要の伸び(WTO加盟による外国製品等の浸食度合い)を睨みつつ、国際的な資源価格等の推移とその将来見通しによって、供給能力を引き上げる投資判断がなされることになると考えられる。
・ またロシアへの直接投資拡大は、部品輸入など関税当局の現場での現実的な手続きに関連する改善の必要性が指摘され始めている他、司法制度や投資家保護メカニズムも含め、相対的なロシアのビジネス環境に左右されると考える。
今回取り上げたコメントからしても、現状、WTO加盟それ自体が、ロシアの鉱業・製錬業者に対して、ただちに何か企業行動において大きな影響を与えるとする見方は多くないが、引き続き、ニュースフラッシュ等において、関係各方面の動き、影響等について取り上げることとしたい。