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ペルー鉱業を巡る最近の争議の動向―オンブズマンレポート第127号(2014年9月)より―

ペルーの公的仲裁機関であるオンブズマン(Defensoria del Pueblo)(1)は、ペルー国内の社会争議の動向を常時モニタリングし、毎月、調査報告書を公開している。 2014年9月の争議レポートにより報告されたペルー国内の争議状況、特に鉱業関連の争議の実情や特徴を以下にまとめる。 |
1.ペルー国内の争議の状況
オンブズマンレポート第127号(2014年9月号)によると、2014年9月末時点で確認された全国の争議件数は201件で、そのうち158件が顕在状態(2) (78.6 %)、43件が潜在状態(3) (21.4 %)であった。これら争議のうち、新規に発生した争議は1件、顕在状態から潜在化した争議は1件であった。また対話協議中の争議は71件、解決された争議は4件と報告されている。
2014年10月5日には統一地方選挙が実施されたが、これに関連して選挙前にも20件の争議が発生していたことが報告されている。
また、争議とは別に一時的に発生した暴力行為が115件、集団抗議行動(デモ、ストライキ等)が143件確認されている。
最近3年間で月別の争議件数の推移をみると、ウマラ政権が発足した2011年期(2011年10月~2012年9月)は2012年6月に向かって争議件数は緩やかに増加したものの、以後は2014年9月まで概ね減少傾向が続いていたが、減少率は年間平均で対前年4 %~5 %となっている(図1)。

図1 全争議件数の年間推移
また、上述のとおり、対話協議中の争議は全体の約1/3であり、解決された争議数や新規に発生が確認された争議も数少ないことから、大部分の争議は根が深く、問題解決が困難であることが伺われる。
争議要因をタイプ別に見ると、全争議201件のうち131件(65 %)が社会・環境争議となっており、次に郡・区の行政を取り巻く争議が21件(10 %)、境界問題が15件(7 %)、中央政府の行政とコミュニティ間の関係に関する問題がそれぞれ9件(それぞれ4 %)の順となっている(図 2)。

図2 全争議(201件)の要因タイプ別比率
これら争議の件数を要因タイプ別に2013年10月と比較すると、社会・環境争議が145件から131件に、郡・区の行政に絡む争議が22件から21件に、境界問題による争議が15件で変わっておらず、コミュニティ間の関係に関する争議も9件で変わらない。社会・環境争議が約1割減少したものの、他の要因に端を発する争議の件数はほとんど減少しておらず、1年前と同様、都市部あるいは地域住民の実生活に関わる部分での不満は、効果的な改善に至っていないことの反映であるとみられる。
また、争議の発生状況を州別にみると、争議件数の多い順にAncash州(22件)、Apurimac州(22件)が最も多く、Puno州(16件)、Junín州(14件)、Ayacucho州・Cusco州・Piura州(各13件)、Cajamarca州(12件)と続く(図 3)。州別では争議件数の多少の増減はあるが、例年と一般的な傾向は変わっていない。

図3 全争議の州別争議件数(3州以上にまたがる争議4件を除く)
その他、3州以上にまたがる争議は以下のとおり4件が報告されている。
- Ancash/Arequipa/Ayacucho/Huancavelica/Junin/Lambayeque/La Libertad/Loreto/ Piura/Pasco 1件
- Ancash/Ayacucho/Cusco/Junin/Lima/Piura/Puno 1件
- Ancash/Arequipa/Cajamarca/La Libertad/Lambayeque/Lima/Puno 1件
- Ancash/Arequipa/Ayacucho/Cusco/Huanuco /Ica/Lima/Piura/ San Martin/Tacna 1件
一方、顕在争議件数の推移を見ると、この1年間では173件(2013年10月)から158件(2014年9月)へと、減少傾向が認められる(図 4)。u000b

図4 顕在争議件数の年間推移
争議の要因タイプ別では、社会・環境争議が111件で、全体の70%を占める(図 5)。

図5 顕在争議(158件)の要因タイプ別比率
2.鉱業関連争議の動向
鉱業関連争議は、2013年10月には顕在状態の全争議173件中96件(55 %)であったが、2014年9月では158件のうち77件(49 %)となっており(図 6)、20 %減少した。鉱業関連の争議を要因タイプ別に分類すると、社会・環境争議が76件、境界問題が1件で、ほぼ全てが社会・環境を巡る争議であり、例年、この状況が続いている。

図6 顕在争議に占める鉱業関連争議の割合と要因タイプ別内訳(2014年9月)
一方、鉱業関連争議を原因別に分類したものを図 7に示す。原因が重複しているものもあるため、総件数は173件となっている。これら173件の内訳を見ると、環境や地域社会、健康、経済への影響が争議の源となっているケースが84件と最多である。ただしこれは、汚染や鉱害、社会への影響が実在する場合と、環境汚染や健康被害への危惧・懸念を原因とする争議の双方を併せた数字である。

