報告書&レポート
Philippines Nickel参加報告

2015年11月3~4日の2日間、フィリピン・Manila市内においてPhilippines Nickel カンファレンスが開催された。同カンファレンスは、今回初めて開催されたものであり、フィリピン国内のニッケル鉱業に関する情報を提供するものである。参加者は53名(事前登録数)となっており、フィリピン、日本、インドネシア、マレーシア、中国、ニューカレドニア等からの参加があった。講演者の一人としてインドネシアニッケル協会会長のFaisal Emizita氏が招待されていた。これには、現在のフィリピンのニッケル鉱業が、インドネシアの鉱石高付加価値化及び鉱石輸出禁止の動きに、大きな影響を受けているという背景がある。全体を通して、ニッケルマーケットの分析と今後の動向、中国のステンレスマーケットの動向、インドネシア鉱石輸出禁止とニッケル銑鉄(NPI)プラントの情報で構成されている。今般、筆者が上記カンファレンスに参加したので、その概要を報告する。 |
1. フィリピンニッケル鉱業の現状と見通し
フィリピン鉱業協会から、同国ニッケル鉱業の置かれている現状と見通しについて説明があった。Disini会長はカンファレンス欠席のため、代理人(Daniel Ablaza氏)が講演を行った。
フィリピンには多くのニッケル鉱山が存在する。その分布はLuzon島Zambales、Leyte島、Surigao del Norte地域を含む、Mindanao島北東及びPalawan島の地域に集中している。フィリピンの2014年ニッケル生産は世界第1位であり、世界生産量の25 %を占める。2015年第1四半期に520万tのニッケル鉱石がフィリピンから輸出され、その大部分は中国向けであった。ニッケル鉱石の生産及び輸出は増加傾向であるが、鉱石の平均品位は低下傾向にあり、例えば、ニッケル鉱石の平均品位は2010年では1.48 %であったが、2014年には1.19 %に低下している。現在開発準備中のニッケル鉱山はフィリピン国内に3か所あり、Mindoro Nickel Project(Mindoro地域)、Philnico Nickel Project(Surigao del Norte地域)、Pujada Nickel Project(Davao域)で、いずれも2017年に生産開始予定となっている。
2012年7月に鉱石の高付加価値化、新税制の策定等を定めた大統領令第79号が発出されて以降、鉱業契約はモラトリアムが継続している状況である。この間、新たな契約形態(利益分与方式)が考案されている一方、新税制については未確定な状況であり、新税制が策定・施行されるまで、モラトリアムは継続されるものとみられる。また現在、国会において鉱石輸出禁止・高付加価値化案が審議中であり、フィリピン鉱業協会としては、その経過を注視していく必要があるとの認識である。
2. ニッケル需給の世界的な見通し
CRU社の主席コンサルタントであり、CRUのニッケルマーケット解析に関しての責任者であるNikhil Shah氏は、LME価格、LME在庫及び世界のステンレス生産から、ニッケル及びステンレスの需給動向について予測に関する講演を行った。
現在、LMEのニッケル価格は取引の活発さに反比例して、安値安定の状態である。これは、ニッケルの過剰供給に起因する。一方、2015年秋からLMEのニッケル在庫は減少し始めている。中国のステンレス生産は低調な状態であるが、中国を除く国々のステンレス生産は回復基調にある。これにより、ニッケル価格に対する中国の影響は小さくなる見込みであるという。2014年以降、フィリピン産ニッケル鉱石のうち、ミディアムグレードの鉱石輸出が増加しており、その傾向は今後も継続するとの見方が示された。
3. インドネシアの鉱石輸出禁止政策について
インドネシアニッケル協会会長Faisal Emzita氏から、インドネシアの鉱石輸出禁止に関する現状報告が行われた。
