閉じる

報告書&レポート

2014年7月24日 メキシコ事務所 縄田俊之
2014年32号

メキシコChihuahua州鉱業の概略と中小鉱業企業への支援政策の現状

 メキシコはベースメタルを中心に鉱物資源が豊富であり、特にメキシコ湾側の鉱物資源ポテンシャルが小さい地域、先住民問題により開発が困難な南部Chiapas州等一部地域を除き、概ねメキシコ全土において探査、採掘等鉱業活動が行われている。とりわけ北部から中央部にかけては鉱業活動が活発であり、その中心となる州の一つとしてChihuahua州が挙げられる。同州は、同国内においてSonora州、Zacatecas州に次ぐ鉱業生産額を誇るほか、州別鉱物生産量においても金、銀、鉛及び亜鉛が国内第2 位になる等同国鉱業において重要な地位を占めている。

 一方、同州は、鉱業活動の歴史的背景により中小鉱山が多数存在しており、これら中小鉱山が同州における鉱業活動の一翼を担っている状況である。

 本稿では、このように同国鉱業において重要な地位にある同州鉱業の概略を紹介しつつ、同州鉱業活動の主力となる中小鉱業企業に対する政府による支援政策の現状を報告する。

1. Chihuahua州鉱業の概略

(1) 地理的状況

 Chihuahua州はメキシコ北端に位置し、北は米国と国境を接し西は同国最大の鉱業州であるSonora州と接している。また、同国最大の面積を有する一方、多くを砂漠地帯が占め、水源確保が最も重要な課題となる地理的状況である(図1.)。

図1. Chihuahua州の位置
図1. Chihuahua州の位置

出典:公共教育省

 一方、地質・鉱床に関しては、Sonora州と接している同州西部から南部にかけて連なる西Sierra Madre山脈に沿って金や銀の鉱床が多く賦存するほか、同州東西方向の中央部から東寄りにかけては鉛、亜鉛等ベースメタルの鉱床が多く賦存する。特に西Sierra Madre山脈に沿った地域では、1980年代から数多くの探査が開始されるとともに、2000年代半ば以降の貴金属市況の活況に合わせて本格的な探査、開発が行われ、現在同州で主要となるDolores鉱山、Pinos Arcos鉱山、Ocampo鉱山、Palmarejo鉱山、El Suazal鉱山及びConcheño鉱山が操業を行うに至っている。なお、同州では、伝統的に鉱化作用の種類に応じ、州内を12の地域に分類し管轄している(図2.)。

図2. Chihuahua州の鉱床区
図2. Chihuahua州の鉱床区
1 Au,Ag,Pb,Zn,Cu 5 Au,Ag 9 Au,Ag,Pb,ZnCu
2 Au,Ag,Pb,Zn,Cu,U,Mo,Mn 6 Au,Ag,Pb,Zn,Cu,Fe,Ba,Mn,Mo,U 10 Au,Ag
3 Ag,Pb,Zn,Cu,Fe,Ge,Mn 7 Au,Ag,Cu,Mo,Pb,Zn 11 Au,Ag
4 Fe,Pb,Zn,Cu,Sal,Mn 8 Au,Ag,Pb,ZnCu,Mn,F 12 Au,Ag,Pb,ZnCu,Mo

備考:各地域における主な鉱物資源。表中番号は上記図中番号と一致。
出典:メキシコ鉱業センター(SGM)

(2) 金属鉱業生産量

 Chihuahua州は、メキシコ国内においてSonora州、Zacatecas州に次ぐ鉱業生産額を誇るほか(表1.)、州別鉱物生産量においても金、銀、鉛及び亜鉛が国内第2 位、銅も国内第4 位であり、同国において重要な鉱業生産州となっている(表2.)。

表1. 鉱業生産上位5 州の生産額推移

(千ペソ) 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年
Sonora州 26,414,732,564 24,395,709,924 37,366,247,969 65,744,733,572 72,461,989,648
Zacatecas州 13,839,084,037 21,245,872,217 37,022,350,692 59,315,353,310 63,614,289,936
Chihuahua州 14,894,998,942 16,982,913,633 23,444,691,793 28,252,797,773 35,566,262,470
Coahuila州 11,346,765,040 11,062,922,162 13,086,476,235 15,369,819,070 13,199,376,734
Durango州 6,108,614,637 7,674,824,198 11,332,437,707 17,208,064,394 20,209,269,630

