報告書&レポート
鉛・亜鉛市場における取引所の役割―2015年国際鉛亜鉛研究会秋季定期会合でのMacquarie社報告より―
2015年10月8日、ポルトガル・リスボンにおいて国際鉛亜鉛研究会(ILZSG)の秋季定期会合が開催され、本会合の中でMacquarie社Senior AnalystであるVivienne Lloyd氏がベースメタル市場における取引所の役割について報告を行った。本年10月21日にはロンドン金属取引所(LME)と香港証券取引所が、ロンドン・香港間の決済システム「ロンドン・香港コネクト」の開発に向けた了解覚書(拘束力なし)を締結、11月下旬には米シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)グループが鉛の取引を開始するなど、各金属取引所は市場拡大を狙って動きを活発化させている。ここでは、鉛・亜鉛を題材として世界の金属取引所の役割と最近の動向についてまとめたLloyd氏の講演内容を紹介することとしたい。 |
1. 取引所の役割と鉛・亜鉛取引における特徴
1-1. 世界の金属取引所と鉛・亜鉛取引の歴史に見るその機能
世界のベースメタル先物取引所は現在、LME、CME、上海先物取引所(SHFE)の3か所がある。取引所の機能としては、生産者・消費者及び商社等の価格リスクのヘッジや、投機資金に対するリスクの受け皿、現物市場がタイト化した際の“Last resort”としての現物供給源となる、といった点が挙げられる。現在、世界の非鉄金属の先物取引ではLMEが8割超のシェアを占める。
(出典:Macquarie社Lloyd氏講演資料より作成)
図1:世界の金属取引所
鉛の取引は、LMEにおいては1920年から、SHFEにおいては2011年からそれぞれ開始され、CMEでは本年11月下旬に開始される。SHFEでは、上場当時は小規模投資家の介入を防ぐ目的で25t/ロットのレベルで取引が行われていたが、現在は5t/ロットと定められている。
亜鉛の取引は、LMEにおいては1915年に開始された。1964年にはLMEでの価格高騰により消費者が代替素材を用いることへの懸念から、亜鉛生産者は生産者価格(producer pricing)を設定し始めた。これは、短期的な相場変動の影響を受けない亜鉛価格を管理し、また価格を管理するために製錬所からの供給を調整することによって、市場の安定化を試みるものであった。しかし、この価格システムは、主に亜鉛精鉱の価格決定や製錬所のTC(買鉱条件、熔錬費)の決定に関連していたという点で不満が多くあり、最終的には1988年に終了した。1964年以降、LME亜鉛価格の影響力は落ちていたが、日々変化する価格を中立的に反映する唯一の機関としての重要な位置づけは変わらず、生産者価格制度の消滅とともにLMEの亜鉛相場が再び世界の価格指標として用いられることとなったⅰ。
1-2. 亜鉛先物取引における各取引所の特徴と現物取引
現在LMEにおける取引対象の金属は、「Special High Grade Zinc」(純度99.995 %以上)のみ。SHFEも2007年に亜鉛を上場し、純度も同じく99.995 %となっている。取引可能な最小ロットはLMEでは25 tであるのに対して、SHFEでは5 tと定められている。他のコモディティに関しても、アルミニウム、銅、鉛は5 t、ニッケル及び錫は1 tとそれぞれLMEの5分の1の量に設定され、一般投資家も取引に参入しやすくなっている。こうした取り組みの効果もあり、図2に示す通り、ここ1年でSHFEの3か月先物の取引量は増加しており、亜鉛に関してはLMEでの取引量を凌ぐ月もあった。
(出典:Macquarie社Lloyd氏講演資料より作成) ※ここでは Mt:100万t
図2:亜鉛の月別取引量推移(2013年1月~2015年8月)
2. 金属取引の観点からみた鉛・亜鉛の価格動向要因
