報告書&レポート
カナダ採取産業透明性対策法の概要

はじめに2015年6月1日、カナダで採取産業透明性対策法(Extractive Sector Transparency Measures Act:ESTMA)1が施行された。本法は、カナダの採取産業における透明性を高めて腐敗を抑止することを目的に、探鉱や採掘事業に関してカナダ政府及び諸外国政府に対して行われた特定の支払いについて、事業者に年次公開することを義務付けた法律で、2014年12月16日に成立した。しかし、同法の適用範囲や定義が不明瞭なため、対応の要否の判断に苦慮する企業や存在自体を把握していない企業も見受けられる。そうした中で、カナダでマイナーシェアを保有する日本企業や将来オペレーターとして探鉱・操業を行う可能性のある日本企業としても、同法の適用範囲や要求事項を十分理解しておく必要がある。 そこで本稿では、同法の成立までの背景も踏まえつつ、2016年3月に公表された同法の要求事項を理解するためのガイダンス2(以下、「ガイダンス」)と、報告プロセスにおける必要書類や報告すべき指定事項等を記載した技術的報告指定事項3(以下、「技術的報告指摘事項」)の最新版を参考にして、同法の要求事項等について概要を説明する。 |

1. ESTMA制定の背景
ESTMAの制定の契機となったのは、2013年6月12日のハーパー首相(当時)による声明である。ハーパー首相はこの声明の中でカナダの採取産業に対する新たな報告義務基準を制定すると宣言した。この声明は、直後に開催が予定されていた第39回G8サミットを意識したものであり、透明性の改善やカナダの法的フレームワークの確立を目指して定められる新基準は、G8各国と足並みを揃え、欧米が主導する国際基準と調和するものであることが強調された。
国際基準の一つとして挙げられるのが、採取産業透明性イニシアティブ(Extractive Industry Transparency Initiative:EITI)である。EITIは、2002年9月に英国のブレア首相(当時)が、ヨハネスブルグ環境開発サミットにおいて資源開発事業に伴う資金の流れの透明性を要求するために提唱したものである。資源国における政治腐敗の予防や貧困撲滅に繋げることを目標として、採取産業から資源産出国政府への資金の流れの透明性を確保し、国際基準に即した資金管理の責任を高めることで、資源国における健全な統治能力の向上を目指している。現在、EITIの加盟要件を満たした候補国(Candidate Country)となった資源国は20カ国、候補国となってから2年半以内にEITIの認証用件を全て満たして遵守国(Compliant Country)と認定された資源国は29カ国ある。更に、EITIの活動に賛同する先進国は、支援国(Supporter)として自国での法制度化やEITIに対する資金拠出を行っており、現在日本を含め17カ国が支援国となっている4。カナダは2007年2月に支援国として名乗りを上げており、ESTMAの制定はこうした国際的な動きに協調したものとなっている。
支援国としてカナダと同様の法制度を制定した国としては、ノルウェーが2014年1月1日にReport on Payments to Governmentsを発行、施行しているほか、英国も2014年12月にReports on Payments to Governments Regulations 2014を制定し、2015年1月1日から適用している。米国では、2010年7月21日に通称ドッド・フランク法と呼ばれる金融規制改革法(Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act)が成立した。同法の第1504条では、資源開発企業に対する対政府支出の開示を義務付け、米国証券取引委員会(Securities and Exchange Commission:SEC)に対して資源採取企業の対政府支出に関する開示規則の制定を要求している。しかし、2012年に公表されたSEC開示規則は産業界の強い反発を受け、合衆国憲法が定める表現の自由や公正な競争への制限を控えるという米国証券取引法の義務に反するとして、コロンビア特別区連邦地方裁判所に無効判決を下された。そのため、未だ規則が制定されておらず、先陣を切ったはずが現在は他国に後れを取る形になっている。2015年12月に微修正された開示規則案が公表された後、現在は、パブリックコメントを踏まえた最終調整が行われている5。
