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報告書&レポート

2022年1月25日 バンクーバー 事務所 佐藤すみれ
22-02

メキシコ治安情勢ウェビナー“Mexico Security 2021 December”報告

<バンクーバー事務所 佐藤すみれ 報告>

はじめに

メキシコ国内の治安情勢は過去十数年間に亘って悪化の一途を辿っており、2018~2020年の殺人件数は過去最高水準で高止まりしている。2018年12月に就任したAndres Manuel López Obrador(AMLO)大統領は、治安改善を最優先事項の一つとして掲げ、新治安部隊である国家警備隊の創設を柱とする政策を推進しているが、その効果が数字に表れていないのが現状である。鉱業部門に関して、メキシコは銀産出量が世界第1位を占める鉱業国であるものの、同国の治安情勢は長年カントリーリスクの主要因とされ、特に近年では直接鉱山を標的とする犯罪が増加傾向にあり、業界では懸念が高まり続けている。こうした状況下で、リスクコンサルティングを専門とする米HXAGON社は2021年12月2日、メキシコ国内の治安情勢のブリーフィングを目的とするウェビナー“Mexico Security 2021 December”を開催した。本稿ではウェビナーの概要に加え、同国の治安情勢が鉱業部門に与える影響に焦点を当てて報告する。

1.主催者、ウェビナー概要

主催者のHXAGON社は、政治的リスク分析、ラテンアメリカおよびカリブ海地域の政治・安全保障に関連する知識養成、長期的研究支援等を専門とする。今回プレゼンターを務めたHXAGON社の創立者であるJames Bosworth氏は、ラテンアメリカ諸国の政治・治安に関するニュースレター“Latin America Risk Report”の執筆も手掛ける。同社によるメキシコ治安情勢に関するウェビナーの開催は2005年以来初となり、開催に至った理由として、AMLO大統領の任期(2018~2024年)が2021年12月に折り返しを迎えたことから、治安面の政策に関する中間報告の場とする旨が述べられた。

2.近年の治安状況概要

2.1.全国殺人件数の推移

国内の治安状況は、2000年代後半以降大きく変化している(図1)。殺人件数を急増させた主な要因は、Felipe Calderón政権(2006~2012年)が犯罪組織の撲滅を目的として推進した政策の影響である。“麻薬戦争”として知られる本政策は、全国に数万人の連邦警察と軍を展開し、主要麻薬カルテルのリーダーを逮捕することで組織を弱体化することが目的であったが、実際にはリーダーの不在がカルテルの分裂をもたらし、中小規模の組織の衝突や、組織内の主導権争いが増加したことで治安の更なる悪化を招いた。なお、メキシコにおいては、全体の犯罪のうち約7~8割が犯罪組織関連の事件と推測されている1ことから、同国の治安状況を把握するには犯罪組織関連の動きを注視することが重要といえる。

図1.1990年以降の全国殺人件数の推移

図1.1990年以降の全国殺人件数の推移2

出典:国立統計地理情報院(INEGI)

2018年以降は年間の殺人件数が約3万7千件台で高止まりしており(図1)、以下図2の2018~2021年月別殺人件数比較でも過去4年間でほぼ変化がないことから、2021年も同水準のままとなることが予測される。

図2.2018年~2021年月別全国殺人件数の推移

図2.2018年~2021年月別全国殺人件数の推移

出典:Semáforo Delictivo、一部改変

2.2.州別、自治体別治安状況

以下図3は、2020年10月~2021年9月に報告された10万人あたりの殺人件数を示したものである。参考として、鉱業生産額上位5位の州を地図内に記載した3。Chihuahua州が最も高く10万人あたり112.4人の死者数となっており、特に米国国境に面するCiudad Juarez市における殺人件数が高い傾向にある。また、Sonora州においては、ハリスコ新世代カルテル(Cártel de Jalisco Nueva Generación (CJNG)、後述)が勢力を強めており、Chihuahua州にもその影響が及んでいると分析された。カルテルの勢力や対立状況に関する詳細は「3.犯罪組織の動向」で記述する。

図3.10万人あたりの殺人件数

図3.10万人あたりの殺人件数

出典:Latin America Risk Report、一部改変

図4は2021年9月の殺人発生率を前年同月と比較し、増加率を色別で示している。赤色は増加、青色は減少を示すが、主要鉱業州に注目すると、Zacatecas州(国内の銀、鉛、亜鉛生産第1位)では増加率が27%と際立って高いほか、Sonora州(国内銅生産の約8割を占める)でも高い増加率が確認される。

