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アイルランドの鉛・亜鉛鉱業の今

2015 年4月22日、ポルトガル・リスボンにおいて国際鉛亜鉛研究会 (ILZSG) ※の春季定期会合が開催された。本会合において、アイルランドの通信・エネルギー・天然資源省 (Department of Communications Energy and Natural Resources,DCENR) の主任地質技師、Dr. Eibhlin Doyleが同国の鉛・亜鉛の鉱業の見通しに関して講演を行ったことから、この講演内容を中心に同国の鉛・亜鉛に係る鉱業全般についてまとめた。なお、ILZSGによる鉛・亜鉛の2015年の需給予測については、こちらをご参照いただきたい。 |
1. アイルランドの鉛・亜鉛鉱業
アイルランドは、鉛・亜鉛鉱業の50年以上もの長い歴史を有しており、Fraser Institute Survey 2015ではPolicyの分野で第1位にランキングする政策面でも安定した鉱業国である。実際に、2014年時点で、亜鉛については欧州最大の鉱石生産国、鉛についてはロシアとスウェーデンに次ぐ欧州で第3位の鉱石生産国で、世界全体では、亜鉛鉱石生産量では第10位、鉛鉱石生産量では第11位に位置している。なお、アイルランドには製錬所はなく、純粋な精鉱輸出国である。
2. 操業中の鉛・亜鉛鉱山
アイルランドでは現在、Navan鉛・亜鉛鉱山及びLisheen鉛・亜鉛鉱山の2つの鉱山が操業を行っている。これら2鉱山の生産量等の概要を表1に示す。
Navan鉱山(Tara鉱山としても知られる)は、アイルランド北東部Meath州に位置しており、アイルランドの他、スウェーデン、ノルウェー及びフィンランドに鉱山及び製錬所を有するBoliden社の現地法人Boliden Tara Mines社が操業を行っている。Navan鉱山の年間生産能力は、亜鉛19万t、鉛3万 tで、欧州では最大の亜鉛鉱山であり、世界でも9番目の規模を誇る。
もう一つは、同国中央部のTipperary州に位置するLisheen鉱山で、インド最大の鉱山会社であるVedanta Resources社が2011年にAnglo Americanから取得して現在操業を行っている。年間生産能力は亜鉛17.5万 t、鉛3万 tで、同鉱山も亜鉛鉱山としては欧州ではNavan鉱山に次ぐ2番目の大規模鉱山である。ただし、2015年Q2以降に資源量枯渇のため閉山する見通しである。
なお、米国に本社を置くLundin Mining社によって、Kilkenny州に位置するGalmoy鉛・亜鉛鉱山が2009年5月まで操業を行っていたが、こちらも現在閉山している。
表1. アイルランドで操業中の鉛・亜鉛鉱山
Navan鉱山 | Lisheen鉱山 | |
操業会社 | Boliden Tara Mines | Vedanta Resources |
生産量 | (2014年) 亜鉛 149,646t 鉛 22,262t 銀 2,433kg |
(2013年) 亜鉛 138,824t 鉛 14,053t |
操業開始 | 1977年 | 1999年 |
埋蔵量 | 1,310万t(7.0%Zn, 1.6%Pb) | 167万t(10.46%Zn, 1.72%Pb) |
資源量 | 1,330万t(6.5%Zn, 2.0%Pb) 2013年12月時点 |
207万t(14.26%Zn, 2.40%Pb) 2014年3月時点 |
その他 | 坑内採掘、深度1,000m | 坑内採掘、深度170m |
(出典:Boliden Tara Mines, DCENR)
3. 鉱業投資環境
(1) 所管省庁とその役割
アイルランド通信・エネルギー・天然資源省(DCENR)は、通信、放送及びエネルギー及び天然資源セクターを所掌し、鉱業に関しては、その中の探鉱部門(Exploration & Mineral Division)が規制、保護及び開発を担当しており、具体的な業務内容は以下のとおり。この部署には、4名の地質技師と6名の事務職員が配置されている。
- 鉱業政策及び法制度の策定
- 探鉱及び鉱業セクターの規制化
- 探鉱及び鉱業の投資促進
- 旧廃止鉱山の保全
(2) 関連法案と新鉱業法
鉱物資源に係る関係法案を以下に明記する。なお、これらの法律をすべて統合し近代化させることを目的として、現在、新鉱業法案を策定中であり、2015年中の施行を目指している。
- Minerals Development Act 1940
- Petroleum and Other Minerals Development Act 1960
- Minerals Development Act 1979
- Minerals Development Act 1995
- Minerals Development Act 1999
- Energy Miscellaneous Provisions Act 2006
- Land Acts (1903, 1923)
(3) 探鉱に必要な許認可とそれに伴う義務
探鉱に際しては、国から探鉱権(Prospecting License)を取得する必要がある。付与される探鉱権は、1区画あたり35平方キロメートル、期間は6年間で、この間の探鉱計画と探鉱費用については、国によってモニタリングされる。また詳細な調査報告書(Company Exploration Reports)についても2年毎に国に提出しなければならない。なお、これら報告書は、探鉱権が無効となってから6年後に対外的に公表される。現在、数千社に及ぶ調査報告書が閲覧可能で、同国面積の30 %以上に及ぶ空中物理探査データや試錐結果等の地質情報を電子媒体で利用することが可能である。
なお、Galmoy鉱山に続き、Lisheen鉱山が閉山となるが、閉山計画の策定、法手続き及び閉山に要するコストについては操業会社がすべて負担する義務があることから、初期段階から閉山計画を考慮しておく必要がある。
4. 現在の探鉱状況
2015年4月時点で、630件の探鉱権が発行され、40社以上の企業が探鉱を実施している。対象鉱種は、2012年6月時点で、銅、鉛、亜鉛、錫、石炭、鉄、リチウム、マンガン、モリブデン、ニオブ、PGM、レアアース、コバルト、タンタル、タングステン、ジルコニウム、アンチモン、ベリリウム、セシウム、方解石、ドロマイト、蛍石、金、銀、ダイヤモンド、ルビジウム、シリカ砂、重晶石等である。
2014年11月時点の探鉱権の取得状況は図1のとおり。黄色、緑及び薄緑のエリアは、探鉱権が取得されていないエリアを示し、ピンクは既に探鉱権が取得されたエリア、赤は鉱山設備があるエリア、オレンジは探鉱権が申請中のエリアを示している。なお、紫の箇所は国立公園等のため探鉱が禁じられている。

