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報告書&レポート

2017年1月26日 メキシコ事務所 森元英樹
17-02

「メキシコ鉱業投資環境」

―Buenavista銅鉱山の銅浸出液流出事故から2年―

はじめに

2014年8月6日、Grupo México社の子会社であるSouthern Copper社がメキシコのSonora州で操業するBuenavista銅鉱山から約4万㎥の銅浸出液がSonora川につながるBacanuchi川に流れ込むとういう災害が発生した。当時、本事故はメキシコ鉱業史上最悪の環境事故と呼ばれ、近隣自治体向け飲料水の供給停止、政府による非常事態宣言が行われるなど大きな社会問題となった。

本事故から2年が経過したことから、平成27年1月29日付けカレント・トピックス15-2号「Grupo México社傘下の銅鉱山における銅浸出液流出事故の概要」(以下、「前回カレント・トピックス」と言う)を踏まえた事故後の対策について調査を行うとともに、Sonora州政府関係者から本事故に関する最近の動向について情報を聴取できたことから、これらを総合した事故後2年の現況を報告する。

1. 銅浸出液流出事故が発生したSonora州について

(1)Sonora州の概要

図1:Sonora州位置図

図1:Sonora州位置図

Sonora州は、メキシコ北西部に位置(図1参照)し、東はChihuahua州、南はSinaloa州、北西部はBaja California州に接する。そして北は米国Arizona州及びNew Mexico州に接するメキシコ第2位の面積を誇る州である。

気候は、Sonora州の大半をSonora砂漠が占めることが示すとおり高温小雨の乾燥地帯であるが、7~9月に狭い地域に短期間のゲリラ豪雨が降ることがある。

地形は、北部の米国境付近は標高1,000m級の山、東部は3,000m級の山が連なる西シエラマドレ山脈、西部及び中央部は標高200~500mの台地、そして西部には風光明美な海岸線であるカリフォルニア湾(コルテス海)が広がり、海、山、そして砂漠と対称的な自然環境が広がる州である。

Sonora州の主要産業は、鉱業と畜産業であるが、この多様性に富んだ自然環境を活かしたエコツーリズム活動が盛んであり、州政府は観光向けPRも積極的に行っている。

 

(2)メキシコ鉱業に占めるSonora州の位置

2015年のメキシコ金属鉱物生産量ランキング(表1参照)におけるSonora州の位置付けを確認すると、銅と金の生産量が国内第1位となっている。銅は本事故を発生させたGrupo México社が保有するBuenavista鉱山(図2-☆)があり全体の約81%を産出している。金はFresnillo社が保有するLa Herradura鉱山(図2-②)、Noche Buena鉱山(図2-⑨)、Almamos Gold社が保有するMulatos鉱山(図2-④)があり全体の約32%を産出している州である。また、モリブデンは、メキシコにおける生産の全量がLa Caridad鉱山(図2-⑮)の副産物であることから、Sonora州はメキシコ・モリブデンの100%を産出する州である。その他、銀が全体の6%を産出し第4位となっている。なお、Sonora州において鉛及び亜鉛は産出されていない。

現在、Sonora州においては、メキシコで初めての本格的リチウム開発プロジェクトとなる、加Bananora Minerals社が保有するSonoraリチウム JV開発プロジェクト(Blackrock社及びRare Earth Minerals社が参画)が進展している。Bacanora Minerals社プレFS調査報告書によると、操業開始後の2年間におけるバッテリーグレードリチウム生産量は17,500t/年、その後35,000t/年を生産する計画である。

図2:Sonora州主要鉱山/開発・探鉱プロジェクト位置図

出典:経済省Sonora州鉱業部資料

図2:Sonora州主要鉱山/開発・探鉱プロジェクト位置図

表1:2015年メキシコ金属鉱種別生産量(対前年比)及び州別順位

鉱種 亜鉛
全国生産量
対前年比
133.7t
(+14.4)
5,956t
(+3.3)
263,772t
(+5.3)
594,451t
(+1.3)
786,774t
(+19.2)
1位 Sonora州
31.6%
Zacatecas州
41.9%
Zacatecas州
62.7%
Sonora州
81.3%
Zacatecas州
43.0%
2位 Zacatecas州
27.6%
Durango州
16.6%
Chihuahua州
14.2%
Zacatecas州
7.1%
Durango州
25.9%
3位 Chihuahua州
11.3%
Chihuahua州
13.1%
Durango州
11.8%
San Luis Potosí州
5.1%
Chihuahua州
13.3%
4位 Durango州
9.5%
Sonora州
6.1%
他諸州
11.3%
Chihuahua州
3.1%
México州
5.9%

