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メキシコ鉱業に関する税制改革
メキシコは、2012年12月に新たに就任したPeña Nieto大統領の下、これまでに教育改革や通信改革を実施してきたが、これらは同大統領が掲げる主要改革の一部にしか過ぎず、同国にとってより重要な改革が控えている。 こうした中、2013年9月に開会したメキシコ議会において、Peña Nieto政権が最優先課題とするエネルギー改革と税制改革に関する審議が行われており、そのうち税制改革に関しては、所得税法、付加価値税(IVA)等の改正とともに、鉱業に関する税制を含む連邦税法の改正等が盛り込まれた税制改革案が、9月初旬に同議会へ提出された。 本税制改革案については、同議会の下院、上院による修正を経て10月末に可決されたが、特に鉱業に関する税制改革に関しては、新たに鉱業特別税が創設されるなど鉱業分野にとって相当程度の増税となる厳しい結果となった。 本稿では、今般メキシコ議会で可決された鉱業に関する税制改革について概説する。 |
1.税制改革の背景
(1) 税制改革の必要性
2012年12月に新たに就任したPeña Nieto大統領率いる新政権は、政策目標の中に税制改革を掲げるとともに、与党制度的革命党(PRI)、野党第1党国民行動党(PAN)及び野党第2党民主革命党(PRD)によって締結された政策協定「メキシコのための協約」においても税制改革を明示する等の強い決意を持って本改革に望んだ。
この背景には、メキシコにおける国の歳入の約3割が石油による収入に依存する構造である上、税収に関してはOECD諸国等と比べても相当程度低い状況がある。こうした中、国家財政の健全化を図りつつ、社会保障の充実等を実行するためには、歳入の確保が必要不可欠であり、その方策として税制改革の実施が新政権として着手すべき重要事項であった。
このため、新政権としては、抜本的な税制改革により大幅な税収の増加を図るために、所得税法、付加価値税(IVA)等の改正、企業単一税(IETU)及び現金預金税(IDE)の廃止とともに、鉱業に関する税制を含む連邦税法の改正等を盛り込んだ税制改革案を策定し、本年9月にメキシコ議会へ提出した。
(2) メキシコ鉱業の現状と増税への期待
本税制改革の一つに挙げられた鉱業分野については、近年カナダのジュニアカンパニーを中心とした外資系企業によって進められてきた開発プロジェクトが、生産段階に移行しつつあることを背景として、金及び銀は2006年以降、銅、鉛及び亜鉛は2010年頃から生産量がに増加している(表1.参照)。勿論、今後の金属需給の変化や金属価格の推移によってはこれら生産量がマイナスに転じることも十分に考えられるが、メキシコにおいては今後2015年にかけて、Peñores社やカナダ企業による貴金属開発プロジェクトが生産を開始するほか、Grupo México社がSonora州に保有するBuenavista鉱山の大幅増産のための拡張工事が終了する予定であることから、現時点では短期的に見て生産量が増加すると推測されている。
表1. メキシコにおける金属鉱石生産量
鉱種 | 2006年 | 2007年 | 2008年 | 2009年 | 2010年 | 2011年 | 2012年 | 対前年増減比(%) |
銅(千t) | 312.1 | 337.5 | 246.6 | 240.6 | 270.1 | 443.6 | 525.5 | +18.5 |
鉛(千t) | 135.0 | 137.1 | 141.2 | 143.8 | 192.1 | 223.7 | 237.5 | +6.2 |
亜鉛(千t) | 479.4 | 452.0 | 453.6 | 489.8 | 570.0 | 631.9 | 643.7 | +1.9 |
金(t) | 39.0 | 43.7 | 50.8 | 62.4 | 79.4 | 88.7 | 95.3 | +7.4 |
銀(t) | 2,969.8 | 3,135.4 | 3,236.3 | 3,553.8 | 4,410.7 | 4,777.7 | 5,045.5 | +5.6 |
ビスマス(t) | 1,186.0 | 1,170.0 | 1,132.0 | 854.0 | 982.0 | 935.0 | 871.0 | -6.8 |
