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報告書&レポート

2013年10月10日 バンクーバー事務所 片山弘行
2013年59号

鉱区取得前での先住民協議の必要性-Ross River Dena Council対ユーコン準州政府裁判の影響-

 カナダ1982年憲法第35.1条では、先住民権原(Aboriginal Title)、先住民権利(Aboriginal Rights)に影響が及ぶカナダ政府の法律行為には、その行為に先立ち先住民1と協議することを義務付けている。

 ユーコン準州東部に居住するファーストネーションであるRoss River Dena Council(以下、RRDC)は、「RRDCが土地請求している用地内に位置する鉱区を探鉱会社等に付与する前に、ユーコン準州政府はRRDCと協議を行う義務がある」と主張し、義務存在の確認を求める訴えを準州裁判所に起こした。

 本裁判は、鉱区が登録される前にカナダ政府に先住民との協議義務があるかどうかを争うものとして注目を浴びたものであり、ユーコン準州上訴裁判所(Court of Appeal for Yukon)は2012年12月27日にRRDCの訴えを認める判決を言い渡している。その後、準州政府は準州上訴裁判所の判決は他州にも影響を及ぼす事案であるとし、連邦最高裁判所に上訴していたが、2013年9月19日、連邦最高裁が準州政府の上訴を却下したため、準州上訴裁判所の判決が確定した。

 本判決は、連邦最高裁で却下されたために連邦レベルでの判断はなされず、あくまで準州レベルで結審となったものの、ユーコン準州政府が述べている通り、カナダ全州に影響を及ぼす判決であり、判決の確定を受けて、今後他州でも鉱業法改正を誘引する可能性があることから、本裁判の概要とその影響について概説する。


1 カナダ憲法第35条では、カナダの先住民「aboriginal people of Canada」にはインディアン(ファーストネーション)、イヌイット、メティスが含まれる。

1. 背景

 ユーコン準州には、14のファーストネーションが居住しており、そのすべてが先住権解決に向けた交渉の枠組みを取り決めたUmbrella Final Agreementと呼ばれる包括契約をカナダ連邦政府やユーコン準州政府と締結しているが、この大枠の包括契約に基づき、各ファーストネーションはそれぞれ土地請求や先住権を勘案し、自治権を定めた個別の最終契約を締結しなければならない。

 RRDCは包括契約締結メンバーには含まれているものの個別の契約締結には至っていない3つのファーストネーションのうちの一つであり2、RRDCが請求している土地については未決着の状態で、RRDCの先住民権原や権利は確定していない。

 図 1は、ユーコン準州に居住するファーストネーションが伝統的に利用してきた土地(Traditional Land)の範囲を示している。RRDCは他のファーストネーションととも3にKaska Denaと呼ばれており、本図はそのKaska Denaが伝統的に利用してきた土地の範囲(ユーコン準州内のみ)を示している。先住民権原の確定や土地の権利請求は、これら各ファーストネーションが伝統的に利用してきた土地から選定される。

 ユーコン準州では準州の鉱業法「Quartz Mining Act」(以下、準州鉱業法)において硬岩鉱業での鉱区取得方法を規定しているが、個人や探鉱会社は、鉱区取得しようとする土地区画の四隅に杭を打ち、それを準州政府に登録することで鉱区内の鉱物資源を取得できる権利を得ることができ、一定の探鉱活動を実施することができる。これは、鉱区取得にあたって政府の承認が必要とされないことから「Free Entry」または「Open Entry」システムと称され、探鉱活動への自由な参入を認め、価値ある鉱物資源の発見を促すものとして、カナダ各州で一般的に採用されている制度である。この制度では探鉱会社等が鉱業法に基づいて申請を行ってさえいれば、準州政府には鉱区付与に関して裁量権はないことと同義とみなせ、したがって現在、準州政府はRRDCの請求用地内において個人や企業が鉱区を取得した際にはRRDCに事後通知を行っているのみである。

 一方で、1997年に下されたDelgamuukw対BC州判決4では、先住民権原には地下鉱物の権利も含まれているとの判断が示されているが、これは現状の準州鉱業法が、土地請求交渉が決着していないRRDC請求用地においても鉱区保有者に地下鉱物を取得できる権利を付与していることと対立している。

