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報告書&レポート

2014年9月4日 前ジャカルタ事務所 現総務部人事課長 高橋健一  金属資源調査課 山本万里奈 報告
2014年39号

インドネシアにおける鉱石輸出禁止政策の動向(その4)-鉱物資源高付加価値義務化の概要-

 インドネシアでの新たな鉱業法となる「鉱物・石炭鉱業に関する法律」(2009 年法律第4 号。以下本稿では「新鉱業法」という。)が公布・施行された2009 年1 月から5 年が経過し、新鉱業法で新たに盛り込まれ、同国にとって重要な施策の一つである鉱物の高付加価値義務に関し、その施行期限となっていた2014 年1 月、様々な議論を経て、政府は最終的な方針を打ち出し、関連する政令、大臣令を相次いで発効した。結果、銅、鉄、鉛・亜鉛などの一部の金属鉱物については、中間鉱産物となる精鉱などの輸出は限定的に認められることになったものの、大部分の金属鉱物には製精錬処理が義務付けられることとなり、これまで輸出が認められていた未処理鉱石の輸出は禁止となった。

 本シリーズでは、その鉱物資源高付加価値義務化の概要や、2012 年以降、ここに至るまでの経緯、今後の見通しなどを取り上げる。「その1」「その2」では鉱物資源高付加価値義務化の概要および現行制度の決定と実施に至るまでの経緯、「その3」では当該政策施行後の動向をまとめた。本稿「その4」は、今後の見通しについて記すものである。

1. 同政策の今後の行方

 同政策の今後を見る上で、まずは国営Antamや中国企業を中心とした製錬所建設計画の今後の進展を注視する必要があるが、最も重要な点の一つは政治情勢である。奇しくも2014年のインドネシアは選挙イヤーに当たり、4月の総選挙、7月の大統領選挙を経て、10月に新政権が誕生する。加えて政策転換を促す要素としてのマクロ経済状況及び地域経済問題としての鉱山労働者失業問題に求められる政策対応や、さらにAPEMINDOによる憲法裁判所への審査請求といった司法の動向も注目される。

 いずれにしても、ここ数年は、鉱石輸出禁止政策が、貿易収支の押し下げや鉱山労働者等の雇用悪化等によって、同国マクロ経済に一定のマイナス影響を及ぼすことは避けられず、製精錬所建設の進捗等によっては、悪影響が長期化する懸念も現実化することが予想される。

(1) 新政権の動向

 2014年4月9日に行われた総選挙の結果、いずれの政党も得票率25%超または議席数20%超という大統領選立候補資格を満たすことができなかったため、各党が連合しての立候補となった(表1)。様々な思惑が交錯する合従連衡の後、元ビジネスマンのジョコ・ウィドド(Joko Widodo、「ジョコウィ(Jokowi)」)氏を大統領候補とした闘争民主党陣営(ほか民族覚醒党、国民民主党、ハヌラ党)と、経験豊富なプラボウォ・スビアント(Prabowo Subianto)氏率いるグリンドラ党陣営(ほかゴルカル党、国民信託党、福祉正義党、開発統一党)による一騎打ちとなり、接戦の末ジョコウィ氏が勝利を収めた(図6)。10月の政権発足に先立ち、同氏は既に8月4日に「政権移行チーム」を立ち上げ、2015年度国家予算や政策課題の引継ぎ等についてユドヨノ現政権と協議しスムーズな政権移行に向けて動き始めている。

 鉱業分野についてはこの移行期間で動きがあるか明らかになっていないものの、タンジュン(Tanjung)経済担当調整大臣は「インドネシア国内でニッケル鉱石を製錬すれば付加価値が銅精鉱よりも大幅に高まるため、ニッケル鉱石は銅精鉱とは別に議論されるべきもの。これは2009年に議会で承認された法令であり、法令に反することは出来ない。違反すれば、大統領が弾劾されることになる」とメディアに述べていることを鑑みると、現政権の任期中に未加工鉱石の禁輸について見直される可能性は低い。