モリブデン(千t) | 2.5 | 6.5 | 7.8 | 9.9 | 10.8 | 10.9 | 11.2 | +2.8 |
アンチモン(t) | 778 | 414 | 380 | – | 70 | 5 | - | - |
マンガン(千t) | 335.9 | 401.2 | 421.0 | 304.0 | 459.9 | 423.0 | 486.0 | +14.9 |
(出典:World Metal Statistics Yearbook 2013)
一方、2012年のメキシコ国内総生産(GDP)に占める鉱業分野の割合は約9%※1と、決して大きい数値ではないものの、例年7~9%程度を維持しており、メキシコ経済において安定的な収入源であると言える(図1.及び図2.参照)。
(出典:メキシコ国立統計地理情報院(INEGI))
図1. 2012年メキシコ国内総生産(GDP)の分野別割合
(出典:メキシコ国立統計地理情報院(INEGI))
図2. メキシコGDPに占める鉱業分野の割合の推移
仮に増税を敢行することにより、今後メキシコへの新たな鉱業投資は減少する可能性があるものの、既に生産段階に移行しつつある開発プロジェクトを中止することは考え難く、ある程度の鉱業生産は維持されるとの見通しにより、税制改革により鉱業分野に対して増税を実施することで一定程度の税収が見込まれることから、今般の税制改革において鉱業分野が増税対象に挙げられたと推察される。
※1:炭化水素を除く金属以外全てを含んだ数値。非鉄金属のみでは約3.0%、これに鉄を含めると約4.6%程度。
2.鉱業分野に関する税制改革の概要
(1) 鉱業分野に関する税制改革の経緯
そもそも、鉱業分野に関する税制改革に関しては、1.(1)で記述した「メキシコのための協約」において、鉱業活動によって得られた利益を当該鉱業活動地域の住民に対し還元することを目的として、現行の鉱業法を改正する旨が明記されている。
これを基に、本年1月末にIldefonso Guajardo経済大臣は、鉱業法改正の基軸は法的安定性の向上と、鉱業活動による利益を徴収することを目的としたロイヤルティの導入である旨を表明した。
その後、与党PRIが本年4月にメキシコ議会の財務経済委員会に対し、ロイヤルティとしてEBITDAに対する4%を課税する決議案を提出したところ、同委員会において税率を5%に修正するとともに、当該課税による税収を、課税の対象となった企業が所在する郡政府(自治体)に対して30%、同じく州政府に対して50%、残りの20%を連邦政府にそれぞれ分配することとした決議を採択した。本決議案は、同4月に下院で可決され、9月に開会する同議会の上院に提出される予定となっていた。
しかしながら、政府は、9月に開会した同議会に対し税制改革として法人税、所得税及び付加価値税(IVA)等の改正を含む税制改革案を提出したところ、本改革案の中に、鉱業に関する税制改革を盛り込むとともに、4月に下院で可決されたEBITDAに対する課税率を5%から7.5%へと引き上げる措置を施した上、貴金属(金、銀及びプラチナ)を生産する企業については、売上に対して更に0.5%を課税する等の措置を新たに提案した。
本改革案については、下院、上院において修正が加えられたものの、鉱業に関する税制改革については鉱業活動によって得られた利益を地元へ還元するための分配比率を変更したのみで、10月末に可決されるに至った。
(2) 鉱業分野に関する税制改革の概要
本税制改革では、現行の連邦税法には存在しなかった鉱業特別税と貴金属鉱業特別税の項目を新たに創設するとともに、鉱業コンセッション税(料金)や税額控除の対象を改正する等の措置が行われた。
なお、鉱業活動によって得られた利益を地元へ還元するための分配比率は、当該課税の対象となった企業が所在する郡政府(自治体)に対して50%、同じく州政府に対して30%、残りの20%を連邦政府へ分配することとして定められた。
具体的な税制改革の概要は、以下のとおり。
① 鉱業特別税(Derecho Especial sobre Minería)の創設
・ 鉱物を採掘又は抽出する企業又は個人に対し、当該企業又は個人におけるEBITDAに対する7.5%を課税
