報告書&レポート
APEC Mining Week 2019 報告
はじめに
APEC(アジア太平洋経済協力)では、2007年から鉱業分野の中長期的課題を議論する公式会合としてマイニング・タスクフォース(MTF)が毎年開催されて来たが、参加国数が少ない事やAPECの組織スリム化方針から、この会合は2018年限りで廃止となった。
2019年のAPEC会合を開催予定だったチリは、自国で開催するAPEC諸会合の合間に、MTFに準じる官民及び政府間の対話会合として「Mining Week」を開催すると発表した。チリ政府はMTFの存続を強く主張する立場であった事から、これがAPECにおいてMTFに代わる新たな鉱業関係者の対話の場になるのかどうかが注目された。
本稿では、2019年8月5~8日にチリAtacama州Copiapó市で開催されたAPEC Mining Week 2019の内容について報告する。

写真1.Mining Week 2019会場となったHotel Antay(APEC Chile 2019 Website)
1.APEC Mining Week 2019 開催の経緯
APECでは2007年から、メンバー・エコノミーの鉱業関係者が資源の開発・貿易に伴う中長期的課題について議論するマイニング・タスクフォース(MTF)が毎年開催されて来たが、APECにおけるタスクフォースは全て2年間の暫定組織の位置付けであるため、2年に一度その存続延長手続きを採る必要があった。APEC内に有益であり継続すべきとの意見と、参加エコノミー数が全体の半数程度と少ないので廃止すべきとの意見があり、議論が継続されていた。
2018年8月に PNGの Port Moresbyで開催されたMTFでは、同年12月で満了する存続期限を延長する方向性を確認し、APEC鉱業担当大臣会合の共同声明にその旨の記述が盛り込まれた。しかしAPEC内では組織スリム化の意見が根強く、存続延長手続きは結局実現しないまま2018年末を迎え、MTFは廃止となった。
2019年APEC開催を予定しており、 世界有数の鉱業国でもあるチリは、MTFの存続を強く主張し、他のメンバー・エコノミーに存続への支持を呼び掛けていた。MTFの廃止により自国でのAPECでMTFが開催出来なくなったチリ政府は、APECの各種常設会合とは別に、臨時・単発的な企画として、鉱業に関する対話会合として「Mining Week」を8月に開催すると宣言し、メンバー・エコノミーに参加を呼び掛けた。5月のチリ鉱業省と我が国経済産業省との会合の場では、鉱業大臣から日本側に直接、Mining Week 2019への参加要請があった。
2.Mining Week 2019の内容
会合は8月5日(月)から8日(木)の昼までの3日半、Atacama 州Copiapó 市のHotel Antayで開催された。Mining WeekはAPECの常設会合ではないが、事前の連絡は全てAPECチリ事務局から発信され、APECチリ2019の公式ホームページに公式会合と同様に開催の予定や記録が掲載された。サンティアゴの空港では他の公式会合と同様にAPEC事務局係員がプラカードを持って参加者を案内していた。ただし日本大使館によると、それまでのAPEC関係会合の事務局は基本的にチリ外務省が運営するが、Mining Week 2019は例外的に鉱業省が議長を派遣し予算を拠出した模様である。
鉱業が盛んなチリ北部の中でもCopiapó市は、中小規模の地元鉱山会社が多数操業するAtacama州の中心都市であるが、鉱業関係の国際会議の同市での開催は非常に異例で、恐らく前例は無いとの事であった。チリ関係者の話では、Mining Week 2019のCopiapó 開催を強く主張したのは鉱業省、特にProkurica 鉱業大臣 との事である。同大臣はAtacama 州選出の国会議員であり、州知事と共にその全会合・イベントに参加し、その合間に地元メディアの取材対応に余念が無かった事から、Prokurica 大臣はこの会合を自らが地元に錦を飾る機会とした、という見方も出来る。
会場となったHotel Antayは、Copiapó市街地の東の外れにあるカジノ付きホテルで、大きなイベントホールを有し、Mining Week 2019の会合はこれを様々な大きさに仕切って開催された。並行して、他に多数ある小会議室でサブ会合(例えば「各国の鉱業協会代表の会合」)や特定二国間の協議も行われた。
会合全体のスケジュール・内容は別表のとおり 。
| 日付 | 時間 | 内容 |
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8月5日(月) |
10:00~10:40 |
開会式
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10:40~12:00 |
鉱山保安 セミナー
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15:15~19:00 |
San José 鉱山訪問
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8月6日(火) |
9:00~12:30 |
持続的鉱業セッション
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第二部:よりクリーンな未来のための鉱業:EVと再生可能エネルギー
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14:00~17:30 |
水銀非使用促進対策ワークショップ:人力・小規模金採掘での水銀非使用推進のための訓練教材の開発(米国のAPECプロジェクト 結果報告) |
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19:00~20:30 |
レセプション@Tierra Amarilla鉱物博物館 |
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8月7日(水) |
9:00~12:30 |
鉱業政策に関する官民ダイアログ
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第二部:鉱業 製品の出処追跡性と責任ある原料調達
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第三部:採掘に伴う尾鉱
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15:00~18:00 |
鉱山操業現場の見学会
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20:00~22:00 |
公式レセプション@Antayホテル |
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8月8日(木) |
09:00~13:00 |
鉱業のデジタル化に関する高レベル政策会話
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→ 労働問題、サイバーセキュリティー他の影響と政策について代表団の意見交換 |
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13:00~13:10 |
閉会式
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2.1.開会式・鉱山保安セミナー、San José鉱山訪問(8月5日)