2. ESTMAの適用範囲や適用対象に関する解釈
(1)石油、ガス及び鉱物の商業開発
本法は、石油、ガス、鉱物の商業開発を営む組織に適用される。商業開発には、石油、ガス又は鉱物の探査(exploration)及び採取(extraction)活動、それらの活動のための許可証、ライセンス、リース、その他許認可の取得や保有、その他石油、ガス、鉱物に関連する所定の活動が含まれる。この探査及び採取活動には、初期探査(prospecting)から閉山、鉱山跡地の修復・再生までの広い範囲を含み、オフシーズン中の活動休止等の一時的な休止期間もこれに該当する。許認可等の取得や保有については、許認可プロセスとして許認可の申請やコミュニティとの協議の実施等が含まれる。一方で、採取以降の活動は含まないため、選鉱や精製錬、売買、物流、輸送、輸出等は本法に定める商業開発の範囲外となっている。
(2)ESTMAが適用される組織
本法はカナダで事業を行う子会社を有する親会社が、当該子会社の所有権や株式を保有しているという理由のみをもって本法が適用されることはない。図2のフローチャートは、自身の組織が同法の下で報告義務が生じる「報告主体」に該当するか否かを判断するために考慮すべき質問事項を示している。

(出典:ガイダンス(和訳、一部修正))
図2 ESTMA適用フローチャート
図2で記載されている事業体と報告主体は、本法及びガイダンスにて次のように定義されている。
(a)事業体(Entity)
本法で規定する事業体(以下、「事業体」)は、カナダ又はそれ以外の場所で石油、ガス又は鉱物の商業開発に直接又は傘下組織(controlled organization)を通じて従事している法人、トラスト、パートナーシップ、又はその他の非法人組織を指す。この4つの組織カテゴリーには、無限責任会社やリミテッド・パートナーシップ、ロイヤルティ・トラスト、ジョイント・ベンチャー等も該当し、カナダ国外の該当組織や類似の企業形態も含まれる。例えば、豪州で鉱物の商業開発を行う豪州のパートナーシップは本法の適用外だが、当該パートナーシップをカナダ企業が支配している場合、商業開発に直接従事していなくても、当該カナダ企業は本法の対象となる事業体とみなされる。一方、個々の自然人(individual natural person)や個人事業主(sole proprietorship)のほか、契約上の合意に基づき商業開発に関連する物品又は役務を提供する請負業者等は事業体に該当しない。
また、直接従事していなくても、支配(control)している傘下組織6を通じて商業開発に従事していれば本法の適用対象となる。そのため、対象組織が商業開発に対して実質的な主体組織であるかどうかが重要なポイントになるが、その具体的な判断基準は示されていない。
事業体に位置付けられる場合であっても、更にいくつかの状況を満たした報告主体((b)参照)にならなければ、自動的に支払いに関する報告を義務付けられることはない。しかし、会計年度の途中で報告主体となった場合でも当該年度中の全ての支払いについて報告が求められるため、事業体に該当する組織は事業体に課せられる義務についてあらかじめ把握しておく必要がある。
(b)報告主体(Reporting Entity)
前述の本法の対象となる事業体が以下の2つの基準を満たす場合、当該事業体は本法で規定する報告主体(以下、「報告主体」)として支払いの報告が義務付けられる。
①事業体又は事業体の証券がカナダ国内の証券取引所に上場している。又は、事業体がカナダ国内に事業拠点を有しているか、営業しているか、資産を有している。
②直近2期の会計年度のうち1期において、次の3つの基準(規模関連基準)のうち2つ以上を満たしている7。
- 最低20百万C$の資産を有する
- 最低40百万C$の収益を上げた
- 平均250名以上の従業員を雇用している
(3)報告義務が発生する支払い
以下に該当する支払いは、本法の下で報告が義務付けられる(詳細や具体例はガイダンスを参照)。
- 同一の受取人に対して行われたもの
- 本法の下で定義された石油、ガス及び鉱物の商業開発に関連して行われたもの
- 以下の7つの区分のうち1つで、1回以上の支払いの合計額が100,000C$以上であるもの
―税金(消費税及び個人所得税を除く)8
―ロイヤルティ
