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報告書&レポート

2020年7月7日 バンクーバー 事務所 佐藤すみれ
20-10

アフターコロナの時代に向け、鉱業界に求められる対策

―ラテンアメリカ初の大規模国際ウェブ鉱業会議「COVIDMIN」概要―

<バンクーバー事務所 佐藤すみれ 報告>

はじめに

2020年6月9~11日の3日間、再生可能エネルギー及び鉱業国際調査機関(REMIO:Renewable Energies and Mining International Observatory)主催のラテンアメリカ鉱業に関する初の国際ウェブ会議「COVIDMIN」が開催された。本会議はCOVID-19が脅かす経済危機克服のため、現代の鉱業に必要な多国間の相互依存システムを強化することが目的とされ、プラットフォーム上で各企業の展示(企業情報の掲載)、ウェブミーティングやビジネスマッチングなどが1年間に亘って利用可能となっている。開催期間中はチリ、ペルーのプレゼンテーターを中心に計34の講演、2つのパネルディスカッションが行われ、参加者は講演中にチャットシステムを利用し質問や意見を述べることができ、講演中あるいは最後に発表者が回答を行う形式で、3日間を通して活発な意見交換が行われた視聴者参加型の会議であった。

チリ、ペルー以外の参加国としてはアルゼンチン、メキシコ、エクアドル、ボリビア、コロンビア、スペイン、米国、カナダ、ドイツ等であり、最終日に主催者が発表した登録者数は5,400人を超えた。発表テーマは主に「鉱業にもたらされるリスク」、「貿易・物流の変化」、「技術革新」、「持続可能な開発」であった。ここでは、筆者の印象に残った講演について、テーマに分けていくつかご紹介したい。

1.COVID-19が鉱業にもたらすリスク

(1)Ernst & Young社 Eduardo Valenteエネルギー・鉱業部門リーダー

Ernest & Young社(以下、EY社)は、2020年に鉱業部門で予想される10のリスクを発表した。以下複数の項目を抜粋して紹介する。なお、図1内の各項目は円の中心に向かうほどより重大なリスクとみなされ、赤枠に示されている数字は2019年の順位であり、矢印は前年からの上昇・下落を表している。

図1.2020年鉱業部門に対し予想される10のリスク

図1.2020年鉱業部門に対し予想される10のリスク

(出典:Ernst & Young社プレゼンテーション資料)

第1位:社会的営業許可の取得(2019年第1位)

近年、利害関係者の状況が変化しており、政府や周辺住民との関係性だけでなく、環境団体や顧客との間でも良好な関係を築く必要性が高まっていることから、社会的及び環境的問題を軽微なものと見なすことや、少数の利害関係者の力を過小評価することは避けるべきである。また、ソーシャルネットワークの発達により情報が非常に早いスピードで広まる時代にある中、企業はCOVID-19感染対策をはじめ、環境、住民問題などこれまでに存在していたあらゆる問題への対処を正確かつ迅速に行い、最大の透明性確保と密なコミュニケーション確立に努めることが必要である。

第2位:将来の人材確保(2019年第7位)

EY社の調査によると、人材確保に関し現在鉱業が抱える問題として、鉱業分野を中心とした理工系の大学進学率が低いことに加え、新卒者の間で鉱業関連の就職先に対する魅力度が近年低下している傾向にあるほか、技術革新が進むにつれてこれまでとは異なった能力が求められていること、あるいは労働者の高齢化といったことがある。現在取り組まれている技術革新のペースを考えると、利用可能な労働力と必要な能力との間にミスマッチがますます生じることとなり、鉱業部門だけでなく、他の産業との間でも人材獲得競争が激化するものとみられる。鉱業の価値を示し、鉱業の将来を売り込むことは、次世代の労働者を惹き付ける重要な要素である。また、加クイーンズランド大学は、新技術を扱う能力を備えている人材を探すより、一から教育する方がコストを抑えられるという分析結果を発表している。つまり、現在の鉱山従業員を一から教育することで採用コストを抑え、かつ継続した人材確保ができ、雇用喪失も防ぐことができると考えられる。

