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報告書&レポート

2013年6月27日 バンクーバー事務所 片山弘行
2013年39号

赤道原則第3版の発効について

 赤道原則(Equator Principles)は、天然資源開発プロジェクトなど大規模プロジェクトに対する金融機関によるプロジェクトファイナンスにおいて、プロジェクトが及ぼす環境・社会影響を低減させるために金融機関が自発的に定めたガイドラインである。2003年6月に第1版策定、2006年に第2版に改定されて以降、本ガイドラインを採用する金融機関は32ヶ国、79行に及び、新興国におけるプロジェクトファイナンスの70%以上に適用されている。

 2012年に国際金融公社(IFC)が定める「環境と社会の持続可能性に関するパフォーマンス・スタンダード (Performance Standards on Environmental and Social Sustainability)」が改定されたことを受けて、これに準ずる形で改定作業が進められ、今般、赤道原則の第3版が加盟金融機関で承認、2013年6月4日から発効し、2014年1月からは全面移行することとなった。

 本稿では、この赤道原則第3版の主な変更点について概説する。

1. 原則

 赤道原則の基本的な構成には変更はなく、第2版と同様に以下の10原則から構成される。

原則1. レビュー及びカテゴリー区分

プロジェクトをレビューし、その環境・社会的影響度に応じてカテゴリーA(環境や社会に修復不能または前例のない多大な影響を及ぼす可能性のあるプロジェクト)、カテゴリーB(適切な緩和措置により修復可能で影響が限定的となる見込みのプロジェクト)、カテゴリーC(最小限の影響、あるいは影響のないプロジェクト)に分類する。

原則2. 環境・社会アセスメント

カテゴリーA及びカテゴリーBに分類されたプロジェクトのすべてに対して、プロジェクトの環境・社会影響を解決するためのアセスメントを実施する。カテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのアセスメント文書には、環境・社会影響評価書が含まれる。

原則3. 適用すべき環境・社会基準

適用すべき環境・社会基準は、プロジェクト所在国の環境・社会法制度、または適切な基準に準拠する。

原則4. 環境・社会マネージメントシステムと赤道原則アクションプラン

すべてのカテゴリーAとカテゴリーBのプロジェクトに対して、環境・社会マネージメントシステムを策定・整備する。アセスメント中に生じた問題を解決し、環境・社会基準に準拠するために必要となる行動計画を策定したアクションプランを作成する。

原則5. ステークホルダーの関与

すべてのカテゴリーAとカテゴリーBのプロジェクトについて、影響を受けるコミュニティなどのステークホルダーに対して協議・参加プロセスを実施する。またステークホルダーに対して適切な方法にて情報を開示する。

原則6. 苦情処理メカニズム

カテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのプロジェクトに対して、マネージメントシステムの一部として、環境・社会懸念に対する解決、苦情処理メカニズムを策定する。

原則7. 独立したレビュー

プロジェクトファイナンスが行われるカテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのプロジェクトに対して、独立の環境・社会コンサルタントにより、アセスメント文書のレビューを行う。

 コーポレートローンが行われるプロジェクトでは、先住民に対する悪影響など重大なリスクが懸念されるプロジェクトに対して独立レビューを実施する。

原則8. 契約条項

プロジェクト所在国の環境・社会に関する法に準拠すること、策定したマネージメントシステムやアクションプランに準拠すること、金融機関に対して法やマネージメントシステム等に準拠していることを報告すること、合意された廃止計画に基づいて施設を廃止すること、をファイナンス契約に含める。

原則9. 独立したモニタリングと報告

赤道原則の準拠状況を評価するため、カテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのプロジェクトに対して、金融機関は独立の環境・社会コンサルタントを任命して、モニタリングと準拠状況の報告を実施させる。

原則10. 報告と透明性

対象企業は、カテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのプロジェクトについては、原則5での開示に加え環境・社会影響評価書の要約をオンライン上で公開し、温室効果ガス排出量についても公開する。

 赤道原則に参加する金融機関は、最低年1回、赤道原則の実施プロセスや知見を公開する。

2. 主な変更点

● 適用範囲

 従来の赤道原則では、総資本費が1,000万US$以上となるプロジェクトに対するプロジェクトファイナンスに適用されていたところ、第3版では以下に拡大された。

≫ 総資本費が1,000万US$以上のプロジェクトファイナンスに対するアドバイザリー業務
≫ 総資本費が1,000万US$以上のプロジェクトファイナンス
≫ 以下の4条件すべてに合致するプロジェクト関連のコーポレートローン
  ◇ 直接、間接を問わず対象企業が管理できる単一のプロジェクトに関する融資であること
  ◇ 融資総額が最低1億US$であること
  ◇ 個々の金融機関のコミットメント額が最低5,000万US$であること
  ◇ 貸付期間が最低2年間であること
≫ プロジェクトファイナンス、あるいはコーポレートローンによるリファイナンスを予定している2年未満のつなぎ融資

