報告書&レポート
ニカラグア共和国鉱業の現状
~ニカラグア政府の鉱業分野への期待~
はじめに
ニカラグア共和国(以下、「ニカラグア」と言う)では、2016年11月に大統領選挙が行われJosé Daniel Ortega Saavedra大統領が再選(連続3選)を果たし、2017年1月からOrtega新政権が誕生している。なお、同大統領は、1985~1990年まで大統領を務めており、2006年11月の大統領選挙に勝利し、16年ぶりに大統領に就任して以来、通算では4期目となる。
現在の中米諸国には、自然環境保護政策を進めるコスタリカ、先住民自治区における鉱業活動を含めた経済活動を禁止しているパナマ、治安問題を抱えるホンジュラス、エルサルバドルなど、鉱業投資環境に恵まれない国がある。一方、ニカラグアは、2007年のOrtega政権誕生以降も鉱山の持続的開発を推進している。また、同国の主要産出鉱物である金は、牛肉、コーヒーに次ぐ同国第3位の輸出品目であり、ニカラグア政府は、鉱業を経済政策の柱の1つと位置付けている。
2017年6月には、エネルギー鉱山省の下部組織として鉱業公社(Eniminas)を設立、同年8月には、環境影響評価の審査迅速化を進める大統領令を発令するなど、鉱業開発を促進する政策を継続的に打ち出しており、今回、鉱山行政を所管するエネルギー鉱山省(Ministerio de Energia y Minas)、鉱業団体(CAMINIC)及びカナダ系鉱山企業からニカラグア鉱業の現状について情報を得ることができたことから、これらの情報を基に現状として報告する。
1.ニカラグア鉱業をとりまく政治・経済事情について
1)政治情勢
ニカラグアは、大統領を元首とする複数政党制の議会を有する立憲共和制をとり、大統領が統括する行政府、一院制の立法府、司法府による三権分立制を確立している国である。大統領は、国民の直接投票により選ばれ、任期は5年、連続再選は憲法上禁止されていたが、2014年に改正憲法が発効し、大統領連続再選禁止規定が削除された。
直近では、2016年11月に大統領選挙が行われ、Ortega大統領が三選を果たし、2017年1月から新Ortega政権が樹立し、副大統領には同大統領夫人が選出されている。
これまでのOrtega政権下では、ベネズエラ、キューバといった米州人民ボリバル同盟(ALBA)諸国との関係緊密化を図り、イラン、ロシアとの関係を維持し、そしてOrtega大統領からは反米的発言が見られていた。
しかし、米国は、ニカラグア第1位の貿易相手国であること、さらには、移民問題に加え、米国議会でニカラグアに対する制裁措置が決議されるなど、ニカラグアにとっては、経済面において厳しい対応が迫られていることから、新Ortega政権は、米国関係に配慮した言動、対応を取っている。なお、ニカラグアは、1985年に中国に代わり、台湾との外交関係を樹立したことから、中国との外交関係は有していない。
ニカラグア鉱業行政は、第2期Ortega政権が誕生した2007年までは、商工振興省(Ministerio De Fomento Industria Y Comercio)の外局である国家地質資源庁(Administración Nacional de Recursos Geológicos)が所掌してきたが、2007年にエネルギー鉱山省が創設された。初代大臣には、Emilio Rappaccioli Baltodano氏が就任、そして、2015年1月からは、送電公社(ENATREL)総裁であったSalvador Mansell氏が就任している。なお、ニカラグアの各省には副大臣ポストが設置されているものの、2015年2月にエネルギー鉱山省の副大臣は辞任しており、それ以降、同ポストは空席のままである。
2)経済情勢
1990年代の民主化、内戦からの経済の立て直しを経て、1987年に13,000%(IMF)を超えていたインフレ率は、Ortega政権誕生の2007年以降、10%をほぼ下回り、2016年には3.1%にまで低下している。また、1人当たりのGDPは、2006年末は1,200US$台であったが、2015年には2,000US$を超え、2016年は2,090.8US$(中銀)となり、経済成長率は2014年4.8%、2015年4.9%、2016年4.7%と堅調に推移している。しかし、表1に示すとおり、中米・カリブ諸国の中でも経済発展が遅れている国の1つであり、コーヒー、牛肉といった1次産品の輸出及び米国からの家族送金がニカラグア経済に与える影響は引き続き大きいと言える。
