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報告書&レポート

2014年5月15日 ロンドン事務所 森田健太郎
2014年16号

インドネシアのニッケル鉱石禁輸の影響と対応について~第2回国際ニッケル会議 参加報告~

 2014 年3 月26 日~27 日、スペイン・セビリアにて第2 回国際ニッケル会議が開催された。資源メジャー、欧州の非鉄会社、ロンドン金属取引所(LME)、上海先物取引所(SHFE)、鉱業コンサル等、約80 名が参加した。日本からはJOGMECロンドン事務所が参加した。インドネシア、ロシアからの参加はなかった。

 2014 年1 月、インドネシア政府がニッケル等の鉱石の輸出禁止を開始した。他のコモディティ価格が下落傾向を見せる中、ニッケル価格だけは上昇に転じ3 月だけで1割以上上昇している。このような中、今次会議では、インドネシアのニッケル鉱石の輸出禁止の影響と輸入国の対応について、主要関係者からの講演や活発な質疑応答が行われた。本稿では、これら講演及び議論の概要を報告する。

 なお第1 回国際ニッケル会議は2013 年4 月にトロントにおいて開催されている。第2 回会議のプログラム等については、以下Metal BulletinのWebサイトを参照されたい。

 http://www.metalbulletin.com/events/international-nickel-conference/agenda.html

1.ニッケル:最悪から最前線へ ~From Worst to First~

Royal Nickel Corporation社CEO Mark Selby氏

【ニッケルだけは価格が上昇】

 ニッケルは最も上昇率が高いコモディティとなった。2014 年に入り、他の主要な金属が価格を下げる中、ニッケルだけは15%上昇している。インドネシアのニッケル鉱石の輸出禁止が影響しているが、この措置は緩みそうにない。

図1 2014年初比のLME非鉄金属価格の変化(3月19日時点)

(出典:講演者資料より)

図1 2014年初比のLME非鉄金属価格の変化(3月19日時点)

【インドネシアの供給割合は5 年で3 倍】

 世界のニッケル供給に占めるインドネシアの割合は、過去5 年間で10%強から30%弱へとほぼ3 倍となった。インドネシアの禁輸により、世界市場から30%弱が失われる。石油で言えば、サウジアラビア2国分、あるいはOPECの輸出量が失われるのと同じインパクトである。

【中国はニッケルの自給率が低い】

 これまで世界のニッケル鉱石の需給は、中国の需要増をインドネシアの供給増が補ってきた。実は中国にとって自給が難しい金属の一つがニッケルだ。2012 年時点で15%しか自給できていない。

図2 中国の主要金属の自給率

(出典:USGS、Wood Mackenzie、Macquarie Research、
RNC Analysisより講演者が作成)

図2 中国の主要金属の自給率

【インドネシアのニッケル鉱石は代替が困難】

 インドネシアのニッケル鉱石は高品位なので代替は容易ではない。同じ品位で集めれば、フィリピン、ニューカレドニア、アメリカを足しても、インドネシアの量に届かない。解決方法は、1)中国が自国産を拡大するか、2)インドネシア内で処理プラントの能力を拡大するか、だろう。しかし中国の自国産拡大もインドネシア内の処理プラント建設も直ちにできるものではない。

【2015 年は需給がタイトに】

 ニッケル価格は2000 ~2010 年で5,000 $/tから50,000 $/tまで10 倍になった。今、インドネシアが禁輸していると言っても、50,000 $/t まで高騰した2007 年の危機時のようにはならないだろう。ニッケル価格が上昇すれば、2015 年から2020 年にかけて、需要は抑えられ、新たなプロジェクトが立ち上がり、需給はバランスするはずだからだ。ただし2015 年だけは需給の調整が追い付かず、30万トンの供給不足が生じるだろう。

図3 ニッケルの需給見通し

(出典:Wood Mackenzie、RNC Analysisより講演者が作成)