図4.2021年9月殺人件数の対前年同月比

図4.2021年9月殺人件数の対前年同月比

出典:Latin America Risk Report、一部改変

Zacatecas州の治安状況を補足すると、国防省は、2021年10月時点で同州の恐喝発生件数は全国1位(68.49人/10万人、全国平均17.29人)、殺人発生件数は第5位(141.79人/10万人、全国平均72.05人)と発表した4。国防省は情勢悪化の原因について、米国、太平洋側、大西洋側に抜ける複数の麻薬密輸ルートが交わる地理的特徴を持つことが関係すると分析する(図5)。麻薬のほか武器流通の集積地として機能し、多数の犯罪組織が利権や活動地域拡大等を争っていることが主な要因と考えられている。同州の中でも、墨Peñoles社の子会社であるFresnillo社が活動するFresnillo市は、犯罪件数が州内で第1位(全体の28%)と報告された。

図5.主要麻薬密輸ルート

図5.主要麻薬密輸ルート

出典:2020年8月20日連邦政府定例会見、国防省発表、一部改変5

講演では、自治体別の治安状況も紹介された。図6は、2020年11月~2021年10月の治安状況を図式化している。円の大きさは殺人報告件数6、また、円の色は自治体人口あたりの殺人発生率を表し、色が濃くなるほど発生率が高いことを示す。例えばChihuahua州では殺人報告件数の多い地域はCiudad Juarez市に集中するが、殺人発生率では同市以上に高い自治体が全国各地に点在することがわかる。中でも、北西国境に面するBaja California州Tijuana市は、殺人発生率および報告件数ともにCiudad Juarez市をはるかに上回っている。この図から、州の中でも自治体によって状況が大きく異なることが見て取れ、治安情勢を把握するためには州規模だけでなく、自治体毎の状況を確認することが重要と言える。

図6.2020年11月~2021年10月の自治体別殺人発生率および殺人報告数

図6.2020年11月~2021年10月の自治体別殺人発生率および殺人報告数

出典:elcri.men、一部改変

3.犯罪組織間対立の動向

図7は、HXAGON社の調査に基づく2021年12月時点の各犯罪組織の勢力範囲を表す。2色が交わる州は主に二つの組織間での対立が発生していることを示し、赤色のハリスコ新世代カルテルが北部から南部にかけて広範囲で活動していることが見て取れる。

図7.主要犯罪組織の勢力範囲

図7.主要犯罪組織の勢力範囲7

出典:Latin America Risk Report、一部改変

ハリスコ新世代カルテルはシナロア・カルテル(Cártel de Sinaloa)と1位を争う勢力を持つ組織であり、国内各地で勢力を拡大している。図8ではハリスコ新世代カルテルのみに注目し、最近の支配状況を図示している。赤一色で示した州は、ほぼ同組織の支配下にあるとされる。注目すべきは、横線で示した同組織が暴力的に勢力を拡大している地域である。これらの地域を図3および図5と比較すると、治安悪化傾向にある州がほぼ対応しており、情勢を変化させている主な要因が犯罪組織間の抗争であると説明できる。一方で、縦線で示された地域ではハリスコ新世代カルテルが他の組織と同盟を結び、主にマネーロンダリングや麻薬輸送ルートの管理等により活動しているとされ、状況は比較的穏やかであるとみられている。

図8.ハリスコ新世代カルテルの活動状況

図8.ハリスコ新世代カルテルの活動状況

出典:Latin America Risk Report

なお、HXAGON社は図7、図8に示した犯罪組織の勢力範囲や活動状況に関する注意点として、これら組織は州境に拘わらず活動しているため、勢力範囲は地図のように正確には区切られないほか、地図には示されていない組織が多数存在するとコメントした。また、地方の限られた範囲で活動するローカルグループに関しては、たとえ規模が小さくとも時には凶悪行為を行うこともあるため注視すべきと加えた。直近の事例として、2021年12月1日早朝、中部Hidalgo州Tula市内において、ローカルグループであるプエブロス・ウニドス(Pueblos Unidos)のメンバーらが、刑務所に収監されていたリーダーおよび構成員を解放するため、自動車爆弾を用いて襲撃した。結果計9人の受刑者らが脱獄したほか、刑務所職員2名が負傷したと報告されている。

4.近年における治安情勢の変化とその要因

「麻薬戦争」によってもたらされた犯罪組織の解体と再編に伴い、組織の活動は麻薬取引に限らず、恐喝、ガソリンの盗難・転売、飲食店等に対するみかじめ料の徴収や不法移民の人身売買、米国密入国斡旋業者に対する手数料徴収などと多様化している。HXAGON社は特に近年犯罪の増加と活動の変化に影響を及ぼしている要因として以下3点を挙げた。