 さらに準州鉱業法では、環境への影響の大きさに応じて探鉱活動を4段階に分類しており、鉱区保有者がClass 2からClass 4(最も影響の大きな探鉱活動)の探鉱活動を実施するにあたっては先住民との協議を義務付けているが、最も軽微なClass 1の探鉱活動については先住民との協議を義務付けていない。

 これらのことからRRDCは、鉱区付与は先住民権原や権利に影響を及ぼすものであり、準州政府による単なる事後通知は憲法に定められた先住民との事前協議義務を満たしていないと主張している。


2 RRDC以外で最終契約を締結していないユーコン準州のファーストネーションはLiard First NationとWhite River First Nation

3 Kaska DenaにはRRDCの他にDaylu Dena Council、Dease River First Nation、Kwadacha Nation(これらは主としてBC州居住)、Liard First Nation(主としてユーコン準州居住)が含まれる

4 Delgamuukw v. British Columbia [1997]3 S.C.R. 1010

2. 裁判の概要

2-1. 準州最高裁判所の判決(2011年11月15日)
 鉱区取得時のユーコン準州政府による事前協議義務の確認を求めたRRDCの訴えに対し、準州最高裁判所(Supreme Court of Yukon)は、2011年11月15日、原告側の訴えを大筋で認めるものの、鉱区取得の際にはユーコン準州政府の事前通知で十分であるとの判断を下している5

 本判決では政府による先住民との協議義務の発生根拠として、Haida Nation対BC州判決6及びRio Tinto Alcan対Carrier Sekani Tribal Council判決7で示された以下の3段階テスト(Haidaテスト)を引用している。

 ① 政府による対象地域の先住民権原・権利の存在の認知
 ② 政府による法律行為の履行または決定
 ③ 政府による履行または決定が先住民権原・権利に及ぼす影響の認知

 今回の裁判においてユーコン準州政府は、準州鉱業法に定められた方法により申請者が鉱区設定を行う場合、ユーコン準州政府には裁量権が及ばず、したがってHaidaテスト②の要件は満たされず、企業による鉱区設定に先立って準州政府による先住民との協議義務は発生しないと主張している。

 判決では、自由裁量権がある場合に限り政府に協議義務が発生するという考え方は狭量であり、鉱区登録の時点で準州政府にはファーストネーションとの協議義務があるとの判断を下している。一方で、「Open Entry」システムは、鉱業界では必要不可欠なシステムであり、鉱区設定に際して、すべてのファーストネーションと事前協議を実施することは現実的ではないとし、鉱区付与後であれば、鉱区保有者にとっても鉱区の権利が確定し、ファーストネーション側もその影響をより具体的に評価することが可能となることから、鉱区付与後の協議が適切であるとの判断を下している。

2-2. 準州上訴裁判所の判決(2012年12月27日)
 RRDCによる上訴を受けて、準州上訴裁判所は2012年12月27日に、準州政府による事前通知だけでは憲法が定める先住民協議義務としては不十分であるとして、RRDCの訴えを全面的に認める判決を下した8

 上訴裁判所は本判決で、鉱業界やユーコン経済における「Open Entry」システムの重要性には同意するものの、準州鉱業法第15条において鉱区設定禁止区域に関する条文があることから、準州政府に鉱区設定に関する裁量権がないとは言えず、したがってHaidaテスト②も満たされることから、現在の事後通知のみでは不十分であると結論付け、政府には鉱区設定前に先住民との協議義務が存在しているとの認識を示した上で、政府に課された憲法上の義務を果たすためには準州鉱業法を何らかの形で修正すべきであるとしている。

 判決では具体的な方法論を示していないものの、鉱区設定前での先住民との協議例として、RRDCの上部自治組織であるKaska Dena Councilと1988年に実施した協議の上でRRDCにより選定された地域を鉱区設定対象地域から除外した規則9を示している。さらに判決では、より柔軟性の高い、なおかつ憲法上の義務を果たせるような法体系の整備が必要と述べている。


