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報告書&レポート

2021年1月25日 資源開発部 赤堀道弘、大久保聡、今井悠太、谷田春香
21-02

Lithium Supply & Market Conference 2020 参加報告

<資源開発部 赤堀道弘、大久保聡、今井悠太、谷田春香 報告>

はじめに

Lithium Supply & Market Conferenceは、工業原料鉱物・金属関連の業界誌であるFastmarkets社が主催する会議であり、リチウムの需給動向、生産技術、新規プロジェクトはもとより、主要用途であるリチウムイオン電池(LIB)材料や電気自動車(EV)に関する動向が主題として取り上げられてきた。過去には、リチウム産出国であるチリ、アルゼンチンや、リチウム探鉱プロジェクトを抱えるカナダ、米国のほか、リチウム大消費国である中国などで開催されてきたが、12回目となる今回は、新型コロナウイルス(COVID-19)の影響もあり、2020年10月26~28日を会期としてオンラインにて開催された。

本稿では、リチウムの需給動向に引き続き大きな影響を及ぼすであろうリチウム主要生産企業(リチウム・メジャー)や豪州・チリなど資源国の生産・供給策のほか、消費地域として欧州・北米の資源確保戦略に焦点を当てて報告する。

1.会議の概要

参加者は、事前のWeb登録者数から類推するに200名程度と推測された(2019年6月にサンティアゴで開催された前回の会合には430名が参加)。講演者でみると、リチウム生産メジャー企業、資源国政府、リチウム探鉱・開発を手掛ける探鉱ジュニア、リチウム開発プロジェクトへの投資を検討する金融関係者、リチウムイオン電池(LIB)関連企業、リチウム生産技術開発者、技術系コンサルタント、市場関係者など多岐にわたっていた。

今回は、計34件の講演やパネルディスカッションで構成されていたが、昨年の54件より減っていた。発表の柱ともいえるのが、リチウム生産メジャー企業・資源及び消費地域のリチウム資源を巡る戦略に関するパネルディスカッションであり、供給者側(豪州・南米)、消費者側(北米・EU)それぞれの立場からリチウム資源供給策、あるいは資源確保戦略に関して活発な議論がなされていた。

生産技術関連では、蒸発工程を省くことを目的とした、吸着剤・イオン交換樹脂・溶媒抽出・膜分離等、様々なかん水からのLiの直接的回収法(直接抽出法、Direct Lithium Extraction:DLE)に関して、コストを含めた各技術の比較、湿式処理によるLIBからのLiを含むメタルのリサイクル技術についての発表があった。また、スポジュメン精鉱からLi化合物を精製する際に多量に発生する硫酸ソーダ(Na2SO4)の処分の必要性に関する問題提起もあった。

社会・環境面に関しては、Albemarle社やSQM社より、リチウム資源メジャーとしてのSDGsに対する取組みにつき紹介があり、リチウム化合物生産におけるCO2排出削減策や責任あるリチウム原料調達に向けた対応策についての発表も含まれていた。

新規開発プロジェクトに関しては、Rio TintoからB-Li系堆積岩を対象とするセルビア・Jadarプロジェクトのほか、原油随伴水からのLi回収を目指すStandard Lithium社の米El Doradoプロジェクトの紹介があった。但し、どちらも詳細な資源量についての発表はなかった。

なお、昨年と同様、次世代型電池、正極材・LIB関連の発表も目立ったが、昨年と比較してあまり技術的な進展はなかった模様である。

2.需給動向(会議での発表等に基づく)

2-1.市況

足元の炭酸リチウム価格は、5,000US$/tLCE台(Lithium Carbonate Equivalent:炭酸リチウム換算)と、昨年来の下落傾向が継続している。2020年に入って、それまで継続していた需給緩和による下落にCOVID-19による需要減退懸念が拍車をかけた形である。なお、Minmetals Securitiesによれば、現在は価格低迷の底から抜け出しつつある模様である。価格が下落傾向時には、かん水からのLi生産者が最低価格を決め、上昇傾向時にはスポジュメン精鉱を外部から調達する精製者が価格を決定するという状況が推定される。