2014年1月12日、インドネシア政府は未処理鉱石の輸出禁止を開始した。中国のステンレス生産増大により、インドネシアからの鉱石輸出が増加していたが、この鉱石輸出禁止により、フィリピンの2014年ニッケル鉱石生産量は世界第1位となった。現時点では、インドネシア政府の方針に変更の兆候は見られない。また、鉱石輸出禁止により、同国の鉱物資源マーケットはレイオフや鉱山閉鎖などの苦難に直面している。2009年の新鉱業法施行から輸出禁止まで5年間の猶予が与えられていたが、高付加価値化に関してなんのインセンティブも与えられていないため、これは十分な期間とは言えない。
2015年4月には青山鋼鉄集団のNPIプラントが生産を開始し、中国に向けてNPIの供給を開始した。加えて、現時点では多くのフェロニッケル及びNPIプラントの建設プロジェクトが行われている。ニッケル価格の回復は、インドネシア国内のニッケル鉱石過剰在庫とフィリピンからの鉱石供給によって遅れ気味である。
4. ニッケル生産者から見たニッケル鉱業の展望
Eramet社Paul Desportes販売マーケティング担当副社長から、生産者から見たニッケルの需給動向と今後の展開についてのプレゼンテーションが行われた。
2015年10月の時点では、ニッケルは若干供給過剰の状態であったが、ステンレス生産の増加により、2016年は不足気味となると予想。ニッケル供給量自体は2014年から大きく増加しておらず、一方、ニッケルの世界消費量は増加しているためである。インドネシアの鉱石輸出禁止政策により、同国からの鉱石フローは消滅し、フィリピンからの鉱石フローがそれに取って代わった。また、ニューカレドニアからもニッケル鉱石が輸出されている。しかし、品位及び供給量の側面から、これらの国々からのニッケル鉱石はインドネシアの代替とはなりえない。したがって、鉱石輸出禁止の影響は徐々に表れてくると考えられる。また、インドネシアからのNPI供給は徐々に増えると予想されるが、現時点ではNPI供給量が限られているため、2018年ごろまではニッケル価格に影響を与えないとの見込みである。
5. フィリピンにおけるニッケル鉱業のチャンスと難題
フィリピンでニッケル鉱山を操業する会社TVI Resources Development Philippines Inc.の最高経営責任者Clifford James氏は、インドネシア鉱石輸出禁止により、フィリピン産ニッケル鉱石の需要が増大しており、それに付随し、鉱山も増加傾向にあると報告した。フィリピンのGDP成長に関するニッケル鉱山業の寄与は、31 %と非常に大きい。鉱石の多くは中国及び豪州に輸出されており、インドへの輸出も今後増加する見込み。ニッケル鉱山の操業は増加傾向にあり、2008年に10鉱山であったが、2014年には24鉱山に増加した。またそれに併せて、鉱石輸出も増加している。
同社が操業するAgata鉱山に関しても紹介があった。Agata Nickel Lateriteプロジェクト(TVIは権益を60 %保有)はMindanao島北東部に位置し、私設港から3.5キロメートルと立地条件に恵まれている。資源量は4,300万tでニッケル品位は0.96 %。現在、リモナイト及びサプロライト処理プラントのプロジェクトを進めており、品位:Ni<40 %の混合水酸化物を生産予定だという。
6. Sta. Cruzプロジェクトについて
Eramen Mineral Inc.のEnrique C. Fernandez氏より、同社が開発を行っているSta. Cruzプロジェクトの概要について説明があった。
Sta. Cruzニッケルプロジェクトは、Luzon島Zambales北縁に位置する。鉱区面積は460万ヘクタールで、2005年4月19日に鉱区承認され、商業生産開始は2012第1四半期から、製品出荷は2012年6月から開始された
生産されるニッケル鉱石は高品位(品位:Ni>1.6 %)であり、2014年の鉱石生産は61万2,792 tであった。鉱石は専用運搬路及び主要幹線道路を通って、鉱山西方のBolitoc港に運搬される。プロジェクト開始よりほどなく、採掘による土砂流出防止等の対策を実施している。また、鉱山内より排出される水は貯水槽に一時貯められ、ティラピア放流などの環境モニタリングが実施中である。