写真2.会合ホスト役の三名
- 左よりFranke APEC幹部会議長/貿易省次官、
Prokurica Mining Week 2019議長/鉱業大臣、
Urquieta Atacama州知事。
(APEC Chile 2019 Website)
(1)開会式 ・鉱山保安セミナー
開会式冒頭で州知事、鉱業大臣、APEC幹部会議長が挨拶。Prokurica大臣は、最近の銅価下落を憂い、その原因とされる米中貿易摩擦の解決を探るためPiñera大統領がAPECの機会を利用して米中間を取り持つ事を期待すると述べた。
引き続き鉱山保安に関するセミナーが開催され、鉱業地質局、Kinross Gold社、BHP Billitonが講演した。いずれも保安行政の方針と操業者の自主規範の流儀を統合し、両者の折り合いを探るための、双方からの試みが紹介された。なお、このセミナーは、午後のSan José鉱山訪問とセットの企画であり、2010年に落盤事故で坑内に閉じ込められた33人の作業員が69日後に救出された「San José の奇跡」と呼ばれる出来事を、会合の広告塔のように利用した感がある。
(2)San José鉱山訪問
昼食後、参加者全員がバスに分乗し、San José 鉱山 に移動した。同鉱山はこの地域に典型的な地元資本経営の中規模銅鉱山の一つであったが、2010年8月5日に落盤が発生してスパイラル斜坑が塞がり、坑内作業員33名が地下700mの避難所に取り残された。チリ内外の政府・企業から救出チームが派遣され、作業の状況が連日報道された。最盛期には周辺に救出作業従事者と報道関係者で計 2,000人が泊まり込むキャンプ村が出来たとの事である。事故発生69日後に大口径ボーリング孔を使ったカプセルによる救出が始まった際には、その様子が全世界に中継された。
現地には 同鉱山全体を見渡す展望台と展示施設が設置され、一連の出来事の詳しい記録や使用された資機材が展示されていたほか、モニターに作業員救出の瞬間の様子とこれに歓喜する国民の映像が繰り返し再生されていた。この演出は明らかに、この事故の感動的ハッピーエンドの側面を強調する事で事故のネガティブな印象を消す事を意とし、実際にそれにかなり成功している印象であった。
18:00からは現地の特設会場で「事故9周年式典」が開催され、33人の生還者のうちの数名が招待されて参加し、大臣や知事と記念写真に納まっていた。

