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報告書&レポート

2015年11月5日 ロンドン事務所 竹下聡美
No.15-47

LMEウィークから見るニッケルの見通し―短期的に厳しい状況続くが中長期的には供給不足という見方も―

 2015年10月13日の週にベースメタルの市場関係者、生産者及び需要家等が英国ロンドンに一同に集い、多くのセミナー、レセプションが開催されるLMEウィークが開かれた。今年は、世界需要を牽引してきた中国経済の失速が上期から顕著となったことと、サプライサイドの供給過剰を背景に金属価格は低迷を続けており、各セミナーにおいても各専門家から短期的にはBearish(弱気)な価格の見通しが多く聞かれた。その中からニッケルについて、LMEが主催した『LME Seminar』でのWood Mackenzie社の講演、豪Macquarie投資銀行の『LME Base Metals Summit』、またWood Mackenzie社の『LME Forum』の講演を中心にニッケルの見通しについて紹介する。

1. ニッケルを取り巻く状況

 『LME Seminar』において講演を行ったWood Mackenzie社ニッケル首席アナリストのAndrew Mitchell氏は、現在のニッケル市場は業界として後退しているといっても過言ではないと非常に厳しい見方を示した。同氏によれば、2000年以降、世界では中国経済の急成長への期待感を背景に、ニューカレドニアやフィリピンを始めとして多くの新規ニッケルプロジェクトが立ち上げられ、これらが現在の供給過剰を生み出したとしている。

 またもう一つの背景として、中国において急拡大する国内需要を満たすために、2005年にステンレス鋼原料として初めてニッケル銑鉄(NPI)が中国内で開発され生産が開始されたが、このNPIの生産過剰がニッケル価格を押し下げ、結果、構造的にニッケル業界を苦しめる要因となったとしている。

2. インドネシア鉱石禁輸の影響

 Wood Mackenzie社のAndrew Mitchell氏によれば、ニッケル需給は、ニッケル鉱石最大生産国インドネシアの鉱石禁輸(2014年1月)により、供給不足に転じ、これがニッケル価格の上昇要因となると業界全体が予測していたが、中国が相当量の鉱石在庫を国内に積み上げていたことから中国のNPIは市場が予想した減産はなされず、その結果、2015年も引き続き供給過剰の状態を維持することとなった。

 またMacquarie Capital Securities社のニッケル専門家としてよく知られるJim Lennon氏(現在はRed Door Research社Managing Director)も同様の見通しを示し、鉱石禁輸を前にインドネシアはニッケル鉱石生産を約30万t増産し、それらは中国に在庫として積み上げられたとしている。2014年及び2015年はそれによりNPI生産が継続されたものの、今や中国の鉱石在庫はほぼ無くなっており、フィリピンの生産も最大化している状況にあることから、2016年からは供給不足に転じると予想した。

 インドネシア国内でのNPI生産状況については、Jim Lennon氏は、部分的に中国NPI減産分を補填することが可能であるとしつつも、NPI製錬所建設の進捗状況は中国Tsingshanグループによる生産能力3万tの新規NPI製錬所を除き、依然として遅れていると述べた。また、インドネシアNPI製錬所の生産コストは8,000 US$/tから11,000 US$/tであろうと推定し、ここに資本投資回収を加味すれば、NPI製錬所の多くが15,000 US$/t以上のコストを要するとしている。インドネシアの鉱石禁輸政策動向に関しては、鉱石輸出を可能とする改正法案がインドネシア内閣に最近否認されたことを挙げ、鉱石禁輸政策に当面変更は見られないだろうとコメントした。

3. 生産サイドから、生産コストと今後の減産見通し

 生産コストについては、両氏ともに現在の価格帯(10,000 US$/t)ではC1レベルで見ても、生産者の55 %(WoodMackenzie社)から60 %(Macquarie社)が赤字操業を行っていると同様の見方を示したが、現時点でも多くの生産者は減産には動いていない。Jim Lennon氏は、鉱石価格及びエネルギー価格が下落している状況下でも中国のNPI生産者は収益を出すことができないとして、まず小規模NPI生産者から減産又は操業停止に移行し、その後大規模な減産が始まるだろうと予想した。一方、Andrew Mitchell氏は、十分な資金力及びポートフォリオを有していない小規模生産者から減産が始まる可能性があるとしつつも、大規模な減産は実際にはなされないという見方を示した。背景には、今後の供給不足シナリオから短期・中期的な価格上昇への期待感があること、また減産及び操業停止に伴う維持管理等の設備コストが非常に掛かることから、生産者は耐えうる限り生産を継続するのではと述べている。