第3位:デジタル化とデータ最適化(2019年第2位)

操業のデジタル化が持続可能な生産性及び利益率向上の鍵であることは言うまでもなく、優れた応用方法が他社との差別化要因となる。昨今ではバリューチェーン全体を最適化するためにデジタルツインの導入が見られるようになり、さらに包括的な解決策が採用されているようである。企業は自社の潜在能力を引き出すためどのように新技術を導入すべきか、より考える必要があるだろう。また、デジタル化投資の価値を引き上げるための重要な要素はデータ最適化である。意思決定を自動化し、バリューチェーン全体の損失を最小限に抑え、スタッフの健康、福祉、生産性を向上させる、いわばパフォーマンス向上と、コスト削減のための鍵となる。

第4位:二酸化炭素排出量の削減(2020年新規項目)

世界銀行によると、鉱業部門における電力需要は2035年までに36%増加すると予測されている。近年、様々な業界において二酸化炭素排出量削減に向けた取り組みが行われており、低炭素社会への移行が進む中、鉱業部門に対して改善を求める圧力が強まっていることから、再生可能エネルギーへのシフトは重要なテーマとなるだろう。排出量を削減するにあたって、企業はまず何よりも自社の活動による包括的排出量を正確に把握する必要がある。二酸化炭素排出のカテゴリーは、(i)自家発電による直接的排出、(ii)購入した電力を購入元で発電する際の間接的排出、(iii)上流及び下流を含むバリューチェーン全体で発生する間接的排出(※(ii)を含まない)の3つに分類される。多くの企業は再生可能エネルギー利用の成果として(i)及び(ii)の排出量のみを強調しがちであるが、求められているのは総括的排出量の削減であり、そのためには前述した各カテゴリー、特に(iii)の過程における排出量の把握と削減の対策が必要である。

第5位:重大な影響を受けるリスク(2020年新規項目)

EY社は、仮にCOVID-19の影響が12か月以上継続した場合、鉱物需要は全体で6.5~8.5%減少するほか、銅需要に限っては12~15%減少すると予想している。また、物流の停滞により、鉱山の操業継続に重要な部品・機材の納品が滞るほか、鉱山内の衛生確保の難しさとそれによる生産量減少など、需要以外のリスクも想定される。

2.アフターコロナの貿易物流に関して

(1)中ZhuangHe Investment社 Mark Howardコンサルタント

(ZhuangHe Investment社(本社:北京)は中国及び英国に拠点を置く投資コンサルティング会社であり、海外の顧客へ対中投資に関するワンストップサービスの提供を行うほか、中国企業に対する財務・戦略アドバイザリーサービスを提供する。)

中国国家統計局のデータによると、2020年1~2月の国内消費率、鉱工業生産量、輸出額はそれぞれ大幅に減少した一方で、2020年5月時点で中国の原油・鉱物需要は戻りつつあり、すでに原油、石炭、銅、鉄ともに前年同期の輸入量を超える望ましい結果となった。しかしながら、中国は自国優先政策を掲げていることから、海外輸出に依存しない体制へ変化していくと考えられる。一方で、製造業回復のために今後も海外からの資源輸入は必須であり、対米関係が悪化する中で中国は経済協力国を探し続けている。このような状況でラテンアメリカ鉱業に求められていることは、一刻も早く各鉱山の操業再開と生産回復を行い、今後の経済回復に備え生産物を供給できる状態に整えることである。生産の信頼性を高めることで、いずれ中国との関係構築とそれによる対ラテンアメリカ経済協力も期待できると考えられる。

(2)墨Bestvaliu社 Javier Cuñat氏

(Bestvaliu社(本社:南Baja California州)は、戦略的かつ持続可能な購買戦略を専門とするコンサルティング会社で、購買機能の包括的な変革、オペレーションにおける持続可能性基準の組み込み及び最新テクノロジーの導入を促進している。)