5 Ross River Dena Council v. Government of Yukon, 2011 YKSC 84, Whitehorse No. 10-A0148

6 Haida Nation v. British Columbia (Minister of Forests), 2004 SCC 73, [2004] 3 S.C.R. 511

7 Rio Tinto Alcan Inc. v. Carrier Sekani Tribal Council, 2010 SCC 43, [2010] 2 S.C.R. 650

8 Ross River Dena Council v. Government of Yukon, 2012 YKCA 14, No. 11-YU689

9 Order Prohibiting Entry on Certain Lands in Yukon (Ross River Dena Council), O.I.C. 2013/60

3. 今後の影響

 本判決によりユーコン準州では少なくとも準州鉱業法及びその規則に対して以下の事項について検討が進められることが予想される。

● 現在の準州鉱業法では先住民との協議を必要としないClass 1の探鉱活動に対して、先住民との協議の必要性

● RRDCを始め、土地請求交渉が完了していない先住民の請求用地内については、鉱区設定前に政府による先住民との協議及びその方法

 さらに、ユーコン準州と同様に鉱業法において現在「Open Entry」システムを採用しているBC、サスカチュワン、マニトバ、オンタリオ、ケベック、ニューファンドランド・ラブラドル、ニューブランズウィック、北西準州、ヌナブト準州の各州でも同様の検討が必要となることが想定される。特に先住民権原が確定していない地域が大半を占めるBC州においては、何らかの形で鉱区付与前に先住民との協議を実施するよう鉱業法を改正する必要性に迫られる可能性が高い。

 近年になって先住民と契約を締結した地域(ヌナブト協定を締結したヌナブト準州やジェームズ湾・北ケベック協定や北東ケベック協定を締結したケベック北部など)に関しては、先住民との協議の上で策定された土地利用計画に基づき鉱区設定禁止区域等が設けられていることから問題となることは少ないと考えられるが、19世紀に締結された古い条約・契約で権利関係に疑義が残っている地域やそもそも先住民と条約・契約が締結されておらず、先住民権原が消滅・確定していない地域では、鉱区取得前の段階にもかかわらず何らかの先住民協議が義務付けられる可能性は否定できない。基本的に、先住民との協議義務は探鉱会社・鉱山会社等に対してではなく、政府に課されているものであるが、政府による先住民との協議が完了していない場合には、単に鉱区設定禁止区域が広範囲に設けられるなどの対応となることが予想され、探鉱会社・鉱山会社への影響も大きい(前述の通り、RRDCが伝統的に利用してきた土地の一部地域は、準州鉱業法第15条に基づく規則により鉱区設定禁止区域に指定されている10(図 1))。

 なお、今回の上訴裁判所の判決において特記すべき点として、ユーコン準州上訴裁判所の裁判官の多くはBC州上訴裁判所の裁判官から配属されていることが挙げられる。すなわち、BC州で同様の裁判が起こった場合、同様の判断が示される可能性が高いと言える。


10 Order Prohibiting Entry on Certain Lands in Yukon (Ross River Dena Council), O.I.C. 2013/60

まとめ

 本判決は、単にユーコン準州だけにとどまらず、カナダ全土に波及する問題であり、カナダ国内での探鉱活動、ひいては鉱業活動に根本的に影響を与える問題と考えられる。バンクーバー事務所では、本判決を受けてのユーコン準州政府の対応やその他諸州の対応など今後も続報があり次第、報告する所存である。

図 1:RRDC等、ユーコン準州南東部居住のファーストネーションが伝統的に利用してきた土地の範囲(RRDCはKaska Denaの一員)及び鉱区の設定が禁止されている区域

図 1:RRDC等、ユーコン準州南東部居住のファーストネーションが伝統的に利用してきた土地の範囲(RRDCはKaska Denaの一員)及び鉱区の設定が禁止されている区域

(各ファーストネーションが締結した最終契約では、それぞれが伝統的に利用してきた土地のうちの一部地域の地表権、地下鉱物の権利、狩猟・採取の権利等をファーストネーションが取得する)

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