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報告書&レポート

2021年10月5日 金属企画部 調査課 笹井秀起
21-14

2021年グリーンランド自治議会選挙後のKvanefjeldレアアースプロジェクトの動向

<金属企画部調査課 笹井秀起 報告>

はじめに

デンマーク領グリーンランドは、北大西洋及び北極海に位置する世界最大の島(217万km2:日本の約6倍の面積)で、鉄鉱石、銅、亜鉛、レアアース、金などの資源について豊富なポテンシャルが確認されている。特にレアアースに関して、アメリカ地質調査所(USGS)によると、未開発地域では世界最大規模の1.5百万tの埋蔵量が確認されている 。同地では、中国の盛和資源控股股份有限公司(Shenghe Resources Holding Co. Ltd)が筆頭株主となっている豪Greenland Minerals社が、2007年よりレアアースプロジェクトを本格的に始動させており、2020年時点で同社は事業開始前の最終段階を迎えていた。

しかし、2021年4月6日のグリーンランド自治議会選挙の結果、与党となったイヌイット友愛党(Inuit Ataqatigiit)により同プロジェクトの停止が示唆されたことで、プロジェクトの進捗が不透明になる事態となった。現時点で、本新政権はプロジェクト自体の停止及びウラン規制に関する法制度の審議を進めている。本稿では、今般の自治議会選挙をめぐるKvanefjeldレアアースプロジェクトの動向ついて紹介する。

1.Kvanefjeldレアアースプロジェクトの動向

オーストラリア証券取引所(ASX)に上場するGreenland Minerals社は2006年に設立され、翌年より同社が100%の権益を有するグリーンランドのKvanefjeldレアアースプロジェクトを本格始動させた。2016年時点で世界最大規模のレアアース生産会社である盛和資源控股股份有限公司が筆頭株主となり、開発へ向けた技術支援を行っている。

グリーンランドは、北極圏に属していることからほぼ全域が氷床及び深い積雪に覆われており、従前より資源開発においては輸送路の確立が困難な地域であった。プロジェクト地域は、図.1のとおりグリーンランド南部に位置しており、平均気温が-2~10℃と北極圏としては温暖な気候であることから、年間を通して海上輸送に利用できる北大西洋への峡湾が確保されている。また、35km圏内にはNarsarsuaq国際空港があることから、ロジスティクスの確立が容易な立地となっている1

図1.プロジェクト位置図

図1.プロジェクト位置図

出典:Greenland Minerals社New World Metals Conference– 9 December 2020より引用2

同プロジェクトは、過アルカリ岩型レアアース・ウラン・亜鉛プロジェクトである。2019年時点のFS2によると、精錬施設等を含めたキャピタルコストは505mUS$でマインライフは37年(JORC2012基準で108百万tの鉱石埋蔵量)と推定されている。また、レアアースを酸化物換算量で年間約32千t生産する計画となっている。生産量及び生産工程図については図2のとおりであり、レアアース磁石生産の原料となるネオジム、プラセオジム、テルビウム、及びジスプロシウムを生産するほか、副産物として亜鉛及びウランについても生産を計画している。

Greenland Minerals社は、事業開始のための社会影響評価及び海上保安評価を完了させていたが、環境影響評価に関しては2015年、2018年、2019年と続けてグリーンランド自治政府から内容が不完全であるとして再評価の実施を求められていた。グリーンランドでは、資源会社は開発のため独立した環境影響評価を実施する必要があり、鉱山開発のための施設建設とオペレーションによって引き起こされる環境負荷及びオペレーション終了後の環境影響を評価しなければならない。2020年9月に環境影響評価の内容について自治政府が了承したことで、同社は事業開始のための暫定的な要件を満たしていた3

図2.生産工程図

図2.生産工程図

出典:Geenland Minerals社New World Metals Conference– 9 December 2020より引用2

本プロジェクトに関しては地元コミュニティよる根強い環境負荷への憂慮があり、特に生産において随伴するウランなどの放射性物質が近隣の水質や農作物に悪影響を及ぼすことが懸念されている。グリーンランドのウランをめぐる規制の歴史は長く、1988年からウランを含む放射性物質の探鉱及び採掘を禁止する政策が施行されており、2009年の自治政府の広範な権限の拡大及び鉱物資源法策定が契機となって、2013年に放射性物質探鉱・採掘禁止令が解除されている4。Greenland Minerals社は環境影響評価の結果を踏まえ、プロジェクトによって発生する放射線については微量であり、事業用の排水についても周辺環境から隔離され全てコントロールされることを強調していた5