(出典:DCENR)
図1. アイルランドの探鉱権付与地域
また、図2に示すとおり、探鉱権の保有件数は、2005年時点では300件を下回っていたものの、2006年以降右肩上がりで上昇を続け、同国の探鉱事業が活発化していることが分かる。

(出典:講演資料)
図2. 探鉱権保有件数の推移(2000~2014年)
5. 探鉱事業の事例
図3に鉱山及び主要な探鉱プロジェクトの位置を示す。現在の主要な鉛・亜鉛探鉱プロジェクトはGlencoreが100%権益を有するプレFS中のPallas Greenプロジェクト、Vedanta社のRaplaプロジェクト、Lundin社のKilbrickenプロジェクトの3件である。このうち、2011年にAnglo AmericanからLisheen鉱山を引き継いだVedanta社について、Lisheen鉱山の閉山を前に探鉱を活発化させている同社の取組について紹介する。
Vedanta社のアイルランドでの長期戦略は、新たに鉛亜鉛鉱山を開発・操業させることである。これに向けて、子会社にあたるVedanta Exploration Ireland社が年間約200万 €の探鉱費を投じて同国で探鉱を行っている。同社は6名のフルタイム従業員、2名のパートタイム従業員、そして必要に応じてコンサルタントを雇用している。同社の保有する探鉱権は全23件で、新たに7件の探鉱権が申請されており、全保有鉱区のポートフォリオの改善も同時に進められている。同社は、主にRapla地域、Lisheen鉱山及びGalmoy鉱山の周辺地域において探鉱を行っており、これまで地化学探査及び物理探査とともに、13kmものダイヤモンドボーリング調査を実施してきた。また2015年後半にも他の鉱区でのボーリング調査が予定されている。

(出典:講演資料)
図3. 鉱山・探鉱プロジェクト位置図
6. 今後の見通し
DCENRのDr. Doyleによれば、2009年から閉山したGalmoy鉱山及び2015年Q2以降閉山を予定しているLisheen鉱山を代替するような鉛・亜鉛鉱山は現状ないとしつつも、現在の企業探鉱状況から、将来的な鉱石供給国としての位置付けはポジティブに捉えており、今後も企業の探鉱・開発事業を奨励していくべく、法整備の改善に努め、また同国での専門家育成にも注力するとしている。また同氏から、同国には製錬所はないが、今後も精鉱輸出国としての方向性は変わらないと発言があった。2015年は新鉱業法の施行も予定されており、大型鉱山の閉山に伴い、同国の鉱業投資への呼び込みも積極化していくとみられる。
(注記)国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)※
国際非鉄研究会(銅、鉛亜鉛、ニッケル)の中では最も古い歴史を持ち、1959 年に国連の招請・勧告によって発足した国際機関で、国際銅研究会及び国際ニッケル研究会のロールモデルとなっている。現在、鉛・亜鉛生産国、消費国及び貿易国からなる29カ国及びEUが加盟しており、生産及び消費に占める加盟国の割合は85 %にも及ぶ。同研究会は、鉛・亜鉛市場の需給予測分析を始め、国際的な貿易取引に係る課題について研究するとともに、それらの課題に関して政府・産業界の利害関係者が定期的に話し合う機会を設ける機能を担っている。通常、定期会合は春季、秋季の年2回開催されている。