写真3.San José鉱山(正確にはその跡地)を特設の展望台から望む

写真4.斜坑坑口
設備は既に撤去され、整地されているが、救出のためのボーリング掘削位置等には旗や看板が設置され、櫓が保存されている。
ここから地下700mの採掘現場までスパイラルで降りる斜坑の途中が落盤で塞がった。(JOGMEC目次撮影)
2.2.持続的鉱業セッション、水銀非使用促進対策ワークショップほか(8月6日)
(1)持続的鉱業セッション
会合2日目午前中は持続的鉱業をテーマにしたセッションで、第一部は以下の四者が講演した。
1)「鉱業における水素利用」(再生可能エネルギー 開発・供給企業 Pacific Hydro社)
鉱山業界での水素利用は、石炭等から作ったBlue Hydrogenを燃料として使用した例がある程度だが、豊富な太陽光資源を持つチリは、一足飛びに再生可能エネルギーで作るGreen Hydrogenの利用を目指す取り組みに着手している。そのためには、まず水素市場構築から始める事になり、水素の原料となる水が不足しているという不利な状況もあるため、前途は多難な模様である。
2)「脱塩の最先端技術」(海水淡水化のエンジニアリング企業Aqua Advice社)
高性能なフィルターやポンプ、プラント操業のデジタル管理等の普及により、脱塩処理はもはや安価で安定した持続的技術であることが強調された。チリはその世界有数の市場で、稼働施設能力の59%が鉱業向けである。従来はユーザーから淡水化プラント建設を請負う形が主流だったが、最近は大規模プラントを自ら建設・運転し複数用途・ユーザーに水を売る形が増えているとの事である。

写真5.持続的鉱業セッション前半の講演者4名
中央は座長のチリ銅委員会Cantallopt研究部長。(APEC Chile 2019 Website)
3)「鉱山操業における持続可能性」( Antofagasta社)
同社のArriagada社長が講演。現在鉱業界は大きな技術変革期にある上に、米中貿易戦争や気候変動等の問題もあり、その在り方を大きく変え らざるを得ない、という大仰なイントロの後に挙げられた対応策は、働き方改革、作業自動化、尾鉱の減容化とダムの遠隔集中監視、CO2排出削減などで、目新しさは無かった。最後に「我々は自分達がやっている事にもっと自信を持つべきだ 」と締め括った事に、チリの経済を支える産業としての自負が垣間見えた。
4)「チリの鉱山尾鉱管理政策」(チリ鉱業省 Terrazas次官)
チリには742か所の尾鉱ダム(使用中106、休廃止636)が存在する。JICAの支援で実施した休廃止鉱山実態調査の結果を基に、2012年に施行された休廃止鉱山対策法に関して、事故リスク評価の要素を加える修正を計画した。特に市街地近くに残る古い尾鉱ダムには、人工衛星やインターネットを使った常時監視体制構築、尾鉱の移動・再処理の許可によるダム撤去の促進等の対策を採る模様である。
第二部の「よりクリーンな未来のための鉱業」では、チリ鉱業の長期的課題への取組みを紹介した。
5)「リチウム 付加価値化政策」(CORFO;チリ開発公社 Paz氏)
チリ政府が進める、リチウム原料の安価供給の保証と引換えにその高付加価値化工場をチリに建設させる事業公募制度を解説した。数か月前に東京で行われた説明会でも聞いた内容だが、「リチウムさえあれば誰もが飛び付く」との幻想に囚われ、誘致工場への支援優遇が十分でない感があった。
6)「EV原料供給と市場の動向」(COCHILCO;チリ銅委員会 Cantallopts氏)
前の話題に関連して、近年COCHILCOが情報収集しているEV向け資源の需給動向の解説であった。今後の正極材の合金比率予想にまで言及したが、この話題に対しては、リチウム主要供給国のチリ、豪州と他のAPECメンバー・エコノミーとの間で、関心の内容に大きな差があるであろう。
7)「循環型経済」(国際銅連盟・コンサルタント Guajardo氏)
世界の銅リサイクル事情の総括だが、内容は欧州の状況が中心であった。これをあくまでも新地金販売ビジネスの先行き予測の参考情報と位置付けるのか、それともチリの銅製錬産業の将来の事業展開対象候補と見ているのか、立ち位置が不明瞭であった。
8)「研究開発から鉱業界への技術移転 の展開:AUI PLUSモデル」(Associated Universities社(R&D推進団体)Cohen氏)
米国において研究開発から事業化・技術移転に繋げる橋渡し役を担う支援ビジネスの紹介であった。リチウム付加価値化政策で必要となることを見越した紹介だが、米国での成功事例を挙げるのみで、チリで実際に進めるべき技術移転の具体的な提案は無かった。

