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報告書&レポート

2014年8月21日 調査部金属資源調査課 小嶋吉広
2014年37号

岐路に立たされる米国輸出入銀行- 政策金融の今日的意義 -

 米政府の政策金融機関である米国輸出入銀行(以下、米輸銀)は、その規模や歴史において先進各国の輸出信用機関(ECA:Export Credit Agency)の代表的存在であるが、業務実施の法的根拠である米国輸出入銀行再授権法で定められた授権期限が2014 年9 月30 日に迫っている。このため本期限までに連邦議会において新たな再授権法が可決されない限り、米輸銀は新規融資や保証が出来なくなり、事実上業務が停止することになる。議会では下院共和党の保守系議員より再授権法に反対する声も一部出ており、予断を許さない状況である。

 本稿では、米輸銀の業務内容と政策金融をめぐる議論の内容について以下報告する。

1. 米輸銀の業務内容

1-1. 金融支援の内容
 米輸銀は、1945 年に制定された輸出入銀行法に基づき設置されている公的なECAであり、連邦政府の独立機関である。米輸銀は、民間部門では引受けを行わない主として中長期の融資及び保証の供与を通じ、米国製品の輸出促進及び国内の雇用促進を目的としている。

 輸出信用供与の主な方法としては、①外国の輸入者に対する融資(図1)や、②米国製品の輸出に際しての信用保証(Loan Guarantee)(図2)が挙げられる。①の融資は、米国製品を輸入する外国の企業に対し、当該輸入に必要な資金を米輸銀が融資するものであり、一般にはバイヤーズ・クレジットと呼ばれている。

 また②の信用保証は、例えば、外国の航空会社が米国社製(Boeing社など)の航空機を購入する場合、当該航空会社が航空機の輸入代金として金融機関からの借り入れを行う際、当該借り入れに対し米輸銀が保証を行う。これにより、仮に航空会社が支払い不能に陥った場合には米輸銀が当該債務を肩代わりする機能を果たす。

図1:融資スキーム
図2:保証スキーム
(出典:米国議会調査局レポート「Export-Import Bank: Overview and Reauthorization Issues」2014.6.30)

1-2. 授権期限問題
 米輸銀が業務を行うには連邦議会による授権(営業免許に相当)が必要であり、現行の授権期間は2014 年9 月30 日に期限を迎えるが、下院共和党の保守系議員からは再授権を認めないとする意見が出ており予断を許さない状況となっている。本年11 月の中間選挙を睨み、共和党の保守派としては、米輸銀の再授権問題を選挙キャンペーンで取り上げることで、オバマ政権の経済政策への批判票を集めたいという政治的思惑もある。前回の再授権の期限であった2012 年の際は、再授権法の法案審議をめぐり米輸銀の業務継続をしたいオバマ大統領と共和党の間で意見が対立し、再授権期間を2 年間、2014 年までの与信上限額を1,400億US$とすることで妥協が図られた。

1-3. 業務実績
 米輸銀の与信額の推移を図3に示す。与信額は2008 年以降急激に増加しており、2013 年は1,138億US$であった。2008 年以降急激に増加している背景としては、世界金融危機とその後の欧州での債務危機により民間金融機関が融資基準を厳格化したことや、新興国の景気拡大により米国製品の需要が高まっていることが挙げられる。

図3 米輸銀の与信額と上限額の推移

出典:米輸銀アニュアルレポート

図3 米輸銀の与信額と上限額の推移

 2013 年の主な融資や保証案件(1千万US$以上)を掲げる。主な案件は、外国の航空会社に対するボーイング社の航空機輸出に対する金融支援であるが、鉱山関係ではOyu Tolgoi鉱山(モンゴル)へ4.9億US$の融資がなされた(後述)。

表1 2013 年の主な融資/保証案件(1千万US$以上)

