報告書&レポート
パッシブトリートメントに関する世界の技術動向
<center> ―国際学会 2017 ASMR Joint Conference 参加報告― </center>
はじめに
2017年4月9~13日、米国WV州(ウエストバージニア州)にて開催された坑廃水の処理・対策や鉱山開発後の環境修復などを主なテーマとする国際学会「2017 ASMR Joint Conference」に参加し、パッシブトリートメント(以下、PT)技術をはじめとする最新の鉱害防止に関する情報収集を行った。
本稿では、学会における講演内容及びフィールドトリップ等に基づき、海外におけるPT技術の動向について紹介する。
1.国際学会「2017 ASMR Joint Conference」概要
本学会は坑廃水問題の解決に焦点を当てたWest Virginia Mine Drainage Task Force(以下、Task Force)、鉱山開発後の環境修復に焦点を当てたASMR(American Society of Mining and Reclamation)、石炭鉱山地域の森林修復に焦点を当てたARRI(Appalachian Regional Reforestation Initiative)の3団体の共同開催によるもので、Task Forceの38回目の年会も兼ねており、大学関係者・民間コンサルタントなどをはじめとする300人以上が参加した。PT研究の第一人者も多く集まっており、同研究に係る幅広い講演が行われた。なお、学会参加者のほとんどは米国からであり、日本からの参加者はJOGMECのみ(日本からの参加は今回が初めてとのこと)であった。
講演の様子
フィールドトリップの様子
2.講演内容
本学会における講演の内容について、PTが実導入された現場に係る講演および坑廃水処理の挙動を再現可能なモデルの構築に係る講演に焦点を当てて以下に紹介する。なお、講演資料はTask Force HP(https://wvmdtaskforce.com/)上にて公開されている。
2.1.PT実導入現場に係る講演
①Evolution of Trace Metal Removal Products in Field-Scale Vertical Flow Bioreactors(講演者:Julie LaBar氏(Saint Francis University))
米国OK州(オクラホマ州)Mayer Ranchでは、中性で鉄や亜鉛を含む坑廃水(pH:5.95、鉄濃度:191 mg/L、亜鉛濃度:9.65 mg/L、マンガン濃度:1.6 mg/L、硫酸イオン濃度:2200 mg/L)が400~700 L/minの流量で流出しており、図1に示す実規模PT試験設備で処理を行っている。本発表では、同試験設備のうち、鉛直流型バイオリアクター“VFBR”(Vertical Flow BioReactor1)内の殿物のキャラクタリゼーション結果が報告された。当研究は、実規模試験の開始から2年後である2010年および6年後である2014年にVFBR内から採取した殿物の構成物を分析・比較し、金属除去メカニズムの変化について調査したものである。2010年の殿物中では、金属(鉄、亜鉛、カドミウム、鉛)は硫化物として存在しているほか、炭酸塩・酸化物としても存在していた一方、2014年の殿物中では、バイオリアクターが成熟したことにより金属は大部分が硫化物として存在していることが確認された。しかし、マンガンについては、硫化物の溶解度積が大きいため硫化物として析出せず、年数の経過に関わらず殿物中では再溶出しやすい交換態で存在していることが確認された。
殿物中の金属の化学形態を数年にわたって分析する研究は、SRBを活用した金属除去プロセスにおける殿物の安定性を把握する上で非常に重要であると考えられる。特に、当研究のようなPTの実規模試験現場で得られた証左は先導的であり貴重といえる。

図1. Mayer RanchにおけるPT設備(出典:講演資料より引用)
②Iron Transport and Removal Dynamics in the Oxidative Unit of a Passive Treatment System(講演者:Leah Oxenford氏(University of Oklahoma))
①と同様の現場であるMayer Ranchの鉄酸化ユニットに係る詳細な分析結果について発表があった。当研究では、冬場の水温が低い際および降雨の際にユニット出口における鉄濃度にどのような影響が現れるかをモニタリングした結果、水温の低下はほとんど影響を及ぼさない一方で、2.5 mm/h程度の弱い雨が頻繁に降る場合はユニット内で鉄の沈降が阻害され、ユニット出口の鉄濃度が増加する傾向が見られた。また、ユニット内の多くの地点で殿物を採取、分析した結果、殿物はGoethiteであり、その粒径は11~19ミクロン程度であることが確認された。なお、トレーサー試験によると、鉄酸化ユニットの実際の滞留時間は設計値より約2日短い5.4日であることが確認された。