注:Sonora州は100%のモリブデン産出州、2015年生産量は前年比21.2%減の11,327t

出典:メキシコ鉱業会議所2016年レポート(国立統計地理情報院データを採用)

2. 銅浸出液流出事故から2年

(1)銅浸出液流出事故の概要

2011年から本格的な建設工事を開始したBuenavista鉱山拡張計画(前回カレント・トピックス参照)に伴う、新たなSx-Ew第3プラント及び浮遊選鉱プラントは、既存鉱山ピット・プラント施設から約9㎞離れ、Bacanuchi川源流近隣に位置する。

事故は、新Sx-Ew第3プラント操業開始数か月が経過した2014年8月6日、銅浸出液貯留池と新Sx-Ew第3プラント間の配管継目金具(固定バンド)の施工不良部分から銅浸出液が漏洩するとともに鉱山外に放出されBacanuchi川に流れ込んだ。

その結果、Bacanuchi川からCananea郡を水源とするSonora川との合流地点(Arizpe町)までの約64㎞、同合流地点からMolinito貯水ダム間の約178㎞、合計約242㎞が事故災害対象地域となり、政府の調査、地形的な環境・延長距離を勘案しBacanuchi川からSonora川合流地点間の約64㎞が最重要復興対策地域(PH調整、川底堆積物除去等の措置)として指定された。なお、Sonora川との合流地点からはSonora川本流からの水量により汚染が緩和されることから、合流地点からMolinito貯水ダム間の178㎞は下流にいくほど本事故の影響を受けていないと考えられた。

また、Sonora川水系流域の住民は、Arizpe町付近及び一部の地区を除き同水系から500m圏外に居住しており、さらに高台に住居を構えることが多い。このため、本事故発生後数か月間において同事故の直接的な被害者及び畜産業・動植物群への影響は報告されなかった。

本事故発生当時、Grupo México社は、降り続いた集中豪雨により銅浸出液貯留池の貯水能力を超えたオーバーフローに起因した堤防崩壊が発生し、銅浸出液がBacanuchi川に流れ込んだ不可避な天災であった旨報告していた。しかし、事故後に環境天然資源省(SEMARNAT)等が行った調査結果は前述のとおりであり、Grupo México社が行った報告は虚偽であることが判明した。

一般的に、銅浸出液等が鉱山内に漏洩する事故が発生した際には、鉱山側は放出液の鉱外流出を避けるためバイパス配管を整備するなど、法令等に規定されている対策を講じているが、本事故発生当時、同鉱山内には、このような施設は整備されていなかった可能性が高い。この件に関しては、民間調査機関(Dossirer de Prensa社)のレポートにおいても同様の指摘がなされている。このような背景から、メキシコ政府はGrupo México社に対し、各関係法令の下、膨大な罰則を課すとともに、Sonora川信託基金設立(El Fideicomiso Río Sonora)資金を拠出させたものと推測される。

図3:Sonora川水系詳細図

出典:Sonora州観光局資料からメキシコ事務所作成

図3:Sonora川水系詳細図

(2)銅浸出液流出事故後に課せられたGrupo México社への罰則

2014年8月の銅浸出液流出事故を発生させたGrupo México社には、最終的に各法令の下、以下の罰則が課せられた。

  1. ①2014年8月の銅浸出液流出事故を発生させたGrupo México社には、最終的に各法令の下、以下の罰則が課せられた。
  2. ②50以上におよぶ法令および規制要求事項に関する修正処置(不適合を除去する処置)
  3. ③5年間にわたり15日ごとの水質サンプリング調査及び同調査分析結果レポートの提出義務

加えて、Grupo México社には、本事故による除染作業、周辺住民の健康被害対策及び補償等に対応するために設立されたSonora川信託基金への2,000百万ペソ(当時:約151百万US$)の拠出義務が課せられた。

(3)Sonora川信託基金の運用

事故後の対策、補償等についてはSonora川信託基金により実施され、また、同基金の運用は環境天然資源省(SEMARNAT)環境計画政策次官、学術関係者等で構成される技術委員会の審議により決められることとなった。

技術委員会の審議の結果、同基金は、緊急性を要する飲料水確保と関連インフラ整備、農業、牧畜業等の経済補償に関する第1フェーズ、中・長期的な観点での対応が必要とされる、環境モニタリング、健康被害の監視等に関する第2フェーズに分かれ運用されることになった。各フェーズの内容は以下のとおり。

