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報告書&レポート

2015年3月26日 シドニー事務所 伊藤浩、矢島太郎
No.15-15

豪州における環境審査及び環境認可プロセス簡素化の動向

 2013年9月、トニー・アボット氏率いる保守連合(自由党・国民党)は、連邦政府及び州・準州等政府の両政府が実施していた従来の環境審査及び環境認可(以下、環境認可等)のプロセスを一元化する施策として「ワン・ストップ・ショップの設置」等を選挙公約に掲げ政権を獲得した。その後、連邦政府は当該施策の実現に向け、州・準州等政府との間で環境認可等のプロセスの簡素化に関するMOU及び協定を締結するための協議を開始した。環境認可等のプロセスの簡素化に関する政府間協議は、2013年10月の連邦政府とQLD州政府とのMOU締結を皮切りに着実に進展している。

 本稿では、当該環境認可等のプロセスの簡素化に係る連邦政府と州・準州等政府との協議・合意状況及びその概要を報告する。なお、本稿は2014年10月に「豪州における炭素価格制度、鉱物資源利用税及び環境認可簡素化施策の動向」と題して報告した内容のうち、環境認可等のプロセス簡素化の動向について、その後の状況を報告するものである。

1. 環境認可等のプロセスの簡素化に関する連邦政府と州・準州等政府の動向

 (1) 連邦政府と州・準州等政府の動向

 連邦政府と州・準州等政府との環境認可等のプロセスの簡素化は以下の3つの段階の協議、合意形成によって進められている。

・ 第1段階:「環境認可プロセスの簡素化に関する覚書(MOU)」の締結

・ 第2段階:「環境影響評価に関する協定」の締結

・ 第3段階:「環境認可に関する協定」の締結

 第1段階の「環境認可プロセスの簡素化に関する覚書(MOU)」は、2013年10月から12月にかけて、全ての州・準州等政府が連邦政府と締結した。

 第2段階の「環境影響評価に関する協定:Assessment Bilateral Agreements」も全ての州・準州等政府が連邦政府と締結した。QLD州政府と連邦政府が2013年12月に締結した協定は2014年12月に修正された。NSW州と連邦政府は2013年12月に締結した協定を修正する協議を行っている。

 協定の締結時期は以下のとおりである

: QLD州   2013年12月 (2014年12月に修正)
: NSW州   2013年12月 (2015年3月時点において修正協議中)
: ACT   2014年6月
: SA州   2014年9月
: WA州   2014年10月
: VIC州   2014年10月
: TAS州   2014年10月
: NT準州   2014年12月

 第3段階の「環境認可に関する協定:Approval Bilateral Agreements」は、未だいずれの州・準州等政府も連邦政府と締結していない。各州・準州等政府の状況は以下のとおり。

: QLD州   2014年6月に協定原案に対するパブリックコメント受理を終了
: NSW州   同上
: ACT   2014年9月に協定原案に対するパブリックコメント受理を終了
: TAS州   同上
: SA州   2015年2月に協定原案に対するパブリックコメント受理を終了
: WA州   同上
: VIC州   協定原案未発表
: NT準州   協定原案未発表

 (2) 連邦政府の動向(1999年EPBC法の改正)

 連邦政府は環境認可等のプロセスの簡素化に関連し、1999年EPBC法(以下「2.」に概要を記載する)の修正法案を国会に提出した。修正法案の国会審議状況は以下のとおりである。

① 「Environment Protection and Biodiversity Conservation Amendment (Cost Recovery)Bill 2014」

 当該法案は環境認可申請時の申請費用等に係る修正法案であり、2014年5月28日に下院で可決され、同年6月24日に上院で可決された。

② 「Environment Protection and Biodiversity Conservation Amendment(Bilateral Agreement Implementation)Bill 2014」

 当該法案は石炭及びCSG(コールシームガス)の環境認可に係る修正法案であり、下院では2014年6月16日に可決された。上院には上程されているが未だ可決されていない(2015年3月時点)。

2. 連邦政府及び州・準州等政府の環境規制法

 (1)連邦政府

 連邦政府の環境規制法は「1999年制定環境・生物多様性保護法:1999年EPBC法」1である。

 1999年EPBC法は環境審査の枠組み及び環境認可手続き等を定めているとともに、「国家的環境重要事項」2に大きな影響を与える可能性が高い開発プロジェクトの提案者(開発事業者)に対し、当該重要事項に係る環境影響評価の実施を課している。

 (2)州・準州等政府

 州・準州等政府の環境規制法を以下に記載する。

・ NSW州   : Protection of the Environment Operation Act 1997
: Environmental Planning and Assessment Act 1979
・ QLD州   : Environment Protection Act 1994
: Nature Conservation Act 1992
・ NT準州   : Environmental Protection Authority Act 2007
: Environmental Assessment Act 1994 等
・ SA州   : Environment Protection Act 1993
: National Parks and Wildlife Act 1972 等
・ VIC州   : Environment Protection Act 1970 等
・ TAS州   : Nature Conservation Act 等
・ WA州   : Environmental protection Act 1986 等
・ ACTは特定の環境規正法を有しない。