② 貴金属鉱業特別税(Derecho Extraordinario a la Minería)の創設
・ 貴金属(金、銀及びプラチナ)を採掘又は抽出する企業又は個人に対し、売上に対する0.5%を課税(①鉱業特別税の他に、更に課税されることとなる)
③ 鉱業コンセッション税(料金)の改正
・ 鉱業コンセッションを行う企業又は個人が2年以上鉱業活動を行っていない場合、それが2年以上9年以下であれば50%、10年以上であれば100%をそれぞれ鉱業コンセッション税(料金)の割り増しとする等を骨格とした料金改正
-現行鉱業コンセッション税(料金)-
鉱業コンセッションを行う鉱業企業又は個人は、所有・保有期間年数に基づき、6か月毎に1ha当たり下記の料金(ペソ立て)を支払う義務を負う(連邦税法第263条(2012年改正))。
期間 | 料金(ペソ/1ha/半年) |
1~2年 | 5.70ペソ |
3~4年 | 8.52ペソ |
5~6年 | 17.62ペソ |
7~8年 | 35.45ペソ |
9~10年 | 70.88ペソ |
11年以上 | 124.74ペソ |
④ 鉱物輸出時における原産地証明書等の徹底
・ 鉱物輸出時における原産地証明書等の発行、携帯、提示等の徹底※2
⑤ 税額控除対象の改正
・ 従前税額控除の対象とされていたものを、殆ど税額控除の対象外とする※3(鉱業以外の一般企業と同様に、車両購入費(付加価値税(IVA)を除く車輌価格が175,000ペソ以下の車両が対象)等が控除の対象)
※2:鉱物資源の管理を徹底させることと、近年頻繁に発生している精鉱運搬トレーラー盗難事件等に対応するための措置である。
※3:税額控除の対象を極端に減らすことで、納税額の拡大を図ることを狙いとする措置である。
参考:本税制改革における鉱業分野以外の主な税制改革の内容を以下に示す。
① 所得税(ISR)等の改正
・ 個人所得税の最高税率を現行の30%から35%へ引き上げ
・ メキシコ証券取引所における株売買収益に対し10%課税、及び、外資系企業(外国人)による配当金又は利益のメキシコ国外への送金に対する10%課税を創設
・ 企業単一税(IETU)及び現金預金税(IDE)を廃止 等
② 付加価値税(IVA)の改正
・ 国境地域等における優遇措置(現行税率11%)を廃止し16%に統一
・ マキラドーラによる一時輸入、輸出サービス等における優遇措置廃止
・ ペット、ペットフード及びガムを対象品目に追加 等
③ 製造・サービス特別税(IEPS)
・ 主食を除く高カロリー食料品(特に菓子等糖分を多く含有する食料品)に対し8%課税、及び、糖分の多い飲料品に対する1リットル当たり1ペソ課税を創設 等
④ その他
・ 失業保険制度に関して、2年以上正規雇用された労働者が失業した場合、5年に1回を上限として6か月間の失業保険申請を可能とする
3.税制改革に対する鉱業関係者の意見
今般の鉱業分野に関する税制改革の審議過程において、本税制改革に対し鉱業関係者が表明した主な意見を以下に示す。
(1) Ildefonso Guajardo Villarreal経済大臣(2013年10月28日付け業界紙等)
現在メキシコ議会で審議中である鉱業に関する税制改正案が承認され、 EBITDAに対する7.5%課税等が導入されても、メキシコへの鉱業投資に対する魅力は持続する。鉱業企業は同国の高い鉱業ポテンシャル(鉱山の高い生産性)の1/3すらも開発しておらず、同国には未だ魅力ある資源が賦存している。
(2) メキシコ鉱山・冶金・地質技師協会(AIMMGM)José Martinez Gómez会長(2013年10月16日付け業界紙等)
金属市況価格の国際的な下落傾向の中、今般、政府与党がメキシコ議会に提案している鉱業に関する税制改革は、メキシコ鉱業が国際競争力を喪失することを意味する。現在鉱業に対する課税は約40%であるが、本税制改革により57%にまで引き上げられることとなり、世界的に見ても最も高い部類の課税率となる。
また、メキシコ鉱業は328千人の雇用者数を確保し、自動車、エレクトロニクス、石油に次いで4番目の外貨獲得に寄与しているが、本税制改革が実施されると、雇用の確保と外貨獲得に大きな影響を与えることが予測されるとともに、2013年から2015年にかけて操業開始が予定されているプロジェクトは15以上にのぼっている中、増税によりコストが嵩むこととなれば、これらプロジェクトへの投資が減少することが想像される。