出典:メキシコ鉱業センター(SGM)

表2. 2013年主要非鉄金属州別生産量

  金(㎏) 銀(㎏) 鉛(t) 銅(t) 亜鉛(t)
全国 103,824.7 5,277,135 240,915 489,109 641,194
1位 Sonora州 Zacatecas州 Zacatecas州 Sonora州 Zacatecas州
35.4% 36,777.9 42.4% 2,337,955 54.8% 132,106 75.7% 370,237 42.0% 269,453
2位 Chihuahua州 Chihuahua州 Chihuahua州 Zacatecas州 Chihuahua州
19.9% 20,652.9 17.7% 932,746 21.7% 52,333 11.1% 54,531 18.4% 117,872
3位 Zacatecas州 Durango州 Durango州 San Luis Potos州 San Luis Potos州
18.7% 19,414.4 12.3% 651,696 7.9% 18,993 4.9% 24,204 7.3% 46,765
4位 Guerrero州 その他 その他 Chihuahua州 その他
10.8% 11,199.9 27.6% 1,454,738 15.6% 37,483 3.1% 15,169 32.3% 207,104
5位 その他 その他
15.2% 15,779.6 5.1% 24,968

出典:国立統計地理情報院(INEGI)

(3) 主要鉱山の概要

 2013年末現在Chihuahua州において操業中の主要鉱山は表3.に示すとおりであるが、その多くは同国第1位の鉱業生産額を誇るSonora州との州境近辺に点在している。

表3. Chihuahua州主要鉱山一覧

図3.中番号 鉱山名・所在地 権益所有企業名 月生産量 従業員数
1 Naica
Sauchillo郡
Peñoles社 銀5,100㎏
鉛1,400t
亜鉛1,200t
525人
2 Bismark
Ascencion郡
Peñoles社 銀1,400㎏
鉛320t
亜鉛4,000t
銅170t
325人
3 Santa Eulalia
Aquiles Serdan郡
Gurpo México社 銀650㎏
鉛140t
亜鉛50t
350人
4 Santa Barbara
Santa Barbara郡
Gurpo México社 金15㎏
銀11,000㎏
鉛1,250t
亜鉛50t
銅550t
1,045人
5 San Francisco del Oro
San Francisco del Oro郡
Minera Frisco社 金11㎏
銀3,600㎏
鉛800t
亜鉛1,600t
銅130t
940人
6 La Perla
Camargo郡
Grupo Acerero del Norte社 鉄30,000t 290人
7 El Suazal
Urique郡
加Goldcorp社 金270㎏ 490人
8 Ocampo
Ocampo郡
Minera Frisco社 金220㎏
銀10,000㎏
700人
9 Piedras Verdes
Urique郡
加Sierra Metals社 亜鉛750t
銅140t
430人
10 Pinos Arcos y Mascota
Ocampo郡
加Agnico Eagle México社 金550㎏
銀5,400㎏
1,200人
11 Moris
Moris郡
英Hochschild Mining社 金25㎏
銀200㎏
93人
12 Dolores
Madera郡
加Pan American Silver社 金150㎏
銀9,000㎏
400人
13 Palmarejo
Chinipas郡
米Coeur Mining社 金300㎏
銀22,000㎏
900人

出典:Chihuahua州経済省

図3. Chihuahua州主要操業鉱山位置

出典:Chihuahua州経済省

図3. Chihuahua州主要操業鉱山位置

(4) プロジェクトの概要

 2013年末現在Chihuahua州には、カナダや米国を中心とした外国企業によるプロジェクトが113(既存鉱山探鉱も含む。)、これに国内鉱業企業及びSGMが保有する国有鉱区プロジェクトを加算すると実に120以上のプロジェクトが存在する。その内、主要プロジェクトとして建設段階又は探査段階のプロジェクトは表4.及び図4.に示すとおりである。