なお、価格決定メカニズムは、どのようなコモディティでも市場の成長に伴い透明性が求められ、Liについてもこれまでの相対取引(長期契約あるいはスポット価格)から、取引市場型コモディティへの移行の必要性が高まっている。この流れの中でLME及びFastmarkets社は、炭酸リチウム・水酸化リチウム・スポジュメン精鉱の指標価格形成を目指している。

2-2.リチウム需給概略(2019年ベース)

2019年のリチウム化合物の需要は、Signumboxの推計で300千tLCE程度であり、2018年とほぼ同水準、2020年もCOVID-19の影響で需要が伸びず、横ばいで推移すると推定される。

需要に関して、2010年代の前半には小型電子機器向け需要が、後半には自動車の電動化向け需要がけん引し、年率10%程度の成長を続けてきた。今後の需要動向としては、CO2排出削減などエネルギーのグリーン化に伴い、EV化が進展しLIBの増産へとつながるとの傾向は明らかではあるが、どの時点でEV用LIB向けのリチウム化合物の需要が急増するかは、依然不透明である。また、太陽光発電等の再生可能エネルギーは発電量が変動しやすく、電力供給の安定化には電力貯蔵システム(ESS)との併用が重要と考えられることから、ESS向けのLIB需要も無視できない要素である。

Li原料(鉱石・かん水)の2019年生産量は、米国地質調査所USGSのデータによれば400千tLCEで、原料比率でみれば鉱石:かん水=2:1と推定される。特に鉱石(スポジュメン精鉱)では在庫が積みあがっていたが、足元では取り崩しの傾向にある模様である。今後の生産動向としては、後述のとおりGreenbushesリチウム・タンタル鉱山を保有するAlbemarle社は増産に慎重である一方で、SQM社はAtacama塩湖での増産には積極的なことから、かん水からの生産が伸びる可能性がある。化合物への精製では、Tianqi・Ganfengの既存施設からの増産はそれほど大きくないことが予想されるが、その他の中国での増産計画・新規設備立ち上げあるいは豪州での新規精製施設の動向に注視する必要がある。

3.資源国・消費地域の動向

3-1.主要生産企業の戦略

主要生産企業の動向(Executive Panel:View from the Majors)

Li主要生産企業のうち、Albemarle社、SQM社及びLivent社によるリチウム供給戦略に関するパネルディカッションが展開された。議論された内容は、以下のとおりである。

  • 足元では、Albemarle社及びLivent社は、COVID-19対策を講じながらの操業により生産・拡張ともに低調、Albemarle社は2018年後半以降の需給の緩和(価格の低迷)もあり、2019年の拡張計画を2021年以降に後ろ倒ししている。他方、SQM社は計画以上の生産量を達成し拡張計画も進んでいる。
  • 3社の見解として、2020年の世界需要は伸び悩み、2019年と同水準(300千tLCE/年)と見られる。但し、EUでのEV販売台数増や中国でのE-Bike・電子機器向けの需要増といったリチウム販売量回復に寄与する材料もある。
  • SQM社によれば、2025年には800千tLCEの世界需要が予測されるが、埋蔵量から判断するとLi資源は豊富であり、これを満たすことは容易である。他方、Livent社によれば、今後の10年間にEV向けリチウム需要は3倍になることが見込まれ、それに見合った拡張・新規開発に10b$の投資が必要と見積もる。なお、生産開始済みのプロジェクトの拡張(200千t/年相当)の方が新規プロジェクト立ち上げよりは現実的と見られる。
  • 需要を満たす上でのボトルネックは化合物変換施設(スポジュメン精鉱→炭酸リチウムなどの精製工場)で、建設に2年程度かかることである。設備能力に生産量が達するのにさらに時間を要することにも留意が必要である。
  • 市場との関係では、今後顧客の要求の傾向として、供給安定性とともに、供給での持続可能性・品質管理・品質基準を満たすことに加えて、価格の乱高下が小さいことも求められる。また、今後の環境配慮型社会に関連し、関連法規の順守あるいはSDGsへの対応も顧客から求められることになる。価格面では、価格設定方法・ビジネスモデルの変化の必要性は顧客の要請に対応すべきものであるが、かならずしも変化を強いるものではない。
  • 環境配慮やSDGs関連の取り組みとして、かん水からの生産では天日蒸発による消費エネルギーは太陽光であり、鉱石からの生産と比較してCO2排出量は少ない。SQM社の主張では、鉱石からの生産の1/3程度の排出量とのことである。また、塩湖周辺は新鮮な真水が限られていることから、用水使用量削減についても留意している。その他、積極的に地域住民を雇用し、地域貢献も図っている。
  • リチウム生産を支える上での課題としては、(1)成長を支えるための資金の確保、(2)サプライチェーンにとりタイムリーな拡張計画、(3)顧客の厳格な要求水準を満たす品質を満足すること、(4)SDGs順守や生産技術上の革新、といった点が挙げられていた。