アフターコロナの時代において物流拠点の劇的な再配置が行われると予想され、オフショアリングからリショアリングへの変更を検討すべきである。ラテンアメリカ地域内から調達する場合はオフショアリングに比べ、税、労働力、エネルギーコスト面等劣る点はあるが、それ以上に輸送費、納期、製品の質など優れる点が多い。一方で、中国の鉱物輸出入量は世界最大であることに加え、鉱業部門の振興投資国家であり、バリューチェーンにおいて非常に高いポテンシャルを有していることから、今後も中国が鍵となり、戦略から外すことは得策ではない。

(3)コスタリカ世界都市物流プラットフォーム機関(Organización Mundial de Ciudades y Plataformas Logísticas) Ricardo Ernesto Partal Silva代表

(同機関は世界的物流プラットフォーム発展のための環境分析を主な目的とする非政府組織で、国際貿易における物流と戦略的ルートの流れ及び貿易統合プロセスを明らかにし、ロジスティクスプラットフォーム、ロジスティクスオペレーション等の発展に寄与するための活動を行う。)

今後のサプライチェーンに対する影響はネガティブに捉えられがちである一方で、アジア市場に依存してきた体制を変更し、ラテンアメリカ及び米国向けの新たな市場開拓の機会となるポジティブな見方もできる。今後鍵となるのは、物流の予防線を張ることであり、バックアップとなるサプライヤー確保のため産業クラスターを形成することである。企業に求められているのは、物流回復力を構築し、今後再び直面するかもしれない危機に備え、いかなる状況下においても迅速かつ効率的に対応できる体制を作り、予防物流の体制を整えることである。

3.技術革新、デジタル化への移行

(1)チリINNSPIRAL社 Iván Vera代表

(同社はサンティアゴに本部を置くコンサルティング会社で、大企業の顧客を対象に革新戦略の打ち出し、革新プロジェクトのポートフォリオ管理、イノベーションマネージメントの体系化等をメインに提供する。)

COVID-19の影響により様々な産業において今後急速にデジタル化が進むと考えられ、人工知能が人間の知性を超える時期は、COVID-19蔓延以前に想定されていた時期よりも前倒しとなることも予想される。すなわち、企業がデジタル化に適応できる人材を確保するための時間が短くなってきており、より素早い対応が求められている。

(2)チリALTA LEY Corporation Fernando Lucchini代表

(同機関は、鉱業省およびチリ産業開発公社(CORFO)により設立された非営利組織で、鉱業関連の課題を解決するためのイニシアチブやプログラム及びプロジェクトを通じて、鉱業部門の促進を目的としている。)

McKinsey社の分析によると、チリ鉱業では今後十数年間でオートメーション化が進み、約3.2百万人の関連雇用が創出されることに加え、うち40%の従業員が新技術に適応できる能力を有する必要があると予測される。よって、鉱業のデジタル化は新たな人的資本なしに実現することは不可能であり、人材確保及び能力育成が求められている。

(3)Buenaventura社 Ignacio Agramuntイノベーションマネージャー

Buenaventura社(本社:リマ)はペルーに保有する7鉱山においてビッグデータを活用した操業のデジタル化を進めており、フェーズは(i)自立運転化、(ii)情報通信技術導入、(iii)情報統合、(iv)操業の遠隔化、(v)自動操業化、の5段階に分けられている。特にTambomayo金・銀鉱山及び同社子会社であるEl Brocal社保有鉱山において導入が進んでおり、採掘行程とプラントでそれぞれ第3フェーズ終盤~第4フェーズの段階にある(図2)。

図2.Buenaventura社保有の鉱山におけるデジタル化の進捗状況

図2.Buenaventura社保有の鉱山におけるデジタル化の進捗状況

(出典:Buenaventura社プレゼンテーション資料)