 また、ジョコウィ氏はビジネスマンを経験した後政治家に転身、自身の出身であるソロの市長、ジャカルタ特別州知事を経て大統領候補となった職業政治家で、国レベルの行政や外交の経験がない。したがって、政権発足以降も暫くは種々の対応や調整に時間を要することが予想されるため、少なくとも2014年内までは現状維持が継続すると考えられる。

 当該政策に対するジョコウィ氏の意見について、選挙後のロイターによるインタビュー1では、ジョコウィ氏自ら高付加価値化政策に基づく鉱石輸出停止などについて鉱業界と対話を行う意向を示しているほか、同氏の経済アドバイザーを務めるプラソジョ(Prasodjo)氏は、「新大統領は『鉱業を殺す』ことはせず、政府と業界は共に問題に直面するパートナーである」とし、現政権の業界にとり経済性ある条件を整えていない政策を批判している。

 但し、具体的な方策や時期は明らかにされておらず、見解も決して一枚岩ではない。8月中旬に岸田外務大臣がインドネシアを訪れジョコウィ氏と面談した際には鉱石禁輸についても言及したとされるが、同氏は「(外務大臣は)本件について議論を求めたが、天然資源は国民の幸福に利用されるべきという法律と憲法に忠実である」と返答したとしている2。次期副大統領であるカラ氏は、渦中の新鉱業法の改正当時にも副大統領を務めた「当事者」であり、「高付加価値化に基づく鉱石禁輸は、2007年に議論し2009年に鉱業法として合意されたこと。これは法律である」と述べ、タンジュン経済担当調整大臣と同様の姿勢を堅持している。

 これら一連の選挙を終えて、一つの重要な点は、鉱石禁輸の解除には法改正が必要との解釈に立つならば、4月の選挙の結果、いずれの政党も単独では議席数が20%未満、かつ与野党が拮抗している状況を踏まえると、新鉱業法の改正による抜本的な政策転換は極めて困難な状況になったと捉えることができる。

表1 主な政党の総選挙得票率

  政党名 国民選挙
得票率
議席数
闘争民主党(PDI-P) 18.95% 109
民族覚醒党(PKB) 9.04% 47
国民民主党(NASDEM) 6.72% 35
ハヌラ党 5.26% 16
グリンドラ党 11.81% 73
ゴルカル党 14.75% 91
国民信託党(PAN) 7.59% 49
福祉正義党 6.79% 40
開発統一党(PPP) 6.53% 39
民主党※ 10.19% 61

青字=ジョコウィ(PDI-P)連合、 橙字=プラボウォ(ゲリンドラ党)連合

※民主党は大統領選不参加
(各種報道を基に作成、政党ロゴは各政党ウェブサイト)

図6 大統領選得票率

(各種報道を基に作成、写真はPEMILU.com)

図6 大統領選得票率

(2) マクロ経済および地域経済の動向

 前項で見たとおり、インドネシアの経済成長は伸び悩んでおり、政府はその対応に苦慮している。ジョコウィ次期大統領は、雇用創出と貧困削減のため成長率+7%を目標に掲げているが、実現への道は遠い。流通統計局(BPS)のサスミト(Susmito)副局長は「今後、貿易収支が安定して推移するかは判断し難い」とコメントしている3。また、中央銀行のマルトワルドヨ(Martowardojo)総裁は、最大のリスクは経常赤字の拡大と指摘し、原油輸入の増加と鉱石輸出の制限が、貿易収支改善のための中銀の取り組みを妨げているとしている4。歳出削減5のため同国経済を大きく圧迫している燃料補助金の撤廃可能性も指摘されているが、他方で政府による景気テコ入れも国民から期待されており、次期政権の経済政策が注目されている。

 こうした状況の中で、マクロ経済の動向が高付加価値化政策の変更をもたらすきっかけとなる可能性がある。事実、2013年6月に政府が発表した緊急政策パッケージには、2012年5月に施行された輸出規制の一部緩和が含まれた6。また、高付加価値化政策の施行後も、タンジュン経済担当調整大臣はそれまで行き詰まりを見せていたFCX社およびPT NNT社との協議を再開させた。同氏は、5月にハッタ氏の後任として就任した際、経済情勢の悪化傾向を克服するための一策として、早期の銅精鉱輸出再開について言及しており、歳入欠陥の是正への施策を実施する可能性がある。