● 適用される環境・社会基準

 アセスメントの際に適用される環境・社会基準は、IFCの「環境と社会の持続可能性に関するパフォーマンス・スタンダード」及び世界銀行グループの「EHSガイドライン(Environmental, Health and Safety Guidelines)」に準拠する。ただし、プロジェクトの所在国が、赤道原則のホームページに掲載される国、すなわち環境や人々を守るために健全な環境・社会的ガバナンスや法体系が十分に整備されている国については、重複を避けるために、原則2,4,5,6については当該国での許認可プロセスに代えることができる(従来は、OECD高所得国にのみ許認可プロセスに代えることが可能)。

 また、本基準は、最低限のものであり、金融機関は更なる要求事項を適用することも可能である。

● 気候変動(温室効果ガス排出代替案の検討)

 温室効果ガス排出量が二酸化炭素換算量で年間10万t以上となるプロジェクトについては、温室効果ガス排出量の少ない技術的、経済的な代替案の検討を考慮した分析を実施しなければならない。排出される温室効果ガスに応じてScope 1排出及びScope 2排出1に分類し、Scope 1排出に対しては、代替燃料もしくは代替エネルギーの使用を考慮した分析を行う。また、高炭素産業(世界銀行グループのEHSガイドラインによると、火力発電、セメント・石灰製造業、一貫製鉄所、ベースメタル製錬・精製所、鋳造所)においては、同産業で使用されている他技術との比較を行う。

 金融機関は、対象企業に対して、二酸化炭素換算で年間10万t以上を排出するプロジェクトの年間排出量に関して一般に報告することを課す。また、年間排出量が2.5万t以上となるプロジェクトについても、対象企業が一般に報告を行うよう推奨している。

● ステークホルダーの関与

 ステークホルダーの関与を促進させるために、プロジェクトのリスクや影響について、地元コミュニティに対して、適切な言語及び文化的に適した方法にて提供することとしている。

 先住民はプロジェクトの影響を受ける脆弱なコミュニティをまさに代表するようなものであり、先住民の協議参加プロセスは必要であり、法準拠のためにも先住民の権利保護は必要であると明記している。そのため、新たな原則では、IFCの「環境と社会の持続可能性に関するパフォーマンス・スタンダード」改定に呼応して、特にプロジェクトの影響を受ける先住民の「自由で事前の十分な情報に基づく同意(Free, Prior and Informed Consent (FPIC))」を得ることを必要としている。

● 独立レビュー、独立モニタリング・報告

 プロジェクトファイナンス案件に対しては、従来通り、独立第三者の専門家によるレビュー、モニタリング、報告が課されている。

 新たに適用範囲に含められたコーポレートファイナンス案件に対しては、先住民に対する悪影響を及ぼすプロジェクト、絶滅危惧種生息地に対する影響、文化遺産に対する重大な影響、大規模な再定住を必要とするプロジェクトなど、リスクの大きいプロジェクトに対して独立のレビュー、モニタリング、報告を課している。その他のカテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのプロジェクトに対するコーポレートローンには、金融機関が独立レビュー等の必要性を決定することとしている。この判断にはOECD輸出信用機関や複数の金融機関によるデューデリジェンス調査の結果を参照することができる。

● 契約条項

 従来は、カテゴリーA及びカテゴリーBのプロジェクトに対するファイナンス契約において、プロジェクト所在国の環境・社会法に準拠することを明示していたところ、カテゴリーに関係なくすべてのプロジェクトのファイナンス契約に明示。

 カテゴリーA及びカテゴリーBのプロジェクトに対しては、マネージメントシステムやアクションプランの準拠、法やマネージメントシステム等に準拠していることを金融機関に対して報告すること、合意された廃止計画に基づいて設備を廃止することをファイナンス契約に含める。

● 情報公開の拡充及び透明性の向上

 企業は、カテゴリーA及び(必要に応じて)カテゴリーBのプロジェクトに対して、環境・社会影響評価書の概要をオンラインで開示し、温室効果ガス排出量が二酸化炭素換算で年10万t以上のプロジェクトについては、温室効果ガス排出量を開示することとなった。

