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日系金属鉱山「Tizapa鉱山」操業開始20年経過後の現状と地域への貢献
現在メキシコには相当程度の金属鉱山が操業しているが、日系企業が資本参加している金属鉱山は亜鉛を中心にベースメタルを生産するTizapa鉱山のみである(1)。本鉱山は、1994 年に開発が完了し操業を開始して以来今年で20 年が経過する。この間、経済不況等に伴う金属市況の低迷による影響があったものの順調に生産量を伸ばし、2013年には累計選鉱処理量が10百万tに達するまでに至るとともに、周辺地域に対しても雇用創出等の影響を与えてきた。 今般、本鉱山が操業開始以来20 年が経過するのを機に、同国唯一の日系金属鉱山の操業が周辺地域へ与えた影響も交えつつ本鉱山の現状を報告する。 |
1.Tizapa鉱山の現状
(1) Tizapa鉱山の地理的背景
本鉱山は、首都メキシコシティの西方約130 ㎞にあるMéxico州Zacazonapan郡Zacazonapan町に位置する(図1.)。

出典:Travel By México, SA CV
図1. Tizapa鉱山の位置

備考:筆者撮影
図2. Tizapa鉱山全景
本鉱山があるMéxico州では、スペイン人がアメリカ大陸を植民地化した1500 年代から、西はMichoacán州との州境近隣から南はGurrero州との州境近隣にかけての山岳地帯において金採掘が行なわれていたが、近代では1898 ~1912 年の間にフランス資本によるEl Oro – Tlapujahua鉱床での金開発が知られている(2)。その後、同州における金属鉱業は衰退したが、1990 年に入るとTemascaltepec地域において、Zacazonapan鉱床、Temascaltepec鉱床及びZacualpan鉱床での探鉱開発が活発化した。
近年同州における金属鉱業は順調に推移しており、特に銀、銅、鉛及び亜鉛の生産量は、メキシコ国内(1 連邦区、31 州)で上位に位置している(表1.)。
表1. México州の主要金属生産量
2008年 | 2009年 | 2010年 | 2011年 | 2012年 | 州別順位 | |
金(㎏) | 771 | 802 | 783 | 861 | 1,080 | 9 |
銀(㎏) | 151,390 | 157,250 | 158,731 | 164,090 | 181,389 | 5 |
銅(t) | 1,603 | 1,874 | 1,724 | 1,889 | 2,472 | 6 |
鉛(t) | 7,376 | 7,860 | 7,888 | 7,200 | 7,705 | 5 |
亜鉛(t) | 34,945 | 35,072 | 35,562 | 37,371 | 39,685 | 5 |
出典:メキシコ鉱業センター(SGM)
備考:州別順位は、2012年生産量。
(2) Tizapa鉱山開発の沿革
本鉱山の歴史は、エネルギー・鉱山国営企業省鉱物資源局(現経済省メキシコ鉱業センター(SGM))が、1977 年から1982 年にかけてメキシコ中部の新期火山帯と呼ばれる鉱床生成区に関し衛星画像解析等を用いた広域調査を実施したことに始まる。
メキシコ政府は、この結果を基に1986 年に日本政府に対し鉱山開発の可能性を調査するための技術協力を要請、翌1987 年から1991 年までの4 年間、政府開発援助(ODA)による資源開発協力基礎調査事業が国際協力事業団(JICA)からの委託を受けた金属鉱業事業団(現石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)により行われ、Tizapa鉱床の全体像を解明するとともに約460万tの鉱量を推定し、鉱山開発が可能であることを報告、提言した。
この報告を受けたメキシコ政府が1992 年2 月に本鉱山の開発権(Tizapa鉱区5,200 ha)を国際競争入札にかけたところ、同年3 月に同和鉱業株式会社(現 DOWAホールディングス)及びPeñoles社の企業連合が落札した。両社は開発主体となる合弁会社としてMinera Tizapa S. A. de C. V.を設立、その後、住友商事株式会社が資本参加※3し、本格的な開発が開始された。