なお、2013年に中国企業と署名した両大洋間運河計画については、港湾、空港、ターミナル建設を含め4百億US$を超える投資が期待され、現在もOrtega政権は同計画の経済効果、雇用創出、貧困削減をアピールしているが、現地点において同計画の見通しは不透明な状況が続いている。この背景には、先住民問題、建設工事費の高騰もあるが、2017年にパナマは台湾に変わり中国と外交関係を樹立させたことから、パナマの多くの分野で中国の影響力が拡大することが予想されており、中国が大型投資を必要とするニカラグア運河計画を一時凍結したとも考えられる。
また、2007年のOrtega政権誕生時、ベネズエラからの経済協力、各種援助もあり、良好な経済情勢が維持されてきたが、慢性的な貿易赤字体質、対外債務の拡大が続いていることから、Ortega政権は、民間投資の確保を経済政策の重点分野として取り組んでいる。
表1.中米諸国の主な経済指標(2016年)
出典:メキシコ事務所作成(ニカラグア中央銀行等より)
3)エネルギー情勢
Ortega政権は、エネルギー鉱山省の立ち上げと同時にニカラグア国内の電力網整備を推進し、発電設備の建設、再生可能エネルギー(水力、風力、太陽光)の導入、送電線網整備を行った。その結果、電力普及率は2006年末の54.0%から2016年には90.1%にまで上昇した。
しかし、エネルギー鉱山省のHP(http://www.mem.gob.ni/?page_id=335)に掲載されている日々の発電量構成比を比較(表2)すると発電源の構成にばらつきがあることから電力構造は未だ発展途上の段階にあると言わざるを得ない。
表2.ニカラグア発電量構成比(%)
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省HPより)
2.ニカラグア鉱業について
1)ニカラグア鉱業行政
鉱業行政は、2007年に創設されたエネルギー鉱山省が所管しており、同省は、主に、会計、人材を担当する総務部局、エネルギー戦略を担当する政策局、そして、炭化水素、電力・再生可能エネルギー、エネルギー産業、鉱山を担当する原局で構成されている。鉱山行政は、図1に示すとおり、鉱山総局(Direccion General de Minas)が管轄し、同局は、鉱山行政・法規部、鉱山技術部、鉱山促進・開発部、地質調査部の4部で構成されている。
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省提供資料より)
同省は、ENEL(電力公社)、ENATREL(送電公社)、PETRONIC(国営石油企業)の3公社を所管している。鉱山分野に関しては、過去に国内鉱山の国有化、管理、監督及び鉱業権の許認可、小規模鉱山振興を担当していたINMINE(ニカラグア鉱業公社)が存在していたが、1990年以降の民間投資促進のため同公社は廃止され、それ以降、鉱業分野を担当する公社は存在しなかった。
2017年6月、ニカラグア議会は、エネルギー鉱山省所管の公社として、同国の雇用と富の持続的創出を促進する民間企業補完機関として、Eniminas(鉱業公社)の設立を承認した。同公社は、鉱山企業、探鉱企業と探査・開発に係る事業を連携で行うことができ、また、鉱業労働者向けの訓練、鉱山保安マネジメント・システムの改善と言った鉱山労働者保安事業も担当する。
Mansell Castrillo鉱山エネルギー大臣へのインタビューによると、「同公社は設立承認がなされたばかりである。同公社は、ニカラグアの未探鉱鉱区の探鉱・開発を推進する役割を担い、民間企業と共同で探鉱・開発を進めていく。現在、同公社の運営に関する検討を行う委員会を設置し、運営方針を議論している」とのことであった。
2)ニカラグア鉱業の現状