 金融機関による開示内容について項目が明記された。最低限の開示内容としては次の通り。

≫ プロジェクトファイナンスアドバイザリー業務の部門別、地域別件数
≫ プロジェクトファイナンス及びコーポレートローンのセクター別、地域別、国別、独立レビュー実施有無別、カテゴリー別件数
≫ 赤道原則の履行方法
≫ プロジェクト名(プロジェクトファイナンス案件のみ。ただし、対象企業の同意を必要)


1 Scope 1排出は、プロジェクトの物理的境界内の施設から直接的に排出される温室効果ガス。

2 Scope 2排出は、プロジェクトが使用するエネルギーを生産するサイト外の施設から排出される間接的な温室効果ガス

3. 天然資源開発プロジェクトへの影響 -温室効果ガス排出量-

 既に多くの天然資源開発プロジェクトのプロジェクトファイナンスにおいて赤道原則が適用されており、新たに変更となった点についても、既に所在国の環境許認可プロセス等で十分に考慮されていることが多く、今回の改訂は、特段、大きな影響はないものと考えられる。

 ここでは、新たに明記された年間温室効果ガス排出量10万t(二酸化炭素換算量)がどの程度のプロジェクトに相当するのか、既存プロジェクトと比較することで相場観の形成に役立てる。

 カナダ環境省では、二酸化炭素換算で年間5万t以上の温室効果ガスを排出するカナダ国内の施設に報告義務を課し、データを一般に公開している(温室効果ガス排出量報告プログラム)。あくまでカナダの場合ではあるが、ペレットプラント併設の鉄鉱山、多くの石炭鉱山、大規模金属鉱山で年間10万t超となっているが、金属鉱山の多くは10万tの水準には達していない。一方で、高炉を有する製鉄所のすべて、アルミ精錬所のすべて、ほとんどの非鉄金属製錬所は温室効果ガス排出量が10万tを超えている。

表 1 カナダ国内の金属・石炭・非金属鉱山の2011年温室効果ガス排出量
(二酸化炭素換算で年間10万t以上)(出典:カナダ環境省)

鉱山・施設名 生産品 会社名 排出量
(t CO2-eq)
Carol (+pellet plant) Iron Iron Ore Company of Canada 948,948
Port-Cartier pellet plant Iron ArcelorMittal Mines Canada 947,422
Belle Plaine Potash Mosaic Canada ULC 661,533
Fording River Bituminous Coal Teck Coal Limited 480,815
Wabush (Sept-Iles pellet plant) Iron Mines Wabush 384,559
Greenhills Bituminous Coal Teck Coal Limited 313,249
Elkview Bituminous Coal Teck Coal Limited 285,433
Beinfait (Char plant) Lignite Coal Prairie Mines & Royality Ltd 228,539
Highvale Subbituminous Coal TransAlta Generation Partnership 207,871
Diavik Diamond Diavik Diamond Mines Inc. 191,583
Highland Valley Copper-Zinc Teck Highland Valley Copper Partnership 180,396
Coal Valley Bituminous Coal Coal Valley Resources Inc. 180,389
Meadowbank Gold and Silver Agnico-Eagle Meadowbank 164,618
Coal Mountain Bituminous Coal Teck Coal Limited 164,516
Line Creek Bituminous Coal Teck Coal Limited 154,454
Ekati Diamond BHP Billiton Canada Inc. 154,223
Raglan Nickel-Copper Xstrata Canada Corporation – Duplicate 140,754
Mont-Wright Iron ArcelorMittal Mines Canada 139,744
Grande Cache Bituminous Coal Grande Cache Coal Corporation 135,578
Cheviot (Cardinal River) Bituminous Coal Teck Coal Limited 124,932
Lanigan Potash POTASH CORP 117,343
Sudbury Nickel Smelter Complex Nickel-Copper Xstrata Canada Corporation 114,793
Perry Creek Bituminous Coal Western Coal Corp 100,144

表 2 カナダ国内の製鉄所・製錬所・精製所の2011年温室効果ガス排出量
(二酸化炭素換算で年間10万t以上)(出典:カナダ環境省)