亜鉛価格は現在LMEの中で最も下落している。これほど軟調に推移している原因は、需要の約45 %を占める中国経済成長の鈍化にあるが、投機家の動きが価格の不安定性を高め、実体経済以上の様相を呈することもある。例えば今年8月に中国株価が暴落したことに起因して、SHFEでも相場が急落し、それに伴い取引制限が発動された。そこで行き場を失った投機家がLMEに流入した結果、亜鉛は3.4 %、鉛は4 %の価格下落が引き起こされた。
また、2014年にそれほど需要の強くなかった鉛が2015年3月に高騰した理由は実需の動向以外にもある。2015年3月に大量のキャンセルワラントが発生したことでLME在庫の約半分が出荷待ち状態になり、期近の先物を買うことが困難になったⅱ。市場に現物が出回らないことで、価格は急速にバックワーデーション(逆ざや)の状態になり、LMEの鉛現物価格は数週間で26 %も急騰した。最終的に在庫は韓国に4万9千tが一日で持ち込まれた。
3. 金属取引所の今後
3-1. 各金属取引所における最近の取り組み
LMEは、かねてから中国において指定倉庫を登録する意思を示してきた。もし成功すれば、市場におけるSHFEへのニーズを奪う可能性があり、競合関係はより激しくなる可能性がある。また、CMEが行ったようなアルミニウムの欧州プレミアムも取引開始予定である。さらに、10月21日には香港取引所との間で香港・ロンドン間の決済システム「ロンドン・香港コネクト」の開発に向けた了解覚書を締結し、市場の投資家層の拡大とアジア市場への新規参入を目指すと発表した。
CMEの非鉄金属取引量は依然として少ないものの、上述のように近年上場商品を強化しており、また銅取引量はLMEの半分以上になる月もある。また2014年には、アルミニウムのプレミアムを加えた取引を開始している。SHFEは今年3月にはニッケルの取引を開始し、極めて好調である。また、10月末にはJiang Xiaoquanの倉庫拡張を終えたばかりであり、SHFEのニッケル倉庫のキャパシティは7万tになったと発表している。
3-2. 金属取引所に求められる役割と機能
金属取引所は、談合等を誘発しやすい生産者価格方式と比較して、より公正な価格を提供する。また、投機家は安値で買い、高値で売ることを目的とするため価格の過剰変動を防止する機能を持ち、市場が適切に機能するための流動性を提供している。一方で、価格のボラティリティは投機的取引のレベルを増大させており、相場の地合いは実際以上の高低差を生み出している中、金属取引所の役割が今一度問われている状況にある。また、倉庫業システムは非効率性と脆弱性を呈しており、例えばLMEは倉庫在庫の引き出しを加速させるため、2013年以来倉庫改革プログラムを継続的に行っている。
まとめ
以上、ILZSGでのVivienne Lloyd氏の講演を紹介した。非鉄金属の先物取引で圧倒的なシェアを有するLMEが大規模な中国市場を念頭においた施策を着実に進める中、SHFE及びCMEはさらなる市場シェアの拡大を目指している。なお、既存のCMEでさえ、システム等が整備されているにもかかわらず取引量は小さいことをふまえると、新規の金属取引所が参入することは考えにくい。今後この3つの取引所がどのような施策を打ち出していくのか、またそれが価格の形成・市場の動向にどのような影響をもたらすかが注目される。
(注記)
- Jolly,J.H.,1993, Zinc, in Metal prices in the United States through 1991:U.S.Bureau of Mines, p.191-195
- 通常LME倉庫においてキャンセル比率が高まることは、期近の需要が高まったとみなされることが多いが、この大量キャンセルはショートスクイーズ(主に投機筋による意図的な行為)によるものだったと考えられている。JOGMEC調査部金属資源調査課(2015), ベースメタル国際価格動向―鉛―, JOGMEC金属資源レポート, Vol.45 No.1, p.67
※本稿はMacquarie社Vivienne Lloyd氏の了解を得て記載しています。