図3 ニッケルの需給見通し

2.ニッケル市場の見通しについて

ERAMET社 Jerome Baudelet氏

【インドネシア禁輸は続く見込み】

 2009 年、インドネシアは鉱業法を制定して、未処理の鉱物の輸出を2014 年1 月から禁じることとした。しかしそれ以降、本当に施行されるかどうかが分からず、混乱をもたらしてきた。結局、2014 年1 月12 日、インドネシアは禁輸を発効した。インドネシアの禁輸は続くだろう。なぜなら今や禁輸は政策だからだ。鉱石の輸出禁止を解除することは、処理プラント建設という国内投資の抑制を意味する。3 人の主な大統領候補が全員、禁輸を支持し、いかなる緩和措置も公約としていない。10 月に新政権になったとしてもほぼ同じ結論になるだろう。しばらくは世界のニッケル鉱石の供給が2 割減少した状態が続くだろう。

【中国は8 か月分の在庫を蓄積】

 中国は、インドネシアが禁輸すると見て早くから在庫の蓄積を進めていた。2010 年以降、インドネシア鉱石とフィリピン鉱石の輸入が増加し、在庫も増加してきた。今8 か月分の在庫がある。

図4 中国におけるニッケル鉱石の輸入と在庫の推移

(出典:講演者資料より)

図4 中国におけるニッケル鉱石の輸入と在庫の推移

【2015 年は供給不足に】

 価格と在庫には相関関係がある。近年のニッケル価格の下落は、2011 年以降供給が拡大し過ぎて在庫が蓄積したのが主因である。しかし2014 年に入り、インドネシアが禁輸を発効した。インドネシアの禁輸は続くだろう。当社は、2014 年を通じて中国がほとんどの在庫を取り崩すこととなり、それが2015 年の深刻な供給不足の予兆になると見ている。2015 年はLMEの在庫が減少することとなり、価格が上昇して、需給がバランスするだろう。

図5 ニッケルの価格と在庫の推移

(出典:講演者資料より)

図5 ニッケルの価格と在庫の推移

3.将来のニッケル需要を牽引するのは何か?

Societe General社 Robin Bhar氏

【コモディティのスーパーサイクルは継続】

 現在はコモディティの第三期のスーパーサイクルにある。ビジネスサイクルが極度な高騰を抑えるとは言え、スーパーサイクルはまだ終わらないだろう。なぜなら、人口増加、都市化、中間層拡大、可処分所得増大、が需要を押し上げるからだ。単位人口当たりの金属消費量はある時点で頭打ちになるが、現時点では、鉄、銅、ニッケル等ほとんどのコモディティの消費量が頭打ちの気配さえ見せていない。 ニッケル価格については、投機的資金が入ってきたという意味で、原油、銅と似てきた。需給ファンダメンタルだけでは説明できない変動しやすいコモディティになってきた。

図6 コモディティの単位人口当たり消費量の飽和度
注)飽和:所得水準が上昇しても人口当たり消費量が上昇しない状態

(出典:講演者資料より)

図6 コモディティの単位人口当たり消費量の飽和度

【インドネシアの禁輸は後戻りしない】

 インドネシアの禁輸については、異常な事態だとは思わない。資源ナショナリズムは南米、アフリカでも起こっていることだ。起こり得るという前提でいかにマネージするかという問題だ。今後解除されるかどうかは、誰もわからないという意味では五分五分だ。しかしインドネシアにとっての二大鉱種である錫とニッケルのうち、錫についてはインドネシアは2009 年に作った法律をすでに施行している。ニッケルについても時間の問題だった。今後も後戻りすることはないだろう。

4.中国以外でのニッケル銑鉄の使用可能性について

Aperam社 Timoteo Di Maulo氏

【中国はニッケル銑鉄の活用を増大】

 インドネシアの禁輸により、中国が安価なニッケル銑鉄(NPI:Nickel Pig Iron)を生産するようになった。中国はスクラップとNPIの両方を活用できる。しかし欧州にとっては、単位当たりのニッケルを生産するために、ニッケル鉱石の形で輸送するとNPIの形で輸送する場合の約10 倍のコストがかかる。したがって、NPIは選択肢にならず、スクラップからのリサイクルを拡大するしかない。今は、NPI由来のニッケルとスクラップ由来のニッケルの価格競争であり、ゲームが変わった。

ニッケル1tを生産するための原材料の輸送コスト

表1 ニッケル1tを生産するための原材料の輸送コスト

  ニッケル1t当たり輸送コスト
アジアから欧州へのNPI供給 1,250 US$/t
アジアから欧州へのニッケル鉱石供給 11,871 US$/t

(出典:講演者資料より)

