報告書&レポート
欧州の鉱物資源確保戦略―欧州委員会・ドイツ産業界の事例―
中国がレアアース輸出枠を大幅に削減した2010年7月から4年半が経過した2015年1月、中国は世界貿易機関(WTO)に敗訴したことを受けて輸出枠の制限を撤廃した。しかしながら、消費サイドではレアアースの使用量削減や代替開発が進み、今回の中国のニュースは市場に大きな影響を与えることはもはやなかった。一方で、このレアアース危機がもたらしたのは、ベースメタルに比して量としてのインパクトは非常に小さいものの、いわゆる産業のビタミンとして高性能製品に欠かすことはできないレアメタルを始めとする鉱物資源への世界的な注目である。欧州においては、欧州委員会が2010年以降、供給リスクが高くかつ欧州経済にとって重要な鉱物資源を選定し、これらを生産する鉱業界及び使用する産業界への支援を積極的に行っている。 レアアース危機が起こった2010年から年1回フランス・パリにおいて開催され、今回で4回目となるレアメタル2015国際会議にJOGMECロンドン事務所が参加し、JOGMECのレアメタル確保戦略について講演する機会を得た。欧州委員会及びドイツの産業界が鉱物資源の確保にどのような戦略を有しているのか、発表された内容をベースとしながら、両者の取り組みをまとめた。 写真 レアメタル2015国際会議 |
1. 欧州委員会による原材料確保戦略
(1) 重要な原材料CRMの選定
欧州委員会は、2010年に専門家によるワーキンググループを設置し、欧州にとって必要不可欠な原材料(Raw Material、欧州では鉱物資源ではなく、総じて原材料という用語が用いられている。)を『クリティカルな原材料(Critical Raw Materials, CRM)』として選定した。選定手法は、図1のとおり、供給面として、生産国の政治・経済の安定性、資源賦存の偏在性、代替可能性、リサイクル率を総合した『供給リスク度』を縦軸に、欧州経済の重要なセクターにおいてどの程度その原材料が使用されているかという『経済的重要度』を横軸にとり、候補となった41鉱種を分類したもの。結果、図1中赤枠内に位置する14鉱種※をCRMとして定めた。
※14 鉱種: アンチモン、ベリリウム、コバルト、蛍石、ガリウム、ゲルマニウム、グラファイト、 インジウム、マグネシウム、ニオブ、PGM、レアアース、タンタル、タングステン |
(出典:欧州委員会)
図1 2010年に公表されたCritical Raw Metals(赤枠)
欧州委員会は、3年ごとにCRMを見直すとして、2014年5月に新たなCRMを発表した(図2)。今回は対象を41鉱種から54鉱種に拡大し、レアアースに関しては重希土類と軽希土類の2つに分けた。その結果、図2中赤線で囲われた白地に位置する20鉱種※がCRMと再定義され、ホウ酸塩、クロム、原料炭、マグネサイト、リン、金属シリコンの6つが新たに追加され、タンタルがCRMから外された。図2から、供給リスク(縦軸)では重希土類が最も高く、経済的重要度(横軸)ではタングステン、原料炭が最も高く位置づけられていることが分かる。
※20 鉱種: アンチモン、ベリリウム、ホウ酸塩、クロム、コバルト、原料炭、蛍石、ガリウム、 ゲルマニウム、インジウム、マグネサイト、マグネシウム、グラファイト、ニオブ、 PGM、リン、重希土類、軽希土類、金属シリコン、タングステン (下線は新たに追加された鉱種) |
(出典:欧州委員会)
図2 2014年に公表されたCritical Raw Metals(赤枠)
欧州委員会によれば、54鉱種のリサイクル原料を含まない一次原料の供給は、90%以上がEU域外からなされており、特にCRMの20鉱種に限定した場合、供給国としての中国の存在感は非常に大きい。この他、ベリリウムについては米国、ニオブについてはブラジルが寡占している状態にある。
欧州委員会では、CRMを政策立案に際しての指標として取り扱い、EU域内での産業政策への活用や、CRMを欧州で生産する企業への優遇措置、またEU内での新たな鉱業活動の促進を行っている。またこの他にも、輸出入、法規制、研究開発の分野でCRMの課題を随時モニターし、CRMの安定供給確保のための政策策定に努めている。
(2) 欧州レアアース能力ネットワーク(European Rare Earth Competency Network (ERECON)」プロジェクトの実施