本鉱山の開発は足掛け2 年の歳月を経て1994 年に完成、同年5 月に開山式を迎え、8 月より本格操業開始、11 月に精鉱の初出荷を行った。
(3) Tizapa鉱山の生産量
本鉱山の生産量及び粗鉱処理量は、表2.及び表3.のとおりである。
1994 年5 月の操業開始直後は粗鉱処理量が45.8千t/年であったが、2005 年には500千t/年、2009 年には600千t/年に達し、その後、2011 年に新たな選鉱工場の操業を開始したことより粗鉱処理量が800千t/年となり、2013 年には累計選鉱処理量が10百万tに達した。
なお、2012 年末現在における本鉱山の資源量は、平均品位が金 1.81 g/t、銀217 g/t、鉛1.24%、亜鉛5.50%及び銅0.32%、確定・推定鉱石埋蔵量が11.24百万tである。
表2. 2013年生産量及び累計生産量
生産量(t) | 品位(g/t) | 品位(%) | 分布率(%) | |||||||||
Au | Ag | Pb | Zn | Cu | Fe | Au | Ag | Pb | Zn | Cu | ||
2013年 粗鉱 Cu精鉱 Pb精鉱 Zn精鉱 |
842,495 3,518 35,544 75,883 |
1.8 17.8 26.3 1.0 |
217 9,945 3,413 157 |
1.2 7.8 20.9 0.8 |
5.8 1.8 11.0 51.0 |
0.3 27.7 3.8 0.5 |
35.0 25.7 24.2 11.1 |
100 4 61 5 |
100 19 66 7 |
100 3 71 6 |
100 0 8 80 |
100 33 46 12 |
累計 粗鉱 Cu精鉱 Pb精鉱 Zn精鉱 |
10,083,383 40,346 443,639 971,521 |
2.2 18.8 20.6 1.6 |
247 8,050 3,519 209 |
1.4 11.8 21.3 1.2 |
6.5 2.5 9.7 50.8 |
0.4 24.5 4.4 0.6 |
33.1 24.1 22.8 10.7 |
100 3 42 7 |
100 13 63 8 |
100 3 66 8 |
100 0 7 76 |
100 23 4513 |
出典:DOWAメタルマイン株式会社
表3. 粗鉱処理量推移(t)

出典:DOWAメタルマイン株式会社
(1) 現在メキシコにおいてTizapa鉱山以外に日系企業が関与する鉱山としては、双日株式会社が49%出資したCPC Sojitz Minera社がSonora州に保有するバライト鉱山が存在する。
(2) 当時El Oro町の人口はMéxico州の州都であるToluca市よりも多く、同州最初の電気及び長距離通話サービスを開始した町である。
(3) 出資比率の内訳は、同和鉱業が39%、住友商事が10%、Peñoles社が51%である。
2.Tizapa鉱山の地域社会への影響
前述のとおり本鉱山の操業が開始して20 年が経過するが、その間に本鉱山が周辺地域へ与えた影響を社会的側面から以下に概説する。
(1) 雇用創出効果
本鉱山が位置するMéxico州Zacazonapan郡の人口は2010 年現在4,051 人であり、人口約3,000 人のZacazonapan町以外は人口400 人にも満たない幾つかの村で構成され、主要な産業も本鉱山に関連する産業以外は、同州西部山岳高原地帯の比較的温暖な地域で放牧や雨季の雨水を利用した小作農(主として自給を目的としたもの。)が中心となっており、社会開発が遅れ、過疎、貧困郡である(表4.)。
表4. 社会開発状況(2010年)
全国 | México州 | Zacazonapan郡 | |
教育的後進性率 | 20.7% | 18.5% | 32.3% |
社会安全アクセス欠如率 | 60.7% | 59.0% | 82.3% |
住居空間・品質欠如率 | 15.2% | 12.9% | 14.0% |
住居基礎サービス欠如率 | 22.9% | 15.9% | 34.3% |
食料アクセス欠如率 | 24.8% | 31.6% | 37.5% |
貧困率 | 11.4% | 5.7% | 15.4% |
