報告書&レポート
ERNST & YOUNGによる鉱業ビジネスリスクの分析2015-2016
本稿では、監査法人Ernst & Young(以下E & Y、本社:ロンドン)が2008年から発表している鉱業におけるビジネスリスクを分析した報告書「Business risks facing mining and metals」の2015年版の概要を報告し、中国経済の失速が鮮明となりコモディティ価格が低迷を続ける2015年において、鉱業界のリスク意識がどのように変化したかを分析し、上位10項目のリスク対策について紹介する。また、2014年版については、カレント・トピックス15-1号にて詳報していることから、参照されたい。なお、同報告書(英文)は、以下のリンクにて参照可能である。 |
1. 2015年の鉱業ビジネスリスクランキングトップ10
2015年の鉱業におけるビジネスリスクランキング上位10項目は、以下表のとおりである。
表左は2015年の上位10項目、同右はコモディティーブームのピークであった2008年以降、業界で認識されているリスク累計の上位10項目である。
1.1 総論
1.1.1 1位から3位:短期的コスト削減・株主対策優先策が将来の成長可能性を限定
鉱業界は現在スーパーサイクルの下降期にあって、長期化する商品価格の下落・乱降下により収益低下対策や収支バランスの均衡化に追われ、さらには投資家の意識変化にさらされながらその対応を迫られる「超修正期」の只中にある。このため、鉱種によっては将来の供給不安が高まっているものがあるにもかかわらず、金属・鉱山会社は往々にして眼前のマージンやキャッシュフロー対策、投資利益率の向上に注力しており、将来の利益確保に欠かせない設備投資に勢いがない。またこれに伴う鉱山の閉鎖も相次いでいる。
一方で、鉱山会社の資産価値が低下して比較的安価になり、買収の機は熟しつつある。この現状に目を付けたプライベートキャピタルの投資家や商品トレーダーは、短期的利益を求めるリスク回避志向の株主からの反発を受ける必要がないという利点と長期的な金融戦略を武器に、虎視眈々と買収の機会をうかがっている。「成長への転換」はまさに迫りくる危機を象徴し、2015年のビジネスリスク第1位となった。
なお、鉱山会社が数年前に着手した生産性効率化対策は現在も進行中であることから、「生産性の向上」が第2位となった。2014年の1位からひとつ順位を下げたとはいえ、生産の効率化は引き続き鉱業界経営者の間では操業上最も注力すべき点であり、その分リスク意識も高い。鉱山会社にとっては、コモディティーブームの頂点で身につけた「コスト度外視の生産体質」からの脱却を目指し、持続可能で耐久性のある生産体制を構築することが、今後の生き残りと繁栄に欠かせない要素となっている。
同時に第3位の「資本へのアクセス」も、鉱山ジュニアや中堅企業にとっては継続的な生き残りの課題となっている。厳しいようだが、高コストの小規模生産者には短期的に好転の兆しはない。一方で資本にアクセスできるものにとっても、ファイナンスモデルの複雑化に応じて資本アクセスに関するリスクが高まる傾向にある。
1.1.2 4位と5位:鉱業政策や地域関係のリスクが進化
第4位の「資源ナショナリズム」と第5位の「社会的操業認可」が複雑さを増すリスクとして挙げられた。金属・鉱山投資を歓迎する政策を導入する国々も数多いとはいえ、高付加価値化政策への転換や課税制度の透明化をめぐる課題は世界中で存在するため、「資源ナショナリズム」は鉱業にとって常に変化しながら直面する課題であることに変わりはない。同様に、社会的操業権を獲得することが鉱業活動の必須条件であると受け止められるようになった一方で、その内容は常に複雑化・多様化している。相対する地域の要望を汲み入れるのは困難で、プロジェクトの遅延や棚上げが恒常化する中で、政府側が企業ではなく地域を支援するケースも増えている。このことから、鉱山操業に対する社会の理解を得るまでに伴うリスクも常に進化し、経営者の頭を悩ませ続けている。
1.1.3 6位と7位:価格ボラティリティと高コストプロジェクトへの危機意識
第6位の「価格と通貨のボラティリティ」は昨年から不動である。金属・鉱山事業にとって混乱の根源となる通貨とコモディティ価格の乱降下は現在も続いているため、過去1年間でこの危機意識が衰えた気配がないのは当然といえる。為替が対米ドルで下落した加ドル、豪ドル、南ア・ランド、チリ・ペソ、ペルー・ソルなどはドル建てで決算を行う企業にとっては人件費などのコスト減となったが、その影響がどこまで長続きするかは不透明である。