 また供給過剰感に加えて、膨大なニッケル在庫量が価格上昇を妨げる要因の一つとして問題視されている。『LME Forum』で講演したWood Mackenzie社ニッケル市場主席アナリストのSean Mulshaw氏は、LME在庫及びSHFE在庫、そして中国、シンガポール、マレーシア等の保税倉庫のニッケル在庫は年々積み増しが進み、現在では推定60万tを上回り、これに反比例してニッケル価格は下落を続けていると紹介した。なお、中国の在庫について、Jim Lennon氏は、一次ニッケル及びニッケル鉱石の在庫調整は確実に進み、現在はほぼ消化した状態にあることから、中国NPI生産は減産基調とならざるを得ず、今後フェロニッケル等の輸入が増加するだろうと予想した。

4. 需要サイドから、ステンレス鋼生産の見通し

 Sean Mulshaw氏によれば、中国のステンレス鋼価格は2011年をピークに下落を続け、それに伴い、ステンレス鋼生産についても2011年の80万tをピークに減産を続けている。また、2014年1月以降、価格下落と収益圧縮により、中国では9つのステンレス鋼プラントが生産を停止しており、10万tレベルまで急激に減産したとしている。これには欧州による中国に対する冷間圧延ステンレス鋼板へのアンチダンピング課税も非常に大きく影響しており、Wood Mackenzie社の調べによれば、中国の欧州向け輸出量は2015年1月以降減少して7月にはほぼ消失している。さらに、米国向け輸出量も大幅に減少していることから、中国のステンレス鋼メーカーは非常に強いプレッシャーのもとに晒されている。これにより、中国ステンレス鋼生産成長への期待感は小さく、ニッケル需要の伸びはこの先も弱気な見通しがなされている。

5. ニッケル価格及び需給見通し

 Jim Lennon氏は、最近の価格下落は在庫を含めた供給過剰感と中国の失速を市場が不安視したことが影響しているとして、引き続き世界的に高い在庫量が価格上昇を妨げるとしている。また、価格が10,000 US$/tを推移すれば、2016年以降減産が進み、これが中期的に価格上昇をサポートすると予測した。下図のとおり、需給バランスで見れば、インドネシア鉱石禁輸の影響により2016年から構造的に供給不足に転じ、これが価格にはポジティブに働くとした。

 Andrew Mitchell氏は、2008年及び2009年の世界金融危機の際には、向こう10年間の低成長が危惧され、ニッケル業界は直ぐに反応したが、今回については、価格は間もなく上昇するという希望的観測が現在の苦しい状況を引き延ばしていると述べた。需給バランスについては、下図のとおり、2015年は小幅に供給過剰となるも、2016年は供給不足に転じ、その後不足幅は拡大する見通しを示した。それに伴い価格も上昇すると予想している。

 また、2030年に需給がバランスするためには62万tの新規供給が必要であるが、現在の価格では、一般的に60億US$の開発費を要するHPALプラントや30億US$を要するフェロニッケル製錬所の、新規開発プロジェクトは現時点では存在せず、この先10年間は新たに供給されるニッケルはないとしている。このため、これを避けるためにも現時点からプロジェクトにコミットして行く必要があると述べた。

図1.Macquarie社及びWoodMackenzie社の需給バランス及び価格予測

6. 最後に、Macquarie LME Base Metals Summitにおける参加者アンケート

 豪Macquarie投資銀行が主催した『LME Base Metals Summit』では、セミナーの最後に参加者に対して多くの質問が投げかけられ、参加者は手元の機器で回答を選択する形でそれに答えた。業界関係者が多く参加しているだけに、その回答結果も市場をよく反映していると言えることから、その回答結果を以下に紹介する。

(回答比率の高い順に表示)

Q1.2016年の中国経済成長をどう予測する?

Q1. 2016年の中国経済成長をどう予測する?

① 前年比6-7 %(58.2 %)

② 大幅に減速(35.0 %)

③ 堅調に成長(5.0 %)

④ 前年比7 %前後(1.8 %)

Q2.中国の実質GDP成長率、本当のところはどうか?

Q2. 中国の実質GDP成長率、本当のところはどうか?

① 公表より低い4-7 %(58.4 %)

② 若干プラスなだけで0-4 %程度(33.2 %)

③ プラス成長とは思えない(5.8 %)

④ 公表のとおり7 %(2.7 %)

Q3.今後1年間のニッケル価格予想は?

Q3. 今後1年間のニッケル価格予想は?

① 10 %下落~9,650 US$/t (26.1 %)

② 10 %上昇~11,800 US$/t (25.6 %)

③ 20 %以上上昇>12,850 US$/t (21.7 %)

④ 変化なし~10,750 US$/t (18.4 %)

⑤ 20 %以上下落<8,600 US$/t (8.2 %)

<参考>セミナー開催時の価格10,635 US$/t

 2014年セミナー時の価格予想19,859 US$/t

Q4.15,000 US$/tを上回るために必要なことは?

Q4. 15,000 US$/tを上回るために必要なことは?

① 中国鉱石在庫の大幅減(32.0 %)

② ステンレス鋼の増産(29.6 %)

③ 中国外のニッケル減産(27.2 %)

④ 中国のニッケル輸入量増(11.2 %)

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