報告書&レポート
「南アフリカ共和国の鉱業で今、起こっていること」-南アフリカ共和国の鉱業の諸問題について-
南アフリカは、白金、クロム、マンガンの生産世界第一位、バナジウム、パラジウム、チタン、ジルコニウムは同世界第二位など世界を代表する鉱業国であり、経済成長も著しく、BRICSの一角を占める新興国となっている。豊富な鉱物資源と鉱山開発、急速な経済発展にともない鉱業における諸問題が顕在化し、社会問題となっている。これらの問題は、単に鉱業にとどまらず、同国経済全体にも悪影響を与えかねない深刻な問題となっている。 |
はじめに
2014年2月3日から6日の4日間、南アフリカ・ケープタウンにおいて第20回Mining Indabaが開催された。国内外から南アフリカやアフリカの鉱業関係者や投資家など約7,000名が参加し、南アフリカの鉱業投資への期待の高さを示していた。
華やかに鉱業大会が開催されている一方で、鉱山ストライキや鉱山事故等の現在の南アフリカ鉱業が抱える諸問題を認識させる出来事が発生している。
本稿では、南アフリカ鉱業の諸問題について報告する。

写真1.Mining INDABA 2014会場

1.労働争議
近年、南アフリカの鉱業セクターでは大規模な鉱山ストライキが多発している。2012年のLonmin社のMarikana鉱山における鉱山ストライキは暴徒化した労働者に対して警察が発砲するなどストライキに関わる一連の騒動で44名の死者を出し社会の注目するところとなったが、この事件以降も鉱山ストライキの勢いは止まらない。
2013年に発表された「2012 Annual Industrial Action Report」(南アフリカ労働省; Department of Labour, Republic of South Africa)は、ここ数年間に鉱山ストライキによる鉱山操業が停止や経済的な損失が急増していること等を示している。
Mining Indaba開催直前の1月21日に労使交渉が妥結(基本賃金8.5~9.5%及び諸手当7.5~8%引上げ、一時金3,000ランド(約300US$)支給)したZondereinde白金鉱山(Northam Platinum社)では、2013年11月から約3ヶ月間、約7,000名が参加する大規模な鉱山ストライキによって、鉱山側の損失は749.7百万ランド(約75百万US$)、労働者の賃金損失は151.7百万ランド(約15百万US$)と推定されている(1)。
南アフリカの白金鉱山業界でストライキが頻発長期化する背景の一つに労使交渉制度がある。南アフリカでは金鉱山、石炭鉱山が集権的賃金交渉制度(Centralized Bargaining)により最低賃金等を決めているのに対して、白金鉱山は個別に賃金交渉が行われている。白金鉱山業界においても集権的賃金交渉制度導入に向けて労働組合や鉱業協会(Chamber of Mines)などが努力しているが、実現していない(2)。
また、賃金体系についての問題も指摘されている。危険を伴う坑内労働者(Rock driller)は1910年から黒人労働者の賃金を制限していた最高平均賃金制度の対象外となっていたが、同制度が1970年代に廃止されて新たな賃金評価制度(Paterson System)が導入された際に黒人労働者では最も高い賃金となっていた坑内労働者の賃金水準を引き下げる結果となり、不満の原因となっていた(3)。

図1.鉱山ストライキ日数

図2.鉱山ストライキによる損失

図3.産業別ストライキの割合
(出典)Department of Labour, Republic of South Africa (2013), “2012 Annual Industrial Action Report”
表1.坑内労働者(Rock drill operator)の基本賃金
企業/年 | 月額賃金(2012年) |
Lonmin | 5,890ランド |
Anglo Platinum | 6,061ランド |
Impala Platinum | 6,540ランド |
(出典)Mail & Guardian 2014.2.7-13, “Wage parity may exacerbate unrest on platinum belt”をもとに作成
2.鉱山保安
鉱山ストライキの要因のひとつにもなっている鉱山労働者の生命にかかわる鉱山保安も南アフリカ鉱業の重大な問題のひとつである。特に、金や白金鉱山では、以前から坑内死亡事故が問題視されてきた。
その原因として、採掘現場の深部化とそれに伴う作業環境の悪化、熟練労働者の不足、落盤モニタリングシステム導入の遅れなどが指摘されている。採掘深度は、地下5,000 mに達する。過酷な環境下で作業をするのは殆どの場合が黒人であり、隣国から「高い」給与を目当てに出稼ぎに来ている労働者なども多く、十分な教育訓練を受けていない労働者や英語を十分に理解できない者もいるという。
Mining Indaba期間中の2月4日にも、Harmoney Golds社のDoornkop金鉱山(ヨハネスブルクの西方約30 ㎞)で8人が死亡する坑内火災事故が発生している。坑内火災は、地下1,730 m付近の採掘現場で発生、出火原因は落盤に伴う電気系統の不具合とみられている。坑内には緊急時の避難所が設定されているが、死亡した8名は避難所へ避難していなかった。また、死亡者のうち3名はモザンビーク、レソト、スワジランド人であった(4)。
このような背景のもと政府、企業ともに死亡事故への対策を進めており、鉱山事故死亡者数は、1960年代は年間1,000名を超えていたものが、2003年には270名、2013年は110名まで減少している。Shabangu南アフリカ鉱物資源大臣は、毎年、Mining Indabaの開会挨拶において鉱山保安についてその重要性と死亡事故件数改善状況を話題としている。
表2.近年発生した重大鉱山事故
時期 | 鉱山(企業) | 事故内容等 |
2009年3月 | Consort金鉱山 (Pan African Resources社) | 坑内火災、19名死亡 (不法採掘者) |
2009年6月 | Eland金鉱山 (Harmony Gold社) | 坑内火災、86名死亡 (不法採掘者) |
2012年7月 | Ya Rona金鉱山 (Goldfields社) | 坑内火災、5名死亡14名負傷(正規労働者等) |
2013年2月 | Beatrix金鉱山 (Sibanye Gold社) | 坑内火災、死亡者なし |
(出典)Business Day 2014.2.7, “Mine fire again propels safety into spotlight”をもとに作成