(3) メキシコ鉱山・冶金・地質技師協会(AIMMGM)(2013年10月28日付け業界紙等)
政府に対し7.5%の税率を3%に下方修正し、貴金属(金、銀及びプラチナ)に対する0.5%課税を取り下げることに加え、地域コミュニティーに対する社会貢献費用や探鉱投資費用の控除を盛り込むことを要請した。
(4) メキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)Humberto Gutiérrez-Olvera Zubizarreta会頭(2013年9月30日付け業界紙等)
これまでに鉱業部門は様々な特権を享受してきたことを前提とした上で、本通常国会において政府が提出した鉱業部門の税制改革案は、非常に厳しくかつ過去に前例がないものであり、メキシコ鉱業の国際競争力を喪失させるとして強い懸念を表明した。
PricewaterhouseCoopers(PwC)社によると、メキシコの鉱業部門の現行税負担率は、収益に対し40.65%となっており、これはチリ及びペルーにおける税負担率よりも低い数値となっている。一方、今回政府が提出した税制改革案に基づき算定すると、収益に対し57.2%の税負担となり、これは単なる7.5%の鉱業ロイヤルティが付加されるだけではなく、新規投資とそれに対する分割租税支払いに関する免税措置が廃止されることを意味する。
2012年末現在、メキシコは鉱業投資に対して世界で4番目、ラテンアメリカでは1番目に魅力のある国であるが、鉱業ロイヤルティが7.5%、あるいは本年4月にメキシコ議会下院で承認され本通常国会の上院で審議予定である5%となった場合、その魅力は確実に低下する。それでは如何なる税率が最適であるか、それはPwCのアナリストが示した2%又は3%であると考えている。
国際金属市況における価格高騰のブームは小規模鉱山開発の好況をもたらしたが、本税制改革案の再検討がなされない場合、メキシコ鉱業は終焉を迎える。
本税制改革が施行されるにあたっては、その詳細を評価する期間が必要となるため、約3年を要するであろう。
(5) メキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)Sergio Almazán Esqueda事務局長(2013年10月22日付け業界紙等)
政府が提案した鉱業に関する税制改革が本メキシコ議会で承認されれば、鉱業コンセッション税(費)と鉱業特別税等と合わせた鉱業関係税率が現行の40%から57%へと上昇する一方、Peña Nieto大統領の残り在任期間である2013~2018年における鉱業投資額が300億US$から120億US$へと大幅に減少する。
(6) Grupo Mexico社(2013年10月25日付け業界紙等)
本年分の35億US$及び来年分の15億US$の投資に関しては予定どおり実施するが、将来予定している53.9億US$の投資については、鉱業に関する税制が安定し投資に対する大きなリターンが期待でき、かつ、エネルギーコストが低い国、候補としてはペルー、チリ、米国及びカナダへシフトさせる意向である。EBITDAに対する7.5%課税はメキシコ鉱業の国際競争力を大幅に減退させるとともに、現行の投資計画を大幅に変更させるだけではなく、雇用創出やインフラ開発の障害にも繋がる。
(7) 加Goldcorp社(2013年10月25日付け業界紙等)
メキシコにおいて重要なプロジェクトを幾つも有し、特にZacatecas州に保有するCamino Rojo多金属プロジェクト及びPeñasquito多金属鉱山の拡張において数十億US$規模の投資を計画しているが、本税制改革案が承認され、投資に対するリターンが期待できなくなれば、これらの投資を他国へとシフトさせる意向である。
(8) 加Endeavour Silver社CEOのBrad Cooke氏(2013年10月28日付け業界紙等)
現在メキシコ議会で審議中の鉱業に関する税制改革案が承認された場合、納税額と鉱山を維持するための根本的な維持管理費を合わせた額は鉱山収益の90%に達し、メキシコは鉱業投資において世界で最も魅力的な国から最悪の国になる。