3. 従来の環境審査及び環境認可手続きの概要

 環境規制法に基づく環境審査及び環境認可手続きは各州及び準州等によって若干異なるものの概ね同様である。以下に従来の環境審査及び環境認可手続き(環境認可等のプロセスの簡素化以前の手続き)の概要を記載する。

 : 開発プロジェクトの提案者(開発事業者)は州・準州等政府に環境認可申請を行う。

 : 開発プロジェクトが連邦政府が定める「国家的環境重要事項」に影響を及ぼす可能性がある場合、州・準州等政府は当該開発プロジェクトを連邦政府に連絡する。

 ● 国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が高いプロジェクトの場合

 : 連邦政府が当該開発プロジェクトを国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が高いプロジェクトと判断した場合、当該開発プロジェクトは「コントロールド・アクション」が必要なプロジェクトとして指定される。

 : コントロールド・アクションが必要なプロジェクトに対しては、これら環境重要事項に対する環境影響評価の実施が開発事業者に課される。

 : 開発事業者は州・準州等政府に環境影響ステートメント(環境影響評価報告書)を提出する。

 : コントロールド・アクションが必要なプロジェクトは、州・準州等政府による環境審査に加え連邦政府による環境審査を受ける。連邦政府は国家的環境重要事項のみならず一般的な環境影響事項も含め環境審査を実施する。

 : 州・準州等政府がプロジェクトを認可した後に、連邦政府がプロジェクトの認可(条件付認可を含む)あるいは否認可の決定を行う。

 上記のとおり、従来の環境審査、環境認可プロセスでは国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が高いプロジェクトは、州・準州等政府による環境審査に加え、連邦政府による環境審査を受けることとなり、認可申請から取得までに長期間を要することによるコスト増等が問題視されていた。

 ●国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が低いプロジェクトの場合

 : 国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が低いプロジェクト(コントロールド・アクションが不要なプロジェクト)は、州・準州等政府が同政府所管の環境規正法に基づいて独自に環境審査を行う。外部独立機関3がプロジェクトを審査し、審査結果を州・準州等政府に具申する場合もある。

 : 州・準州等政府は環境審査後、開発プロジェクトに対し、認可(条件付認可を含む)あるいは否認可の決定を行う。

4. 環境認可等のプロセス簡素化の概要

 今般の環境認可プロセスの簡素化は、これまで連邦政府が保有していた国家的環境重要事項に係る環境審査権限及び環境認可権限を州・準州等政府に委譲することにより、開発プロジェクトの環境審査、環境認可を州・準州等政府に一元化するものである。

 連邦政府所管の1999年EPBC法は、連邦政府と州・準州等政府との間で協定(Bilateral Agreement)を締結することで、連邦の権限を州・準州等政府に委譲できることを定めている(1999年EPBC法 Chapter 3, Part 5, Section 46-47)。

 連邦政府と全ての州・準州等政府は、本稿冒頭で記載した「第1段階」である「環境認可プロセスの簡素化に関する覚書(MOU)」を締結し、環境審査権限及び環境認可権限を州・準州等政府に委譲するための基本事項に合意している。

 また、連邦政府と州・準州等政府は、「第2段階」の「環境影響評価に関する協定」及び「第3段階の「環境認可に関する協定」の2つの協定に係る協議を実施し、前者の協定は全ての州・準州等政府が連邦政府と締結している。

 (1) 環境認可プロセスの簡素化に関する覚書(MOU)の内容について

 当該MOUは今後検討される環境審査及び環境認可の権限委譲に関する基本的合意事項を定めている。

 QLD州と連邦政府間で締結されたMOUでは、以下の内容等が合意されている。

・ 第2条1項1 : 両政府は、環境審査と環境認可プロセスの統合に際し、1999年EPBC法の基準を維持する
 ことに合意する。
・ 第4条1項1 : 両政府は、QLD州政府が連邦政府の基準を満たす総合的な環境審査を実施し、単一の認
 可プロセスを策定することに合意する。
・ 第6条2項2.d : 連邦政府は、QLD州政府が環境認可において条件を付加して認可することに同意する。
・ 第7条1項1 : 両政府は、グレートバリアリーフ沿岸海域の戦略的環境影響審査を行うことに同意する。

 (2) 環境影響評価に関する協定の内容について

 当該協定は連邦政府が有している環境審査権限(国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が高いプロジェクトに対する環境審査権限)を州・準州等政府に委譲するために必要となる連邦政府の役割及び州・準州政府等の役割等を定めている。当該協定が締結されたことによって国家的環境重要事項に関する環境審査権限は州・準州等政府に委譲された。