図4.鉱山事故死亡者数の推移
(出典)Business Day 2014.2.7, “Mine fire again propels safety into spotlight”をもとに作成
3.環境対策
南アフリカでは、義務者不存在の閉山した金鉱山や石炭鉱山から発生する重金属(ヒ素、コバルト、銅、鉛、亜鉛、ウラン等)を含む酸性水(pH 3~4)による河川や地下水の汚染が深刻な問題となっている。
金鉱山では、ずりや選鉱廃さいに含まれる黄鉄鉱等の硫化物が空気と水との接触によって酸化され、また、石炭鉱山では坑内採掘の影響等による地盤沈下が地面に割れ目を生じさせ、その割れ目を通じて地下水が石炭層中の黄鉄鉱等の硫化物と反応して酸性坑廃水を発生させている。
南アフリカでは幾つかの汚染地域があるが、早急に対策を講じる必要があると言われているのが、Witwatersrand産金地域、Witbank石炭地域、Elmero石炭地域などである。
これらの地域では、地質調査所(Council for Geoscience)や鉱物資源省(Department of Mineral Resources)などが、実態調査や酸性坑廃水の捕集・処理、覆土等による発生源対策、湿地を利用したパッシブトリートメント等の対策を講じているが、酸性坑廃水は酸性度や含有される重金属、電解質(SO42-、F–等)の質や量が個々に違っており、対策に時間を要していること、また、対策費用の確保も重要な課題となっている(5)。
表3.酸性坑廃水対策に関する主要関連法規
Constitution of South Africa,1996 and Common Law National Environmental Management Act,1998 Minerals Act, 1991 National Water Act, 1998 Atmospheric Pollution Prevention Act, 1965 Nuclear Energy Act, 1999 Mine closure in terms of the Minerals and Petroleum Resources Development Act,2002 |
(出典)E.Stwart (2003), “The South African legislative framework for mine closure”, The Journal of The South African Institute of Mining and Metallurgy", p489-492をもとに作成

図5.休廃止鉱山からの酸性坑廃水の地下水系・地表水系への影響
(出典)CGS(2006)をもとに作成
4.格差
南アフリカのGDPはアフリカ最大の3,843億米ドル(約38兆円)、一人当たりのGNIは7,610米ドル(約76万円)の中進国であり、BRICSの「S」は南アフリカ(South Africa)と言われるようになっている。他方、失業率は、32.9%と高く、格差を示すジニ係数(Gini index)は、63.1(2006年)と世界でもトップクラスである(6)。
このような経済状況下にあって、「鉱山開発による利益は国民のものであり、保健・教育・インフラ整備等に充てられるべきである」、「鉱山開発は雇用を創出すべきである」、「鉱山会社や政府は、利益は海外に持ち去り、環境負荷は国内へ押し付けている」、「多くの資源に富む国は、その利益を輸出する企業と政府の一部が享受している」、などの不満の声もある。このように自国の資源からの富を広く国民が享受していないとの世論は、高付加価値化の動きや、それを具体的に進めようとする鉱業法の改正の要因ともなっている。
改正鉱業法案(Amendment of 2002 Mineral and Petroleum Resource Development Act)は、高付加価値化や生産・輸出調整等により南アフリカをその資源によってより豊かにすることを目指しているが、鉱山会社などの既得権益者からは鉱物資源の処理(高付加価値化)や政府による価格の決定は、南アフリカへの鉱業への投資意欲を減退させるものとの意見が出されている(7)。

図6.ジニ係数の国際比較
(出典)CIA(2014), “World Factbook”, s/the-world-factbook/rankorder/2172rank.htmlをもとに作成

図7.南アフリカのGDPとジニ係数の推移
(出典)World Bank (2014), CIA(2014), “World Factbook”をもとに作成
おわりに
これら諸問題は、豊富な鉱物資源の開発による急速な経済発展によって顕在化したものであると言えよう。これら諸問題は、単に鉱山会社や政府だけではなく南アフリカ共和国の鉱業に関わる全ての当事者の努力と協力によって解決されなければならない、避けては通れない問題であって、将来にわたってアフリカ最大の鉱業国として持続可能な発展を実現するために乗り越えなければならない問題である。
1) 久保田博志、大岡 隆、石川潤一
参考文献等
(1) Northam Platinum, Media statement: for immediate release 2014.1.21, “Settlement reached at Northam’s Zondereinde mine”
(2) Mail & Guardian 2014.2.7-13, “Wage parity may exacerbate unrest on platinum belt”
(3) Mail & Guardian 2014.2.7-13, “Paterson pay grade hit a rock among drillers”
(4)Business Day 2014.2.7, “Mine fire again propels safety into spotlight”、The Times 2014.2.7, “My heart is bleeding, says mine boss Motsepe”
(5) Bisrat Yibas (2014), “Mine Pollution Atlas of South Africa: Towards Holistic Management of Mine Impacts#”, JOGMEC Seminar Exploration and Environmental Conservation on Mine Sites、Mosidi Makgae (2012), “The status and implications of the AMD legacy facing South Africa”, International Mine Water Association, Annual Conference, p327-334
(6) このパラグラフのデータ出典はWorld Bank (2012)
(7) The Star 2014.2.7, “Africa ‘is resource-rich but people stay poor'”、The Star 2014.2.7, “Prices and beneficiation bug chamber”