(ア)政治面

メキシコにおいては政治家と麻薬カルテル等犯罪組織との癒着が長年に亘って問題視されており、連邦政府は対策の一環として、財務省が所管する金融情報機関(UIF:Unidad de Inteligencia Financiera)を通じ、贈収賄や資金洗浄等違法行為に利用された銀行口座を凍結する手段をとっている。AMLO大統領は汚職撲滅を最重要課題の一つに掲げて徹底した対策を行っており、UIFにより凍結された銀行口座数は、2018年Peña Nieto前政権時の計800件と比較し、2019年は計12,074件(計5,023mMXN(メキシコペソ)および52mUS$)8、2020年は20,017件(計2,009mMXN、290mUS$および16,600€)9と劇的に増加した。HXAGON社からは、口座凍結により賄賂や資金洗浄等による収入が制限された犯罪組織らが、先述した他の非合法的活動に移行したことで、対立する組織間での覇権争いに繋がっているとの考えが示された。

(イ)薬物市場の変化

米国内では合法化により大麻の価格が下落しているほか、合成薬物のフェンタニルやメタンフェタミンの台頭を受けて、ヘロインの末端価格も下落していると考えられている。HXAGON社によると、これはGuerrero州をはじめとするアヘン(ヘロインの原料)栽培地域において特に強い打撃を与えたと分析され、大麻やヘロインの製造、販売を主としていたカルテルが、「(ア)政治面」にて前述したのと同様、代替の収入を得るため犯罪手口を変えざるを得なかったとされる。

(ウ)COVID-19感染拡大の影響

市民に対する影響として、失業や学校中退を余儀なくされたケースや、パンデミックで加速したインフレにより貧困層が増加し、他国に移民する選択を持たない人々らが、生きる術としてやむを得ず犯罪に手を染める傾向にある例が挙げられた。この影響は一般犯罪の増加だけでなく、犯罪組織に加わる者の増加にもつながっていると考えられ、特に産業が乏しい遠隔地方においてこの懸念が強いとされる。また、パンデミックにより生じた世界的物流の停滞は、合成薬物の原料である前駆体化学物質のサプライチェーンにも影響を及ぼし、原料の輸入を担うカルテルの事業に影響を与えたほか、米国の国境封鎖により密輸を困難にさせた10。結果、「(イ)薬物市場の変化」と同様、犯罪手口の多様化を増加させたとみられる。

犯罪組織の活動状況は刻々と変化しているため、HXAGON社は組織間の対立が発生している地域を把握することの重要性を述べた。また、その情報源として、SNSの活用と、犯罪組織によるメッセージを参照することを推奨した。犯罪組織は対立する他の組織や、政府関係者などにメッセージを伝達する手段の一つとして、街中にナルコマンタ(narcomanta)と呼ばれるバナーを掲げることがある。SNSやブログなどを通してそのメッセージを知ることで、特定の地域の状況を把握することが推奨された。一方で注意点として、無料の情報源は犯罪組織による検閲や情報の操作が恣意的に行われている可能性があることを考慮することや、中には衝撃の強い画像や動画が掲載されている場合もあるため、可能な限り特に動画の閲覧は避けることが勧められた。なお、筆者の意見としては、上記の方法による個人での正確な情報収集は困難とされることから、現地のリスクコンサルタント等に照会するのが好ましいと考える。

5.AMLO政権下における治安対策の評価と今後の見通し

5.1.AMLO政権前半の評価

2021年12月にAMLO政権発足から3年を迎え、任期折り返しに差し掛かった。過去の政権下で急激に悪化した治安状況の改善は、AMLO大統領にとって汚職撲滅、貧困解決、社会福祉の充実に並ぶ最重要課題の一つである。AMLO大統領は治安政策として、選挙キャンペーン当時から「銃弾ではなくハグを(Abrazos, no balazos)」をスローガンとし、過去の政権とは異なった平和的解決というアプローチを探っている。例として、治安悪化の根本要因とされる貧困問題の解決策として、若者向け職業訓練プログラムや貧困地域における植林事業を通じた雇用創出など、経済的弱者層支援が行われている。しかしながら講演では、理想主義的政策では短期的な成果は見込めないほか、各社会プログラムの仲介業者に利益をもたらすことと引き換えに政党支持を獲得するクライアンテリズムであり、理想的な雇用創出方法ではないと指摘された。

