報告書&レポート
ニッケル需給・市場動向
はじめに
2018年10月2日から3日にかけて、ポルトガル・リスボンにおいて国際ニッケル研究会(INSG)秋季定期会合が開催され、INSG加盟国や産業団体、企業、専門家等約60名(登録ベース)が参加した。INSG統計委員会におけるニッケル需給バランス予測については別途2018年11月8日 カレント・トピックス18-25:2018年秋季国際非鉄研究会(ICSG、INSG、ILZSG)参加報告に記載されているが、会合の中でEramet社から2018及び2019年のニッケル市場予測、Wood Mackenzie社から2030年頃までのニッケル市場予測、Roskill社からリチウムイオン電池(LiB)向け電池材料となる硫酸ニッケルの動向についての報告があったため、本稿でそれぞれの概要を報告する。3社の講演概要を通して、短期的・中長期的なニッケル市場の今後を考察する。
1. Nickel market outlook
<講演者:Ms. Alexandra Bertrand, Market Research Manager, Eramet>
はじめにEramet社の市場リサーチャーによるニッケル需給および価格・在庫動向に関する講演の概要を記す。
1.1 ニッケル需給
プライマリーニッケルの需給バランスについては、2018年は約120千tの供給不足、2019年は約70千tの供給不足と予測。2018年は上半期に供給不足が集中し、下半期はほとんどバランスする見込みである。
(出典:Eramet社講演資料より筆者作成)
(1)ニッケル供給
プライマリーニッケル供給は、2018年は2,157千t(前年比100千t増)、2019年は2,293千t(前年比135千t増)と予測。2018年は中国とインドネシアのニッケル銑鉄(NPI)生産がプライマリーニッケル供給の増加に寄与する。中国のNPI生産は2018年に460千t、2019年には480千tに達する予測であるが、中国政府による環境規制の影響で予測より減少する可能性がある。インドネシアのNPI生産は2018年には前年比50%増の260千t、2019年には330千tに達すると予測。2018年および2019年には中国とインドネシアが世界のプライマリーニッケル供給の3分の1以上を占める。
(2)ニッケル需要
プライマリーニッケル需要は、2018年は2,279千t(前年比69千t増)、2019年は2,365千t(前年比86千t増)と堅調に推移。短期的にはステンレス生産が需要の増加に寄与する。2018年はステンレス以外の用途、特にバッテリー向け需要によって増加が牽引される。
地域別では、主にインドネシアが2018年の需要の増加に貢献する。一方、中国や世界のその他の地域における需要は2015年以来初めてマイナス成長となるが、2019年になるとすべての地域においてプライマリーニッケル消費は成長する。
世界のステンレス生産については2018年に49,800千t、2019年には51,000千tに達する見込み。この増加分はほとんどインドネシアにおける生産増が占めている。ステンレス生産の増加傾向は、インドネシアでのプロジェクトの稼働や2019年に中国における生産が大きく増加する中で続く見通し。インドネシアでは300系ステンレス、中国は200系及び400系ステンレスの生産が増加する見込みである。2018年第3四半期まではインドネシア産のステンレス輸入の増加により中国におけるステンレス生産はほぼ横ばいとなったが、保護主義的な関税措置の結果、2018年第4四半期及び2019年の中国の国内生産は増加する見込み。2019年には中国のステンレス生産は27,100千tとなり、世界全体の約50%を占める見込み。
1.2 価格・在庫動向
2018年上半期は順調なマクロ経済やEVバッテリー需要に対する期待から価格は上昇したが、その後は米中貿易摩擦の影響やバッテリー市場に対する熱意の一時的な停滞により価格は下落した。
2018年のLME在庫の減少要因については、投機家がバッテリー需要の拡大を期待して、硫酸ニッケルの原料であるブリケットのオフワラント在庫(市場に対して利用可能でないまたは確認可能ではない在庫)を積み立てた結果である可能性がある。
2. “Global Nickel Outlook: Getting Nervous”
<講演者:Mr. Adrian Gardner, Principal Analyst, Wood Mackenzie>
次にWood Mackenzie社によるニッケル需給予測、価格・在庫の動向に関する講演の概要を記す。