一方、上流投資は激減したとはいえ、スーパーサイクルの期間に認可を得て着手した事業は現在も進行中であり、第7位の「投資計画の実行」に関する危機意識も高い。投資回収効率の向上が経営者の主な課題である中、プロジェクトの予算超過と遅延が頭をもたげる。E&Yが2014年10月に実施した調査によると、世界で実施中の全鉱山プロジェクトの平均で62 %が予算を上回り、50 %が遅延している。特に数十億米ドル規模の大型プロジェクトへの影響が顕著である(後述2.7参照)。鉱種別に最も予算オーバーが著しいのは鉄鉱石で、調査対象プロジェクトのうち73 %が平均130 %の予算超過となっている。
1.1.4 8位から10位:ますます深刻化する脅威がランキングに影響
原油安の恩恵を受けた金属・鉱山会社も多い中、操業に欠かせない電力の確保は長期的課題である。このため昨年の10位から2ランクアップし、「電力の確保」が8位に浮上している。鉱山プロジェクトは電力インフラの行き届かない僻地へ拡張を続ける傾向があるうえ、二酸化炭素の排出量削減やエネルギー・フットプリントの低減が開発途上国でも命題となっていることから、プロジェクトのコンセプト設定時点から持続可能かつ費用対効果の高い安定した電力供給を視野に入れることがますます重要視されるようになった。
今年になって初の10位内ランクインを果たしたのが、第9位の「サイバーセキュリティ」と第10位の「イノベーション」である。
鉱業界を狙ったサイバー攻撃は、巧妙さを増しながら蔓延している。E&Y社が2014年に公表した「グローバル情報セキュリティ調査」によると、65 %の金属・鉱山会社が過去12か月間で例年以上にサイバー脅威にさらされたと報告している。但し未報告のサイバー攻撃もあるものと考えられるため、結果は氷山の一角である可能性が高い。IT部門と操業技術(Operation Technology、OT)部門が統合される傾向にある鉱業界では、今後ますますサイバー攻撃に対する組織の脆弱性が増す可能性を示唆している。ITとOTの制御でセキュリティを一層強化していくことが、結果として統合的な技術環境の強化につながるだろう。万が一サイバー攻撃の標的となってしまった場合には、生産や従業員の操業上の安全管理に多大な影響が見込まれるばかりか、ステークホルダー情報の流出などで風評被害にさらされ、企業イメージを損なうと同時に多額の損害を被ることになる。
一方、低下した生産効率の改善に注力するあまり、業界のイノベーション不足が顕在化したことで「イノベーション」の10位入りにつながった。長期にわたってマージンを持続的に確保していくためには、イノベーションが欠かせない。これが将来の収益を最大化するためのカギとなるためである。
2. 順位別傾向と対策
前章では2015年の総論をまとめたが、以下全10位の傾向と対策を紹介する。
2.1 第1位:成長への転換(前年第2位)
低成長下の現状では、業界全体がM&Aや資本利益率向上に注力する風潮に陥りがちだが、今こそ成長への転換が求められる時である。企業に与えられた成長への選択肢は、新規開発か買収かの二者択一で実に明確である。そのため市況の変化に応じて新規開発を検討すると同時に、買収に関しては競合相手がどのように動くか、常に細心の注意を払っておかなければならない。
企業の競争率を強化するためには、プロジェクトの経済性を見極めて独自の価値提案を行い、市場占有率を確固たるものにすることが第一であるが、同時に企業上層部で競争に優位となるものを意識的に獲得する戦略を検討することも重要である。例えば取扱う商品や製品の変更、あるいは進出地域の変更、戦略的パートナーとのJV参入、バリューチェーンを変革しうる技術や事業・能力の獲得などが挙げられる。
2.2 第2位:生産性の向上(前年第1位)
事業運営の効率化は、企業の生き残りと将来の成長に大きく関わる。業界内ではすでに着手している企業もあるが、まだまだ向上の余地は大きい。対策を早めに講じた企業の間では、生産性の向上が企業に競争力をもたらすことは証明済みだが、なかでも事業全体を俯瞰し運営全体で効率化に取り組んだ企業においては、改善の成果がとりわけ顕著である。そのような企業においては、個々の従業員に至るまでコスト制約下で働くという意識改革を徹底し、企業文化の変革に取り組んでいる。さらに優良事例として挙げられる企業においては、イノベーションを積極的に取り入れ、生産性の高い状況をデータとして把握し、その状況に近づくよう常にパフォーマンスを監視・計測する体制を作っている。この場合、パフォーマンスを長期的な視野で評価するのが大事である。