 また、地域経済への影響も一つのポイントになると考えられる。特に地方においては、鉱業は経済・雇用問題に直結する重要産業でもある。もともと地域間の経済格差が大きい中、雇用創出を掲げている新政権下で失業問題が顕在化すれば、地方議員・政府も腰をあげざるを得なくなる。全ての製精錬所が鉱山に隣接した地域に建設されるとは限らず、また、政府関係者らが主張するように製精錬所計画が順調に進むかは依然として不透明である。地方中小企業における鉱山労働者の解雇や鉱石在庫の積み上がり等の懸念から、見直しを求める声は続いているものの、政府は未加工鉱石については禁輸する方針を崩す様子は見られないが、地方政府が何らかの措置を求めた場合には具体的な施策を実施する可能性も考えられる。

(3) 製精錬所建設計画の進捗

 2014年5月にエネルギー・鉱物資源省が発表した資料によると、現在IUP保有者による製精錬所計画は178あり、そのうち進捗率81~100%(試運転または生産段階に至っているもの)は25か所、さらにそのうちニッケル製錬所は9か所(表2)である。

表2 2014年完工予定のニッケル製錬所(エネルギー・鉱物資源省資料)

 さらに、8月にスキヤール(Sukhyar)鉱物・石炭総局長7が報道に語ったところによると、「現在FSを完了した64の製錬所建設計画があり、これらへの投資額は49億US$に達している」と述べた。この64の計画のうち、ニッケル製錬所は30か所で、2017年にこれら全てが生産を開始すれば20百万t/年の鉱石処理能力に達するとのこと8

 また、中国は習近平国家主席が2013年秋にインドネシアを訪問した際に9件の製錬所建設について合意9しており、2014年1月以降は建設を加速化させている。特に勢いが著しいのは、中国民間最大のステンレスミル青山鋼鉄集団(Tsing Shan Iron and Steel)であり、インドネシアで生産能力計90万t/年のNPIプラント(RKEF)を発電所と併せて建設しており、8月17日にはそのうち第1フェーズ(NPI年産能力30万t)の無負荷試験操業を完了した。数年後には現地でのステンレス生産も視野に入れている。

(4) 鉱業界とアナリストの評価

(4)-1  Fraser Instituteによる投資環境調査アンケート(2014年3月)

 Tony Wenasインドネシア鉱業協会副会長は、2014年5月21~22日に上海で開催されたChina Nickel Conferenceの講演において、「インドネシアは法的確実性の担保のため作業しているところであり、6か月以内には新政権が発足し、政策も安定するのでFraser Instituteの投資環境調査の96位という結果10を恐れる必要はない。新鉱業法下では、外資/内資の区別はない。資源が豊富な我が国にぜひ投資してほしい」と述べた。

 しかし、最新2013年版の調査結果(2014年3月発行)では更にランクを落とし、鉱業政策指標では112か国中104位であった(同国より下位はジンバブエ、アンゴラ、アルゼンチンの一部の州、フィリピン、ベネズエラ、キルギス)。

 また、現行政策とベスト・プラクティス上での資源ポテンシャルを比較すると、ベスト・プラクティスの場合は87.3%が投資要因(うち、(c)投資促進要因13%(d)投資抑止要因ではない20.4%)となると回答した一方、現行政策の場合では30.4%(うち、(c)58.2%(d)29.1%)と半分にも満たなかった。いかに現行政策が鉱業投資意欲をそいでいるかがよく読み取れる。

(4)-2 アナリストの評価(2014年8月)

 一方、当初は世銀や投資銀行アナリストから批判を受けていた当該政策の実施から半年が過ぎた中、当該政策の評価が徐々に上向いているとする報道が見られる。例えば、S&Pアナリストは政府の(緩和を認めない)「ハードなスタンス」が鉱山企業に製錬所への投資を再考させたとし、雇用、税およびロイヤルティによる収入への影響は政府の想定範囲内としている。モルガン・スタンレーのアナリストは「政府による鉱物禁輸は成功しているか?」という問いに対し「Yes」と回答し、「禁輸の狙いとおり、中国企業は既に下流分野のプラント建設にコミットしている」と述べている。