国名 貸付先 主なサプライヤー 保証人 対象資機材 融資額
(億US$)
保証額
(億US$)
中国 Air China ボーイング社   商用機   5.6
モンゴル Oyu Tolgoi LLC Komatsu America Corp.   鉱山用トラック 4.9  
韓国 大韓航空 ボーイング社   商用機   4.7
アシアナ航空 ボーイング社   商用機   1.6
香港 Kingsbridge Ltd. Space Systems/Loral
LLC (SSL), et. al.
Asia Broadcast
Satellite HK Ltd.,
et. al.
衛星機材 1.8  
Kingsbridge Ltd. Boeing Satellite
Systems Inc.,
Asia Broadcast
Satellite HK Ltd.,
et. al.
衛星機材 2.9  
Asia Satellite
Telecommunications
Co.Ltd., et. al.
Space Systems/Loral
LLC (SSL)
  衛星機材及び
付帯する保険
3.4  
インド Reliance Industries Ltd. Fluor Corp.,
ConocoPhillips Co., et.al.
  石化プラントの
ガスタービン
発電機
10.0 10.0
フィリピン フィリピン航空 ボーイング社   商用機   3.0
シンガポール Micron Semiconductor
Asia Pte. Ltd.
Axcelis Technologies
Inc., et. al.
Micron Technology
Inc.
セミコンダクター
製造機器及び
関連サービス
  4.6
インドネシア Transportation
Partners Pte. Ltd.
ボーイング社 Lion Air 商用機   11.3
豪州 カンタス航空 ボーイング社   商用機   2.8
UAE エミレーツ航空 ボーイング社   商用機   4.4
エティハド航空 ボーイング社   商用機   1.6
Emirates Aluminum Co.
Ltd. P
GE   蒸気タービン・
発電機
2.4  
Dubai Aerospace
Enterprise L
ボーイング社   商用機   3.1
クウェート ALAFCO Aviation and
Lease Finance Co.
ボーイング社   商用機   3.2
トルコ Turk Hava Yollari AO ボーイング社   商用機   1.7
ロシア VEB Leasing JSC ボーイング社   商用機   5.0
カザフスタン Air Astana ボーイング社   商用機   2.3
英国 BG Energy Holdings Ltd.
Bechtel Power Corp.
    Queensland Curtis
LNG プラントに係る
エンジニアリング
サービス
18.1  
ドイツ GLOBALFOUNDRIES
Inc.
Applied Materials
Inc.,et. al.
GLOBALFOUNDRI
ES Singapore Pte.
Ltd., et. al.
セミコンダクター
製造機器及び
関連サービス
10.3  
ノルウェー Norwegian Air Shuttle
ASA
ボーイング社   商用機   1.6
ポーランド LOTポーランド航空 ボーイング社   商用機   4.8
ルクセンブルグ Cargolux Airlines
International S.A.
ボーイング社   商用機   3.1
Cargolux Airlines Internationa ボーイング社   商用機   1.6
スロバキア Luxury Business
Jets A.S.
ボーイング社   商用機   0.5
アイルランド Milestone Aviation
Group Ltd.
Sikorsky Aircraft Corp.   ヘリコプター   1.9
Avolon Aerospace
Leasing Ltd.
ボーイング社   商用機   1.5
エチオピア エチオピア航空 ボーイング社   商用機   1.2
ガーナ 財政・経済計画省 GE Healthcare   Ghana Ridge
Hospitalにおける
設計、建設、
機材購入
1.6  
南ア Transnet GE Transportation   機関車   1.1
カナダ Westjet Airlines ボーイング社   商用機   1.9
メキシコ Petróleos Mexicanos
(Pemex)
複数の米国企業 Pemex Exploracióny
Producción
石油ガス開発
プロジェクトに
係る資機材・
サービス
  2.0
Petróleos Mexicanos
(Pemex)
複数の米国企業 Pemex Exploracióny
Producción
石油ガス開発
プロジェクトに
係る資機材・
サービス
  13.0

出典:米輸銀アニュアルレポート

 2013 年の与信残高(1,138億US$)の内訳を図4に示す。金融支援の種別では信用保証が703億US$と最も多く、次いで融資、保険の順となっている。

 次に地域別の内訳を見ると(図5)、アジアが465億US$と最も多く、全体の約4割を占めている。アジア新興国での景気拡大により、米国製品の需要が高まっていることが窺える。

 さらにセクター別に見ると航空機産業が45%を占め、次いで製造業、石油・天然ガスとなっている(図6)。

図4 与信残高の種別内訳(2013年)
図4 与信残高の種別内訳(2013年)
図5 地域別内訳(2013年)
図5 地域別内訳(2013年)
図6 セクター別内訳(2013年)
図6 セクター別内訳(2013年)

2. 現在の議論の内容

 「小さな政府」を指向する下院共和党内の保守系議員や一部の保守系シンクタンク(ヘリテージ財団など)は、米輸銀の業務存続に反対の立場を取っているが、その理由として、米輸銀の融資は主に大企業の輸出促進のみを考慮し、国内中小企業への配慮が不足していることや、案件採択時の審査が十分でなく、公平性や客観性を十分担保していないこと等を挙げている。