写真6.持続的鉱業セッション後半の講演者4名
右からCORFO・Paz氏、COCHILCO・Cantallopts氏、座長を挟み、国際銅連盟Guajardo氏、
Associated University社Cohen氏(APEC Chile 2019 Website)
(2)水銀非使用促進対策ワークショップほか
従来のMTFでは、メンバー・エコノミーがAPECの資金援助を得て進める鉱業関係の取り組み事業の進捗報告が行われていた。その流れでこの日の午後は、米国のNPOであるAGC(Artisant Gold Council)が主体となって2017年から2年間実施された事業の結果報告のワークショップが行われた。
この事業は、小河川沿いの沖積堆積物を対象に行われるASGM(Artisanal small-scale gold mining;小規模/手作業金採掘)における水銀アマルガムの使用を無くすための啓蒙教育用の教材を作るというものである。ASGMは世界の80か国以上で、世界の総金生産の15%を生産する。従事者数は1,500万人で、世界の金鉱業従事者数の90%になるというが、その多くが非正規の違法採掘であり、行政の管理・規制を受けず適切な知識も無く水銀アマルガムが使用され、世界の水銀の環境排出量の38%を占める排出源として問題視されている。
ASGM従事者は行政との接触を避けるため、環境規制の一環で水銀使用を管理・制御する事は困難である。そこでこの事業では、ASGM当事者の組織 毎の段階に応じた講習資料を作成し、試験的な講習会を実施した。各国で同様の取組みを進める組織の橋渡し役をAGCが担い、フィリピン、PNG等で試験的な講習会を実施した。
ASGM対策は環境汚染だけでなく、違法採掘、労働環境問題など多様な問題への取り組みであり、水系が国境を跨ぐ地域では国際的な対策の枠組みが必要である。ただし、アマゾン川上流部や西部アフリカなど重要な現場が域外になるAPECがその議論の場として最適とは言えない。

写真7.水銀非使用促進ワークショップ会場の様子(APEC Chile 2019 Website)
ワークショップ終了後、会合参加者はバスでCopiapó市郊外のTierra Amarilla鉱物博物館に移動した。この博物館は地元銅鉱山経営者が開設したもので、Copiapó 市周辺の銅鉱業の歴史の解説と、多数の鉱物コレクションで知られる。見学後、博物館の庭でレセプションが行われた。
2.3.官民ダイアログ、鉱山操業現場の見学会、公式レセプション(8月7日)
(1)官民ダイアログ
会合三日目の午前中は、参加国代表団とチリ内外の民間企業とが意見交換する官民ダイアログ(Public Private Dialogus;PPT)が行われた。3つの具体的なトピックが示され、それについて話題提供のプレゼンの後、参加者が意見交換する形式であった。会場のレイアウトが円卓に変わり、参加したAPECメンバー代表団と、チリ鉱業分野の公的機関・民間企業の代表が向かい合う配置になった。
第一部(トピック;METS(鉱業機械 ・技術及びサービス)の状況)
最初のトピックMETS(Mining Equipment, Technology and Service)は、鉱山操業現場で使用する重機・設備装置の供給やその運転操業に伴う技術サービスを指す。このトピックに関する話題提供として、冒頭にJOGMECから 、CODELCO との協定に基づき行っている、日本企業が提供する鉱山技術及び異分野の技術のうち、鉱山操業現場でも有効活用出来そうなものを紹介する活動の実績を説明した。最後に今後の課題として、操業現場関係者がリスク回避重視の保守的姿勢に陥らぬよう、彼らのチャレンジ精神を鼓舞する仕組みの導入が望まれるとコメントした。
このプレゼンに対し、質疑・意見交換他で以下の発言があった。
- SERNAGEOMIN代表:紹介技術の例の中に、Copiapó 周辺の中小銅鉱山への導入が有効なものがある。この地域の地元企業に日本の技術を紹介する事は出来ないか?
回答:この活動はJOGMECとCODELCOとの取り決めに基づいて行うもので、不特定多数に対しては行わない。ただし第三者が開催する会合等で日本企業の技術の紹介を行う希望があれば、該当する日本企業にその旨を伝え、参加を勧める事は可能である。
- COCHILCO代表:日本企業は自己の意志と負担で技術紹介を行うとの事だが、この活動に貴組織が予算を支出し正式なプロジェクトとして計画的に実施する事は出来ないのか?
回答:当機構は国の組織であり、特定の民間企業の利便のために予算を支出する事は出来ないので、あくまでも企業に自費での参加を打診する形になる。
- 豪州代表団:鉱山操業現場には是非他の産業分野の先進技術を導入すべきである。具体的には、宇宙開発の分野で開発・進化している各種技術の導入を提案したい。
この話題提供は、技術革新が進みにくい国営鉱山企業でそれを促進する方策の例を示したつもりであったが、チリの当事者以外の聴衆にはむしろ「鉱業以外の分野で開発された技術を鉱山操業現場に活用する」という視点が興味を引いた模様であった。
続いて豪州代表団が、豪政府による鉱業分野でのイノベーション奨励政策を紹介した。同国にはMETSで世界的に高いシェアを持つ企業が多く存在し、鉱山を操業する資源生産企業と共に鉱山業界を形成していることから、所管業界の産業振興策としてこうした政策が採られる模様である。

