報告書&レポート
フィリピン鉱業を巡る政策の動向 ―Mining Philippines 2016参加報告―
はじめに2016年8月23~25日に、フィリピン・マニラにてMining Philippines 2016が開催された。フィリピンの鉱業大会として毎年開催されている本カンファレンスに、今年は約150名の参加があった。プレゼンテーションエリアに隣接した企業出展エリアでは、鉱山機械の企業等約60社がブースを出展した。 同国をめぐる鉱業の状況については、7月以降、Lopez環境天然資源省大臣の命により国内の全鉱山で操業が適切に行われているかを確認する監査が実施されていることが大きな関心を集めている。本監査をめぐっては一部鉱山には操業停止命令も出され、同国からの鉱石供給に支障が生じるのではないかとの懸念が高まっている。 今回のカンファレンスはDuterte大統領の新政権下での鉱業政策の方針に注目が集まる中開催されたものであり、政府関係者、鉱業にかかわる企業、大学関係者や人権団体等から、約30のプレゼンテーションと9つのパネルディスカッションが行われた。 本稿では、主なテーマとなった「責任ある鉱業(Responsible Mining)」と高付加価値化の議論について報告する。
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1. 「責任ある鉱業(Responsible Mining)」の推進について
Duterte大統領はこれまで鉱業を語る際に、「責任ある鉱業(Responsible Mining)」の推進を鉱業従事者に繰り返し求めてきた。本カンファレンスではこの表現をキーワードとして、「責任ある鉱業」とはどのようなものを指すのか、どのように実現されていくべきものなのかが繰り返し議論された。以下に、Duterte大統領から寄せられたものとして鉱山地球科学局Mario Luis Jacinto局長がスピーチした基調講演の内容と、同国を代表する鉱山開発企業であるPhilex Mining Corporationの取り組みについての講演を紹介する。
1-1. Duterte大統領寄稿による基調講演
講演者:環境天然資源省事務次官 兼鉱山地球科学局局長(DENR Undersecretary and Concurrent MGB Director)Mario Luis Jacinto氏
国の資源は現世代の国民のものであり、次世代の国民のものでもあるため、鉱山開発は、それが技術的に可能であり、環境に適応したものであり、社会的に受け入れられかつ財政的に発展しうるものである限りにおいてのみ許されるべきであるとの見方が示された。また、1.3兆US$に値するとも推定される資源埋蔵量を誇るフィリピンのような国にとっては、それらをどのように利用することが最も国民の利益となるかを考慮せねばならないとの見解が表明された。
講演の中で同氏は、Duterte政権はアンチマイニングのスタンスではなく、「責任ある鉱業(Responsible Mining)」を行っている企業は、今回の監査を恐れる必要はないと述べた。それと同時に、手続を省略したり、開発を受け入れたコミュニティに対する多大な影響を無視したり、あるいは環境を汚染するような活動を行っている者は制裁を受けることが強調された。
Jacinto氏によれば、政府と鉱業界は、責任のある鉱山開発及びコミュニティの発展という共通の目的を共に達成することで一致している。「物事を正しく行い、責任ある鉱業開発の普及に取り組む企業や専門家達と共に、鉱業界は、国家建設に向けた全努力に大きな影響力を持ち続けるであろう」との見方が示されスピーチが締めくくられた。
1-2. Philex Mining Corporationの講演「コミュニティ開発における鉱山会社のベストプラクティスについて」
講演者:Philex Mining Corporation CEO兼社長 Eulalio B. Austin Jr.氏
Philex Mining Corporationは、フィリピンで1955年に操業を開始した鉱山会社である。講演では、同社はDuterte政権の方針を支持し国際水準での「責任ある鉱業」を進めていくことが表明された。
また会場内スクリーンにて紹介されたスライドでは、鉱山開発を行うコミュニティに対する同社の取り組みが紹介された。同社は社会開発及び管理プログラム(Social Development and Management Program:SDMP)に基づき開発地域の発展に貢献しており、この分野において2003-2015年の12年間で4億5,800万ペソ(約916万US$)の投資を行った。内訳として、67%は道路整備や電線の設置といったインフラ建設に、19%は学校運営や奨学金といった教育関係に、その他は畜舎の建設や衛生環境設備の整備等に充てられた。また同社は1987年以来鉱山跡地における再緑地化を進めており、2016年現在にはほぼ原状を回復した様子が紹介された。
2. 高付加価値化をめぐる議論
本カンファレンスでは、鉱業のさらなる発展を考えるにあたって、高付加価値化を視野に入れた議論もなされた。以下、経済開発庁国家開発局のSombilla氏による講演と、その直後に行われたパネルディスカッションの内容を紹介する。
2-1. 経済開発庁 国家開発局 Mercedita A. Sombilla氏による講演
講演者:経済開発庁 国家開発局 農業・天然資源・環境担当主任(Director-Agriculture, Natural Resources and Environment Staff-National Economic and Development Authority)Mercedita A. Sombilla氏
鉱業の高付加価値化をめぐる政府の取組みと見通しが紹介され、戦略的金属鉱物についてのロードマップの作成、鉱業分野における一連の新規財政制度や収益分配に関する取り決めを推進していることが報告された。