 以下、鉱山開発に係る融資案件3 件を個別事例として挙げる。

2-1. モンゴルOyu Tolgoi鉱山への融資案件
 Oyu Tolgoi鉱山はモンゴル南部に位置する世界最大級の含金斑岩銅鉱床。Phase 1の露天掘りとPhase 2の坑内採掘により構成され、2013 年より露天掘りによる銅精鉱生産を開始。2013 年の生産量は銅7.6万t、金 15.7万oz。2014年は銅 13.5万t~16万t、金 60万oz~70万ozを計画。操業開始後10 年間における銅の年間平均生産量33万t、マインライフは27 年を予定。権益の66%はTurquoise Hill Resources社(Rio Tintoが同社株式の50.8%を保有)が有し、残る34%はモンゴル政府が保有している。

 2013 年5 月、米輸銀は本鉱山(プロジェクト会社であるOyu Tolgoi LLC社)への4.95億US$の融資を決定した。本融資はPhase 2プロジェクトの開発費、具体的にはKomatsu America Corp.が供給する鉱山重機の調達等に用いられることになっている。米輸銀は本件融資による米国国内への経済効果として、アリゾナ州、コロラド州、イリノイ州、ニューヨーク州及びテキサス州において2,000 人の雇用創出が期待できると見込んでいる。さらに、Oyu Tolgoi鉱山の操業開始によりモンゴルのGDPが大幅に増大する効果も期待されている。

 これに対しヘリテージ財団は本案件に対する懸念として、銅のマーケットは2013年では390千tの供給過剰であり1、アリゾナ州、ユタ州、ニューメキシコ州、ネバダ州、モンタナ州での銅鉱山の操業に影響を及ぼすおそれがあると指摘している。

 Oyu Tolgoi鉱山に係る最近の状況としては、上記のPhase 2に係るF/S完了が遅延しており、プロジェクト開始の条件となるモンゴル政府による採掘計画が未だ承認されていない。このため、本融資の実施はこれまで3 回延期されており、2014 年9 月30 日が融資延期の期限となっている。

2-2. メキシコEl Boleo多金属プロジェクトへの融資案件
 El Boleoプロジェクトは、Baja California州での銅、コバルト、亜鉛をターゲットとした現在開発中のプロジェクトであり、本年中に生産開始の予定。マインライフは23 年、年平均生産量は銅38,100 t、コバルト1,600 t、亜鉛29,500 tを計画。

 本プロジェクトの建設は米国のプラント会社Fl Smidth社他が請け負っていることから、米輸銀は2010 年、本プロジェクトに対し4.2億US$の融資を決定。米輸銀が融資決定した時点での権益比率は、Baja Mining社(カナダ)が70%、韓国鉱物資源公社(KORES)を筆頭とする韓国コンソーシアムが30%であった。開発資金は当初9億US$を見込んでいたが、2012 年4 月には11億US$に増加し、同年6 月、Baja Mining社の債務不履行が発生。出資者による協議の結果、韓国コンソーシアムが追加資金を拠出し、権益比率を90%にまで引き上げることで合意した。なお開発資金はその後も増加し、2014 年1 月時点では18億US$にまで増大している。

 米輸銀の融資案件が開発費の増大や債務不履行といったリスクを発生したことに関し、米輸銀の監察総監室(Office of Inspector General)は2013 年9 月に公表した検証レポートにおいて、融資審査時のデューディリジェンスやプロジェクトリスクに対する認識が十分でなかったと指摘している2

2-3. 豪州Roy Hill鉄鉱石開発プロジェクトへの融資案件
 本プロジェクトは、西豪州Pilbara地区において鉄鉱石鉱山を新規開発し、鉄道の新設及び港湾設備の整備を行うもの。鉄資源量は24.2億t、鉄平均品位 55%、フル生産時の鉄鉱石年産量は55百万tを計画している。

 2013 年12 月、米輸銀は本プロジェクト実施会社(Roy Hill Holdings)への6.9億US$の融資を承認した。融資資金はCaterpillar社(鉱山重機)、General Electric社(機関車)、Atlas Copco社(鉱山資機材)の資機材調達等に用いられ、米国への経済効果としては国内で3,400 人の雇用創出が見込まれ、そのうち20%(680人)は小企業での雇用創出に繋がるとされている。