本パネルディスカッションでは概して、SQM社は今後の需給やリチウム業界の見通しなどについて楽観的である一方で、Albemarle社及びLivent社はやや慎重であるとの印象を受けた。

3-2.資源国の戦略・政策

リチウム主要生産国である豪州、チリ、アルゼンチンの政府より、安定的な供給に向けた政策につき発表があった。

豪州
  • 膨大かつ高品位の資源量、世界的かつ国営の科学研究機関、鉱山機器・技術・サービスの世界的市場リーダー、世界一の質の鉱物・鉱業に関する教育、鉱業分野における自動運転を積極的に導入済みなこと、世界的な労働安全・持続可能的開発の実践など、鉱業分野での世界での先導的な位置を占める現状と利点をリチウム原料供給にも活かす。豪州政府はクリティカル・ミネラル分野を発展させるべく、クリティカル・ミネラル促進局(The Critical Minerals Facilitation Office:CMFO)を設立するとともに、さらなる投資を呼び込むことを目的としたガイドブック(Australian Critical Minerals Prospectus)の刊行やクリティカル・ミネラルに関連した国際協力を推進する。
チリ

「持続可能性」をキーワードとして、以下の政策重点項目を強調した。

  • 持続可能な供給として、111千tLCE/年(2019年)→238千t/年(2025年)の生産拡張を目標として掲げている。
  • 既存の生産拠点での増産に加えCODELCO(Maricunga)・ENAMI(Infieles/Aguilar)といった国営企業を通じた初期探鉱・資源開発を促進させる。
  • リチウム資源開発での持続可能性に関連して、(1)地域社会と共存するリチウム資源開発、(2)持続可能なリチウム生産に資する環境保全策、(3)新規探鉱プロジェクトの推進、(4)従来の天日蒸発法に比べ環境負荷が少ない生産技術に関する技術革新の推進、などの方針を柱とした戦略を打ち立てた。
  • また、消費者に将来のチリ産製品がクリーンなエネルギー・少ない用水使用、クリーンな生産技術に基づく供給であることを約束する。
アルゼンチン

鉱業法規の紹介及び鉱業投資の積極的な誘致につき発表があった。

  • 第3の供給国であり、最多のリチウム探鉱・開発プロジェクト(操業中:2鉱山(塩湖)、建設中:2拠点、PFS:10件、後期探鉱:6件、初期探鉱:40件)を擁する。また、2019年のリチウム原料輸出量は30千tLCE、額にして190mUS$と重要な位置を占める。その観点で資源政策・鉱業法規の整備は重要。現状は中央政府と州政府で分担して鉱業権の管理、環境認可など資源開発に関する許認可を実施中で、さらに透明性が高くかつタイムリーな認可プロセスを目指す。

以上の様に国により違いはあるものの、資源的優位性の活用、資源安定供給の促進に加えて、特にチリで見られる様に、環境配慮といった点が強調されていた。なお、高付加価値化については必ずしも積極的ではない様である。