③Quantifying Hydraulic Conductivity in Mine Drainage Passive Treatment System Vertical Flow Bioreactors(講演者:Bryan J. Page氏(University of Oklahoma))
異なる3現場(OK州Hartshorne、Red Oak、Mayer Ranch)における実規模PT試験設備についてVFBRの透水性を比較する発表があった。当研究では、各現場において4種類の方法(field falling head test、laboratory falling head test、slug test、modified single ring infiltrometer test)で透水係数を測定し、粒子密度や孔隙率等と透水係数の比較を行った結果、設備の運転に伴いVFBR内で金属が析出することでVFBR内の粒子密度が上昇し、透水係数が低下する傾向が確認された。また、4種類の透水係数の測定方法については、簡便に測定可能であるが結果にばらつきが大きいなど、それぞれメリット・デメリットがあり、現場の状況によって適切な測定方法を選択する必要があるとのアドバイスがあった。
2.2.坑廃水処理挙動を再現可能なモデルの構築に係る講演
坑廃水処理の挙動を再現可能なモデルの構築では、USGS(United States Geological Survey)により開発された地球科学コードphreeqcによって実施している事例が多かった。当該モデルは、水処理プロセスの最適化や条件の検討、水処理挙動の解明、処理後の影響予測など様々な用途への活用が期待されている。
①A Geochemical Kinetics Module for AMDTreat to Estimate the Effects of Aeration on Rates of Decarbonation and Iron Oxidation(講演者:Charles A. Cravotta III氏(U.S. Geological Survey))
phreeqcを利用した水質シミュレーションモデルについて発表があった。当研究では、phreeqcの反応速度計算機能を用いて、二酸化炭素の気液ガス交換、Fe(II)からFe(III)への酸化、カルシウムの溶解などを考慮したプログラムを構築しており、様々な事例におけるpHや鉄濃度などの時間変化等の実測値と計算値の比較を行うことで、モデルの再現性の確認をしていた。特に鉄酸化速度式については厳密に考慮しており、モデルでは以下に示す「Fe(II)→Fe(III)の単純な酸化速度式」「鉄沈殿存在下における酸化速度式」「微生物の影響下における酸化速度式」の三種類を組み込んでいた。なお、以下の式におけるk1・k2・kbioは酸化速度定数、{H+}は10-pH 、(Fe(III))は系内の鉄水酸化物沈殿の濃度(Fe-mg/L)、Cbactは鉄酸化細菌の濃度(dry-mg/L)を表している。
-d[Fe(II)]/dt = k1[Fe(II)][O2]{H+}-2 | :単純な酸化 |
-d[Fe(II)]/dt = k2(Fe(III))[Fe(II)][O2]{H+}-1 | :鉄沈殿存在下 |
-d[Fe(II)]/dt = kbioCbact[Fe(II)][O2]{H+} | :微生物の影響下 |
②Geochemical Controls on Limestone Utilization in Abandoned Mine Land Reclamation(講演者:Poonam Giri氏(Indiana University))
石灰水路における水処理挙動をphreeqcにてモデル化し、再現を試みた結果について発表があった。当研究におけるモデルは、石灰水路での石灰石の鉄やアルミニウムのコーティングによる経年的な孔隙率の低下挙動をphreeqcで再現するもので、石灰石表面の反応場をphreeqc上で表現し、鉄やアルミニウムの沈殿生成に伴って石灰石の反応面積が減少・孔隙率が低下するようにリンクさせた反応方程式を、一軸移流拡散方程式に適用する方法でモデル化していた。phreeqcでは流体の流れ挙動を1次元でのみ再現可能であるため、石灰水路のような3次元的な挙動をphreeqcで一次元的に近似・再現するには工夫が必要となる。したがって、当発表にて紹介されたモデリング手法は非常に参考になるといえる。
3.フィールドトリップ