金属・鉱山会社は、現状ですら過去10年間で失われた高効率の生産性を取り戻すのに苦心している。このためたとえ金属価格が持ち直して業界全体が増産体制へ移行したとしても、効率化への取り組みを緩めてはならない。真のイノベーション無くして真の効率性の利点は見えない。次の上昇サイクルで優位に立つのは、今真剣に改革に取り組む企業である。
2.3 第3位:資本アクセス(前年第2位)
価格サイクルの下降期にあって、金属・鉱山会社の資金繰りは一層厳しさを増している。生産者がバランスシート調整に注力し、資産売却や投資削減に注力する一方、中堅やジュニア企業は、リスク敬遠志向の株式市場や貸し手優位の資金調達環境に苦戦している。このため従来の融資とは異なる第三の資金調達先が台頭してきたが、その複雑さが災いしてこれに伴う費用増化やリスクの増大に悩まされるケースもある。
選択肢が少ない企業は、目先に提示されたオプションに手を出す結果、コストの増大、や運営権の喪失、将来の減収、果ては所有権の喪失につながる場合がある。このような状況を避けるために、プロジェクト段階から常に長期的な視野に立ち、戦略に見合った資金調達を心掛けたい。市況の判断力を培い、リスク対策を十分に検討して知識の蓄積を行ったうえで、細心の注意を払って効率的な準備を進めることが大事である。
2.4 第4位:資源ナショナリズム(前年第4位)
資源ナショナリズムの動きは、高付加価値化政策への転換や増税といった目立たない形で継続している。この動きの根底には、金属・鉱山会社が操業国に「公平な分け前」をもたらしていないという認識がある。この感情論と汚職撲滅に向けた取り組みが契機となって、新たに透明性を高める法律が成立し、企業に対して税務報告やその他の政府への支払いを求めている。金属・鉱山会社は、その報告義務に応じる準備を確実に進める必要に迫られることになるだろう。一方で報告制度そのものにも変革が求められる。必要なデータが全て収集され、企業側もそのデータが語る筋書きに納得できるような仕組みにしていかなければならない。組織もこの変革をうまく利用し、自社の取り組みが地域にもたらす貢献度をアピールする機会として利用していくべきである。そうすることで地域の理解を深め、将来的な資源ナショナリズムの動きを緩やかに抑制する効果が表れるだろう。
2.5 第5位:社会的操業認可(前年第3位)
「社会的操業認可(Social License to Operate: SLTO)」は、マルチ・ステークホルダーがかかわることから複雑かつ多くの利害の調整を要するため、維持するのが困難な多面的リスクといえる。世界経済状況が厳しさを増す中、近年ではこのリスクがさらに増大している。鉱山会社が事業撤退を検討する際には、地域経済にもたらす影響だけでなく撤退による風評被害にもバランスよく対応しなければならない。
また違法鉱山活動も企業の社会的操業認可を脅かす存在である。厳しい労働環境下で危険な操業を続け、環境にも有害な活動となる違法操業は、従業員の健康や安全をも危険にさらすため、結果として鉱山閉鎖につながる可能性がある。
また地域がより広範な政治的・経済的意思決定にかかわる機会が増えたことで、鉱山現場における抗議行動や混乱を引き起こし、プロジェクトの遅延や最悪の場合は中止に至る場合もある。さまざまな意図をもって抗議活動にかかわるものの中には組織だった活動を展開するものも増え、訴訟に持ち込みたがる傾向が目立ってきた。彼らはソーシャルメディアにも精通しており、このツールを効果的に活動に取り込んで、反鉱山感情を扇動している。その一方で、政府の中には地域に金属・鉱山活動の可否について最終判断を委ねるところもある。
社会的操業認可の有無は、数十億米ドルに上るプロジェクト投資を危機にさらすことを意味するため、全ステークホルダーと継続的に関与し、コラボレーションを図り、効果的なコミュニケーションをとることが不可欠となる。これがうまく機能すれば、双方にとって利益のある解決策がより効果的に導き出される可能性が高まる。
2.6 第6位:価格と通貨のボラティリティ(前年第6位)
金属・鉱山会社にとってスーパーサイクルの遺産ともいえる「超修正期」にある現在、かなりのスケールかつ期間にわたって価格メカニズムを介した市場の究極の自己修正が進行している。市場修正の規模が大きければ大きいほど、価格の変動も大きくなるが、その割合や期間は商品によって異なる。