デジタル化やオートメーション化が注目を集めている一方で、企業にとってさらに重要となるのは、イノベーションを生み出すための人との協働であると考えている。Buenaventura社は「ペルー鉱業イノベーションハブ(Hub de Innovación Minera del Perú)1」設立に携わった。ここでは鉱山企業が関心を持つ技術開発を公募で呼びかけ、ペルーのみならずラテンアメリカ諸国のスタートアップ企業が様々な分野でハブを形成し共同作業を行っている。最近のCOVID-19対策に関連した取り組みでは、鉱山企業と会議を開催し、従業員の健康管理をサポートするコンピュータシステム開発の公募を行った。その結果、会議の約6週間後には18社の応募から最終的に3社が選出され、現在はパイロットシステム開発段階にある。COVID-19のような危機は新たな機会を生み出すきっかけであり、創造の場として今後もイノベーションハブの活用が期待される。

4.持続可能な開発

(1)チリALTA LEY社 Víctor Pérez Vallejos最高責任者

近年金属市場における世界的な傾向として、企業倫理を徹底した責任ある供給が求められている。持続可能な開発目標(SDGs)で定められる17の開発目標のうちの一つが気候変動への対応であり、二酸化炭素排出削減は鉱業にとっても重要な課題である。ALTA LEY社の分析における自動車産業のカーボンフットプリントに注目すると、自動車利用による排出量が当然最も多く71%を占めるほか、原材料生産過程での排出量は全体の22%となっている。しかしながら、今後電気自動車(EV)の普及により排出量の逆転が起こるとされ、原材料生産過程における排出量はいずれ全体の80%を占めると予測されていることから、鉱業においても二酸化炭素排出量削減は重要な課題である。解決の鍵は再生可能エネルギーの利用であり、ラテンアメリカが持つ太陽光、風力、地熱のポテンシャルを活かすことが推奨される。

(2)ペルー再生可能エネルギー協会(Sociedad Peruana de Energías Renovables) Brendan Oviedo Doyle 会長

(同協会は再生可能エネルギーの開発に取り組む企業や組織により形成される非営利組織であり、国の再生可能エネルギー開発のためのより良い条件を促進することを目的としている。)ペルーの再生可能エネルギー発電のポテンシャルは風力22,500MW、地熱3,000MWと高いほか、太陽光利用に関しては無限の可能性があるとされる。2019年国内発電供給割合は水力56.7%、天然ガス35.5%であり、風力・太陽光・バイオマスに関しては全体の5%に満たないことから、今後再生可能エネルギーにシフトする余地は大いにあるほか、入札における売電価格平均が2010年から2016年の間に太陽光が78%、風力が53%それぞれ低下し、消費者にとって良い価格改善がみられている。現在の課題は地域によって電力供給量に偏りがあり、ペルー再生可能エネルギー協会のデータによると、国土中央部においては3,796MWの供給過剰である一方で、北部は342MW、南部は608MWが不足していることから、北部・南部において今後の再生可能エネルギー利用のポテンシャルがより高いと言える。近年、太陽光、風力発電の費用対効果が高いことから、鉱山企業の間でも導入の動きが強まっている。ポストCOVID-19時代において鉱山企業の発電自立化はこれまで以上に必要性が高まるとみられ、今後は再生可能エネルギーが従来の発電方式に取って変わる時代が必ず来るだろう。

おわりに

COVID-19蔓延により世界的に不確実性が高まる中で共通して語られたのは、「持続可能な社会及び経済の構築」が今まで以上に求められているということであった。エネルギー需給やエネルギー政策のあり方に本質的な変化がもたらされると推測されるほか、鉱業においてはオペレーションの安定化と効率化のためIoT活用の必要性が高まっている。そこで今後は、デジタル化や再生可能エネルギーへのシフトといった、技術開発分野で活躍できる人材の確保が急務とされている。これらの変革は今に始まったことではないものの、COVID-19により甚大な影響を受けた経済を立て直すため今後より速いスピードで成長していくと予想され、企業の生き残りのために残された時間はかつて想定されていたよりも短くなっていると言える。ラテンアメリカ諸国は鉱物資源と再生可能エネルギーに恵まれた環境にあり、これらを活かし今後の世界的な変化に適応できるかどうかが、鉱業部門の未来に大きく影響すると考えられる。


  1. Hub de Innovación Minera del Perú
    https://hubinnovacionminera.pe/

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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