特にレアアースに関しては、欧州委員会の取り組みとして『欧州レアアース能力ネットワーク(ERECON)』が挙げられる。欧州委員会は、欧州におけるレアアースの安定的な供給確保を目的として、レアアース調達方法の改善、レアアース使用量の削減及び欧州域内での生産強化等の方法を模索するため、ERECONプロジェクトを2013年に立ち上げた。これは『原材料戦略(Raw Material Strategy)』、『原材料に係る欧州イノベーション・パートナーシップ(European Innovation Partnership on raw materials)』と連携した事業であり、ERECONは欧州委員会、EU加盟国及び産業界に対して勧告を行うことが認められている。ERECONは産業界、研究機関及び政策立案者による産学官のレアアースの専門家から構成されており、3つのワーキンググループが立ち上げられ、次の3つのテーマについて調査を実施した。
✓ 欧州でのレアアース生産(レアアース鉱山、分離プラント等)の可能性の模索 ✓ 欧州でのレアアース使用量削減、代替開発、リサイクル ✓ 欧州産業におけるレアアースの現状及び将来の需要予測と欧州域内及び域外からの供給予測 |
2014年10月には最終会合が開催されており、2014年末までに最終報告書がセットされる予定とされているが、現時点では調査結果は公表されていない。
(3) 欧州政府と民間企業とのJV事業の開始
本会議では、欧州委員会から新たな取り組みとして、『欧州鉱物資源JV事業(European Minerals Joint Venture)』が発表された。これは、欧州産業への原材料の安定供給確保を目的に、公的機関と民間企業とが共同で原材料供給に資するプロジェクトに投資し、具体的には、探鉱、鉱山開発、リサイクル事業を共同で実施するもの。欧州委員会によれば、予算は100億€で、バンカブルな鉱山開発プロジェクト及びリサイクルプロジェクトへの投資を手始めに、産業用に適用できるパイロット技術の研究開発も実施する予定としている。
2. ドイツ産業界の取組みとRA社の考えるレアアース戦略
(1) メーカーが設立した原材料確保のためのResource Alliance社
ドイツ経済は言わずと知れた製造業によって牽引されており、日本と同様に原材料の安定的な確保が国内産業の維持・発展には必要不可欠である。ドイツの製造メーカーがこうした原材料の調達に協調して乗り出した1つの事例としてResource Alliance社(RA社)の存在がある。RA社は、製造メーカーが長期引取契約や上流権益への参入といったオプションを開拓することを目的に、図3に示す各メーカーが出資した企業体(GmbH、有限会社)で、製造業の下流セクターと資源開発の上流セクターとを繋ぐ役割を果たしている。
(出典:講演資料)
図3 Resource Alliance社加盟企業
(2) RA社によるレアアース戦略
RA社では、前項の目的のために、各コモディティの需給に関する情報分析を行っており、本会議では、以下のとおり、レアアースに係る見通しとレアアース確保に向けた提言が発表された。
① レアアースの需要見通し
RA社による2016年から2030年までのシナリオ分析では、レアアース元素のうち、ジスプロシウム、ネオジム、プラセオジウムについては、電気自動車、e-bike(電動自転車)、風力発電向けで大幅な需要増加が見込まれ、すでに供給不足が見込まれている。セリウム、ランタンについては従来型自動車及びハイブリッド車の増産に応じて需要増加が見込まれ、短中期的には供給不足となる可能性は小さいが、長期的には供給不足となる可能性も否定できない。供給不足のリスクは重希土類だけではなく軽希土類にもあると言える。
②供給国としての中国の影響力
中国は将来も主要なレアアース生産国として世界のレアアース供給を独占し、中国外の新規鉱山プロジェクトがこの状況を変えることはないだろう。中国では環境規制の影響が問題視されているが、当面の間は低コストでのレアアース生産を継続し、環境規制に係るコストはCAPEX及びOPEXへの影響にとどまるとみている。このため、中国国内価格とFOB価格との価格差は引き続き拡大し、中国は市場への供給量と市場価格をコントロールするため、新たな輸出規制の手段を探るだけであって、WTO敗訴がもたらす影響はほぼないと言えるだろう。中国はレアアース生産設備の統合を進めているにも関わらず、現時点で既存生産設備による生産過剰は250%にも達しており、生産過剰の状態はある程度継続すると想定される。このことから、中国は引き続き低コストでの生産を続け、レアアース価格を下げる立場を崩さないだろう。そのため、中国外のプロジェクトは中国の生産能力と価格に影響を受けざるを得ない。中国は引き続きレアアース市場を独占し続けると考えられる。