低所得率 | 5.7% | 5.5% | 15.4% |
出典:社会開発政策評価全国評議会 (CONEVAL)、国立統計地理情報院(INEGI)
こうした中、本鉱山が立地する同郡Zacazonapan町の人口は、本鉱山の操業開始である1994 年直後の1995 年から2000 年にかけて全国年平均人口増加率を上回る勢いで増加した後、本鉱山の粗鉱処理量が低迷した2000 年から2003 年と時を同じくして同町の人口増加も低迷、その後、本鉱山の粗鉱処理量が回復傾向となった2005 年から2010 年にかけて同町の人口増加も全国年平均人口増加率を上回る増加となっている。このことは、本鉱山が農業以外に産業が乏しい同地域の雇用創出に貢献していると考えられる(表5.)。
表5. Zacazonapan町の人口推移
1995年 | 2000年 | 2005年 | 2010年 | |||||
人口(人) | 2,094人 | 2,636人 | 2,716人 | 2,968人 | ||||
年平均人口増加率 | 5.2% | 0.6% | 1.9% | |||||
(参考)全国年平均人口増加率 | 4.3% | 2.4% | 1.4% | |||||
出典:国立統計地理情報院(INEGI) | ||||||||
注:年平均人口増加率は、5 年毎の人口増加率を5 年で割ったもの | ||||||||
(2)Tizapa鉱山の直接的地域支援
本鉱山が位置するZacazonapan町では、上下水道や電力供給設備は整備されているものの極めて脆弱であり、また、近隣に大きな都市が存在しないため、災害や事故等により水や電力の供給が閉ざされた場合の備えが万全ではなかった。
こうした中、本鉱山は、乾期による渇水、災害や事故等により同町の給水設備が支障を来した際に必要となる給水車を提供し、非常時に同町に対し給水の支援を行うこととしているほか、同町の電力供給に支障が生じた場合、本鉱山の操業用電力の一部を提供できるよう送電設備を整備する等、同町のライフラインに関する非常時対策として直接的な支援を行っている。
(3)Tizapa鉱山の間接的影響
本鉱山は、操業開始当初、地元Zacazonapan町を中心に近隣の町村から、特に学歴を問わず雇用者を確保したが、2000 年代前半の低迷期を脱し再び順調に生産量を伸ばし始めた2005 年頃からは、業務の効率化を図るため、主要部門に配属を予定する労働者の雇用に際し高卒以上の学歴を要求することとした。
一方、同郡では同郡として最初の工業高校を創設し、即戦力となる工業的知識を持った人材の育成を行い、若年層の就業率を高める政策が行われた。このような動きに呼応するかのように現在では同校卒業生の本鉱山への就職者も増加してきており、結果として、同郡政府による若年層に対する人材育成、雇用促進の政策実現に同鉱山の操業が一役買っていると考えることができる。
3.Tizapa鉱山の安全対策
これまでに述べてきた本鉱山における順調な生産量拡大や地域への貢献は、兎にも角にも安全対策が万全であって初めて達成できるものである。ここでは、本鉱山の安全対策の状況について概説する。
(1)Peñoles社の存在意義
本鉱山は火山性層状硫化物鉱床(黒鉱タイプ)からなり、採鉱に関してはトラックレス方式を採用している。これは、本鉱山の筆頭株主であるPeñoles社が同社の他の鉱山でも多く採用しており、また、基本的な坑内掘鉱山開発法に基づくもので、既に安全性が確立しているものである。
特に同社は、現在メキシコ国内において最高水準の大学である自治工業大学(ITAM)をその系列に持ち、鉱山開発や採掘等に関する技術力向上を積極的に行っているほか、同国最大の鉱業関係機関であるメキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)や、同国鉱山関連法令の策定に重要な役割を果たしているメキシコ鉱山・冶金・地質技師協会(AIMMGM)に対し多くの役員等を派遣する等、同国鉱業界をリードしており、常日頃から自らの安全対策や法令遵守に対し他社の模範となるべく高い意識を持って業務遂行に望んでいると考えられる。
(2)具体的安全対策
① 坑内採鉱における安全対策
(ⅰ) 2 本の並行斜坑の整備