国軍や国家警備隊の活動については、治安維持という本来の目的から大きく逸れていることが指摘された。国軍は、AMLO大統領の公約である各種公共事業を担当しているが、その内容は首都新国際空港やDos Bocas製油所、マヤ観光鉄道の建設に加え、国立自然公園の整備、現政権下で新設された福祉銀行(Banco del Bienestar)の支店建設等多岐に亘る。また、海軍は貿易港の警備や税関を担当するだけでなく、汚職撤廃を目的に港の管理機能も備えられることとなった。HXAGON社は、AMLO大統領が軍の活動強化を通して、自身が持つ支配権を国民に示す道具として利用していると指摘した。

また、軍の活動に加え、AMLO大統領は選挙公約の柱として治安問題の解決に向けた国家警備隊の創設を唱え、就任後僅か半年という速さで国家警備隊発足を実現させた11。しかしながら、講演ではその活動状況に矛盾が生じていることが示された。図9は2020年に各州に配置された国家警備隊の人数を示すが、主に南部を中心に警備が強化されている一方で、治安悪化が特に懸念されているZacatecas州やChihuahua州をはじめとする北部は配属数が比較的少ないのが現状である。

図9.2020年国家警備隊配属人数

図9.2020年国家警備隊配属人数

出典:国立統計地理情報院(INEGI)、一部改変

この背景には、中南米からの不法移民取り締まり強化を求める米国からの圧力がある。2019年5月、Trump米大統領(当時)は、メキシコによる不法移民対策の甘さを非難し、メキシコからの全輸入品に対し関税を設けると宣言した。これを受けて連邦政府は、国家警備隊が発足した2019年6月30日より約2週間早い6月18日に、不法移民の玄関口である南東部Chiapas州をはじめ南部各地への配置を開始した。図9で示されたとおり、2020年も継続して南部国境周辺での警備強化に偏っており、墨政府が治安問題よりも外交問題の解決に重きを置いていることが伺える。

一方、国家警備隊の本来の目的である治安対策面では、AMLO政権にとって痛い滑り出しとなった。2019年10月には、Sinaloa州の州都にてシナロア・カルテルの幹部を逮捕することを目的に国家警備隊が自宅へ突入し、その後組織のメンバーによる抵抗から、市民を巻き込む激しい銃撃戦に発展する事件が発生した。一度は幹部の身柄を拘束したものの、大規模な反撃を受け幹部を解放するに至り、後日国防相はこの計画が性急であったことを認めた。AMLO大統領は「市民の安全を最優先させた」と自身の判断を正当化したが、この失敗により、政府の対応そのものや国家警備隊に対する国民からの強い非難を生むこととなった。

5.2.政権後半の見通しと懸念

5.2.1.政策面の見通し

AMLO政権は2021年1月に発足から3年を迎えたところ、HXAGON社は政権後半の治安情勢を「現状維持」と予測する。講演では具体的な理由は述べられなかったが、前述のとおり、現政権の治安対策が平和主義的で短期的成果が見込まれないことや、国軍および国家警備隊の活動が治安対策とは外れた範囲で活発化していること等が主な理由ではないかと推測される。また、軍の機能強化が継続することも予想されたが、その目的は引き続き政治的利用が中心となるとの意見が述べられた。加えて、AMLO大統領は石油生産量の増加と電力分野における国の権限強化を重要視していることから、エネルギー部門に対するセキュリティも同様に強化されることは予想できるものの、逆に鉱業分野に対してはAMLO大統領が就任以前から一貫して批判的立場であることから、同部門に対するセキュリティ強化が優先される可能性は低いとの見解が示された。

しかしながら、近年鉱山を標的とした犯罪が目立ってきており、筆者の見解としては、労働者や周辺地域の市民の安全が脅かされている場合には、連邦政府が鉱山地域のセキュリティ対策を軽視することはないと考えられる。実際に、公共治安省による鉱山警備を専門とする部隊が2020年10月に発足し、直近では2021年7月にZacatecas州の複数鉱山に配置された。詳細は第6章で後述する。

5.2.2.懸念事項

講演で述べられた現政権後期の懸念事項のうち、主な点を以下に挙げる。

(ア)政府と犯罪組織間の対立激化

AMLO大統領就任以降の治安状況に目立った改善が見られていないことから、HXAGON社は、仮に現政権後半に犯罪組織撲滅を目的とする政策が実行された場合、政府と犯罪組織間の対立が激化する懸念があると述べた。AMLO大統領はこれまで自身の公約を着実に実現化させており、その有言実行な性格や、先述したシナロア・カルテルに対する襲撃がすでに実行されていることからも、政府による襲撃が再び起こり得ないとは言えないと予測された。