―手数料(レンタル料、登録料、規制関連料金、ライセンス・許認可・権利の取得に対する料金又は対価を含む)
―生産権(production entitlements)9
―ボーナス(契約ボーナス、発見ボーナス、生産ボーナスを含む)
―配当(普通株主として支払われた配当を除く)
―インフラ整備費用10
一連の支払いが同一の受取人に対して行われたか否かを判断する際、特定レベルの政府(中央政府、地域政府、地方自治体)に代わって権限、責務、機能を行使する省庁やトラスト、委員会、協会、法人、団体、その他機関は一つのグループにまとめて同一の受取人とみなす。そのグループに対する支払いの合計が上記7区分の1つで年間100,000C$を超える場合には、当該支払いについて報告が必要となる。また、合弁会社を設立せず、共同事業契約等により複数の事業体が共同で事業を行っている場合は、事業ベースで考える必要がある。関与する事業体が同一の受取人に対して個別に支払いを行っていた場合、個々の支払いが上記基準額未満であっても、全事業体の支払いの合計額が100,000C$を超える場合には、関係する報告主体による報告義務が生じることになる。
なお、報告主体は自身で行った支払いだけでなく、本法の適用外となる傘下組織が行った支払いについても報告が必要であり、報告が必要となる支払いは共同事業契約上のオペレーターとして行うものであるかどうかに関係しない。

(筆者作成)
図3(a) ジョイント・ベンチャー企業による支払いの例

(筆者作成)
図3(b) ジョイント・ベンチャー契約に基づく支払いの例
図3は、JV子会社を設立して事業を行う場合とJV契約に基づき1社がオペレーターとして支払いを行う場合を想定した支払い事例を示したが、あくまでESTMA法及びガイダンス等に基づく筆者の理解である。そのため、実際に報告義務が生じる支払いかどうか、それぞれの組織に支払い義務が生じるかどうかはより具体的かつ詳細な状況を基に個別に判断する必要がある。
(4) 受取人(Payee)
本法の下で報告義務が生じるのは、以下の受取人(以下、「受取人」)に対する支払いである。
(a) カナダ又は外国のあらゆる政府
(b) 複数の政府によって設立された組織
(c) (a)の政府又は(b)の組織の権限、責務、機能を行使又は遂行するために設立されたトラスト、委員会、協会、法人、団体、その他機関
(a)には、中央政府、地方政府、州又は地方自治体レベルを含むあらゆるレベルの政府が含まれる。また、それら政府の権限等を実行、遂行している国営企業や国有企業は(c)に含まれるが、納付された支払いにより商業活動を営む国営企業や国有企業はこれに含まれない。特定の組織が本法で定められた受取人の条件を満たしているかどうかは、具体的な支払いの事実や状況を考慮する必要がある。また、カナダ国内外の先住民のグループや組織も上記(a)に示す政府と見なされるが、当該先住民政府に対する支払いについては、本法の中で本法施行後2年間適用を延長する経過措置が取られた。先住民政府へ納付されるべき支払いを別の機関又は政府が徴収する場合も、この経過措置が適用される。
(5) 報告書の発行と提出
報告主体は、カナダ天然資源省(Natural Resources Canada:NRCan)に対して、報告主体の会計年度の終了日から150日以内に指定された形式及び様式にてESTMA報告書を提出することが義務付けられている。例えば、報告主体の会計年度が12月31日で終了する場合には、当該年度の支払いに関する報告を翌年の5月30日までに行う必要がある。本法は2015年6月1日に施行されているが、施行日が含まれる会計年度に関しては報告義務が生じないため、日本の一般的な会計年度(4月1日~3月31日)を取り入れている企業であれば、2016年度(2016年4月1日~2017年3月31日)が報告主体として報告すべき最初の会計年度となる。

(筆者作成)
図4. 報告書提出期限
本法では、事業体(親会社)及びその100%子会社がいずれも上記基準を満たす報告主体である場合、子会社の支払いも含めて親会社がまとめて報告することを認めている。技術的報告指定事項では、100%子会社ではない場合でも親会社と子会社の双方が希望すれば、この代替メカニズムは適用可能であるとしている。この解釈に基づけば、図3の事例1ではX社又はY社が報告することも可能である。なお、NRCanへ提出された報告書は、提出日から最低5年間はインターネット上で一般に公開することが義務付けられているほか、最低7年間はかかる支払いの記録を保持しなければならない。
