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報告書&レポート

2021年5月20日 サンティアゴ 事務所 椛島太郎
21-06

チリ共和国、国会審議中の新鉱業ロイヤルティ法案

<サンティアゴ事務所 椛島太郎 報告>

はじめに

2021年5月6日、下院本会議において新鉱業ロイヤルティ法案が可決された。当初の法案は、年産12千tの銅もしくは50千tの炭酸リチウムを生産する企業には生産鉱物価値に対して3%の新しい税を導入するという案であったが、2021年3月に国会審議が再開され審議が進む過程で、銅価格の高騰、新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策の財源確保、憲法改正や大統領選挙等の様々な要因が重なる中で法案の修正が行われた。そして、銅についてはLME価格に応じて変動する累進課税(限界税率75%)が修正案として可決される事態となった。実効税率は現在の40.3%から82%に達すると報道されており、これはほとんど「収用」だと非難している関係者もいる。法案は今後上院で審議されるが、チリは世界の銅生産の28%を占め、多くの日本企業もチリの銅鉱山に投資していることから、本法案の行方に多大な影響を受けることが予想される。本稿では、今後上院で審議される法案について紹介する。

1.現行の鉱業ロイヤルティ

現在有効な鉱業ロイヤルティ(正式名称:鉱業特別税)は2010年に改正された法20469号であり、同年5月にチリ中南部Concepción市(Biobío州)で発生した地震の復興財源確保の一環として、2005年に制定された法20026号から改正された。この鉱業特別税は、年間50千t(銅量換算)の販売量を超える鉱山会社が対象であり、2つの選択肢が用意された。

  1. (1)2017年まで:法20026号による固定税率4%、2018年以降は営業利益率に応じて税率が5%~14%まで変動、税制改正された場合はそれに従う。
  2. (2)2010~2012年:営業利益率に応じて税率が4%~9%まで変動、2013~2017年:法20026号による固定税率4%、2018年以降は営業利益率に応じて税率が5%~14%まで変動、2023年まで6年間の税制不変期間あり。

Juan Carlos Jobetエネルギー・鉱業大臣は、8割以上の鉱山会社は「(2)」を選択しており、2023年まで法20469号が適応されると発言している。また、新規鉱山開発に際しては、外資法(DL600号)に基づき、50mUS$以上のプロジェクトについては外国投資契約締結日から15年間の修正税制除外措置がある。

2.2018年に提案された新鉱業ロイヤルティ法案

2018年9月に新たな鉱業ロイヤルティ(法案12093-08号)が提出された。これは、年産12千tの銅もしくは50千tの炭酸リチウムを生産する企業には、生産鉱物価値に対して3%の新しい税を導入するというものである。税収の使用目的は、地域振興基金及び鉱業によって影響を受けた環境修復・補償のためとされ、いずれも鉱山が位置する地域に対しての使用が提案された。また、この時点では税額の計算方法が定義されていなかった。

この法案は、2020年3月に下院鉱業委員会で承認されたが、その後コロナによるパンデミックが発生したため審議が先送りされ、1年後の2021年3月に審議が再開された(2021年3月10日付 ニュース・フラッシュ:下院が新ロイヤルティに関する議論を再開参照)。

「下院が新ロイヤルティに関する議論を再開」

2021年3月4日付け地元メディアによると、1年前に下院鉱業委員会で承認されていた銅とリチウムに関するロイヤルティ法案についての議論を下院財政委員会が再開したことを報道した。この法案は年産12千tの銅もしくは50千tの炭酸リチウムを生産する企業には生産鉱物価値に対して3%の新しい税を導入するというもの。現在、チリの主要な鉱山会社は27%の法人税に加えて、営業利益と生産量に応じて5~14%の特定鉱業税を支払っており、新しいロイヤルティが導入された場合、企業は最大44%の税金を支払うことになる。

その後、2021年3月17日、下院財務委員会でこの法案は否決され、本会議に戻された(2021年3月23日付 ニュース・フラッシュ:下院財務委員会が新ロイヤルティに関する法案を否決参照)。