7. 中国のニッケル工業の現状と今後
中国の一次ニッケル生産は2013年にピークを迎え、2014~2015年にかけてピーク時に比べて32 %減少した。中国のNPI生産者の多くは広東省、山東省、江蘇省、福建省、内モンゴル自治区に位置しており、海岸部あるいは電力料金が安価である等、コスト的な利点がある。前述の4省1自治区で中国のニッケル生産の80 %を占めている。
2014年6月以降ニッケル価格が下落し、2015年7月にはニッケル価格がNPI生産コストを下回り、8月には中小のNPI事業者が生産を停止し始め、大手事業者は生産量の調整を開始した。10月にはTISCO(太原鉄鋼)のハイグレードNPIの価格が740元/tとなり、多くのNPI生産者は50~200元/tの損失が発生した。一方、中国外のニッケル生産者が生産を縮小したとの情報は無い。これは資源メジャーにおいてニッケルビジネスの占める割合が低いことに起因すると思われる。例えばGlencoreの場合、ニッケルビジネスの利益は非鉄金属事業の中では11 %を占めるに過ぎない。また、外国為替の下落も一因と考えられる。
2014~2015年の中国のステンレス生産は年間でおおよそ2千万t/年であり、ほとんど横ばいであった。ステンレス生産に使用するニッケルとしては、NPIの占める割合が2013年に56.2 %であったものが、2015年予想では39.7 %に減少するなど、ステンレス需要の落ち込みに伴いNPIの需要も低下している。ニッケルカソードやフェロニッケルの使用が徐々にではあるが増加傾向である。一方、中国国内では、ステンレススクラップの利用率は依然として低いままである。2010年以降、中国はステンレス輸出が増加しており2014年には3,850 tを輸出したが、環境問題、原料価格高騰、海外のアンチダンピングにより、価格アドバンテージを損ない、2015年は若干減少し3,300 tの輸出となる予想。
上記ステンレス生産の停滞を受けて、ニッケル鉱石の輸入量も減少しており、2015年1~9月にかけての輸入量は前年同期比で28 %減少したという。また、ニッケル鉱石港頭在庫は9月末時点で15.5百万tとなっており、これは品位が高いか持ち主不明の在庫があるためである。約4ヶ月分の港頭在庫があると推測されており、在庫の減少ペースは緩やかである。一方、外国からのNPI輸入は、2015年1-9月期は前年比150 %の増加となっており、これが港頭在庫減少の足かせとなっていると考えられる。
講演者である安泰科のFan Runze氏は今後の展望として、ニッケルの世界需要及び中国での国内需要は増加傾向にあるが、一次ニッケル生産は増加しないため、2016年には一次ニッケル供給が不足すると予測している。
8. カンファレンス所感
ニッケルの主要利用目的はステンレスの生産であるため、その需給動向は世界最大のステンレス生産国である中国の経済情勢に左右される。Philippines Nickelに出席していた多くの講演者及び参加者の見通しとしては、中国のステンレス需要は大きく増加することはないが、他の国々のステンレス需要が増加するため、2016年のニッケル需給はタイトになるとの予想であった。また、2016年には中国の港頭在庫が払底する見込みのため、ニッケル鉱石の輸入が増加するとの意見もあった。しかし、ニッケル価格の低迷が長引いており、鉱山開発の意欲は盛り上がらず、ニッケル需給の見通しは依然不透明な状況にあると言える。
フィリピンは本稿で触れたとおり、大統領令第79号により税制変更、鉱石付加価値化を志向しており、2014年9月には鉱石輸出禁止と付加価値化義務を主な内容として含む法案が国会に提出されている。一方、2016年5月には大統領・副大統領選挙が予定されている。選出される大統領によっては、鉱業政策が大きく変化することが考えられるため、これらについても引き続き注視する必要がある。