カナダ国外の地域において義務付けられている報告要件が、本法に基づく報告の代用として許容できると判断された場合には、当該地域において提出した報告書を使用することができる。
まとめ
ESTMA法は、カナダ国内の資源開発やカナダ企業による他国での資源開発において腐敗を防止することを目的とすると共に、政府への支払いの透明性を高めることで、カナダ国内での資源開発や他国で資源開発を行うカナダ企業の健全性をアピールし、その国際競争力を高めることを意図している。したがって、カナダ国内の資源開発事業に関しては、カナダ企業であるか日本企業のように外国企業であるかに関係なく、該当する政府への支払いがあれば報告義務が生じる。日本企業がJV事業にマイナーシェアで参画している場合、基本的には設立されるJV会社又はメジャーシェアを保有する(多くの場合でオペレーターとなる)パートナー企業に報告義務が発生すると考えられる。しかし、当該JV会社やメジャーシェア企業が仮に規模関連基準を満たさない場合には、マイナーシェアであっても当該事業を代表して報告を求められる可能性もある。また、一部支払いに関してJV会社やオペレーター企業を介さずに直接政府へ支払うものがあれば、当該支払いもまた報告対象となることから、共同事業の参加企業間で支払いに関する情報共有や報告に向けた連携が必要になる。更に、これら報告しなければならない支払いは、操業鉱山に関するものだけではなく、探査段階でも適用される可能性があることにも注意が必要である。先住民政府への支払いについては2年間適用が延長されたが、先住民の部族内や部族間で情報が共有されておらず、それぞれの間で不公平な支払いが行われているような場合には、支払いの情報が公開されることでトラブル等が発生する可能性もあるため、2年間の間に十分な準備が必要となることも想定される。
本法については、連邦政府や法律事務所等によるセミナーの開催も散見されるが、いずれもカナダ企業を想定した解釈やケース・スタディが中心となっている。そのため、日本企業のようにカナダ国外の企業がカナダ国内で資源開発に従事する事例、特にジョイント・ベンチャーにより事業を展開している場合にどの企業が報告義務を負うのかについて明示的に解釈した事例は見当たらない。本法を遵守しなければ違反案件ごとに一日当たり最高25万C$の罰金が科せられる。カナダ国内で探鉱、開発に関与、又は将来の事業展開を検討しているものの、本法の適用の有無や対応の要否が不明瞭な場合には、NRCanへの問合せや法律事務所への相談等により、早期に検証、判断しておくことが肝要である。
1 http://laws-lois.justice.gc.ca/eng/acts/E-22.7/page-1.html
2 http://www.nrcan.gc.ca/sites/www.nrcan.gc.ca/files/mining-materials/PDF/ESTMA-Guidance_e.pdf
3 http://www.nrcan.gc.ca/sites/www.nrcan.gc.ca/files/mining-materials/PDF/ESTMA-Technical_e.pdf
4 EITIのwebsite(本稿執筆時点)
5 2016年3月17日付けカレント・トピックス「米国:証券取引委員会による資源採取企業による対政府支出の開示規則案」(ワシントン事務所報告):https://mric.jogmec.go.jp/public/current/pdf/16_07.pdf
6 直接的支配に限らず、他の傘下企業によって支配されている組織系統の下部組織のように間接的な支配も含む。
7 資産や収益は連結財務諸表で報告された数値をベース(カナダドル換算)で、純資産ではなく総資産ベース。親会社の資産や収益はこれに含めない。
8 法人所得税及び利益税、キャピタルゲイン税、資本税、鉱業税、超過利潤税、資源課徴金、石油収入税など。
9 生産物分与契約又はそれと同様な契約又は法的約定の下で受け取る石油、ガス及び鉱物の生産物の金銭的価値。
10 最終的に受取人に引き渡されるインフラ(耐用年数を通して事業主体が実施する石油、ガス、鉱物の商業開発事業での利用に限定されるインフラを除く)の整備に要した費用。