2021年2月より、資源開発のための法定プロセスであるパブリックコンサルテーションが開始された。これは、開発近隣地域の地元コミュニティへ向けて開催される公聴会であり、最低8週間の法定期間が定められている。第1回目の公聴会では、グリーンランド自治政府の鉱物資源省(Greenland’s Ministry for Mineral Resources)、鉱物資源開発環境庁(the Environmental Agency for Mineral Resource Activities)、及びデンマーク環境資源センター(Danish Centre for Environment and Energy)が出席した。現地報道6によると、2月10日にプロジェクト近隣のNarsaqで開催された公聴会では、大音量で音楽を流し建物の窓を叩いて騒音を発生させるなどして現地住民がプロジェクト反対運動を展開する事態となった。

現時点では、後述する自治議会選挙を経て、Kvanefjeldレアアースプロジェクト停止を表明する新政権が成立したことでプロジェクト自体の雲行きが怪しくなっている。新政権は、当初6月1日までと定められていたパブリックコンサルテーションの期間を、自治選挙後ただちに9月13日まで延長することを決定した7。また、プロジェクトに協力的であった政府担当部署が8月中の開催を予定していた公聴会への欠席を決めたことから、Greenland Minerals社も出席を見合わせることとなった8。8月開催の公聴会では、新しい自治政府担当者と地元コミュニティが議論することを予定しており、同社は公式に招待されておらず出席する義務がないとコメントを発表している。プロジェクト進捗に関する白書(White Paper)で地元住民の懸念に対応する見込みとなっているが、パブリックコンサルテーション自体の成否が不透明となる事態に発展した。

2.2021年グリーンランド自治議会選挙をめぐる情勢

グリーンランド自治政府は、デンマーク王国憲法、市民権、最高裁判所,外交・安全・防衛政策、為替・金融政策を除いた権限を有しており9、デンマーク王国の一部であるものの広範な自治権を持つ。2009年にデンマーク議会がグリーンランド自治政府法を可決したことにより、同地に関する事項及び権限を有する分野については,外国政府及び国際機関と交渉し合意を結ぶ権限を獲得している。これには天然資源の管轄権も含まれている。同地は漁業及び観光が主な産業となっており、自治政府財政の約半分をデンマーク政府からの補助金に頼っているものの、独立意識が高く大多数の住民がデンマーク政府からの独立を望んでいることが明らかになっている10

グリーンランド自治議会は一院制であり、31名で構成される議員は4年に1度の選挙によって住民から直接選任される。2020年11月、当時与党である進歩党(Siumut)内部の党首選挙において首相であったKim Kielsen氏が敗戦したことが契機となり、政権の連立が解消され2021年4月6日に自治議会選挙が行われることとなった11

本選挙の与野党間の争点となっていたのが、上述のKvanefjeldレアアースプロジェクトであり、その背景としてはグリーンランドの経済的な自立策における鉱業セクターの位置付けが挙げられる。従前より進歩党は、本自立策を推し進めるにあたっては当該セクターを重要視し、資源開発地域の雇用創出及び経済効果に期待して鉱業政策を積極的に進めていた。一方で、改選前の最大野党であったイヌイット友愛党はプロジェクト周辺地域の環境悪化を懸念しており、ウランゼロポリシー(zero-tolerance policy for uranium)を掲げて支持を伸ばしていたことから、本プロジェクトの成り行きを左右する本選挙戦の行末には注目が集まっていた。

2021年4月6日に実施された選挙の結果は図3のとおりであり、Kvanefjeldレアアースプロジェクト停止を表明するイヌイット友愛党が12議席を獲得し、4議席を獲得したナレラク党との連立を形成し31議席中16議席の連立与党となった。一方選挙前与党であった進歩党は10議席の獲得にとどまり、政権を維持することができなくなった。なお2議席を獲得したアタサット党は、連立政権へ参加は見送るものの政権支持の立場を表明している。

  • 図3.2021年グリーンランド自治議会選挙結果

    図3.2021年グリーンランド自治議会選挙結果

  • 2021年グリーンランド自治議会選挙結果概要
    議席
    (選挙前議席)
    得票数 得票率
      イヌイット友愛党 12(8) 9,933 36.6%
      進歩党 10(9) 7,986 29.5%
      ナレラク党 4(4) 3,252 12.0%
      民主党 3(6) 2,454 9.1%
      アタサット党 2(2) 1,878 6.9%