図7 鉱業関連争議の原因
環境への影響としては、特に河川や湖沼、地下水などの水資源の汚染、減少・枯渇、或いはその可能性を原因とするケースが23件ある。ただしその他のケースに関しても、単に「環境への影響」とだけ記載されているものの、実際には水資源への悪影響を含む事例が存在していると考えられる。
なお水資源に関しては、環境汚染・鉱害に分類される水質汚染以外にも、鉱業活動による大量の水利用によって、農業用水や生活用水が減少することへの危惧を原因とする争議が多く存在する。特に近年、水資源の乏しい地域や農牧を伝統的な産業とする地域においては、鉱業に水を取られてしまう、或いは汚染されてしまうという危機感が大規模な争議に発展するケースが目立つ。
次に、政府が状況改善に向けて取り組んでいるものの、昨年まで特に金価格の上昇によって拡大傾向にあった零細・インフォーマル・違法金採掘問題が発端となっている争議も依然15件存在する。零細・インフォーマル鉱業に関しては、政府がインフォーマル鉱業の合法化政策を打ち出し、合法化プロセスの途上にある事業者もいる一方で、依然違法鉱業活動は絶えないが、特にMadre de Dios州を中心に政府は警察や軍を動員した積極的な取締りを行っている。
一方、鉱業事業者による地域への支援や補償に関する合意や約束が存在するにも関わらず、履行されていないことを原因とする争議が23件存在している。
さらに、土地問題(地表権に関する取り決め、鉱区の所有権争い、自治体間の境界線問題)を原因とする争議が14件、インフラ整備等の地元支援や鉱業による悪影響・被害(健康被害や道路破壊等の具体的な損害を被っている)に対する補償要求を原因とする争議が10件確認された。
1年前と同様、Ancash州が全国で鉱業関連争議数が最も多く12件であり、以下Apurimac州11件、Cajamarca州10件と続いている。
3.鉱業関連争議の様相
この1年間の争議を見ると、争議件数は若干減少しているものの、ほぼ前年並みの件数となっており、しかも大部分が内容が1年前と同じである。この1年間は、鉱業プロジェクトを巡る大規模な争議は、新たには発生していない。
JOGMECリマ事務所では、2008年からほぼ毎年カレントトピックスにおいてオンブズマンレポートを取り上げてきたが、2013年はCañariaco銅プロジェクト、2012年はMinas Conga金プロジェクト、2011年はSanta AnaプロジェクトやTia Mariaプロジェクト等が、死傷者を伴う激しい抗議行動の末に一時中止に追い込まれたほか、閣僚交代等の政治問題に発展したケースが度々見受けられた。また2010年には零細鉱業規制への抗議、2009年はRio Blanco銅プロジェクトへの反対運動、2008年には鉱業カノンの配分を巡るMoquegua、Tacna両州での大規模な暴動が発生した。このような過去の流れからみると、この1年間、鉱業を巡る大規模な争議が発生していないことは注目される。しかし、このような争議は解決した訳ではなく、一見鎮静化しているようで様々な火種も見受けられる。
この1年間の主な鉱業関連争議の動向を以下に記す。
(1) Santa Ana銀プロジェクト
2014年2月、Bear Creek社(本社:カナダ)は、激しい反対運動や死者発生を受けて2011年にSanta Anaプロジェクト(Puno県)の鉱業権が最高政令よって取消された件に関し、ペルー政府を相手取った国際訴訟を開始する意図 のある旨を、同政府に対して通告した。
Bear Creek社は、ペルー政府による鉱業権取消決定は、同社に多大な被害をもたらしたほか、カナダ・ペルー間のFTAやペルー国内法に違反するものだと主張。通告後6カ月以内に双方による友好的な合意形成が行われない場合、訴訟手続きを開始する旨明らかにした。
その後5月、Bear Creek社は、憲法裁判所が最高政令を無効とする判決を行ったことで、鉱区を回復した旨明らかにした。しかし、地元住民による社会的合意の取り付けがない間は鉱業活動が再開できないこと、さらに上述の6カ月間の対話期間内に政府との合意に達しなかったことを理由に、8月、仲裁手続きを開始する旨発表を行った。一部アナリストは、ペルー政府に請求される賠償金額は約1,200百万US$との見方を示した。
一方本件に関し、Mayorgaエネルギー鉱山大臣は、Bear Creek社との交渉は継続しており、合意に至ることができるとの見方を示した。なおBear Creek社はやはりPuno州に位置しているCorani銀プロジェクトのEIA承認を2013年に取得している。
Bear Creak社によれば、Santa Anaプロジェクトにおける銀の確定・推定埋蔵量は63.2百万oz(約1,970 t)となっている。
(2) 統一地方選挙において複数の州で反鉱業掲げる候補者が当選