写真8.官民ダイアログの配席
奥左に議長・事務局、奥手前の右に参加国、左にチリ官民が着席(APEC Chile 2019 Website)

写真9.CODELCO社 Rivera氏

写真10.チリ銅委員会 Cantallopts氏

写真11.カナダ鉱業協会Gratton氏
第二部(トピック;鉱業製品の出処追跡性と責任ある原料調達)
まずCODELCO の Jaime Rivera氏が、近年の鉱業を取り巻く情勢変化の中で、CODELCOが年170万tの銅生産を維持するために2018年から計画的に実施しているSustainability Projectと呼ばれる取り組みを紹介した。
この取り組みの中で同社は、製品の出処追跡性(トレーサビリティー)を持続性実現の鍵と位置付け、その実現度合いを数値化し製品の持続性指標の一つとする事を目指している。将来はこれを他の要素と統合した「総合生産性指標」を構築し、その推移動向を監視・制御することで生産性を向上させたいと説明した。
続いてCOCHILCO Cantallopts氏が前日に続いて登壇し、「地域から世界に向かう新たな枠組み」と題して講演した。出処追跡性は鉱業の持続性の車輪の一つであり、その度合いが指標によって数値で示されて初めて達成可能となる。出処追跡性に関してはアルミ、鉄、銅の業界団体がそれぞれ独自のガイドラインを設けようとしている状況で、これは横の連携を欠いていると指摘した。
APECメンバー・エコノミーは、国内の鉱業統計情報の整備を図ることで、追跡可能で持続的な責任ある鉱業の実現に貢献すべきであると主張した。こうした取り組みには、特に最大の生産・消費国である中国が参加しないと実効性が出ないと強調した。
Cantallopts氏に名指しされた中国の代表団は、顔を寄せ合い何か相談していたが、結局だんまりを決め込んだ。これに対し自らも出処追跡性確保の具体的な実績がある訳ではないチリの関係者もそれ以上は突っ込まず、議論は続かなかった。
第三部(トピック;採掘に伴う尾鉱)
1月のブラジルの尾鉱ダム決壊事故で俄かに鉱業界の課題となったトピックに関する話題として、カナダ鉱業協会のGratton氏が、同国の「尾鉱管理イニシアティブ」を紹介した。
この活動は2014年のMt.Polley鉱山の尾鉱ダム決壊事故を契機に企画され、Towards Sustainable Mining(TSM)という団体が2015年に運営を始めた、現行の尾鉱管理の業界規範としては最も厳格と言われるものである。個々の尾鉱堆積貯蔵現場毎に実態調査が行われ、環境保護責任、地域社会と人間、エネルギー効率等のカテゴリー毎に設定された複数の指標について、最上級のAAAからAA、A、B、要求未達成のCまで5段階で評価する。評価の方法は管理企業の自己評価の他に第三者の評価、社長名での品質保証書発行、TSMの専門家によるレビューなど多岐に渡る。2018年11月までに計29社に改善を提言すると共に、管理プロトコル、指導書、マニュアル等が発行された。
最後に登壇したチリSERNAGEOMIN(地質鉱物局)のVarga氏は、チリの「尾鉱ダム監視計画」を紹介した。背景として、チリでは過去大地震が起こる度に尾鉱ダムが決壊し、国民のダム拒絶意識が強い事に加え、最近では鉱山操業者が予め保有する尾鉱ダムのリスク情報と事故対策資金準備状況まで開示を求められる流れが生じている事を挙げた。
この計画は、ネットを使って尾鉱ダムを遠隔集中監視するオンライン・モニタリングシステムを官民共同で構築するものである。各現場で取得した観測データや画像等をシステム内で検証・分析し、多様な情報を統合・可視化して示し、一定以上のリスクレベルになると警報を出す。ユーザーとなる監視対象尾鉱ダムの管理者は無料で使用出来、情報は監視施設だけでなくPCやスマホにも配信する。2019年中に最初のプラットフォームが完成し、試験的な運用が始まるとの事である。
尾鉱ダム事故再発防止の理想的な取組みは、既存尾鉱ダムの決壊リスク低減化工法やダム不要の尾鉱処理法の普及・導入促進であるが、現状はまだその段階にないため、平時の監視体制の強化しか話題に出来ない。技術紹介が出来る状況になれば、APECで話題にすべきトピックである。