 本件融資に関し全米鉄鋼労働組合(USW)は、Roy Hill鉱山での鉄鉱石生産によって鉄鉱石価格の低下を招き、米国の鉄鉱石輸出のうち6億US$相当が阻害されるおそれがあると懸念している。USWは、国内鉄鉱石産業へのマイナスの影響の方が資機材輸出によるプラスの影響を上回っているとして、融資の実施を見合わせるよう嘆願書を米輸銀に提出した(2013 年12 月)。

3. 政策金融の今日的意義

3-1. 米輸銀をめぐる議論の傾向
 上記の具体例を見ると、米輸銀による鉱山開発プロジェクト向け融資は、その主たる目的を鉱山資機材やプラント等の輸出促進としており、資源の確保を主目的とはしていない。これは、米国は広大な国土を有し自国内の資源に比較的恵まれているという米国固有の事情と関係する。このため政策金融をめぐる国内の議論が単純図式化されやすく3、政策金融が政争の具になりやすい傾向が従前から見受けられる。

 しかしながら他の先進国を見た場合、米国のような国土的特徴を持った国はむしろ珍しく、日本や欧州のように資源を輸入に頼らざるを得ない国では政策金融が持つ意義や重要性も多分に異なってくる。

3-2. 世界の輸出信用供与の状況
 米輸銀を始めとするOECD加盟国ECAの国際的なプレゼンスについて見ると、かつてのような世界的優位性は陰りが見え始めている。

 米輸銀が連邦議会へ提出した報告書4によれば、2013年の各国ECAによる輸出信用供与額は中国の供与額増加に牽引され世界全体では2,860億US$となり、2011年比8%の増となった(図7)。中国やブラジル、インド等のOECD非加盟国による供与額は全体の43%(1,250億US$)を占めるようになり、OECD陣営を脅かす存在となっている。特に中国による供与額(1,110億US$)は世界全体の39%を占めており、OECD加盟国によるOECDルールに基づいた供与額(980億US$)を凌駕するに至っている。

図7 各国による輸出支援の状況(2013年)(単位:億円)

(出典)米輸銀による議会報告書

(1)豪州、デンマーク、フィンランド、韓国、オランダ、ノルウェー、スウェーデン
図7 各国による輸出支援の状況(2013年)(単位:億円)

3-3. BRICS銀行の設立合意
 また最近の動きとして、2014 年7 月、BRICS首脳会談でBRICS開発銀行の設立が合意された。BRICS開発銀行は、その正式名称を「New Development Bank(NDB)」としたことからも窺えるように、BRICS諸国のみならず途上国にも参加の門戸を広げている5。このためNDBは、これまでの世銀やIMF等が主導してきた国際金融システムと並ぶ新たな国際金融機関となる可能性を有している。

3-4. 西側ECAの枢軸としての米輸銀
 このような世界的傾向を鑑みると、今後、OECD加盟国と中国を始めとするBRICS諸国との間で、新たな国際経済秩序構築に向けた対話や協議が活発化されることが予想されるが、環境社会配慮や透明性向上などOECDがこれまで尊重してきた理念の世界的規模での実現に向け、OECD各国のECAは、BRICS諸国を含めた新たな国際的枠組み構築に積極的かつ先導的に取り組む必要があると言えよう。その過程において米輸銀は、西側ECAの雄として枢要な役割を果たすことが期待される。


注釈:

1 ICSG(国際銅研究会)による予測を引用。

2 Report on Minera y Metalurica del Boleo S.A.
http://www.exim.gov/oig/upload/REDACTED-Report-on-Minera-y-Metalurica-del-Boleo-SA-Report-Final-OIG-INS-13-01-130930.pdf

3 輸出振興による主に製造業での雇用創出と、いわゆる「ブーメラン効果」により負の影響を受ける産業(主に鉱業等の一次産業)との間の比較衡量になるが、米輸銀の基準では純便益(net benefit)が見込まれれば金融支援の供与が可能となっている。

4 「Report to the U.S Congress on the Export-Import Bank of the United States and Global Export Credit Competition」2014.6
http://www.exim.gov/about/library/reports/competitivenessreports/loader.cfm?csModule=security/getfile&pageID=41933

5 NDBの本部は上海に置かれるが、各地域の拠点として地域センターを設けることができると合意文書で規定されており、第一号はアフリカ地域センターとして南ア・ヨハネスブルグに設置されることが既に決まっている。

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