2014年10月5日、ペルーでは統一地方選挙が実施され、Cajamarca州では、汚職の容疑で2014年6月から拘留されているSantos現知事が44.27 %を得票し、続く候補者の得票率17.99 %を大きく引き離して再選した。Santos知事は、Newmont及びBuenaventura社(本社:ペルー)が実施するMinas Conga金プロジェクトへの反対をはじめとする反鉱業運動のリーダー的存在であり、鉱業界にとっては今後の影響が懸念される。ただし、同知事の拘留期間は14カ月と定められていることから、実際には副知事による兼務となること、さらに有罪判決が下された場合、知事職を解任される可能性がある。
また、Arequipa州Islay郡の郡知事には、同郡で実施されるTia Maria銅プロジェクト(Southern Copper社)に反対を表明しているAle氏が当選を果たした。
なお鉱業石油エネルギー協会のMorales会長は、鉱業投資は長期にわたって実施するものであり、問題には冷静に対処していくとの姿勢を示した。さらにSantos知事については、同知事がCajamarca州の発展を望むのなら、対話に応じるべきだとしつつ、一筋縄にはいかないだろうとの見方を示している。
一方、商業・生産・観光・サービス会議所(Perucamaras)は、Apurimac州、Ancash州、Cusco州、Junin州、Puno州、Pasco州では2014年第4四半期以降284億3,700万US$の民間投資が計画されており、そのうち268億9,900万US$が鉱業プロジェクト投資であることを指摘しつつ、決選投票の結果如何では、これらの州においても投資・鉱業反対派の州知事が誕生し、投資に支障が生じる可能性を指摘している。
(3) 違法鉱業問題
最も深刻なレベルの環境汚染をもたらすインフォーマル鉱業や違法鉱業は、特に昨年までの数年間、金価格の高騰に伴い全国で争議を引き起こしていた。政府はインフォーマル鉱業の合法化活動や、違法鉱業の取締りを行ってきたが、その一方で零細・インフォーマル鉱業を目的とした鉱区付与が急増し、2005年から2011年にかけては零細鉱業の鉱業権者数が20%増加し、鉱区面積も約3倍に拡大した。それに伴い、違法鉱業関連の争議件数は2011年に8件、2012年13件、さらに2013年は23件へと増加の一途をたどっていたが、2014年には15件へと減少の方向に転じた。
政府は、特に熱帯雨林地方Madre de Dios州の違法鉱業エリアにおいて重機破壊等の取締りを実施していたが、価格高騰と脱税・密輸で高い利益を上げる違法業者はすぐに重機を買い替えるため、目ぼしい成果は上がっていなかった。しかし、ここ1年半ほどの間に政府は同州における取締りを強化し、軍隊や警官隊を投入した大規模な作戦を展開している。
特にLa Pampaと呼ばれる、同州最大の違法採掘現場(面積約50 ha)では、2014年6月と11月に大規模な取締りが実施された。このうち6月にはキャンプ地をはじめとする諸施設が破壊され、地中に隠された発電機48台、ボート52隻、オートバイ94台等が押収されたほか、La Pampaへの物資の供給源となっている集落での取締りが実施され、200馬力の大型発電機、オートバイ300台等が押収されたほか、6名が逮捕された。一方、Madre de Dios川においても取締りが実施され、金の大型採掘船5隻、モーター38台等が破壊された。また二次キャンプ場においても、金採掘船52隻、モーター48台等が破壊された。
さらに2014年11月には、6月の取締り後に再びLa Pampaで立ちあげられたキャンプ地を、警官隊1,000名が破壊した。政府は、2014年10月に同州のMazuco村に違法鉱業対策基地を立ち上げ、また、違法鉱業従事者からの金の買取り禁止や、違法鉱業で使用される燃料等の物資の供給を規制するなど、今後も取締りを継続していくこととしている。
なお、違法鉱業はペルーに留まらず周辺国においても深刻な環境破壊・人権問題を引き起こしており、2014年6月、ペルー政府はコロンビア政府との間に、違法鉱業の撲滅を目的として合意書を取り交わした。
4. 鉱業関連社会争議に対するエネルギー鉱山省の取り組み
ペルー・エネルギー鉱山省(MEM)は、2011年10月から、鉱業影響下地域の自治体やコミュニティの代表者をリマに招聘し、鉱業に関する正しい知識や理解を深めるための事業(Pasantia:インターンシップ)を実施している。
本事業では約2週間にわたり、リーダーとしての対話能力、争議解決能力向上のほか、近代的な鉱業に関する基礎知識、鉱業・環境関連法規、プロジェクト形成・評価、経済効果等に関する講習を行い、参加者が鉱業全般に関する正しい知見を高めることで、各地元地域における波及効果を得ることを目的とし、環境と調和した合理的な鉱業活動の促進を担うMEM鉱業総局の鉱業促進室によって実施されている。
Pasantia参加者として選ばれるのは、村長、村会議員、村役場職員、コミュニティ、青年組合、女性協会の代表者や書記等、コミュニティの有力者や調整役など、地域における合意形成や交渉能力を持つ人々であり、MEMでは周到な準備の上、参加者が決定されている。