通貨の乱降下は米国の量的緩和が最終段階に至ったことで引き起こされ、ドル高の影響から生産国における商品価格の乱降下につながった。カナダドルや豪ドル、南アのランド、チリのペソ、ブラジルのレアル、ペルーのソルが全て対米ドルで値を下げ、対現地通貨で価格安定化装置として機能した。今回の米国における量的緩和は、2015年の初頭に6週間という短期間で実施されたこともあり、生産者により大きな変動をもたらしたといえる。
2014年から2015年の間に価格と通貨の相関関係が回復したため、ヘッジングプログラムにおいては双方の乱降下を考慮するのが必須となっている。さらに価格の乱降下がみられる時期においては、鉱山操業の柔軟性が価値を発揮するときである。現在では生産者とトレーダーとの垣根が低くなり、生産者がトレーダーに、あるいはトレーダーが生産者になるモデルの集約が進んだ結果、金属・鉱山会社の柔軟なポートフォリオ管理が見受けられるようになっている。
2.7 第7位:投資計画の実行(前年第5位)
商品価格の下落と供給過剰傾向から設備プロジェクトへの投資が限定されているなか、世界の金属・鉱山業界の経営者は設備投資と生産性を重要課題と位置づけている。投資回収意識の高まりを受けてコストパフォーマンスの高さが投資決定のカギを握っていることから、優良プロジェクトすら中止や棚上げの対象となるばかりか、採用されても計画の見直しを求められるような厳しい現状となっている。
金属・鉱山会社の多くがエンジニアリングデザインのプロセス成熟度を高めているにもかかわらず、著しい予算超過や遅延に見舞われるプロジェクトが多い。E&Y社が最近実施した世界の投資プロジェクト調査結果は前述のとおりだが、なかでも巨大プロジェクトへの影響が顕著である。熟練工など優秀な人材を投入してプロジェクトを実施しているにもかかわらず、巨大プロジェクトは平均で69 %が予算超過し、62 %が遅延しており、これが世界中の金属・鉱山企業の投資効率と事業収益に直接影響している。この状況を打破して戦略的に成果をだし、役員や投資家が求める利益還元を達成するためには、資本生産性の考え方に新たな視点が求められる。プロジェクトのデリバリーを飛躍的に向上するためには、以下の3分野に着目するとよいだろう。
・起りうるリスクの内容を見極めるために主要な指標を設け、まだ対応可能であるうちに情報共有できるようにするため、管理・報告の枠組みを導入する
・プロジェクトのライフサイクルで起こり得るリスクを横断的に把握し、適切な臨時費用と時間的猶予を設ける
・緊急時対応策の策定とシナリオ設定を同時並行で行い、有事の際の対処方法についてしっかり計画を立てる
2.8 第8位:電力アクセス(前年第10位)
コモディティ価格が低下するなか電力料金は高騰を続け、企業のマージンを圧迫していることから、電力アクセスへの危機感がトップ10にとどまる要因となった。金属・鉱山会社には原油安が救済効果をもたらしたが、原油安の根源は供給過剰の影響であるため、生産調整が進めば価格の不均衡は是正される。そうなると、エネルギーインフラが未整備の僻地へとプロジェクトを展開している金属・鉱山会社への影響は、ますます深刻化する。近年では開発途上国においても二酸化炭素排出抑制とエネルギー・フットプリントの軽減が急務であることから、そちらへの気配りも欠かせない。一方でプロジェクト実施地域におけるおびただしい人口増加も、鉱山会社と地域社会との間で電力確保の競争を激化させる要因となっている。
費用対効果が高く持続可能なエネルギーの安定供給源を確保するには、プロジェクトのコンセプト時や計画段階で統合的アプローチを採用することが望ましい。企業に与えられた選択肢は幅広く、中にはそう高価でないものも数多くある。例えば電力料金が安いうちにヘッジをかけるのも一手である一方、自家発電も可能である。あるいはエネルギー効率の悪い操業を分割し、シナジー効果の見込まれる電力会社を買収するという方法もある。また、鉱山操業において省エネを徹底するのも一考だ。また再生可能エネルギーの利用率を増加することも重要である。
2.9 第9位:サイバーセキュリティ(前年第11位)
サイバー攻撃はより巧妙化しながら蔓延している。鉱業界でも企業の規模にかかわらず、サイバー攻撃は共通の問題である。もちろんハッカーは金銭目的のサイバー攻撃だけに限らず、さまざまな目的をもって企業を狙っている。一度攻撃対象になると、生産量の低下や現場の安全管理に支障が出る可能性があるほか、投資家や顧客情報の流出などで風評被害を受けるリスクも高い。
鉱業界への主な脅威を以下に列挙する。
・ITとOTの統合で攻撃対象の窓口が一極集中した結果、攻撃リスクが高まる