「下院財務委員会が新ロイヤルティに関する法案を否決」

2021年3月18日付け地元メディアによると、下院財務委員会は、年産12千tの銅もしくは50千tの炭酸リチウムを生産する企業には生産鉱物価値に対して3%の新しい税を導入するという新ロイヤルティ法案に関する採決を行い、賛成7票/反対5票で否決された。鉱業セクターは、現在の営業利益率によって変動する税率に加えて売り上げ対しロイヤルティを課税する法案は投資阻害要因になると批判しており、政府側も銅価格上昇に伴い税収を得ることができるシステムは既に存在するのでこの法案は必要がないという見解を示していた。

3.下院本会議で可決された修正法案

2021年3月24日、下院本会議にて本法案は可決(賛成91票、反対36票、棄権15票)されたが、この過程で法案が修正されたことにより、再度下院鉱業委員会及び下院財務委員会で審議されることになった。この時の修正で、銅に関しては3%を超える累進課税と税収をパンデミック対策に使用することが提案された。その後、各委員会での議論により様々な小修正が行われ、各委員会で可決の後、最終的に2021年5月6日に下院本会議で再度採決され、賛成78票、反対55票、棄権4票で可決された。

最終的に可決された修正法案では、3%の新ロイヤルティに加え、銅に関してはLME価格に連動し次の税率が累進的に課される。

US$2.0- 2.5/lbの場合15%
US$2.5-3.0/lbの場合35%
US$3.0-3.5/lbの場合50%
US$3.5-4.0/lbの場合60%
US$4.0-   /lbの場合75%

年間販売量30千t未満の精錬事業者には割引措置があり、粗銅(品位95%~)の場合は5%、銅アノード(品位99.4~99.6%)の場合は7%がそれぞれ減免される。

仮に銅価が4.0US$/lbの場合、ロイヤルティは売り上げに対して21.5%に達し、5%と7%の減免措置が適応された場合はそれぞれ19%と18%となる。

3%のロイヤルティから得た税収のうち25%は当該地域の振興基金として、75%は当該地域の鉱業によって影響を受けた環境修復・補償のため使用される。銅価格に連動して追加される税収に関しては、コロナ対策費として使用され、パンデミック収束後は一般財源化される。

4.鉱業界の反応

メディアが報道している鉱業界のコメントを紹介する。

  • 鉱業省:大手鉱山会社は27%の法人税に加えて2023年までの合意に基づき銅価格に関係なく鉱業特別税を払っており、既に実効税率は40.3%(Cochilcoが計算した実効税率。他国の実効税率も併せて発表され、豪SA州44.6%、メキシコ41.6%、ペルー40.7%、加BC州40.1%)である。本法案により大規模鉱山の税務負担は80%を超える(報道によっては82%)。
  • チリ鉱業協会(SONAMI):技術的な議論が全くなされていない。鉱山会社にとって不可能なレベルの税金であり、「収用」に似た死の宣告である。
  • チリ鉱業審議会(Consejo Minero):「鉱業特別税+ロイヤルティ」となる「二重課税」を問題と指摘。大手15鉱山のうち12鉱山が赤字となる。
  • チリ銅・鉱業研究センター(CESCO):ハイレベルの政治技術委員会を設置し、議論することを要請。
  • Daniel Nunez下院議員(共産党代表・法案提出者):チリの長引く不平等を解決するため年間7bUS$の税収を生む。
  • 一部の野党議員:新制度が既存の税に置き換わるため鉱山会社の総負担は50%程度になる。

おわりに

本稿で紹介した新法案は、今後の上院における審議において修正案や指摘事項が発生し、再び下院に戻される可能性が高いことが想定される。上院でも可決された場合、公布するか拒否権を発動するかは大統領が決定する。拒否権を発動すれば、憲法裁判所が30日以内に合憲性について判断することとなる。新法案が現在の案のまま交付された場合、大手鉱山会社は合憲性を争うために提訴することが予想され、解決しない場合または長期化した場合、海外企業は国際司法裁判所に提訴する事態となるかもしれない。

「4.鉱業界の反応」においてコメントを紹介したが、本法案は二重課税となるのか、鉱業特別税を新鉱業ロイヤルティが置き換えるのか、それすらはっきりとしない状況にあり、今後も注視が必要である。

なお、チリは5月15~16日に制憲議員代表者選挙を控えており、本稿執筆時点では、上院の審議スケジュールは発表されていない。また、5月19日時点で、上院の審議スケジュールに本法案は掲載されていない。

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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