施設名 生産品 会社名 排出量
(t CO2-eq)
Dofasco Hamilton Iron, Steel, Ferro-Alloy ArcelorMittal Dofasco Inc. 5,261,878
Lake Erie Works Iron, Steel, Ferro-Alloy U.S. Steel Canada Inc. 3,296,822
Essar Steel Algoma Inc Iron, Steel, Ferro-Alloy Essar Steel Algoma Inc. 2,559,409
QIT Complexe métallurgique de Sorel-Tracy Iron, Steel, Ferro-Alloy QIT-Fer et Titane Inc 1,210,666
Aluminerie Alouette inc. Alumina and Aluminum Aluminerie Alouette inc. 1,039,555
Usine Alma Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 909,489
Aluminerie de Baie-Comeau Alumina and Aluminum Alcoa Limitée 860,416
Kitimat Works Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 814,247
Usine Arvida Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 805,056
Aluminerie de Bécancour inc. Alumina and Aluminum Aluminerie de Bécancour inc. 742,758
Usine Vaudreuil Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 580,343
Usine Grande-Baie Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 509,000
Usine de Deschambault Alumina and Aluminum Alcoa Aluminereie de Deschambault Ltée 462,677
Usine Laterricre Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 453,407
Trail Operations Non-Ferrous Metal Teck Metals Ltd. 430,384
Hamilton Works Iron, Steel, Ferro-Alloy U.S. Steel Canada Inc. 351,159
Usine de réduction – ArcelorMittal Contrecoeur Iron, Steel, Ferro-Alloy ArcelorMittal Montréal Inc. 350,177
Usine Shawinigan Alumina and Aluminum Rio Tinto Alcan 322,331
Fort Saskatchewan Non-Ferrous Metal Sherritt International Corporation 303,196
Copper Cliff Smelter Non-Ferrous Metal Vale Canada Limited 261,413
EVRAZ Inc NA Canada – Regina Facilities Iron, Steel, Ferro-Alloy EVRAZ Inc NA Canada 214,619
Brunswick Smelter Non-Ferrous Metal Xstrata Canada Corporation – Duplicate 195,342
Quebec Silicon LP Iron, Steel, Ferro-Alloy Silicium Québec SEC 173,969
Aciérie – ArcelorMittal Contrecoeur Iron, Steel, Ferro-Alloy ArcelorMittal Montréal Inc. 146,210
Fonderie Horne Non-Ferrous Foundries Xstrata Canada Corporation 122,505
Copper Cliff Nickel Refinery Non-Ferrous Metal Vale Canada Limited 110,240

表 3 カナダ国内の石油・ガス生産施設の2011年温室効果ガス排出量
(二酸化炭素換算で年間50万t以上)(出典:カナダ環境省)

鉱山・施設名 生産品 会社名 排出量
(t CO2-eq)
Mildred Lake and Aurora North Plant Sites Non-Conventional Oil Syncrude Canada Ltd. 12,860,275
Suncor Energy Inc. Oil Sands Non-Conventional Oil Suncor Energy Oil Sands Limited Partnership 8,495,974
Cold Lake Non-Conventional Oil Imperial Oil Resources 4,588,190
Long Lake Project Non-Conventional Oil Nexen Inc. 3,189,408
Wolf Lake and Primrose Plant Non-Conventional Oil Canadian Natural Resources Limited 2,972,934
Scotford Upgrader and Upgrader Cogeneration Non-Conventional Oil Shell Canada Energy Limited 2,934,793
Foster Creek SAGD Bitumen Battery (with Cogen) Non-Conventional Oil Cenovus FCCL Ltd., as operator for FCCL Partnership 2,043,250
Firebag Non-Conventional Oil Suncor Energy Oil Sands Limited Partnership 2,001,052
Fort Nelson Gas Plant Conventional Oil and Gas Spectra Energy Transmission 1,677,745
Horizon Oil Sands Processing Plant and Mine Non-Conventional Oil Canadian Natural Resources Limited 1,651,135
Pine River Gas Plant Conventional Oil and Gas Spectra Energy Transmission 1,136,087
Lloydminster Upgrader Non-Conventional Oil Husky Oil Operations Limited 1,024,452
Shell Albian Sands Jackpine Mine Non-Conventional Oil Shell Canada Energy 966,954
Shell Albian Sands Muskeg River Mine Non-Conventional Oil Shell Canada Energy 710,511
Jackfish 1 SAGD Plant Non-Conventional Oil Devon Canada Corporation 700,025
Caroline Complex Conventional Oil and Gas Shell Canada Limited 603,237
Terra Nova Conventional Oil and Gas Suncor Energy Inc. 601,566
MEG Christina Lake Cogeneration Facility Phase 2 Non-Conventional Oil MEG Energy Corp. 574,049
Hibernia Platform Conventional Oil and Gas Hibernia Management and Development Company Limited 500,444

おわりに

 新たな赤道原則は、温室効果ガス削減などの気候変動対策や先住民に対する協議など、近年、重要性に対する認識が高まってきた問題について、金融機関とプロジェクト推進者が一体となって取り組む姿勢を示したと言える。

 既に多くの天然資源開発プロジェクトにとっては、所在国の許認可手続き等により十分に考慮されてきた事項とはいえ、これらの問題の重要性はますます高まるであろう。

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