・サイバーセキュリティ対策は内部対策で満足している企業も多く、セキュリティ予算が低下している現状にあってリスクの高まりに意識が及ばない
・攻撃にあったかどうかの判断が困難で、ほとんどの攻撃は見過ごされるか、見つけても手遅れである場合が多い
遠隔操業が普及してきた鉱業界では、サイバーセキュリティの危機管理がますます重要視されている。この際OTとITを集合させることで、OT側のサイバーセキュリティを向上できるという利点もある。OTは制御エンジニアが管理してきた経緯があるため、必ずしも企業のサイバーセキュリティに適した人材が管理してきたとは言えない。その分、ITのセキュリティプロトコルがしっかりしていれば、OTへの対策も形式化して適用できる。
一方IT及びOTのセキュリティは、役員会レベルで検討する優先事項であるため、トップダウンで導入するのが効果的で、企業資源計画の一環としてサイバーセキュリティを企業戦略の根幹に据えることが重要となる。弾力性に富んだ回復力のあるサイバーセキュリティ環境を構築したいならば、単にシステムだけの問題としてとらえるのではなく、脅威やリスクの内容に基づいて人材・プロセス・技術面で能力に応じた適材適所の対策を配備するアプローチが必要である。
なお、鉱山会社が強化すべきデータセキュリティは、主に次の3点である。
①マーケティングシステム:鉱山会社がトレーディングデータを自ら管理運営している場合、トレーディングモデルを戦略的に操作される危険性がある。攻撃にあった場合はトレーディングの機会を逸してしまう。
②埋蔵量データ:ハッカーが埋蔵量のデータを利用して価格操作を行う可能性がある。万が一情報がリークされた場合は商品市場に多大な影響を及ぼす可能性がある。
③M&Aデータ:情報が流出するとカウンター・ポジション売買を受けたり、インサイダー取引疑惑で捜査を受ける可能性がある。
2.10 第10位:イノベーション (新規)
鉱業界は低価格環境での運営を余儀なくされているため、鉱山会社は存続をかけてイノベーションを渇望している。存続性に問題がない企業は、技術革新の先駆けとなって価格好転時に収益の最大化をもくろんでいるところもある。いずれにしても、2015年から2016年にかけては、価格サイクルに反してイノベーションへの取り組みを刺激する年になるだろう。
しかし残念ながら、鉱業界では他業界と比較してイノベーション不足が顕著である。自動操縦トラックは20年前から存在している割に、これが完全配備された鉱山は一か所も存在しない。また、鉱業界に有用なイノベーションの機会は豊富にあるにもかかわらず、収益ベースの比較でみると、金属・鉱山業界は石油業界と比較してイノベーション費用が9割少ないという現状である。
改革に取り組む企業は、生産性の向上と操業コストの削減に技術を活用し、同業他社と比較してコストカーブで優位に立てるため、金属・鉱山会社にとっても利点が多いのは明確である。さらに技術革新で広がる可能性は大きい。鉱産物の不純物の削減あるいは除去技術で鉱山の延命や経済性の向上につながる可能性も出てくる。イノベーションで他企業と一線を画することができれば、競争の切り札が増える。このため取り組む企業はサプライチェーンへの影響力を長期にわたって発揮でき、市場評価の向上につながるうえ、投資プロジェクトの効率化に期待が高まる。
イノベーションで成功を収める企業は、イノベーション計画を戦略の中核に据え、経営者の意気込みを全社で共有できている。そして費用削減技術だけを評価するのではなく、価値創造につながる技術も評価し、予算確保という形で支援している。また、革新技術の不足はアイディアの欠如ではなく、実行不足によって引き起こされることを自覚し、イノベーションの促進に向けて適切な構造・制度そしてプロセスを用意している。
E&Y社の最新報告書「Productivity in mining: Here comes the hard part」によると、イノベーションの成功を約束する適切な構造変革には、機能横断的なコラボレーションが求められていることが判明した。さらに、企業全体を通した変化の管理も無視できない。なぜならイノベーションには「ひと」が関わるからだ。ハーバードビジネスレビューの報告1によると、実務の変革が伴わなければ、技術を適用しても効力を発揮しきれないばかりか、生産性の低下を招く場合があるという。専門用語の壁を取り払い、円滑なコミュニケーションを通してイノベーションを理解し、組織全体で導入に努めるよう、変化の管理体制を整えることも大事である。
以 上
(注記)