(2)鉱山操業現場の見学会
三日目の午後、参加者は坑内掘りコースと露天掘りコースの二組に分かれ操業現場を見学した。Copiapó市の南西約15kmにある Carola鉱山はこの地域の典型的な中規模坑内掘り銅鉱山で、見学者は完全装備で坑内に入り、坑道の構造や採掘方法、非常時の避難施設等を見学した。一方北東約40kmの Cerro Negro Norte鉱山は露天掘り鉄鉱石鉱山で、参加者は現場仮設テントで概要説明を受けた後、バスで展望台に登り鉱山全体を見渡し、採掘場での発破を遠望し、採掘重機を見学するなどした。
(3)公式レセプション
この日の夜はAntay HotelのガーデンレストランにてMining Week 2019としての公式レセプションが行われた。大臣や州知事も参加していたが、開始時も途中でも挨拶やセレモニーは特に無く、事務局スタッフが各参加者と言葉を交わして回り、各国代表団が入り混じって話し、飲食し、写真を撮り合うという、非常にカジュアルな雰囲気に終始した。本会合では毎晩レセプションがあり、参加者間の交流の場作りに相当力を入れている印象であった。
2.4.高レベル政策対話、閉会式(8月8日)
会合最終日は、参加メンバー・エコノミーの代表団のみが参加する「高レベル政策対話」として、鉱業のデジタル化をテーマにした意見交換会が企画された。
このセッションでは、各国代表団の間で以下の話題提供と議論が行われた。
- カナダ代表団:鉱業に新技術を導入し効率化とクリーン・エネルギー利用を進める“Canadian Minerals & Metals Plan”を紹介した。2019年12月に開催されるCOP25でのCO2排出削減の議論における鉱業の位置付け改善を目指す。
- PNG代表:APEC事業として実施した同国の閉山ガイドライン作りの結果を報告した。昨年のMTFでの報告のフォローアップであった。
- 米国代表団:今後はEV等のクリーン・エネルギー技術に必要な金属資源の安定的確保が必要であり、そのためにはAPEC諸国の連携が必要と訴えた。明らかに、レアアース等の鉱物資源供給の「脱中国依存」を念頭に置いた主張である。
- 政府間鉱業フォーラム:来年発行のレポート「New Tech, New Deal」報告書の内容を披露した。技術変革による業態変化、特に作業自動化による労働需要の変化への対応が不可欠と結論付けた。
最後の閉会式で、Prokurica 鉱業大臣による「議長宣言」が読み上げられ、Mining Week 2019は終了した。
従来のMTFでは毎回参加国が議論してまとめた成果文書を上位会合に提出していたが、Mining Week 2019ではこれに相当する文書は作成されず、後日APEC Chile事務局が作成した公式報告に議長宣言がごく簡単に引用されたのみであった。

写真12.9月8日午前中の「高レベル政策対話」の会場(APEC Chile 2019 Website)
おわりに
チリ鉱業大臣が中心となって企画された今回のMining Week 2019は、一言で言うと、チリの鉱業が現在直面している課題や懸案事項をテーマとして採り上げ、同国政府と鉱業界がこうした課題に如何に真剣に取り組んでいるかをアピールするイベントであった。会合全体を通じ、その話題設定や演者の選定にそうした姿勢が明瞭に出ていた。一方、APECの枠内で鉱業について定期的に意見交換する機会が必要だという主張は、少なくともこれと同レベルでは主張されなかった。強いて挙げれば、参加者間の交流促進に非常に力を入れる運営に、各国鉱業関係者の横の繋がりが大事だという暗示的な主張があったかのかも知れない、という程度であった。
今後のAPEC会合でも、こうした形で開催国が鉱業に関する持論・主張をアピールする場を設ける事は可能であろう。しかし世界の鉱業の在り方に対し、特に明確な主張を持たないホスト国にはそのモチベーションが無いことから、Mining Weekのような会合は今後は開催国の事情・意向に応じてアド・ホックに開催されるに留まる可能性が高いと思われる。
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。