    出典: Qinersineq.glよりJOGMEC作成12

イヌイット友愛党は、グリーンランドのデンマーク政府からの独立を目指す民主社会主義政党であり2009年以来2度目の自治議会選挙での勝利となった13。同党の党首であり、史上最年少でグリーンランド新首相となったMute Egede氏は、1987年にグリーンランドの最大都市であるNuukに生まれ、Kvanefjeldレアアースプロジェクトの開発地域から近いNarsaqで幼少期を過ごしている。同氏は選挙後の会見で、「金では買えないものを我々は持っている。Kvanefjeldプロジェクトを止めるためには、あらゆることをするつもりだ。」と表明し、同プロジェクトへの反対姿勢を再度強調した14。選挙後、プロジェクト自体への懸念が高まり、Greenland Minerals社の株価はオーストラリア証券取引所(ASX)において大幅に下落した。同社は、ウランから得られる収入は微々たるものでありレアアース生産がプロジェクトの柱であるとして、急遽声明を発表する事態となった15

3.グリーンランド新政権によるウラン採掘規制の動き

新たに鉱業大臣となったNaaja Nathanielsen氏は、就任早々の5月に鉱業プロジェクト自体は歓迎する点を強調したが、同時に新政権として自治議会選挙後もウラン採掘への反対姿勢を維持することを明かした16。本選挙を含めたこれらの動きから、結果としてグリーンランドにおいてウラン規制の動きが加速化することが決定的となり、フランスに拠点をおくウラン生産事業大手のOrano社は、グリーンランド南部でポテンシャルがある2か所の地域で探査停止を決定した。5年の探査ライセンスを取得してから僅か5か月しか経過していなかった同社だが、探査は環境リスクのない空中物理探査(aerial surveys)及び地質調査(field observations)を予定するものであり、ライセンス自体は当面保持することを明らかにしている17。他方Greenland Minerals社は、Kvanefjeldレアアースプロジェクトに対し現時点で約100mUS$を費やしていること明らかにしており、今後プロジェクトが完全停止した場合には、グリーンランド自治政府との間で訴訟に発展する可能性があるとされている。

グリーンランド産業鉱物省は、2021年7月よりウラン採掘規制の取り組みを本格化させ、規制法令のパブリックコンサルテーションを開始した18。新たな法令案文19では、ウランの調査(prospecting)、探査(exploration)、開発(exploitation)が禁じられることから、開発事業者は同地において採掘のみならず、FS及び探査活動ができなくなる。但し、平均ウラン含有量が100ppm以下であり、ウラン資源でない場合は規制の対象にならない。これはウラン以外の他の鉱物資源開発を阻害しないために設けられた規程であり、100ppmは加NS州(Nova Scotia)で2009年に制定されたウラン規制法令と同じ基準値となっている20。事実、平均ウラン含有量が100ppmという基準値について、Greenland Minerals社は世界各地でそれ以上の基準値でオペレーションを行っているプロジェクトの実例を示した上で、100ppmという基準値と環境及び人体への影響と間に客観的な関係性は存在しないと見解を示している21

自治政府は、これら規程に従わない開発行為に対して調査、探査、又は開発ライセンスを制限又は取り消しをすることができる。すでに認められているライセンス等についてはこの法令の影響を受けないが、法令発効日以降にライセンス等の期間が終了した場合の新たなライセンス付与は認められない。

本法令案についてのパブリックコンサルテーションはすでに終了しており、現在は発効へ向けた最終段階を迎えている。9月時点で鉱業大臣であるNaaja Nathanielsen氏は、「我々が把握していることは、Narsaq及びその周辺の環境放射線の値は非常に高く、Kvanefjeldレアアースプロジェクトは新たなウランゼロポリシーに反するものである。」とコメントしており、新法令案はこの秋にかけて自治議会で可決される見込みであると明かした22

おわりに

2013年に解禁されたウラン採掘であるが、僅か8年という短いスパンで再度規制が強化される見込みとなり、自治議会選挙を通じて現地コミュニティのウランへの忌避感が明らかになった。Kvanefjeldレアアースプロジェクトにとっても、新たなウラン規制法令が事業の進捗に大きな障壁になる可能性を踏まえた市場の反応として、新政権発足以降Greenland Minerals社の株価は低調な値動きが続いている。また、新たなウラン規制法令案に基づき、自治政府がウラン以外の放射性物質についても規制対象を拡大することができるため、同地域の他プロジェクトへの影響が懸念されている23

資源開発は、設備投資額が莫大であり生産が開始されるまでには長い期間を要する。開発事業者は、投資対象国の政権が代わるたびに柔軟に投資方針を変更することは難しい。鉱業政策が頻繁に変更される地域は、将来的に開発事業者から投資リスクが高い対象として忌避される懸念もある。今後グリーンランドにおいて、最終段階にあるプロジェクトが新たな規制法令により停止するという前例が生まれた場合、同地域で資源開発を計画していた事業者にとってはさらに難しい投資判断を迫られることになる。