本学会におけるフィールドトリップとして、PT導入現場である“North Fork Greens Run Railroad Refuse Passive Treatment System”の調査を実施したので、本稿では、同現場について紹介する(図2)。

図2. North Fork Greens Run Railroad Refuse Passive Treatment System

TIFの様子(著者撮影)

建設途中の AFVFP におけるサイフォンの様子
同現場は酸性で鉄やアルミニウムを含む坑廃水(pH:2.9、鉄濃度:100 mg/L、アルミニウム濃度:60 mg/L、硫酸イオン濃度:2000 mg/L)が 25~100 L/min程度の流量で流出しており、図 3 に示すフローで処理されている。具体的には、カスケード式の TIF(terraced iron formation=自然に曝気しながら鉄酸化を促す水路) → 傾斜の緩い TIF → AFVFP(Auto-Flushing Vertical Flow Pond=石灰石を充填し、サイフォン構造を活用した鉛直流型 pH調整槽)→ 沈殿池 → SRBを活用し金属を硫化物で析出・除去するVFP(Vertical Flow Pond=鉛直流型反応槽)→ 沈殿池 → 放流というプロセスである。TIFでは水路上に落ち葉が添加されており、落ち葉などの有機体を添加することで、低 pH 環境において効率的な鉄除去が期待できるとのことである。一般的には、鉄が水酸化物(オキシ水酸化鉄:FeOOH)として析出する際に pH が低下し、溶解度の観点から溶存鉄濃度はある程度以下には低下しないことが考えられるが、本現場では落ち葉などの有機体を添加することで、有機体の分解によってプロトンが消費され pH が一定に保たれ、鉄の析出が進行すると推測されている。ただし、研究段階でありメカニズムの解明は今後の課題であるとのことである。
また、AFVFP ではサイフォンを利用して一定水量が溜まるまで後段の沈殿池に流れないシステムで、水位が高まると AFVFP 内で生じた殿物ごと一気に水が沈殿池に流出するため、AFVFP内での目詰まりが起こりにくいとのことであった。これにより、AFVFP 以降のプロセスには間欠的に水が導水されるシステムとなっていた。さらに、SRB による硫酸還元が行われる VFP では、有機物としてマッシュルームコンポストを充填していた(JOGMEC プロセスでは、もみがら、米ぬかを充填)。
当現場は鉱害防止に係る現地のコンサルタント企業 BioMost 社の設計によるもので、当プロジェクトで要した全費用は 292,000US$との説明を受けた。
(出典:フィールドトリップ配布資料をもとに著者作成)
おわりに
本稿では、海外における現行のPT 技術およびPT 実導入現場で生じている現象などについて紹介した。日本では鉱害防止技術をメインテーマに議論する機会が多くないため、今回の様な鉱害防止に焦点を当てた幅広い講演が揃った学会に参加することは非常に貴重であり、またPT 技術をはじめ鉱害防止のアプローチに係る視野を広げることができた。
さらに、米国では複数のPT 導入現場が実規模で長期運転しており、PT 技術の深い知見が蓄積されていることを知り、より具体的で最先端の情報を収集することができた。講演では、新規の現場へのPT 導入について紹介する講演のほか、既往の複数の現場を多角的に比較し、メカニズムの確認や新たな課題の把握を試みるなどの派生的な研究も多数あり、とても貴重なものだった。
また、PT が導入されたいずれの現場もただ広い土地に沈殿池を作りやみくもに滞留時間をかけて処理をするというものではなく、最大限地形を活用し、できるだけ清濁分離をした上で理論に基づいた反応が起こるよう工夫して設計されており、同観点を日本向けにすることでPT は日本でも導入できると再認識させられた。
JOGMEC金属環境事業部ではPassive Treatmentを自然力活用型坑廃水処理と呼称し、日本への導入に適したコンパクトな処理プロセス(JOGMECプロセス)の検討を進めている。その早期実用化に向けて、金属資源技術研究所を中心とした試験の実施や海外での情報収集・意見交換を実施している。本報告が鉱山の開発と環境管理に関係する方々の参考になれば幸いである。
1コンポストやウッドチップ等の有機物を充填し、硫酸還元菌(以下、SRB)の働きを活用することで、坑廃水に含まれる金属を硫化物で析出・除去する反応槽。JOGMEC が考案した「JOGMEC プロセス」における“嫌気反応槽”はVFBR であり、JOGMEC プロセスでは有機物としてもみがら、米ぬかを充填する。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。