ニカラグア鉱業は、1800年代に中央部のLa Libertad、北東部のBonanzaで金が発見され、同国の鉱業基幹として繁栄、1960~1970年代には、銅、鉛、亜鉛といった金属も生産され、1979年当時の政権は鉱業の国営化を進めた。その後、同国鉱業は停滞し、1990年代に入り、INMINEは廃止となり、民間鉱業投資を促進する政策を進めている。
ニカラグア鉱業会議所(CAMINIC)へのインタビューによると、「現在の同国の金生産はベースメタルから派生して始まったものである。銅、鉛、亜鉛のポテンシャルはあるものの、同国は地質データが乏しく、過去の開発経緯からこれらの鉱種の品位は低いと考えられる。そのため、金属価格の影響もあるがベースメタルを生産する企業は存在しない」とのことであった。
主要鉱山は、表3及び図2に示す加B2 Gold社(本社:バンクーバー)がChontales県に保有するLa Libertad金鉱山及びLeón県に保有するMina El Limon金鉱山、及びHemco社が北Atlántico自治地域に保有するBonanza金鉱山の3鉱山である。金生産量は、各鉱山の継続的な探鉱活動及び設備近代化により順調に増加しており、2006~2016年の11年間で金生産量は2倍以上、銀生産量は7倍以上に拡大した。エネルギー鉱山省資料によると、同国の金生産量は、2006年約11万ozに対し、2016年は26万ozに拡大、銀生産量は9万ozから67万ozに拡大している。なお、各鉱山の2015年、2016年の生産量は表3のとおりである。また、ニカラグアには、8ヶ所の鉱石処理プラントがあるが、現在、操業を行っているプラントは表4、図3に示す6プラントのみである。
今後、生産開始が期待されているプロジェクトとしては、前述の3鉱山で進められている探鉱プロジャクトに加え、英Condor Gold社(本社:ロンドン)が保有するLa India金プロジェクト、豪Oro Verde社(本社:パース)が保有するTapacio金プロジェクト、加Calibre Mining社(本社:バンクーバー)が保有するSanta Maria金プロジェクトなどが挙げられる。
表3.ニカラグア金鉱山別生産量
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省提供資料より)
表4.ニカラグアの鉱石処理プラント
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省資料より)
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省等資料より)
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省等資料より)
3)鉱業コンセッション(金属)件数
鉱業コンセッション数は、2007年以降順調に増加してきたが、政府による管理が強化されている。コンセッション期間は25年であるが、4年間探鉱・開発実績がないコンセッションは政府に返還されることとなり、2013年以降は、鉱業コンセッション数、鉱業コンセッション面積は減少している。なお、2016年の鉱業コンセッション数は141件、総面積883,832km2となっている。
エネルギー鉱山大臣へのインタビューによると、「コンセッション申請を初期段階から適切に審査し、また、コンセッション案件の中で鉱業実績のないものについては、コンセッションを国に返還させている。この返還コンセッションをEniminasが上手く活用できれば、ニカラグア鉱業は更に発展する。重要なのはコンセッション数ではなく、コンセッションを取得した企業がどれだけ鉱業法を遵守し、開発を進めるかである」とのことであった。
また、CAMINICへのインタビューによると、「返還されたコンセッションは、Reserva Minera(政府保有鉱業潜在性地域)として政府が一時保有することとなっており、国保有後5年が経過すると国はReserva Mineraを放棄しなければならない。現在、Reserva Mineraの国土に占める割合は表5に示すとおり11.6%であるが、将来的にこれを5%にまで下げる方針を政府は示している」とのことであった。