●第1フェーズ

同基金は、事故の影響を受けた7つの郡と、後に追加される州都Hermosillo郡の一部住民に対し以下の基準に基づく補償等が行われ、その総額は400百万ペソを超えている。

<補償基準及び対象>

「Tinaco」500ℓ水槽

「Tinaco」500ℓ水槽

  • 農業、牧畜業補償:農民6,825名(8,254ha、134品目)には10haを上限に1ha当たり10,000ペソ、酪農家245名(家畜111,514頭)には最大300頭を上限に1頭当たり350ペソの補償金等を支払う。
  • 飲料水対策:飲料水の早期確保対策:同事故による影響を受けた自治体に対し36基の逆浸透膜浄化プラント、Sonora川の水を飲料用としている同河川周辺の各世帯向けに約7,500個の飲料水槽(「Tinaco」と呼ばれる500ℓ水槽:右写真参照)を設置する。
  • 健康対策:保健省(Secretaria de Salud)の機関で医療関連の監督機関COFEPRIS(連邦衛生リスク対策委員会)が設定した20項目の検査を行った結果、農民19名、住民67名に異常値が確認され、うち37名が川の水に接触したことによる目、皮膚、胃腸等の異常を訴えたことから対策費を支払う。
  • Sonora川の水を飲料用としている同河川周辺の7,694世帯それぞれに15,350ペソの補償金(Tinaco設置代金の名目)を支払う。また、配水車100台以上を配備する。
<Hermosillo郡の一部地区の追加措置>

当初、Hermosillo郡は補償対象地域に含まれていなかったものの、事故発生2ヶ月後となる2014年10月9日、技術委員会はHermosillo郡も北部地域(Sonora川上流地域)と同基準での補償を行う必要があるとして、Hermosillo郡のTopahue、Buenavista、San José García及びFructuoso Méndez地区を補償対象に追加することを決定した。この結果、これらの地区でSonora川を水源として生活している224家族、425農業、牧畜業者、49商業関係者、27漁業者に対しても、上記基準での補償・対策が行われた。

●第2フェーズ

2014年11月4日、メキシコ政府は第1フェーズの作業完了及び第2フェーズの作業開始を発表した。第2フェーズは、緊急性を要する問題に対応する第1フェーズと異なり、本事故の影響を受けた地域の社会問題に対応することメインにしており、主な内容は以下のとおりである。

なお、メキシコ政府関係者は、Sonora川信託基金の運用は、2015年6月の州知事改選(Sonora州知事は、同選挙の結果、Claudia Artemiza Pavlovich Arellanoが勝利し、知事が国民行動党(PAN)から与党・制度的革命党(PRI)に交代となった)には影響されない旨説明している。

  • 第1フェーズの対応のために周辺地域を頻繁に走行した大型緊急車両、配水車が道路を破損させたため、道路の修復作業を行う。また、環境モニタリングを実施し、汚染等がある場合は、原因を特定するとともに、内容を評価し、流出事故に起因する環境問題については解決を図る。
  • 第1フェーズで確認された本事故の影響を受けたと考えられる人以外にも影響があった人がいないかの確認作業を行う。その際の判断及び対応は、メキシコの保健省(Secretaria de Salud)の一部門で医療機器等の監督を司るCOFEPRIS(連邦衛生リスク対策委員会)、国立疫病予防・管理プログラムセンター及び皮膚科、精神科、臨床心理学、免疫学等の総勢25名の専門家が共同で実施するとともに診療所を開設する。
  • 今後は、水処理プラント及び病院等の建設を予定している。

(4)本事故に関係する直近の主な動き

合流地点―Molinitoダム間のSonora川の風景(筆者撮影)

合流地点―Molinitoダム間のSonora川の風景(筆者撮影)

  • 2016年7月、Sonora州知事は、Grupo México社、連邦政府は、本事故で影響を受けた住民に対し追加的な対応を行うべきであるとする要請書をSEMARNETに提出した。
  • 2016年8月、Sonora川流域委員会(本事故の影響を受けた郡の住民代表で組織された委員会)及び幾つかの郡の長は、本事故による損傷の修復作業が進んでいなく、また、水処理プラントも未完成であることから、Sonora川信託基金2,000百万ペソでは十分な対策は講じられないとし、Southern Copper社の本社が位置する米国Arizona州及びメキシコの法廷に、新たな訴訟を起こした。
  • 2016年9月、Sonora州環境保護連邦建設庁(Profepa)は、Bacanuchi川源流点―Sonora川との合流地点―Sonora川―Molinitoダム間を流域5区画に分け評価を行い、Bacanuchi川源流点からSonora川との合流地点間(2区画)の修復措置を完了したと発表した。また、同合流点からMolinitoダム間(3区画:前頁写真参照)については、動植物群及び住民への影響は少ないため修復作業は容易であると発表し、Sonora川流域に与えた汚染は軽微であることを強調した。

