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PGM市場の2016年見通し―ロンドン・プラチナウィークから―

はじめにPGM市場関係者が一堂に集うプラチナウィークが2016年5月16日の週に英国ロンドンで開催された。プラチナウィークの前哨戦として2016年5月13日にPGM専門コンサルタントSFA Oxfordが主催した『The Oxford Platinum Lectures 2016』に参加する機会を得たことから、SFA Oxfordによる2016年のPGM市場の見通しと、2015年大型白金案件買収により南アPGM生産者に台頭したSibanye Gold社及び世界第2位生産者のNorilsk Nickel社による講演概要を紹介する。 ![]() 写真:Sibanye Gold社 CEOのNeal Froneman氏の講演 |
1. SFA Oxfordによる白金及びパラジウムの需給見通し
(1)白金及びパラジウムの需給概観
講演者:Chairman, Stephen Forrest及びManaging Director, Baresford Clarke
世界の白金需要増加率は、2001年以降世界GDP成長率より低い相関があり、世界経済が減速化している状況での白金需要増は期待しづらい。白金及びパラジウムは2016年に供給不足が拡大するも需要が伸びないため、市場全体はベアリッシュ(弱気)と予想する。
白金の需給バランスは、2016年に20.5万ozの供給不足となる。これは主に鉱山生産の減少によるものである。世界の白金供給については、今後、鉱山会社はリサイクルとの競合に直面するだろう。2001年時の白金生産のうち、南ア鉱山生産が占める割合は63%、リサイクル生産は12%であったが、2015年には、南ア鉱山生産が占める割合は55%、リサイクル生産は25%とリサイクルが占める割合が倍増している。また白金価格は生産コストに近接していき、生産者にとっては厳しい状況が続く。
需要サイドから見れば、欧州の大気汚染物質排出規制強化に伴って、2000年に欧州自動車に占めるディーゼル自動車の比率は32%、2005年には50%と急激に拡大し、これにより白金需要は急激に増加した。しかしながら、これ以降のディーゼル自動車数は横ばいに推移し、増加はもはや見られない。これに加え、2010年以降は白金からパラジウムへの代替も進展している。白金のETF及び宝飾品向け需要についても需要成長が見られないことから、既にピークを打ったとの見方が強い。特に宝飾品については価格が下落しても反応がなく、特に中国での宝飾品需要が2014年以降減少していることが影響し、インドもこれを相殺するには至っていないことから、世界全体の宝飾品需要も横ばいで推移する見通しである。
パラジウムについては、2016年に供給不足幅が129.5万ozに拡大する。自動車生産が冷え込むことにより、2015年及び2016年の需要はフラットである。特に中国での自動車生産が落ちており、将来的にも大きな伸びは期待できない。パラジウムの供給不足は白金と同様に鉱山生産の減少によるものである。
(2)SFA Oxford『The Platinum Standard 2016』より2016年見通し
SFA Oxfordが発行した『The Platinum Standard 2016』から、2014年から2016年にかけての需給バランス及び2016年の価格見通しを紹介する。
① 白金の需給バランスと価格見通し
図1のとおり、2016年の白金生産は前年比2%減の770万oz、このうち鉱山生産量は589.5万ozで前年比4.1%減、リサイクル生産量は180.5万ozで前年比5.6%増の見通し。2016年の需要量は前年比0.6%減の790.5万ozで、宝飾品向けが0.5%増も、自動車触媒向けが前年比0.6%減、産業向けが2.8%減となることが影響した。
2016年の白金価格は、前述のとおり、非常に強い向かい風があることから、コンサバティブに956US$/ozと予測する。鉱山生産は引き続き労働組合との賃上げ交渉が控えており、減産する可能性がある。またリサイクル生産は、価格下落により回復が遅れる見通しである。

図1 白金需給バランスの推移(出典:SFA Oxford)
② パラジウムの需給バランスと価格見通し
パラジウムの2016年生産量は、図2のとおり、前年比3.2%減の874.5万oz、うち、鉱山生産量は前年比4.3%減の664万oz、リサイクル生産量は0.7%増の210.5万ozである。需要量は、前年と変わらず1,000.4万oz、自動車触媒向けが0.6%増も、産業向けは1.8%減、宝飾品向けは3.3%減となる見通し。
2016年のパラジウム価格は、548US$/ozと予測する。NYMEXには300万ozを超えるロングポジションがあり、市場には強気な姿勢が見られる。中国需要の減速が懸念されるものの、構造的な供給不足と自動車触媒のパラジウム嗜好がこれを後押しし、短期的にはアウトパフォームな値動きをすると予想される。