講演の中で、これまで国内で鉱石の加工まで行われた事例は金とニッケルにおいて数件あるのみで、鉱石を採掘しそのまま輸出するという経済形態が長年とられてきたことが鉱業の問題点の一つとして指摘された。高付加価値化を進めるにあたっての指針となるロードマップの作成が現在行われており、銅については既に作業が完了、金とニッケルについては作成中、鉄鉱石(講演では“Iron resources”と表現された)についてはこれから取り組む予定である。
またSombilla氏は、現在フィリピン鉱業の国家経済における寄与度は低いことを指摘。同氏報告によれば、フィリピンのGDPに占める鉱業の割合は2016年現在0.7%であり、金属の鉱物資源に限定した場合にはこの数字はさらに小さくなると言及された。また、政府が鉱業界から得た税収入は国全体の歳入の12.7%にとどまっており、これはインドネシアの20.3%やチリの23.1%といった諸外国の数字に比べかなり低い水準であることが示された。こうした現状は、新規財政制度や収益分配に関する取り決めの推進によって改善され、政府や開発地域の現地に住む人々に利益が還元されていくことになるだろうと報告された。
2-2. 高付加価値化推進をテーマとしたパネルディスカッション
パネルディスカッション参加者:
- F. Kennedy Coronel氏(モデレーター)- Executive Director, KORI Institute Mercedita Sombilla-Agriculture, Natural Resources and Environment Staff- National Economic and Development Authority
- Nestor P. Arcansalin氏 – Director, The Board of Investments of the Department of Trade and Industry
- Winston Conrad Padojinog氏 – President, University of Asia and the Pacific
- Peter Wallace氏 – Chairman, The Wallace Business Forum
- Hidayat Liu氏 – Partner, McKinsey & Company Singapore
「統合への挑戦:国の産業発展プランにおける鉱業の発展的相関性の創出」と題されたセッションの中で行われた本パネルディスカッションでは、フィリピン鉱業において高付加価値化を進めることについての課題と見通しについて、業界識者及び政府関係者が議論を交わした。
企業コンサルティング会社のThe Wallace Business ForumのPeter Wallace氏からは、国内での製品価値を高めてから輸出するという考え方自体は良いものであるが、実際に開発を進めていくにあたっては、例えばフィリピンの電力コストが高いといった障壁があり、こうしたインフラシステム等を国際基準にしていく必要があると指摘がなされた。同氏はまた、フィリピン鉱業の発展のためには、政府はその政策に一貫性と継続性を持たせることと、地方政府がその政策実施を順守することが大切であると述べた。また、鉱業分野のマネジメントコンサルティング会社であるMcKinsey & Company SingaporeのHidayat Liu氏からは、製錬など下流の開発に目を向けるだけでなく、さらにその先の製品・産業にまで視野を広げた上でその価値を認識する必要があるとの指摘がなされた。
貿易産業省(The Department of Trade and Industry)のNestor P. Arcansalin氏は、フィリピンの高付加価値化政策推進にあたってインドネシアの鉱業政策に倣っていく可能性について言及しつつ、もし下流分野の開発を推進していくとしても、鉱石の輸出を直ちに全面的に禁止したいとは考えておらず、上流開発を行う鉱山会社に準備する時間を与える必要があるとの見解を示した。経済開発庁(National Economic and Development Authority)のMercedita Sombilla氏も本パネルディスカッションに参加し、「企業がこれからも鉱業開発を進めていくために政府は何ができるか」という議論に際して、鉱業界の衰退は一つのリスクであると認識されなければならないと述べ、現在実施されている監査が完了した後で、発展の手助けとなるような、より具体的なインセンティブが政府から示されうると示唆した。
おわりに
「Realizing the Potentials of the Mining Industry In a New Regime」との副題が付いた今大会では、「責任ある鉱業」という言葉をキーワードに、違法操業を厳格に取り締まる政権の方針に同調が表明されつつ、鉱業と環境保護との両立や開発地域発展への貢献を訴える内容が多く見られた。本大会を主催する鉱業協会(Chamber of Mines)会長のBenjamin Philip G. Romualdez氏は、違法操業が取り締まられるのであれば鉱業界としては現在の鉱業政策の方針や今回の監査をむしろ歓迎する、との姿勢を強調した。
また、今回のカンファレンス最終日には鉱業の下流産業分野発展にあたっての見通しも示された。上述したSombilla氏講演内にて政府は下流産業の発展に向けて動いていることが伝えられ、さらに複数の識者を交えたパネルディスカッションでは、高付加価値化を国内で進めることに関する企業や政府の考え方がより具体的に議論され、現在のフィリピン鉱業の持つ課題についての認識が共有された。
日本にとって重要な原料供給国であるフィリピンが、今後どのような政策方針のもとで鉱業の発展を進めるのか引き続き動向を注視していきたい。