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報告書&レポート

2020年8月18日 金属企画部 調査課 報告
20-15

韓国・文在寅政権の資源確保戦略

―資源開発基本計画概要―

<金属企画部調査課 報告>

はじめに

2020年5月12日、韓国産業通商資源部はエネルギー委員会の審議を経て、資源開発基本計画を確定した。資源開発基本計画は、国内外のエネルギー資源及び鉱物資源を合理的に開発するための中長期の戦略を盛り込んだ総合計画である。

韓国政府は、李明博政権期(2008~2013年)において積極的な海外での資源開発を中心に資源確保戦略を進めたものの、資源価格低迷などを背景に大きな損失を被った。その負債は現在まで韓国鉱物資源公社(KORES)を含む資源開発国営企業の運営上の重荷となっており、早急な解決が模索されている。

積極的な資源開発が厳しくなっている同国において、今回策定された資源開発基本計画がこれまでの方針からどのように変化したのか、またどのような資源確保戦略の方針の下で施策が進められようとしているのかに関して報告する。

1.韓国資源開発の経緯

韓国は、国内で消費されるエネルギー資源の94%以上を海外に依存する資源輸入国である。韓国産業通商部発表によると、世界における同国の消費エネルギーについては、2019年基準で石油消費量では世界8位、LNG導入量では世界第3位に位置付けられている。

2008~2013年の李明博政権期においては、積極的な資源確保戦略の下、自主開発比率を伸ばすことを目標に資源外交や海外権益の取得が進められた。2013年に李明博氏の後継として大統領に就任した朴槿恵氏は、2014年に第5次海外資源開発基本計画を定めたものの、資源価格低迷などを背景に李政権期の方針とされていた積極的な資源開発投資から一転、慎重な立場をとった。

KORESの場合、過去には「GO!KORES 2020」というキャッチフレーズの下、石炭、ウラン、鉄、銅、亜鉛、ニッケルを戦略鉱種に定め、これらの自主開発比率を2020年までに42%にすることを目標に掲げていた。また、2020年代のうちにグローバルオペレーターとして、世界20位以内の資源開発会社を目指すとの目標を掲げるなど、積極的に海外進出を図る姿勢を見せていた。しかし、2012年以降資源価格の下落傾向が続いたことにより、朴政権に交代した2014年頃からは不採算プロジェクトの整理などを進め、資源開発に慎重な様子を見せるようになった。2016年にはマイナス収支に陥ったことで、これまでの資源開発が失敗であったと認識されるようになり、資源開発推進の方針の見直しが図られるようになった。

2017年5月、弾劾裁判によって罷免された朴前大統領に代わり、大統領選挙を経て文在寅氏が同職に就任した。そして翌年3月、文大統領は政権最初の公共機関組織改革として、巨額の負債を抱えた資源開発国営企業3社(石油公社、ガス公社、KORES)の改革を実施することを発表した。その後は、ワーキンググループやタスクフォースを結成・運営しながら、改革方針について議論を進めてきた。2020年3月には今回策定された資源開発基本計画素案を作成し、4月の海底鉱物審議委員会及び5月のエネルギー委員会の承認を得て正式に計画発表に至った。

2.資源開発基本計画の内容

韓国政府は、海外資源開発について、2001年2月の第1次海外資源開発基本計画を発端として、おおよそ5年ごとに計画を発表してきた。また、海底鉱物資源についても2009年2月に初めて計画を定めた。これまでは、2014年9月発表の第5次海外資源開発基本計画及び2014年2月発表の第2次海底鉱物資源計画が最後であったが、今回発表した資源開発基本計画は第6次海外開発基本計画と第3次海底鉱物資源開発基本計画を統合した内容となっている。

今回発表された資源開発基本計画では、2020〜2029年の10年間の方針について定めた。「対内外の危機に対応する新たな資源安全保障戦略」と位置付けており、これまでの計画とは異なる「新しい戦略」であることを強調した。ここにおける「対内の危機」とは、膨れ上がったまま具体的解決策を未だ見出せていない資源開発国営企業の負債を指す。本計画においては、過去の大規模な海外資源開発事業が失敗であったことを認め反省し、資源開発国営企業の構造改革計画を徹底的に履行する方針が掲げられた。一方、「対外の危機」とは、具体的にはシェール革命によるエネルギー資源市場の変化、世界的な気候変動への対応強化、米中貿易摩擦、世界的な新型コロナウイルス拡大の影響などを示しており、計画ではこうした世界の資源市場の大きな変化に戦略的に対応するための選択と集中及び差別化戦略を策定するとした。つまり、これまでは資源の輸入が途切れることを回避するためにより多くの資源量の「確保」を目標としていたところ、多様化するあらゆる危機へ対応できる能力を高め「安全」を保障することを目標とした。こうした目標を掲げ、具体的には表1に示す3分野・9戦略を遂行することが述べられた。