 但し、こうした評価が重機等の関連産業への影響や、地方経済への打撃をどれだけ考慮しているかは分からない。地方経済の問題は、数値だけでなく同国が長らく課題にしてきた地方分権化や経済格差是正といった政策理念も絡むものであり、地方政治を経験し「庶民派」のジョコウィ次期大統領がこうした状況をどれだけ汲み取る(気がある)か、ということも考慮すべきポイントであろう。

2. まとめ

 インドネシア政府にとっては5年越しの高付加価値化政策の施行となり、銅精鉱の輸出については関係企業との交渉により条件付き緩和がなされたものの、ニッケルおよびボーキサイトの未加工鉱石の禁輸については一切の緩和条件なく一貫して継続する姿勢を見せている。

 同国の経済成長が鈍化し5年ぶりの低水準を記録するまでになった中、鉱石禁輸はその一因とも考えられ、このまま成長率鈍化が継続するとなるとGDP成長率7%を目標に掲げるジョコウィ氏がGDP成長の方策として鉱石禁輸を緩和する可能性は考えられる。しかし、経済対策はこれだけではないし、禁輸政策による経済への打撃は小さいと判断された場合、高付加価値化による経済成長を考えるのであれば、他の分野の外資規制は緩和するとしても鉱石禁輸は継続される見込みが高い。緩和の実施如何は、上述した複数の要因とそれが発生するタイミング、そして地方政府の動き次第と言える。

 施行から8か月が過ぎた現在、中国のNPI生産は当初予想より減少していないものの、中国のニッケル鉱石在庫の減少などから2014年後半あるいは2015年は世界市場でのニッケル供給不足が懸念される。価格は一時期の高騰からは一服したが、施行前の低迷からは脱し底堅く推移している。インドネシアでの製錬所建設計画の進捗と、これを積極的に進める中国の景気動向(即ちニッケル需要と製錬所建設資金力)がニッケル市場の今後に大きく影響を与えることは間違いない。

 「政府による鉱石禁輸は成功しているか?」という質問に対し「Yes」と答えるのは未だ早計であろう。製錬所が稼働し経済性ある操業が一定期間持続するまでは政府が目指す下流産業の振興が達成されたとは言えない。

 莫大な量の有用資源が目の前から取り去っていかれる様子を目の当たりにしてしまえば、それを変革したいという考えが想起されることは自然な流れであり、特定鉱種の市場において一定の影響力を有する資源国が経済発展を遂げる時に保護主義的な動きをすること自体は正当な手段の一つと思料される。しかし、上に記したFraser Reportの結果からも明らかなように、政策に度々かつ急な変更が加わることは投資家にとってリスクに他ならない。未曽有の金属価格の高騰、中国の資源爆食、米国量的緩和による新興国への資金流入、そしてこれらの終焉といった大きく変動する世界の潮流の中で今後、同国が鉱業分野の政策をどのように進めて行くのか注視して参りたい。


注釈:

1 Reuters , 2014年7月22日

2 Mainichi Japan, 2014年8月13日

3 じゃかるた新聞, 7月

4 Bloomberg, 2014年7月23日

5 但し、ユドヨノ大統領が8月15日に発表した2015年国家予算案は初の2,000兆ルピア超となっている。

6 鉱物65品目を対象として、輸出に際し輸出企業認定の取得、輸出税20%の賦課、輸出量の割当が定められたところ、当該パッケージ導入により輸出量の規制が解除された。

7 同氏は、新政権後も留任が内定している。

8 Bloomberg, 2014年8月13日

9 『インドネシア:政府、中国政府と9件の製錬所建設に関するMOUを締結』, JOGMECニュース・フラッシュ, 2013年10月9日

10 Fraser Instituteが世界の鉱山会社4,100社を対象とした資源国の投資環境調査アンケート‘Survey of Mining Companies’。インドネシアは2012年、このアンケートの鉱業政策指標(Policy Perception Index)において、96か国中最下位と評価された。

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