 QLD州と連邦政府間で締結された「環境影響評価に関する協定」には以下の内容等が明記されている。

 ・ 第12条 : 連邦政府による国家的環境重要事項に関する環境審査を不要とする。

 ・ 第14条 : QLD州政府が国家的環境重要事項に関する環境審査を実施する。

 (3) 環境認可に関する協定の内容について

 未だいずれの州・準州等政府も連邦政府と「環境認可に関する協定」を締結していない(2015年3月時点)。当該協定は連邦政府が有している環境認可権限(国家的環境重要事項に対し重大な影響を及ぼす可能性が高いプロジェクトに対する環境認可権限)を州・準州等政府に委譲するために必要となる連邦政府の役割及び州・準州政府等の役割等を定めている。

 QLD州と連邦政府間が協議している「環境認可に関する協定(ドラフト)」では、以下の内容等が明記されている。

 ・ 第4条1項 : 連邦政府による1999年EPBC法に基づく環境認可を不要とする。

 ・ 第4条2項 : QLD州政府が1999年EPBC法に基づいて環境認可を実施する。

 (4) 環境審査等に関する今後の連邦政府の権限について

 今般の環境認可等のプロセスの簡素化が実現すれば、連邦政府の権限は大幅に縮小することとなるが、一部の権限は連邦政府に残ることになる。

 連邦政府とQLD州政府が協議している「環境認可に関する協定(ドラフト)」において、連邦政府はQLD州政府が実施する環境審査及び環境認可に対する監査権限等を有すると規定されている(協定(ドラフト)第14条2項)。

 一方、連邦政府の公表資料「REGULATORY COST SAVINGS UNDER THE ONE-STOP SHOP FOR ENVIRONMENTAL APPROVALS, Sep 2014」によれば、連邦政府と州・準州等政府が検討中である内容として、環境審査及び環境認可権限が州・準州政府に委譲された後も、連邦政府は1999年EPBC法のもとで州・準州等政府による環境審査及び環境認可が適切になされるためにサポートできるとする内容、州・準州等政府による環境審査及び環境認可内容が連邦政府の基準を満たしていない場合に連邦政府が州・準州等政府に対し異議申立てを可能とする内容等が明示されている。同資料によれば、一般的にはこれら異議申立て等による行政プロセスによって、連邦政府と州・準州等政府間のほとんどの問題は解決されると期待されるが、特別なケース(同プロセスによっても解決が困難である問題と推測)の場合は、連邦政府の環境大臣が有する権限によって州・準州等政府の環境審査及び環境認可内容に指示を出すことが可能であると記載されている。

おわりに

 連邦政府と州・準州等政府は環境認可等のプロセスの簡素化(ワン・ストップ・ショップの実現)に向けて着実に協議を進めてきており、両政府は本稿の冒頭で説明した「第2段階」まで簡素化プロセスを構築しているが、「第3段階」にまで至っていないのが現状であり、環境認可を含めたワン・ストップ・ショップは未だ実現していない。今後、双方の政府の動きを注視していく必要がある。


~関連レポート~

・ JOGMEC カレント・トピックス:平成26年10月2日
「豪州における炭素価格制度、鉱物資源利用税及び環境認可簡素化施策の動向」

~参考資料~

・ JOGMEC「オーストラリアの投資環境調査 2010年」:平成23年10月

・ MEMORANDUM OF UNDERSTANDING BETWEEN THE COMMONWEALTH OF AUSTRALIA AND QUEENSLAND

・ BILATERAL AGREEMENT BETWEEN THE COMMONWEALTH AND THE STATE OF QUEENSLAND
(AMENDING THE PRINCIPAL AGREEMENTRELATING TO ENVIRONMENTAL ASSESSMENT)

・ DRAFT APPROVAL BILATERAL AGREEMENT BETWEEN THE COMMONWEALTH AND THE STATE OF QUEENSLAND

・ REGULATORY COST SAVINGS UNDER THE ONE-STOP SHOP FOR ENVIRONMENTAL APPROVALS, Sep 2014

・ Environment Protection and Biodiversity Conservation Amendment(Bilateral Agreement Implementation)Bill 2014

・ Environment Protection and Biodiversity Conservation Amendment(Cost Recovery)Bill 2014等


 1 Environment Protection and Biodiversity Conservation Act 1999

 2 国家的環境重要事項(Matters of national environmental significance)
 ・ 世界遺産
 ・ 国家遺産
 ・ ラムサール条約指定湿地
 ・ 指定絶滅危惧種及び群集
 ・ 指定移住種
 ・ 核関連行為の場合の環境
 ・ 海洋環境

 3 NSW州の外部独立機関は計画審査委員会「PAC:Planning Assessment Commission」である。

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