(9) 金融グループMonex社(2013年10月22日付け業界紙等)
本改革案が議会で承認された場合、メキシコ大手国内鉱業企業のうち、特に金及び銀を主に生産する企業が最も影響を受ける。なお、2014年におけるメキシコ大手国内鉱業企業の影響度の見通しを、以下に示す。
・ Minera Frisco社(100%メキシコ国内操業)
メキシコ国内における鉱山の総売上高は、金及び銀が69%を占めるため、EBITDAに対する課税率は7.8%となり、メキシコ大手国内鉱業企業のうちでは課税率の影響が最も大きい。
・ Peñoles社とその貴金属子会社Fresnillo社(100%メキシコ国内操業)
EBITDAに対する課税率は7.5%※4。
・ Minera Autlán社(100%メキシコ国内操業、マンガン及び鉄合金を生産)
EBITDAに対する課税率は7.5%。
・ Grupo México社(メキシコ国内及び海外2か国で操業)
メキシコの他に米国及びペルーにて操業の上、金及び銀の生産量が少なく、また、インフラ整備事業や輸送事業等鉱業以外の事業も手がけているため、EBITDAに対する課税率は2.7%と、メキシコ大手国内鉱業企業のうちでは課税率の影響が最も少ない。
※4:Fresnillo社は貴金属を主に生産するため、貴金属(金、銀及びプラチナのみを対象)特別税法0.5%課税の対象となることから、全体の課税率は7.5%を上回ると推察される。
(10) 業界紙による影響分析(2013年11月4日付け業界紙等)
・ 鉱業特別税(EBITDAに対する7.5%課税)
所得税制度の下、投資、金利及びインフレ率を考慮した控除がなされるが、本年5月にメキシコ議会下院で承認された税率5%より高い税率が設定されたため、今後メキシコでの鉱業投資が行われなくなる旨警告。
・ 貴金属鉱業特別税(貴金属(金、銀及びプラチナ)の生産に関して、鉱業特別税の他に売上に対し0.5%課税)
世界最大の銀生産国であるとともに金生産量世界第11位の地位を脅かす。
・ 地域の持続可能な発展のための基金
鉱山が所在する郡(自治体)及び州における地域経済の振興発展を目的とした基金であり、新たな鉱業税による税収を郡(自治体)及び州に分配する制度であるが、鉱業企業がこれまで地域コミュニティに対し拠出してきた資金を、新たな鉱業税によって増加する納税分に充てるため、これらの資金がカットされる恐れあり。
・ 探鉱投資に関する税控除が対象外
所得税法の改正により、探鉱投資に関する税控除が対象外となるため、金属価格の低迷下において、利用可能な資金が不足しているジュニア鉱業企業は鉱業活動が困難に陥る。
・ 鉱業活動を停止している事業に対する手数料
従前は11年以内の間、鉱業活動を停止している事業に対する割り増し手数料は50%であったが、本税制改正により、10年以上は100%、2年以上はヘクタール当たりの手数料を割り増すこととなったため、特にジュニア鉱業企業にとっては重大な影響を及ぼす。
・ その他一般税制改正による影響
国境地域等における付加価値税(IVA)の優遇措置(現行税率11%)を廃止し16%に統一となったため、国境付近のSonora州、Chihuahua州、Coahuila州及びSinaloa州における鉱業活動は多大な影響を被る。
4.今後の見通し
本年10月末にメキシコ議会で可決された税制改革は、順調にいけばPeña Nieto大統領による年内の公布(官報公示)を経て、年明け2014年1月1日から施行される予定である。
こうした中、今般の税制改革への対応として想定される動き又は見通しを以下に示す。
(1) 鉱業界の動き
今般の鉱業に関する税制改革により、全ての鉱業企業は新たに創設される鉱業特別税が課せられることになるが、貴金属を生産する企業は、鉱業特別税でEBITDAに対し7.5%を課税された上に、更に売上に対し0.5%が貴金属鉱業特別税として上乗せされるため、財務諸表上、ある部分に対して二重に課税を受けることとなる。
これはメキシコ憲法で保障されると言われる「税の平等性」に抵触するとの見解から、政府相手に違憲を問うための憲法裁判を提訴する可能性が考えられる。
(2) 大手鉱業企業を中心とした動き