表5.ニカラグア鉱業コンセッション面積と割合
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省資料より)
出典:メキシコ事務所作成(エネルギー鉱山省資料より)
4)鉱業資源法改正(鉱業ロイヤルティ)の動向
エネルギー鉱山省は、「みんなのための鉱業」をスローガンとして鉱業政策を推進しており、官民の連携を強化していくことが重要と強調している。
エネルギー鉱山大臣へのインタビューによると、「環境省、地方自治体による委員会を組織し、鉱業開発の各段階において協議の場を設定している。同時に、官民連携も進めている。2017年のEniminas設立に係る鉱業法改正の時も業界の意見を広く聴取し改正案を作成した。その結果、議会は同改正案を全会一致で可決した。その際、民間側からは、ロイヤルティ率(売上高の3%)、地表権税(1年目:0.25$(コルドバ)/ha、2年目0.75$/ha、3~4年目1.50$/ha、5~6年目3.00$/ha、7~8年目4.00$/ha、9~10年目8.00$/ha、11年目以降12.00$/ha)の改正に係る要望がなかった。このことからもニカラグアの鉱業システムは有効に機能していると判断しており、現段階では鉱業法改正の動きはない」とのことであった。
また、ニカラグア鉱業会議所(CAMINIC)へのインタビューによると、「政府、企業間は、毎月合同会議を開催し、非常に風通しがよく、法制度を含め上手く機能している。過去の鉱業法改正時、同所からは、様々な国際基準、ロイヤルティ率などを政府に提言し、政府は民間の意見を尊重した鉱業法改正案を作成してきたため、現段階で業界側の不満は無い」とのことであった。
このことから、先述したエネルギー鉱山省が重視する官民の連携及び協力関係が、同国の鉱業開発において上手く機能していることがうかがえる。
5)鉱山労働者賃金の状況
主要産業が、農業、酪農であるニカラグアにとって鉱山開発は雇用問題、地域住民に非常に有効な経済対策となっている。最低賃金に関しては、毎年2段階に分け引き上げられ、鉱山労働者の月額平均賃金は、ニカラグア国内の月額平均賃金の2倍以上と言われている。図5に示すとおり、2016年の鉱山労働者の最低賃金は6,029コルドバ(約300US$)、平均給与20,380コルドバ(約680US$)に拡大している。
加B2Gold社へのインタビューによると、「政府はインフラ整備の決定も早く、鉱業制度は比較的安定しており、鉱山労働者の賃金は、他の中南米諸国に比して安価である。電気料金は高く、技術教育レベルは若干低いものの大きな問題はない。なお、ニカラグアの大学には鉱山関係学部がほぼないことから、管理職クラスの鉱山労働者は米国、カナダ、メキシコ、ペルー人が担当している」とのことであった。
出典:メキシコ事務所作成(社会保険庁(INSS)等資料より)
おわりに
2017年、Ortega大統領は連続3期目を迎え、同大統領夫人が副大統領に任命されるなど、同大統領の政治的影響力は拡大しているが、各インタビューなどを総合すると、鉱業政策に関しては、Eniminas創設、環境影響評価の迅速化と言った政策を進めていることから、現段階においてナショナリズムをはじめとした問題がニカラグアで発生する可能性は低いと考えられる。
なお、ニカラグア鉱業は、金、銀を中心に進められており、ベースメタルのポテンシャルはあるとは言われているが、同国には探鉱データが整備されていなく、現段階において、ポテンシャルはあまり高くないと考えられる。
しかし、中米諸国には高い鉱業ポテンシャルを有しているものの鉱山開発にネガティブな国があり、ニカラグアの鉱業推進政策が他の中米諸国の鉱業政策にプラスに働く可能性はある。中米諸国はFTA交渉を共同で進めるなど、経済分野の連携が強い地域であることから、ニカラグアが中米諸国の持続的な鉱業開発の推進役(旗振り役)となる可能性があり、メキシコ事務所としては、今後も、同国の鉱業政策動向について情報を収集し、発信していきたい。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。