図2 パラジウム需給バランスの推移(出典:SFA Oxford)
2. Sibanye Gold社のPGM業界への新規参入
講演者:Sibanye Gold社 CEO, Neal Froneman
(1)南アの金セクターとPGMセクターの比較
南アにおけるPGMセクターと金セクターは比較すると大きな違いがある。PGMについては鉱山生産量が2000年代前半に向けて増加し、それに併せて雇用者数も増加したが、2007年以降の鉱山生産量は横ばい又は減少傾向にあるものの、雇用者数は高止まりで推移している。一方、金は、同期間の生産量は右肩下がりで減少を続け、それに合わせて雇用者数もかつての40万人規模から10万人規模へと縮小し、1990年時の上場企業69社は今や6社にまで減少した。
(2)金生産者としての強み
当社は2015年にAmplatsのRustenburg鉱山及びAquarius Platinum社を買収してPGMセクターに参入し、2015年のPGM生産量では、世界第5位に浮上した。当社の強みは、キャッシュをベースとした強いバランスシートを有すること、また南アでの金鉱山操業経験が豊富であることである。鉱山会社として生き残るには、株主へのリターン(配当とキャピタルゲイン)と従業員への貢献、エンドユーザーへのサステイナブルな供給といった、ステークホルダー全てが利益を享受できるような体制の構築が必要不可欠である。それを達成するためには、鉱山の近代化と資源量の増加による生産性向上が優先事項であり、生産性を上げられない場合はコストコントロールを行う必要がある。
当社は18ヶ月間で1tあたり26%のコスト削減を達成した実績を有している。もちろんその期間における生産量やランド安によるところもあるが、最もこれに寄与したのは相当数の従業員を解雇したことによる人件費の削減である。南アで解雇ができないというのは間違った認識であり、賃上げについてはインフレ率以下に抑えなければならない。これまで南アのPGM生産者はセクション54(鉱山における健康及び安全に関する法令第54項)に係る手当を払い過ぎてきたように思われる。実際に、当社は過去3年間、労働争議は発生せず、また人件費増加によるコスト上昇もなかった。従業員は質、量、コストのバランスの取れたオペレーティングに係る戦略をよく理解しているという自負がある。
(3)今後の白金見通し
現在は損失を出しているPGM生産者も多いが、長期的にはPGMビジネスはポジティブな見方をしている。Rustenburg鉱山及びAquarius Platinum社の買収は中期的に見れば非常に高い価値がある。当社の現地での強いプレゼンスが金生産者とPGM生産者としての相乗効果を生み出しており、今後も資本配分と生産性向上については妥協するつもりはない。
3. Norilsk Nickel社のパラジウム需給見通し
講演者:Head of Strategic Marketing, Anton Berlin
(1)パラジウム需給予測
パラジウム需給バランスは、2015年に3万ozの供給過剰(減産及び需要減による供給不足幅64万ozをETF供給分67万ozが相殺したもの)、2016年以降は供給不足が継続し、不足幅は2016年に50万oz、2017年61万oz、2018年58万ozと予測した。
これまでは需給バランスに沿った値動きがあったが、現在は全く機能していない。この背景にはヘッジファンドの存在が大きく、価格は世界経済に強く影響受けて変動するようになった。投機筋は需給ではなく米国金利や為替等の別のアプローチをしており、コモディティ市場は現物取引と離れた完全にファイナンシャルゲームになっている。彼らは原油も金属もコモディティのバスケットの中にあり、その違いを比較しない。ユーザーサイドからしてみれば、原油の代わりにニッケルを、ニッケルの代わりに白金を、と選択することは当然不可能であるが、投機筋からすれば、いずれも選択可能なオプションの一つという流動性の高い位置付けにある。
中国については、当然ながら世界経済における中国の影響は大きく、2015年に中国が占めたシェアは、世界GDPは17%、ニッケル消費は49%、原油消費は12%であった。あらゆる報道は中国の減速化を騒ぎ立てているが、中国に一定の需要があることに変わりがなく、当社としてはこうしたニュースには脅かされない。
PGM需要に大きく影響を及ぼす電気自動車の動向については、十分なリチウム資源の確保には時間を要することから、PGM需要への脅威には直ぐにはなりえず、電気自動車自体は中期的にはニッチなマーケットであり続けるだろう。
(2)PGM生産サイドからの見方
南アPGM生産者は、2016年Q1時点で50%以上が損失を出していると想像され、南アランド安にも関わらず厳しい状況が続いている。またそれに伴いPGM生産者のCAPEXは減少しており、2008年に比して2015年は110億ランド(約7億US$)減少してほぼ半減し、これが後の供給に影響してくると想像される。現在は生産コストが下がってきたとされるが、これは米ドル高、原油安に支えられており、人件費、燃料、設備維持といったコストは、生産性改善では下げられず、生産コスト削減にも限界がある。
また過去には想定し得なかった環境規制対応等の様々なコストが追加で発生しており、鉱業ビジネスを知らなければ、マージン30%と聞いて収益性の高いビジネスだと思うかもしれないが、事実は全く違う。実際には開発時に相当なCAPEXを投じており、操業を開始した後には、労働者問題、環境問題、政策変更、現地通貨のボラティリティなど多くのリスクを抱えていくことになり、30%程度のマージンでは喜べないだろう。現在は、低金利及びファイナンスの流動性から、損失を出している企業であっても生産を続けており、今やチキンゲームの様相を呈している。どこが先に減産に踏み切るのか様子見をしている状況である。
おわりに
2015年は資源価格低迷による生産者のアセット売却にかかるニュースが多く聞かれたが、その中でも南ア金生産者のSibanye Gold社によるAmplatsのRustenburg鉱山及びAquarius Platinum社の大規模買収劇が注目を集めた。
報道によれば、買収額はRustenburg鉱山が45億ランド(約3億US$)、Aquarius Platinum社が40億ランド(約2.5億US$)とされ、Aquarius Platinum社のJean Nel前CEOは、現在Sibanye Gold社のPGM部門のヘッドになっている。Sibanye Gold社 Neal Froneman CEOの講演では、この価格低迷下でのPGMセクターへの新規参入への質問が相次いだが、金生産者として培った南アでの実績がPGMセクターで活かせること、PGM生産コストのネックが人件費であり、この分野に強みを有していることを繰り返し回答していた。
SFA Oxfordによれば、PGMは短期的には需要増が期待できないことから、鉱山生産の減産が予想されるものの、価格を押し上げる要因にはならないとコンサバティブな見方を示している。PGMセクターはいつ明けるとも分からない厳しいステージに入るとともに、Sibanye Gold社の新規参入など新たな展開を迎えている。