3. 経済省Sonora州鉱業部関係者の見解

(1)補償内容について

本事故の影響を受けた住民に対する補償は、様々な専門家で構成される技術委員会により決定した内容により進められており十分なものであると考える。十分であると判断する根拠は、当該地域の一般労働者・農夫の1ヶ月の手取りは5,000ペソ以下であり、人的被害のない住民を含め1家族当たり現金15,350ペソの補償金を支払い、Tinacoの設置及び給水、医療システムを整備したことは、1家族に3ヶ月以上の給与を支払い、生活インフラを整備したこととなる。加えて、当該地域の住民の大半は農畜産業に従事していることから、これに農地/ha及び牧牛・家畜/頭の補償を加えると、補償額は住民にとって十分なものである。

(2)今後の動きについて

Sonora川周辺住民に対する補償及び環境修復は、全ての人を満足させることは難しいものの基金の運用では将来的な措置を含めて履行されていると考える。しかしながら、本事故発生後2年が経過したにも係わらず、引き続き、本事故は、社会、政治問題として当地に根深く残っている。Sonora川流域委員会による新たな訴訟の動きは、更なる補償金、公共工事費を引き出すためのものであり、郡長の交代を含め政治的に利用されている可能性もある。今後は、2018年の次期大統領選、国会議員改選の活動も本格化するので再び本事故が利用される可能性はある。

なお、事故原因は、SEMARNAT等の政府機関がGrupo México社の調査を踏まえ行った現地調査による結果であり、それが正でありメキシコ政府の結論である。

おわりに

事故発生後2年以上が経過しての本事故の対策等については以上のとおりであるが、事故原因については、Buenavista銅鉱山の新Sx-Ewプラント建設において法令に不適合な整備を行っていたこと、怠慢な事故対応、及び許認可・監督官庁であるSEMARNAT、Profepaが検査時等に不適格事項を見逃してしまったことが本事故の本質的な原因であったと考えられる。

幸いにも死亡者等の人的被害は発生しておらず、農畜産業への打撃、環境破壊等は大きくない本事故に対し、Sonora川信託基金を設立し、本事故の影響を受けた可能性のある地域住民への補償、除染を含む環境対策は着実に実施されており、第2フェーズ以降の措置も着実に実施されることが期待される。

他方、Sonora州鉱業関係当局が明かしたとおり、現地では、本事故を政治的に利用する動きもあり、今後の動向については、JOGMECニュース・フラッシュ等でフォローを続けていきたい。

最後に、2016年、メキシコでは、Peñoles社が保有するTizapa鉱山(México州)、加Goldcorp社が保有するPeñasquito鉱山(Zacatecas州)において地元運搬業者による違法道路封鎖活動が発生し、また、2017年1月には、ガソリン等の燃料料金の値上げ(値上率:レギュラー14.2%、ハイオク20.1%、ディーゼル16.5%)に端を発した抗議活動(略奪、道路封鎖、公共交通機関のストライキ等)がメキシコ各地で発生し、抗議活動は幾つかの鉱山の操業に影響を与えている。加えて、精鉱運搬車襲撃強盗、鉱山労働者の誘拐等の安全リスクは低下していない状況であり、メキシコにあるカナダ商工会議所によれば、鉱山安全管理コストは収益の2%相当であるとの分析がある。

メキシコは法的不確実性、安全(治安)といった投資環境の面で注意を払うべき国であることには変わりがないが、メキシコ政府も2014年1月に創設した鉱業特別税及び貴金属鉱業特別税による税収配分(インフラ整備等)を着実に進め、鉱山州住民の鉱業への理解増進を図るとともに、2016年末には経済省に鉱山の探鉱・生産等の促進を目的に鉱山次官のポストを設置するなど、鉱山活動の推進に向けた政策を展開している。2018年の大統領選挙等に向けた活動が本格化する2017年、メキシコ事務所としては、メキシコ鉱業投資環境に変化があれば、情報を収集し発信していきたい。

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