鉱石、資材、作業員等の搬出・搬入のための斜坑を2 本並行に整備するとともに、深度100 mおきに両斜坑を繋ぐ坑道を設置することで、搬出・搬入の効率化を図り、かつ、万が一の事故時における避難ルートの確保に努めている。なお、本鉱山の岩質は水分を含むと泥状になる黒色片岩が多く存在することから、坑道の路盤を厚さ30 cmのコンクリートで舗装するとともに、馬蹄形のトンネル断面を太い鋼製網(アンカー止め)とグラスファイバーを含有したモルタルの吹付により補強を行っている。
(ⅱ)コンテナ型シェルターの設置
事故等災害が発生し、万が一、坑道先端の切羽付近に取り残された場合を想定し、救助までの数日間滞在可能な水、食料、酸素ボンベ等を備えたコンテナ型のシェルターを設置している。
(ⅲ)通気立坑を活用した避難経路の確保
国が定めた最低通気量を超える通気立坑を設置し坑内作業員の作業環境を向上させるとともに、本通気立坑に予め数か所の踊り場を設け、事故等災害時の避難経路に充てている。
(ⅳ)正規従業員による保安確保
深刻な事故に繋がる切羽での採掘、発破作業等危険を伴う作業に関しては、正規従業員に従事させることで徹底した保安確保に努めている。なお、坑内作業に関しては、粗鉱やズリ搬出等一部の作業のみを下請会社に委託している。
② 精鉱運搬における安全対策
現在、本鉱山から産出した精鉱は、亜鉛及び銅精鉱に関しては本鉱山の西方直線距離約300 ㎞に位置するManzanillo港へ、鉛精鉱に関してはMet-Mex社Torreon精錬所へ、請負会社が積載能力約40 tのトレーラーにより毎日10 ~15 台分の搬送を行っている。
一方、メキシコでは近年中国向けに鉄鉱石が違法輸出されているが、当該鉄鉱石は違法に採掘したもの以外に、精鉱運搬中における車輌強奪によるものも含まれている。
このため、Minera Tizapa S. A. de C. V.は、精鉱運搬中における車輌強奪を防ぐため、運搬車輌に護衛車を付けるほか、万が一強奪された場合にでも当該車輌の行方を把握できるよう各車両にGPSを設置する等安全対策に努めている。
4.Tizapa鉱山の今後の課題
これまでに概説したとおり、本鉱山は順調に生産量を拡大しつつ、また、地域への貢献も行っているため、当面の間は現在の操業が着実に進められていくと考えられる一方、将来も同様に操業を継続していくためには、新たな鉱体の捕捉が不可欠である。
Peñoles社の2012 年年次報告によると、2012 年末現在における本鉱山の確定・推測鉱石埋蔵量は11.24百万tで、鉱山寿命は10 年強である。
こうした中、Minera Tizapa S. A. de C. V.は、2013 年に本鉱山鉱区内において坑内及び坑外ボーリング探査を総延長約20,000 mで実施したが、既存の3 鉱体の延長線上や深部での新たな鉱化作用を捕捉するには至っていない。また、2014 年からは鉱区内における本格的な新規鉱床探査及び坑内試錐探査の継続が計画されているが、鉱山寿命を踏まえると、今後5 ~6 年のうちに新規の鉱床発見が必須と言えよう。
なお、一般的にメキシコにおける坑内掘り鉱山の粗鉱1 t当たりの操業費は、その規模を問わず60 ~100 US$未満であるとも言われているが、銀及び亜鉛の品位に富み、更に銅及び金を含有する粗鉱を産出する本鉱山は、金属市況の変動にも比較的柔軟に対応が可能とも考えられ、Peñoles社が保有する7 つの坑内掘鉱山の中でも暫くは優良鉱山として扱われることが予測される。
おわりに
本鉱山の開発は、探鉱段階から開発段階まで日本(金属鉱業事業団)が総合的に支援したODA事業の成功例の一つとして数えられており、その後の鉱山操業においても、雇用創出等により周辺地域の発展に大きく貢献し、延いてはメキシコ経済の発展に寄与しているほか、順調に生産量を伸ばし我が国の非鉄金属資源の安定供給をもたらす等、評価に値する実績を残している。
一方、メキシコはベースメタルを中心として鉱物資源が豊富であり、かつ、カナダを中心として外国資本による鉱業開発が盛んであるにもかかわらず、冒頭で述べたとおり、本鉱山以外に日系企業による鉱山操業が行われていないのが実態である。
今後我が国の企業において、本鉱山の事例や他国企業による様々な成功事例や失敗事例を参考にしつつ、メキシコでの鉱業活動の可能性を探るべく検討が進むことを期待したい。