5.ステンレス鋼の生産者から見たニッケル原材料について

DMM Advisory Group パートナー Kristina Kalman-Schuler氏

【中国はインドネシアの禁輸に耐性あり】

 中国はインドネシアの禁輸に対して耐性がある。第一に、低品位の原料の使用である。一般に低品位のニッケル鉱石の使用は、生産物の規格順守の観点から制約されている。しかし中国のステンレス生産者は、低品位のNPIと高品位のフェロニッケルを混ぜて使用することができる。第二に、中国産の不純物の多いニッケル鉱石の使用である。ステンレス生産者はNPI等の生産者に精錬過程を追加するよう要請すればよい。第三に、インドネシアに処理プラントを作ることである。

 経済的支配の延長と考えれば何ら問題はない。

6.ニッケル銑鉄のバリューチェーンの変化について

Oryx Stainless社CEO Tobias Kammer氏

【インドネシアの禁輸はマテリアルフローを変える】

 インドネシアの禁輸は、2009 年の鉱業法の一部で承認されたものだ。多くのアナリストは、インドネシアが禁輸を緩和するだろう、と期待し続けてきた。しかし表現振りは一貫して強固であり、結局、禁輸は実現した。インドネシアの禁輸により、ニッケル価格は16%上昇しコモディティの中で希望の星となった。また価格だけでなく、ニッケルのマテリアルフロー自体を変えた。2007 年に登場したNPIは、今や全ニッケル供給の2 割を占め、2013 年のNPIからのニッケル生産量は50万tに達した。

【中国はインドネシアのニッケルに依存】

 インドネシアから中国へのニッケル鉱石の輸出は急増しており、2013 年は5,800万tに達した。中国にとっては、NPI生産の8 割をインドネシアに依存していることになる。フィリピンやニューカレドニアなどでは代替できない。インドネシアの禁輸により、2014 年第4四半期から深刻な影響が出るだろう。

図7 インドネシアから中国へのニッケル鉱石の輸出量の推移

(出典:講演者資料より)

図7 インドネシアから中国へのニッケル鉱石の輸出量の推移

7.ラテライト鉱石の代替源について

Roskill Information Service社 Thomas Hohne-Sparborth氏

【世界はインドネシアとフィリピンのニッケルに依存】

 世界のニッケル鉱石の供給は、インドネシアとフィリピンに依存するようになっている。インドネシアからの供給は、2003 年から2013 年まで年9.7%のペースで増加している。フィリピンからの供給は2009 年から2013 年まで20%増加している。

【インドネシア産ニッケルの代替は困難】

 インドネシアの禁輸を代替できるのはどこか。フィリピン産は品位にバラつきがあり、資源ナショナリズムの懸念もある。ニューカレドニアからの供給は、それほど伸びておらず、また品位も低い。キューバなど米州は輸送コストがかかる。いずれもインドネシアの供給減を補うのは難しいだろう。

【ロシア制裁がニッケル市場に甚大な影響】

 ロシアからのニッケル鉱石の供給は27%を占めている。ロシアへの制裁が実現すれば更に27%が失われ、特に欧州市場に甚大な影響を与えるだろう。ロシア制裁が議論され始めた3 月に入って、ニッケル価格は13%上昇しているのだ。そして結局、ロシアは中国に輸出することになるだろう。

8.おわりに

 ニッケル価格が上昇を続けている。インドネシアの禁輸が緩みそうにないという底堅さが一因であろう。加えて、ロンドンにおいては、欧米のロシア制裁が市場に影響するとの見方をしばしば耳にする。仮に欧米が輸入を禁止する場合、市場はタイトになる。逆に輸入を禁止しない場合、ロシアが報復措置として輸出を禁止するためやはり市場はタイトになる、との見方である。

 もちろんロシア制裁の影響はニッケルに限るものではない。パラジウム、白金等、ロシアが供給の相当割合を占めている鉱種については、同様にその影響を想定しなければならない。そして南アにおける白金鉱山のストライキが長期化するほど、その影響の度合いは深刻化することも見逃してはならない。

 今、インドネシア、ロシア、南アにて、事情は全く異なるが、資源ナショナリズム的な供給不安が同時に発生している。これらの動向が鉱物市場に与える影響を引き続き注視していきたい。

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