2.1 ニッケル需給
プライマリーニッケルの需給バランスは2018年以降供給不足が続くが、それほど深刻ではなく、2020年頃までは需給はバランスに向けて推移する。
(出典:Wood Mackenzie社講演資料より抜粋)
(1)ニッケル供給
2018年のプライマリーニッケル生産は2,220千tとなり、その内NPIの占める割合は31%の約688千tと予測。インドネシアにおけるNPI生産は2018年に213千tで、2021年には314千tに増加し、プライマリーニッケル生産全体の成長に寄与する。NPI生産の内、中国のステンレス生産会社である青山集団の割合は35%に達する。インドネシアと中国が多く占める状況でNPI生産量はかつてないほど増加するが、NPIの生産は必ずしも安定的ではなく、フィリピンからの鉱石輸入の減少や2021年末から2022年頃にインドネシアが鉱石の輸出認可を停止する可能性等のリスクがあり、中国のNPI生産は2022年以降減少する可能性がある。
2030年以降は、複数鉱山における可採埋蔵量の枯渇も相まって世界のニッケル供給は減少する見込み。可採埋蔵量枯渇の可能性のあるプロジェクトは表1の通りである。
埋蔵量枯渇予想年 | 国 | プロジェクト名 |
---|---|---|
2030年 | コロンビア | Cerro Matoso |
2032年 | 豪州 | Kwinana |
2034年 | 豪州 | Murrin Murrin |
2034年 | ニューカレドニア | Koniambo |
2034年 | カナダ | Long Harbour |
(出典:Wood Mackenzie社講演資料を基に筆者作成)
他に供給面で懸念されるリスクとしては、製錬所の需要を満たすだけの硫化鉱精鉱の不足が挙げられる。
後述するニッケル需要を満たすためには2025年までにさらに334千t、2030年までに791千t、2040年までに2,050千tの供給増が必要である。
(2)ニッケル需要
ニッケル需要は2018年に約2,300千tと予測。今後の見通しとしては2025年に約2,500千t、2030年に約3,000千t、2040年には4,000千t近くまで拡大する。以下、ニッケル需要の中でもステンレス動向とEV向けバッテリーに関して述べる。
・ステンレス動向
世界のステンレス生産は2018年以降増加傾向にある。地域別にみると世界のステンレス生産においてアジアの占める割合が拡大していて、中国、インド、インドネシア、日本、韓国、台湾の6か国で2020年頃までに世界のステンレス生産の約80%を占める。中国のステンレス生産は2017年の25,700千tから2025年には32,300千tに増加する見込み。
2015年以降欧州におけるステンレス需要は増加傾向にあるが、中国と東南アジアによって世界のステンレス輸入におけるマーケットシェアを奪われたことで、欧州のステンレス生産は停滞した。また、2018年3月に始まった米国による鉄鋼に対する追加関税措置の発動を受けてEUが米国に対し鉄鋼に関する暫定的な緊急輸入制限措置を発動したことは、欧州ステンレス市場の状況を一時的に改善する可能性がある。
・バッテリー向け需要動向
EVの販売拡張により、ハイブリッド車(HEV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)、Battery Electric Vehicle(BEV)用バッテリー向けのニッケル需要は堅調であり、2035年以降需要の増加は加速する。バッテリー向けのニッケル需要は年平均16%ほど増加し、2017年に75千t、2025年に250千t、2030年に508千tと増加する見込みである。長期的にみると2040年にはニッケル需要の32%をバッテリー用途が占め、1,280千tとなる見通し。
2.2 価格・在庫動向
長期的に見たニッケルのインセンティブ価格(鉱山開発着手の目安となる価格)は22,000US$/tである。講演者に確認したところ、このインセンティブ価格に達するには3~4年はかかるとみている。また、2018年のLME在庫の減少についてはマレーシアやシンガポール等の倉庫から出された在庫が欧州に流れ、欧州に移された分は消費されずに、投機家がLME倉庫以外の場所で保管し、ニッケル価格が上昇するのを待っているとのことであった。
3.“The Triple Automotive Revolution: Supply and Demand of Nickel Sulphate”