Pasantiaの講習での一コマ(写真提供:エネルギー鉱山省)
Pasantiaへの参加者は、2011年から2014年11月末までに616名となり、その参加者が地元において、同様に1週間程度をかけてReplicaと呼ばれる活動を行い、近代的な鉱業の内容・役割・経済効果などを地元住民等に啓蒙させる。
その効果については、エネルギー鉱山省はTia Maria銅プロジェクト(Arequipa州、Southern Peru Copper社)、Cañariaco銅プロジェクト(Piura州、Candente Copper社)等の鉱業プロジェクト影響下地域の住民や指導者を対象とした講習により、反対運動が沈静化、或いはEIA公聴会において理解が得られるなど、重要な成果が得られているとしている。
5. おわりに
この1年間で、ペルーにおける顕在状態の鉱業関連の社会争議の件数は96件から77件へと約2割減少し、特に大きな反鉱業運動は見られなかった。これは、金属価格がピークを過ぎ、ペルーの鉱産物輸出額がこの2年減少する中、新規鉱業プロジェクトが以前のようなペースで展開されていないこと、また鉱山企業の利益縮小や鉱業カノンの地方自治体への交付額の減少もあり、地域住民の要求が比較的落ち着いていることの反映であるとも言える。
Anglo Americanは2014年4月、Michiquillay銅プロジェクト(Cajamarca州)からの撤退を検討している旨明らかにしていたが、2014年12月には、同プロジェクトからの撤退をエネルギー鉱山省に通知した。また、ペルーの大手貴金属プロデューサーであるBuenaventura社も2014年4月、周辺住民との合意に至らない、或いは採算性の低い4鉱山の売却を発表した。
一方、2014年4月には、Glencore Xstrataから中国MinmetalsグループへのLas Bambas銅プロジェクト(Apurimac州)の売却が発表された。また、2014年8月、エネルギー鉱山省はTia Maria銅プロジェクト(Arequipa州)の環境影響評価を承認し、2015年1月には鉱山建設許可が下り、2018年には生産を開始すると見込まれている。さらにConstancia銅プロジェクト(Cusco州、Hudbay Mineral社)も2015年第2四半期には商業生産を開始する見通しとなっている。
即ち大規模な鉱山反対運動が行われない中、鉱山企業は経費削減や事業見直しによる選択と集中を行いつつ、低ペースながら鉱業プロジェクトを進めているといった印象である。
他方で政府は、景気減速への対応を目的とした経済活性対策法や投資促進政策を打ち出したほか、前述のとおり、近代的な鉱業・健全な鉱業活動についての啓蒙活動等を通じ、地域住民の理解を得、ペルー経済を牽引する鉱業分野での投資促進を狙った地道な取り組みを行っている。
2015年はHumala現政権にとって実質的に最後の年であり、今後、2016年の大統領選挙に向けた政治的意図のある様々な動きが出てくることは必至であり、それに伴う新たな争議の発生も予想される。経済状況・政治状況共に複雑な時期に入っていくペルー鉱業の動向を注視していきたい。
(1) オンブズマン(Defensoria del Pueblo)
1993年に憲法に基づき設立された独立・自立的監査官並びに機関であり、憲法が国民や共同体に対して保障する権利の保護、行政の監査、市民への支援サービスの提供等を行う。オンブズマンの代表は国会の3分の2以上の賛成をもって選出され、任期は5年である。オンブズマンは、係争案件に関して、憲法によって定められた完全に中立的な立場から、民事的・刑事的責任を負うことなく意見や推奨を提案することができる。ただし、裁判官や判事、その他の権威機関の代理となるものではなく、判決や刑罰、罰金等を定める役割は負わない。
(2)、(3) 顕在状態と潜在状態
オンブズマンでは、争議全体を顕在状態、潜在状態に分けて把握している。この内、顕在状態は、争議の当事者あるいは第三者による抗議行動が公の場で発生したケースを示す。一方、潜在状態は、一見隠れた状態又は静止状態にある争議であり、軋轢や対立が存在しているが、表立った抗議行動には至っていない場合や、抗議行動が収まった後、一定の年月が経過しているケースを言う。