表4. Chihuahua州主要プロジェクト一覧

建設段階
プロジェクト名 権益所有企業名 概 要
Concheño金・銀 Minera Frisco社 所在地:Ocampo郡
2013年生産量:粗鉱処理量750,629t、金0.4t、銀7.7t
トピックス:2013年Q3試験操業開始、2014年商業生産移行
San Julian金・銀 Fresnillo社 所在地:Guadalupe y Calvo郡
概測・予測資源量:金27.7t、銀6,245.5t
年平均生産量:金1.3 t、銀320.3t
トピックス:露天掘、浮遊選鉱場能力6,000t/日、リーチングプラント能力3,000t/日、鉱山寿命13年、2015年下期商業生産開始
探査段階
Orisyvo金・銀 Fresnillo社 所在地:Uruachi郡
概測・予測資源量:金含有量307.9t、銀含有量419.8t
Monterde金・銀 Invecture Group 所在地:Guazapares郡
Cordero多金属 加Levon Resources社 所在地:Parral郡
概測資源量:547.7百万t、金含有量29.3t、銀含有量 11,321.6t、亜鉛含有量2,766.9千t、鉛含有量1,496.8千t
La Cigarra金・銀 加Northair Group 所在地:Parral郡
精測・概測資源量:20,755.7千t、金含有量1.2t、銀含有量1,570.5t、鉛含有量20.9千t、亜鉛含有量30.7千t
Los Gatos多金属 米Sanshine Silver Mines社 所在地:Satevo郡
精測・概測資源量:6,370千t、銀含有量1,063.7t
Bahuerachi銅・亜鉛 中Jinchuan Group 所在地:Urique郡

出典:Chihuahua州経済省及び各社HP

図4. Chihuahua州鉱業プロジェクト位置

出典:Chihuahua州経済省

図4. Chihuahua州鉱業プロジェクト位置

2. Chihuahua州における中小鉱業企業に対する支援政策の現状

 Chihuahua州では、メキシコがスペインの植民地となった1500 年代から鉱業活動が開始され、特に同州南部に位置するParral周辺地域(図2.参照)における中小鉱山を中心に開発が盛んに行われてきた。

 一方、同州の地理的特徴として面積の多くを砂漠地帯が占め、農業に適さない土地が多いことから、農業による雇用確保が困難であるため、州政府としては雇用確保の観点から鉱業に対する支援を実施してきた。

 以下にParral周辺地域を例に中小鉱業企業に対する支援政策の現状を概説する。

(1) Parral周辺地域における鉱業の概略

 Parral周辺地域では、
-S系及びE-W系の高品位銀含有鉱脈鉱床が比較的多く存在している(一部鉱脈には砒素の含有量が多い。)。

 また、同地域では、古くから個人事業主が所有する100 ha程度の比較的小さい鉱区に分割されており、2000 年初頭の金属市況低迷期を経て2005 年以後の金属市況が活況する頃から銀の回収を目的とした小規模鉱山の開発が展開されてきた。主な理由としては、同地域における鉱業開発の歴史が植民地時代にまで遡り、伝統的に比較的豊富な鉱山労働者が確保できることや、水不足に悩まされる同州の中では地下水に恵まれていること等が挙げられる。

(2) 中小鉱業企業に対する具体的支援政策

 現在、中小鉱業企業に対する具体的な支援政策としては、通常どの地方政府でも実施している鉱業関係情報の提供のほか、連邦政府による支援政策として、鉱業法で規定するメキシコ鉱業センター(SGM)による鑑定に基づき実施する融資制度(1)と、経済省が2014 年から試験的にChihuahua州とDurango州に限定して実施する融資制度(2)が存在する。なお、後者の融資制度は、州鉱業部がSGMの協力を得つつ鑑定するため、実質的には前者の融資制度と変わりはないが、両融資制度ともに申請鉱山主は無担保で融資が得られる。