表1.第6次資源開発基本計画に示される3分野・9戦略の内容
(1)資源開発産業体系の活性化 (2)エネルギー環境変化への能動的な対応 (3)資源開発から資源安保への転換
資源開発国営企業の構造調整 重点地域の選定と開発 韓国型資源安保評価体系の構築
民間投資活力の提供 新産業(EVやロボットなど)の原料鉱物確保 開発・投資・備蓄戦略
官民一体の成長 朝鮮半島の資源開発 資源安保インフラの拡充

(1)資源開発産業体系の活性化

本計画の一丁目一番地として示されたのは、まさしく資源開発国営企業の抱える負債問題の解決であり、韓国国内の資源産業を官民一体で強化していこうというものである。具体的には、2018年7月に結成された、関係者及び専門家等から成る海外資源開発革新タスクフォースによって示された国営企業の構造改革計画を履行することであり、国民負担を最小化し、事業の透明化を測りながら官民一体の成長を図ろうとするものである。

また、特別融資等を通して民間企業による資源開発投資を活性化し、民間企業が入りづらい資源探査のような高リスクが伴う事業に対して国が積極支援を行うとしている。これまでのように、国は直接投資をせずリスクを回避することで国民への負担を軽減しながらも、民間支援を強化することで上流の資源開発や地政学リスクの高い地域での開発も諦めないスキームを作ろうとするものである。

(2)エネルギー環境変化への能動的な対応

二つ目の分野としては、国際社会の変化への対応である。対外的戦略として、表2に示す6地域が戦略地域として定められた。鉱物資源分野については、新産業部品・素材の原料鉱物確保(リチウムやコバルト)が掲げられ、中南米及び東南アジア・大洋州が対象となった。新産業とは、電気自動車(EV)やロボット等の韓国が注力する分野であり、今後新産業原料確保のロードマップが示される予定である。

表2.戦略地域別戦略方針
石油・ガス
北米 シェール開発の経験・技術蓄積の拠点化
中東 原油需給安全性の向上と資源の開発戦略のローカライズ化
新南方 既進出地域(ベトナム、ミャンマー、マレーシアなど)を中心とした、資源開発の成功率の向上
新東方 中長期的観点から、LNGの開発・生産・物流をパッケージとした資本への進出機会を模索
鉱物資源
中南米 チリ、ブラジル、アルゼンチンを中心とした銅・リチウム確保戦略
東南アジア・大洋州 豪州、インドネシアを中心とした多鉱種へのアクセス拠点化

(出典:韓国産業資源部報道資料)

また、朝鮮半島内での資源開発についても言及された。大陸棚や日本海の有望鉱区(ガス田)での海洋資源開発や北朝鮮との南北資源開発協力基盤の醸成を推進するとした。

(3)資源開発から資源安保への転換

三つ目の分野として、自己開発比率にこだわらない、リスク管理を徹底した資源「安保」を進めるという資源戦略の大きな路線変更を示した。これまでの第5次基本計画では自己開発比率中心の量的目標を設定してきたが、今回の計画においては資源の安全保障概念の再確立と新たな資源の安全保障指標を提示した。図1のように、単一的な目標ではなく、総合的に判断する「韓国型資源安保評価体系」を築くとした。

図1.資源安保戦略設計方針イメージ

図1.資源安保戦略設計方針イメージ

(出典:韓国産業資源部報道資料)

「開発・投資・備蓄」の連携を強化することで、持続的に増加する国内資源需要に対応するとした。

その他、戦略的な技術開発や資源開発サービスの育成、現場型人材育成、資源安保インフラ(深部探査技術や鉱害対策、スマートマイニング、リサイクル技術など)の整備の拡充についても触れた。

3.鉱物資源戦略についての方針

計画の大まかな内容は上述の通りだが、鉱物資源に関する戦略に絞ってみると、EVなどの新産業分野への集中及び資源確保を計画の核心に定めた。これまで韓国では、6大鉱種として石炭・鉄・銅・ウラン・亜鉛・ニッケルを資源戦略の対象としてきた。しかし、今回戦略では鉱種を入れ替えるという大きな方針転換を行ない、同国の主要産業を支える銅・鉄に加え、新産業素材としてリチウム・コバルト・レアアース等を戦略鉱物として規定した。これらの新産業素材については、韓国産業の要となる資源であるにも拘らず、2013年には自主開発比率が9.6%であったところ2018年基準では0.7%へ低下しており、戦略的確保が重要であるとの方針が示された。中国やインドネシアなど資源保有国の輸出制限や紛争鉱物の問題など供給網の不安定性に鑑み、戦略地域に集中した供給網を構築する計画である。