3-3.消費地域の戦略

北米地域

今回の会議の基調講演として、米国エネルギー資源局より連邦政府の取り組みが発表された。政府では、Li・Niをエネルギー関連重要鉱種として位置付けて、資源確保上の国際協力の必要性からエネルギー資源統治イニシアチブ(Energy Resources Governance Initiative)を10mUS$の予算を投じて設立し、豪州・カナダなどとの協調関係を築く。

また、“The North American Opportunity”と題し、以下のとおり北米に拠点を置く探鉱ジュニア・ユーザー(正極材ベンチャー企業など)のリチウム・サプライチェーンに関する見解が示された。

  • 供給過剰の継続により、リチウム生産者・消費者は市場からの圧力を受けている。他方、Tesla Battery Dayでも強調された様に、北米地域内で供給を確保することが重要である。
  • 北米(特に米国)でリチウム化合物供給を進展させる上では、原油随伴水からの生産技術のような非在来的なLi資源開発や新生産技術が鍵となる。
  • 資金調達では、リチウム化合物生産者と正極材メーカーなどのユーザーがパートナーシップを形成することが重要である。
  • EV化の進展で期待される政府の役割としては、地域内で原料調達することに関して助成すること、EV・LIB関連技術企業のリスクをR&Dのサポート政策により低減することが挙げられる。
EU

“Developments in the European Battery Value Chain”と題し、以下のとおりEU内でリチウム資源開発を手掛ける探鉱ジュニアの見解が示された。

  • EUによるEV化・LIB製造及び原料調達へのサポートは強固である。LIB原料をEU域内から調達、資源-化合物-正極材といった垂直統合/EU内サプライチェーン形成を目指し、炭酸リチウム/水酸化リチウムともにEUからの生産を目指す。
  • リチウム原料に関して、EU内で完結した原料と豪州産精鉱/中国精製による原料との経済性やCO2排出などSDGs的側面からの比較が重要である。課題としては、許認可(特に環境関連)に要するプロセスの簡素化、十分なプロジェクト・ファイナンス・複数の資金調達元の確保が挙げられる。

以上の様に消費地域内でリチウム原料を調達しようとする動き、地域内でLIBサプライチェーンを完結させる狙いが強調された。また、生産・消費地域の動向に重大な影響を与えるLIB・リチウム産業に関する投資家の見解は、以下のとおりである。

  • COVID-19に関連して、気候変動への関心が高まり、Li産業に対しポジティブな影響があり、市場見通しを楽観視する市場関係者もいる。また、Tesla Battery Day直後にリチウム探鉱ジュニアやLIB関連ベンチャー企業の株式が急伸したことに見られる様に、Li関連投資はTesla社の動きに翻弄されているため、今後は同社を軸とした鉱山からリチウム化合物、さらには正極材→LIB→EVというサプライチェーンの動向に注視する必要がある。
  • その中で、機関投資家は、持続可能性・法的不確実性から鉱業への投資を敬遠する傾向にある。他方、正極材メーカーやLIBメーカーといった下流への投資には寛容である。ESGの趨勢は鉱業のみならず他の産業でも重要であり、Li生産者は投資を引き込むためには、ESG・SDGsに関連して地域住民対策、マイノリティの雇用にも留意が必要であり、もちろんCO2排出が少ない製品も求められる。

おわりに

2019年以降の需給緩和を背景とした価格下落傾向の継続にCOVID-19が拍車をかけた形となり、また、オンライン形式での開催ということもあり、昨年見られた様な盛り上がりに欠けた会議となった。その中で特筆すべき点としては、EUや北米など消費地域内で完結するサプライチェーン形成の動きや、リチウム生産企業にSDGsやESGへの対応が求められる状況が昨年にも増して顕著になっていることが挙げられる。

また、直接話題には上らなかったが、再生可能エネルギー化進展とともにエネルギー貯蔵システム(ESS)用のLIBについても注視が必要と言える。

COVID-19の影響もあり短期的には供給超過は続きそうであるが、どのタイミングで供給不足に転じるか、EV化の進展状況を踏まえつつ、注視し続ける必要がある。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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