その他としては、鉱業振興信託(FIFOMI)が実施する選鉱プラントの近代化・拡張に対する融資制度(3)がある。

(1) 最高1.5百万ペソ(約115千US$)まで融資が可能であるが、売鉱での収益による返済義務が課せられる。

(2) 当該州政府が保障人となるもので、最高額2百万ペソ(約153.5千US$)まで融資が可能であるが、売鉱での収益による返済義務が課せられる。

(3) 融資の際には所有プラントが担保となる。

(3) 浮遊選鉱場の設立による中小鉱業企業の支援

 (2)では個別中小鉱業企業に対する支援政策を概説したが、その他の支援政策としては、中小鉱業企業が使用する施設・設備を政府自らが整備し提供するケースが考えられる。

 同州Parralにおいては、自社で浮遊選鉱場を保有することが困難な中小鉱業企業(中小鉱山)向けとして、州政府が自ら浮遊選鉱場(州立浮遊選鉱場)を整備しこれら中小鉱業企業に対し同選鉱場を使用させることで、中小鉱業企業の操業を支援している。

(a) 州立浮遊選鉱場の設立経緯

 同州には、中小鉱業企業支援として州立浮遊選鉱場が整備されている。同選鉱場の前身は、1980 年代に当時エネルギー鉱山国営企業省鉱業振興局(現経済省SGM)が保有していた鉱山の浮遊選鉱場(4)であり、同鉱山の閉山以降も当局(SGM)が保有するものの、自らが操業を実施することが困難であったため、個人鉱業事業者に対し長期間にわたり貸与していたものである(5)

 その後、同州がSGMから買収し、2013 年から操業管理を民間に委託すべく公開入札を実施し、落札したMinera Real de Bisema社(従業員86 名)により現在操業が行われている。

(4) 当時JICAの無償援助により近代化が実施された。

(5) 当時最大で16 の周辺小鉱山事業者から粗鉱を受け取り、選鉱処理委託料金20~25 US$/tにて一鉱山毎の発注に対し選鉱処理を実施していたが、処理効率が悪く、各鉱山事業者からは常に待たされると言う不評が挙がっていた。この不評が引き金となり、のちの同州政府による買収に繋がる。

(b) 州立浮遊選鉱場の現状と今後の操業計画

 本州立浮遊選鉱場は、ボールミル3 基による粗鉱処理能力550 t/日を有し、鉛及び亜鉛精鉱生産と金及び銀抽出を主たる事業とする。

 現在、保有するボールミル3 基中、2 基が故障のため、残り1 基により金及び銀抽出プラントのみを稼働させ150~180 t/日の粗鉱処理を実施中である。

 今後の操業計画としては、金及び銀抽出プラントの近代化(精鉱脱水機の増設等)とともに、現在使用不能となっているボールミル2 基の修繕により鉛及び亜鉛選鉱プラントの操業を再開し、粗鉱処理能力550 t/日のフル操業を予定している。

 なお、昨今の金属市況下落・低迷や、主要小鉱山事業者による自社選鉱プラント保有数増加により、粗鉱確保が困難になりつつあることと、前述の選鉱プラント修繕に係る費用の高騰化等の影響のため、当該精鉱プラントの操業再開の遅延は避けられないと見られる。

おわりに

 Chihuahua州はメキシコ鉱業において主要な鉱業州であり、近年鉱業生産額も順調に伸ばしてきており、今後も同国鉱業の中心的な役割を果たすものと期待される。

 一方、同州における中小鉱業企業に対する支援としては、連邦政府による融資制度と経済省が同州及びDurango州に対し試験的に実施している融資制度のほかは、州独自に実施しているものは鉱業関係情報の提供と州立浮遊選鉱場の設立程度となっている。特に州立浮遊選鉱場に関しては、粗鉱処理能力を回復させるための修繕に係る資金までは州政府が支援していないため、本来の粗鉱処理能力までは回復されておらず、現時点において必ずしも周辺中小鉱業企業の便益に繋がっていないのが実情である。

 同国では本年1 月に鉱業特別税及び貴金属鉱業特別税が施行され、企業体力に乏しい中小鉱業企業にとって今後の操業継続が厳しいものになるとの見方がされる中、適切な中小鉱業企業支援が一層望まれている状況である。

 本稿では同州を例として中小鉱業企業に対する支援政策を概説したが、今後鉱業特別税等の影響や金属市況の動向次第では、新たな鉱業支援政策が展開されるものと予想されるため、今後も引き続き同国政府の動向を注視していきたい。

ページトップへ