具体的には、中南米においては、銅(チリ及びペルー)とリチウム(チリ、アルゼンチン及びブラジル)、東南アジア・大洋州においては豪州及びインドネシアを中心に銅、ニッケル、リチウム、レアアースなどの多鉱種をターゲットとし、資源開発投資を促進する。資源開発投資以外には、長期購買契約の促進や供給網拡大のためのネットワーク強化を進めるほか、購買力強化のための有償無償支援の投入や戦略地域への企業進出を具体的事例に掲げた。また、対象国の国営企業や資源メジャーとの協力関係構築なども行うとした。

供給戦略のみならず、「資源安保」の強化として備蓄の見直しも行なった。安全保障分の国内需要60日分を下限ラインとし、産業育成を目的とした40日分を追加して備蓄を行う。これは、国内新産業分野での開発を進めるにあたり、輸出分も含め国内需要が急増しても耐えられるようにすることを目的とする。また、備蓄日数の追加のほか、備蓄鉱種も見直される予定である。資源供給における緊急時には、先物市場取引や場外取引も活用し、安定的に確保することを優先とする。場外取引を容易にしやすい企業間ネットワークも強化する。

その他、「スマートマイニング」としての技術開発や資源リサイクル、新産業素材開発のためのR&Dを推進するとし、都市鉱山開発については、海外都市鉱山も対象に支援することで多様な資源確保を目指すとした。新産業素材開発については、バリューチェーン連携強化や製精錬技術開発による素材の高純度化、高付加価値の素材開発による新産業の創出を狙う。

おわりに

韓国は、日本や中国と競合してEVや二次電池産業が世界のトップレベルにあり、資源獲得競争においても我が国とは競合関係にあると言えよう。計画の中では、同国の資源需要は2030年までに2020年比でリチウムは約3.5倍、レアアースは1.5倍増加する見通しである。今回の計画のように、徹底した選択と集中、全面的な政府のバックアップにより韓国企業は海外資源確保を強力に進める可能性がある。供給先を過度に広げないことで生産・開発・物流をパッケージとした資本への進出が可能となり、価格面でも交渉能力を増すことができる。一方、資源開発での国営企業の役割を縮小し、「開発主導」から「探査及びサポート」に軸足を移すことで、「先・公共探査、後・民間開発モデル」を定着させるという点に着目すると、韓国の資源業界は探査・開発経験や実績が全般的に不足していると言えるため、計画通りに進めることは容易ではないと思われる。

現在の文政権の任期は2022年までであり、政権交代に伴う路線変更のリスクもある。残り2年の政権の中で、計画達成の道筋を整える必要があるだろう。2020年7月21日には、資源開発基本計画に述べられた海外資源開発体制見直しに向けた第2次タスクフォースが発足した。海外資源開発の主要プロジェクトと資源開発国営企業の財務状況を客観的に再評価し、構造改革計画の推進についてや、官民協力による資源開発推進スキームについて議論される。2021年には総合ロードマップとして戦略資源確保の道筋が提示される予定となっている。

他方、KORESの負債は、2016年には800bKRW(韓国ウォン)だったものが、2019年には2,500bKRWへ急増しており、かつ、最近は新型コロナウイルスの影響でますます海外資源開発の成果を得にくくなっているため、早期の財務状況の改善が求められている。そのためにも政権交代による政策変更の影響は最低限に留めたいはずである。まずは財務改善のため鉱害管理公団との統合が目指されているものの、未だ具体的な目処は立っていない。政府や国会は統合に向けた方針を明らかにしているものの、自治体や鉱山地域住民が反対していることが背景にある。足元では、KORESにて「最重要」プロジェクトとされていた豪州の二つの石炭鉱山売却を決定するなど、徹底的な資産整理により苦しい財政状況を凌いでいる。大規模銅鉱山であるパナマCobre Panamá銅鉱山権益も売却が決まっているが、評価額が1bUS$規模のため応札者が限られ、入札不調が続いている。国家規模での新産業成長に向けて積極的に支援するとはいえ、巨額の負債を抱えながら組織内の人員整理が行われる中で、全体的な組織体力が不足している点は、韓国の鉱物資源確保における最大の課題である。

このような状況の中、米中貿易摩擦や新型コロナウイルス拡大といった資源市場に大きな影響を与える外的要因の動向も見据えながら、今回の資源開発基本計画の具現化に向けて文政権がどのような舵取り進めるかが注目されるところであり、韓国経済・産業の国際競争力を率いるべく資源確保のための影響力を維持・拡大するにあたり大きな転換期を迎えていると言えよう。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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