  1. GREENLAND MINERALS LTD, New World Metals Conference– 9 December 2020
    https://ggg.gl/assets/Uploads/Presentations/2020/20201209_GGG_NewWorldMetalsConference.pdf
  2. GREENLAND MINERALS LTD, Kvanefjeld Optimised Feasibility Study:Substantial 40% Capital Cost Reduction
    https://wcsecure.weblink.com.au/pdf/GGG/02121821.pdf
  3. ARCTIC TODAY, A controversial Greenland mine passes a key regulatory hurdle, and heads for public comment
    https://www.arctictoday.com/a-controversial-greenland-mining-project-has-passed-a-key-regulatory-hurdle-and-heads-for-public-comment/
  4. JOGMEC, 世界の鉱業の趨勢2014グリーンランドより引用
    https://mric.jogmec.go.jp/public/report/2014-04/greenland_14.pdf
  5. GREENLAND MINERALS LTD HPより引用
    https://ggg.gl/project/environment/
  6. REUTERS, Mining magnets: Arctic island finds green power can be a curse
    https://www.reuters.com/article/us-rareearths-greenland-usa-china-insigh-idUSKBN2AU0FM
  7. GREENLAND MINERALS LTD, Greenland Government Extends Public Consultation for Kvanefjeld Rare Earth Project
    https://wcsecure.weblink.com.au/pdf/GGG/02380382.pdf
  8. REUTERS, Greenland Minerals won’t attend public meeting over rare earths project
    https://www.reuters.com/business/energy/greenland-minerals-wont-attend-public-meeting-over-rare-earths-project-2021-08-24/
  9. 外務省HPデンマーク王国より引用
    https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/denmark/data.html
  10. HIGH NORTH NEWS, Greenland’s Premier: “We must work towards independence”
    https://www.highnorthnews.com/en/greenlands-premier-we-must-work-towards-independence
  11. ARCTIC TODAY, Greenland’s parliament calls an early election
    https://www.arctictoday.com/greenland-will-hold-an-early-election/
  12. Qinersineq.gl
    https://qinersineq.gl/
  13. REUTERS, Landslide win for Greenland opposition
    https://www.reuters.com/article/latestCrisis/idUSL3307992<
  14. REUTERS, Greenland’s left-wing IA party forms new government, vows to block rare-earth mine
    https://www.reuters.com/world/greenlands-left-wing-ia-party-forms-new-government-vows-block-rare-earth-mine-2021-04-16/
  15. REUTERS, UPDATE 1-Australia’s Greenland Minerals says it is focused on rare earths not uranium
    https://www.reuters.com/article/greenland-minerals-project-idUSL4N2M221Z
  16. HIGH NORTH NEWS, Greenland’s Minister of Raw Materials Welcomes Mining, Not Uranium
    https://www.highnorthnews.com/en/greenlands-minister-raw-materials-welcomes-mining-not-uranium
  17. ARCTIC TODAY, Major uranium miner halts Greenland exploration amid ban discussion
    https://www.arctictoday.com/major-uranium-miner-halts-greenland-exploration-amid-ban-discussion/
  18. ARCTIC TODAY, Greenland government ready to outlaw uranium mining
    https://www.arctictoday.com/greenland-government-ready-to-outlaw-uranium-mining/
  19. NUNA, Public consultation on Bill to ban uranium prospecting, exploration and exploitation
    https://www.nuna-law.com/2021/07/12/7507/?lang=en
  20. Bill: Greenland Parliament Act no. [X] of [dd mm 2021] to ban uranium prospecting,
    exploration and exploitation Explanatory notes to the Bill
    https://www.nuna-law.com/wp-content/uploads/2021/07/Draft_bill_on_uranium_ENG.pdf
  21. GREENLAND MINERALS LTD, Comments on the draft law “prohibiting prospecting, exploration and exploitation of uranium”.
    https://naalakkersuisut.gl/~/media/Nanoq/Files/Hearings/2021/0207_Uranimik%20misissueqqaarnermut/Answers/Horings%20svar/GM%20EN.pdf
  22. REUTERS, Greenland prepares legislation to halt large rare-earth mine
    https://www.reuters.com/business/environment/greenland-prepares-legislation-halt-large-rare-earth-mine-2021-09-17/
  23. MINING.COM, Hudson Resources says licence won’t be affected by Greenland uranium ban
    https://www.mining.com/hudson-resources-says-license-wont-be-affected-by-greenland-uranium-ban/

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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