<講演者:Dr. Thomas Höhne-Sparborth, Director of Economics & Analytics, Roskill>
リチウムイオン電池(LiB)の正極材の原料である硫酸ニッケルの動向に関して報告したRoskill社の講演概要を記す。
3.1 LiB正極材用ニッケルの動向
ニッケル含有量の多いNCM811系のLiBへの移行が話題となっているが、性能がそれほど高くない車であればNCM523やNCM622でも十分であり、現状多くのモデルではNCM523もしくはNCM622が使われている。正極材の構成は原材料の利用可能性によって選択される。ただし、BEVのバッテリーの平均的なサイズは大型化しており、バッテリーサイズが大きくなるほど、より多くのニッケルが必要になる。2018年に導入された新BEVモデルのバッテリーの平均容量は約39kWhであったが、長期的には60~70kWhになると予測される。
バッテリー容量の拡大によってLiB向けニッケル需要は増加するとみられ、バッテリー向けニッケル需要は2030年までに850~1,500千tになる可能性がある。
3.2 硫酸ニッケルの供給
LiB正極材製造に用いられる硫酸ニッケル製造のために多くの処理方法が利用可能になったが、十分な中間材料(マット、ミックスサルファイド等)の確保が課題である。中間材料の供給はタイトな状況であり、豪Ravensthorpe鉱山の休山によってタイト感はより増した。LMEのブリケット在庫も減少しており、増加する需要を満たすためには新たな供給源が必要である。
新たな供給源として、以下の4つが挙げられた。
(1)ステンレス向けに使われているClass1ニッケルのバッテリー向け利用可能性
2017年の時点で、NPIやFeNiといったClass2ニッケルは、ステンレスに用いられるニッケルの69%を占めている。残りはパウダーやブリケット等のClass1ニッケルが占めているが、これらのステンレス向けに利用されているClass1ニッケルの大部分はNPIで代替可能であり、その分Class1ニッケルをバッテリー向けに利用できる。NPIの供給が増加すれば、バッテリー中間材料の供給増加の可能性も高まる。
(2)バッテリーのリサイクル
リチウムイオン電池のリサイクルはそれほど発展していないが、多くの会社が正極材材料や前駆体のリサイクル、または原料の抽出といった技術開発に着手している。ニッケル供給量としてはバッテリーリサイクルからの供給は2030年までに200~300千tを超えることはない見通し。
(3)インドネシア以外のグリーンフィールドプロジェクト
新規鉱山開発プロジェクトの実施にはニッケル価格の上昇が必要である。硫化鉱のプロジェクトは最も経済的であるが、2030年までに150千t以上の追加生産は見込めない。インドネシア以外の酸化鉱プロジェクトでは、FSを終えた多くのグリーンフィールドプロジェクトはニッケル価格が20,000US$/t以上となる必要がある(副産物の状況によって例外はある)。加えて、これらのプロジェクトは年400~500千t程度しか生産が見込めないため、バッテリー向けのニッケル消費の拡大の半分程度でしかない。
おわりに
短期的にはニッケルの供給不足はそれほど深刻ではないが、供給不足の状態は継続するとみられる。供給面では、NPI生産増が供給不足を幾分緩和させる一方、既存の鉱山や新規開発鉱山からの供給の増加は現状の価格動向等を考慮すると期待できない。また、NPIについても中国の環境規制やインドネシアの鉱石輸出認可停止等により中国のNPI生産量が減少するリスク要因が存在するため、供給面には不安が残る。
需要面では、ニッケル用途の約7割を占めるステンレス需要は特にアジアにおいて今後も成長が見込まれる。一方、ニッケル全体の市場動向を発表した2社の講演の中で、EV関連の話題がそれほど大きく取り上げられなかった点が印象的であった。EV関連で当面の供給不安はないものの、EV普及の進展やバッテリーサイズの拡大によって、将来的なEV向けニッケル需要の拡大は確実視されているため、長期的には電池材料の原料となる硫酸ニッケルの不足をどう補うかが課題となる。
EVの動向やバッテリー向けニッケル需要動向を注視する必要性は依然として高いものの、ニッケル全体の需給動向としてはインドネシアや中国の政策動向や企業の動向が重要であり、これらについて引き続き注視していきたい。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。