③中国の目的は下流産業を支配下に置くこと
中国は国内のレアアース下流産業、特にハイテク技術及び環境技術に係る産業の発展を促進させることを公に宣言しており、中国によるレアアースの低コスト生産や輸出規制は、下流産業を国内に取り込むための戦略的手段であった。実際に、海外メーカーは中国に生産拠点を移すことで、レアアースの安定的な調達と価格面でのインセンティブを受けている。中国は、こうした国内の下流産業向けにレアアース生産を増やす必要はあるものの、もはや中国外に対しては純粋な供給国として振る舞う必要はない。中国の目的は、下流のレアアース産業を中国外から国内に移転させ支配下に置くことであった。
④我々はどうすべきか
ハイテク技術産業において、新技術の開発時にレアアースの使用量削減やレアアース不使用の技術に注力することは、レアアースを当然に使用できる技術と比較すれば、競争力を失うことに直結する。このことからレアアースは使用せざるを得ないが、当然ながら、工業国でレアアース製品を製造し販売しうるコスト競争力のある価格でレアアースを調達する必要がある。このためにも中国への依存は、レアアースのバリューチェーンの全ての段階において減らしていく必要があり、そうしなければ、レアアース製品についてもレアアース鉱石に起こったことと同じことが起こる可能性がある。つまり、レアアース磁石といったレアアース製品が中国国内で全て生産されるといった事態になれば、製品自体の輸出規制等が発生するリスクを否定できないということである。我々がすべきことは、中国国外において、鉱山、分離プラント及び磁石生産と連携した、競争力を有するレアアース磁石のバリューチェーンを確立することである。
⑤レアアースのバリューチェーン確立への課題
レアアースのバリューチェーンを確立するためには、以下の課題が挙げられる。
・ 中国の重希土類の分離技術のノウハウを中国外で確立するには数年を要する。
・ OECDの環境規制に準じるためのコストは非常に高く、中国の生産コストと大きな開きがある。
・ 蛍光灯がLEDに代替されたように、下流産業の市場は将来予測が困難である。
・ 投資家はレアアースへの関心がなく、鉱山開発の資金調達が不足している。
・ 特定のレアアース元素に需要が集中しており、レアアース全体での需要と供給のバランスを保つことが非常に困難である。
⑥上記課題に向けて必要となる対応策
前項への課題に対して考えられる対応策は以下のとおり。
・ 中国外のレアアース生産者と引取先とが長期的な協力関係を確立し、安価なレアアース調達に頼るといった目先の短期的な解決を避ける。
・ 多様な産業セクターの需要を束ね、長期引取契約を交わすことにより、中国外の鉱山プロジェクトの生産を可能にする。
・ レアアース生産者が中国に対して価格競争力のある生産コストを達成する。
・ 最終製品が競争力のある価格であるためには、バリューチェーン全体で広く公平にマージンを負担する必要がある。
・ 中国外のレアアース生産者と消費者がタッグを組み、バリューチェーン全体が事業提携等で協調することが重要である。
⑦そのために必要なステップ
民間企業単独では十分なリソースがないことから、政策面での支援が必要不可欠であり、市場任せにしておいても市場は何も解決方法を提供しない。結論として、レアアースのバリューチェーンを確立するには特定の地域や大陸にかぎらず、特に米国やEU、日本、韓国といった主要消費国と協調したアクションを起こす必要がある。また、既に取り組みを行っている組織、例えば日本のJOGMECや米国のCritical Minerals Institute(CMI)、欧州委員会のERECONとは密接に協力関係を築いていくことが重要である。
おわりに
本会議では特にレアアースへの取り組みが注目を集めたが、参加者からは、レアアースに限らず、他のレアメタルに関しても、価格の動向に政府や業界全体が左右されないことが重要だとして、既存のサプライチェーンを保護することも考えなければならないとの発言があった。レアアースと同様に市場が小さく、かつ供給リスクの高いレアメタルの安定的な供給確保には、RA社の発表のように、国、業界を問わず上流から下流まで幅広いバリューチェーン全体で考え、協調していくことが今後重要になってくると思われる。