① 現在各社が権益率保有分の配当金として準備している資金に関し、2014年以降の増税対象となることから、年内に親会社への送金を完了させる(本件に関しては今年限りの対策となる。)
② 2014年以降の利益を前倒しすることにより2014年以降の課税対象を縮小するために、年内に可能な限り増産を実施する。
③ 鉱業特別税及び貴金属鉱業特別税は、鉱物が採掘され、製錬等を経て最終的に顧客へ金属として流通される間の一時点において課税される。一方、鉱業企業としては、課税対象となるEBITDAを可能な限り縮小することが節税対策に繋がる。これらを踏まえ、利益の薄い(EBITDAが小さい)段階(例えば採掘段階)で課税を受けることができるよう、現在の組織体制を採掘会社と選鉱会社とに分離する。
④ 昨今の金属価格の低迷傾向に加え2014年からの増税により、開発初期段階における投資の回収や既存鉱山における維持管理費の確保ですら厳しい状況が想定されることから、今後の新たな増産計画や新規探鉱開発プロジェクトを凍結する。
⑤ 今般の鉱業分野以外に対する税制改革によりエネルギーコストの増加が想定されるため、エネルギーコスト削減に向けた各種施策を実施する。
(3) メキシコ鉱業センター(SGM)による国有鉱区競売の見通し
SGM地質オペレーション部長のPEDRO IGNACIO TERAN CRUZ氏によると、国有鉱区に関する活動は、1995年までの旧CRM(鉱物資源審議会)時代を最後に全盛期を終え、その後鉱業法改正に伴うSGM創設から今日に至るまで衰退を辿っていたが、2013年にRAUL CRUZ RIOS新SGM局長を迎え、国有鉱区に関する活動を再びその全盛期と同等に戻すべく推進しているとのことである。
こうした中、SGMは積極的に国有鉱区の競売を行おうと画策しているが、そもそも、国有鉱区の競売は、基本的にSGMに対する鉱業ロイヤルティの支払額の多寡を競う入札であり、競売対象となる鉱区のポテンシャル(価値)によってSGMが指定したEBITDAに対する鉱業ロイヤルティ最低値(1~3%)を元に、最高値を提示した入札者への落札が基本となる。
一方、今般CAMIMEXが試算した鉱業特別税が施行された場合における鉱業企業が納税すべき税率は、最高約57%(法人税30%+労働者分配金10%+鉱業特別税7.5%+その他(鉱業コンセッション税、給与税及び不動産所有税等の連邦税、州税及び郡税))と試算されている。これを元にポテンシャル(価値)の高い貴金属プロジェクトを主とする鉱区を落札した企業の税率を考えると、約60%以上の税率が課せられることになる。
こうした状況を踏まえると、今後、前述にあるSGMによる国有鉱区に関する活動の活発化が推進されたとしても、このような高税率の課税と前述の3.(2)にある企業の今後の動き等から推察して、国有鉱区の競売については不調になるものと想定される。
おわりに
メキシコは、政権与党であるPRIがメキシコ議会における議席数の過半数に達していない状況下で、同国にとって最重要課題であるところのエネルギー改革や税制改革を敢行しているが、これら改革に対し野党第1党であるPANや野党第2党であるPRDはそれぞれ独自の政策を展開しており、Peña Nieto政権としては思うとおりにこれら改革を推し進めることが非常に困難な状況にある。
こうした中、本税制改革は同議会で可決されるに至ったが、各種報道、アナリストやシンクタンク等によると、当初見込まれていたほど大胆かつ大幅な税制改革とはならず、期待はずれであったとの見方もされている。
しかしながら、鉱業分野に関する税制改革については、本年4月に下院で可決されていたものよりも厳しい結果となり、鉱業界に落胆をもたらすこととなった。一説によると、次に控えているエネルギー改革をなんとか推し進めるために、政府与党が野党に対し今般の税制改革の中で譲歩できるものとして、鉱業分野を差し出したとする向きもある。
何れにしても、鉱業に関する税制改革はこれで一先ず決着が付き、2014年以降メキシコ鉱業分野は新たな局面を迎えることとなる。本税制改革がメキシコにとって吉と出るか凶と出るかは、今後の金属価格の動向や金属需給状況の変化と相まって、現時点では予測が不可能であることから、引き続き情勢を観察することとしたい。