(イ)一般市民の被害増加

かつてメキシコでは、麻薬組織に関わらない一般市民は比較的安全とされていたが、これまで犯罪組織が守っていた「暗黙の一線」は、既に不確実な状況にあると述べられた。最近では首都Ciudad de México、北部Nuevo León州Monterrey市、南東部Quintana Roo州のリゾート地で知られるCancún市等をはじめとする地域で、犯罪組織による襲撃に一般市民が巻き込まれるケースが多発しており、市民、観光客は一層の警戒が必要と説かれた。

このほかには、第4章で記述した内容と同様に、国内の経済情勢のさらなる悪化や、麻薬市場の変化が引き続き治安情勢に影響する可能性も懸念事項として挙げられた。

6.鉱業部門への影響

近年では鉱山を狙った犯罪が多々報告されており、その背景には、前述した犯罪組織の活動の変化が影響していると考えられる。これまでは、麻薬の流通ルートをめぐる争いが鉱山周辺の治安悪化を招くという間接的影響が主な懸念であったものの、近年は鉱山関係者に対する恐喝や生産物の強盗が多数報告されているほか、これらの犯罪を目的とした覇権争いにも繋がっていると考えられており、鉱山の直接的被害が目立っている12。本セミナーでは扱われなかったが、国内鉱山において2020年以降に発生した事件の主な例を紹介する。

  • 2020年3月、墨Fresnillo社がSonora州Caborca市に保有するHerradura金・銀鉱山から金地金60kg、銀地金398kgを輸送していた装甲トラックが襲撃を受け盗難される被害が発生13
  • 2020年4月、加Alamos Gold社がSonora州に保有するMulatos金鉱山において、鉱山内の滑走路で金・銀地金が貨物機に積み込まれる直前に、5人の武装グループが軽飛行機で襲撃し強盗した。なお、犯行に要した時間は10分程度で、犯罪能力の高さを知らしめる事件であった14
  • 2020年5月、犯罪組織のGuerreros Unidosが、Guerrero州にMedia Luna金鉱山を保有する加Torex Gold社CEOに対する脅迫ビデオメッセージを公開した。その中で、メキシコ労働組合連盟(CTM)の代表者が同州Tlacotepec市のカルテルであるLos Tlacosと関わりがあり、Torex Gold社がCTM代表を支持していることから、Media Luna鉱山を襲撃すると警告された。その後同年7月、Guerrero州Iguala市とChilpancingo市間の幹線道路を走行中の加Torex Gold社の車両が武装集団によって放火される事件が発生し、現場にはCTM代表者の名前を含む脅迫文が書き残されていた15。なお、上記の幹線道路においては同年9月にも、とある武装集団によって加Equinox Gold社の車両が放火される事件が発生した16
  • 2021年11月、豪Consolidated Zinc社がChihuahua州Aldama市に保有するPlomosas亜鉛鉱山において、亜鉛および鉛精鉱およそ90t(90kUS$相当)の盗難被害が発生。武装集団は警備員と鉱山職員を海上輸送用コンテナに閉じ込め、亜鉛および鉛精鉱およそ90t(90kUS$相当)を盗難した17

鉱山への直接的被害が増加傾向にあることを受け、公共治安省が所管する連邦防護庁(SPF:Servicio de Protección Federal)は2020年に鉱山警備を専門とする部隊を結成し、同年10月にSonora州Caborca市のHerradura金・銀鉱山において初めて警備活動を開始した。同庁は鉱山警備に特化した人員の育成計画を推進しており、今後は各地に活動範囲を拡大する計画を発表した18。直近では、2021年7月にZacatecas州において、墨Fresnillo社が保有するFresnillo銀鉱山、Saucito銀・金鉱山、Juanicipio銀・金プロジェクトを対象にSPFの部隊計168名が配置された19。しかしながら、企業の中には自社でセキュリティーサービスを契約することを望む場合もあり、治安部隊の全国展開は進んでいないのが現状である20。なお、メキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)の統計によると、会員企業によるセキュリティ投資総額は2018年:32.9mUS$、2019年:57.1mUS$(対前年増減率74%)、2020年:76.41mUS$(同34%)と年々増加している21

おわりに

メキシコを取り巻く治安情勢は依然として犯罪組織を中心としたものであるが、麻薬市場の変化や犯罪手法の多様化に加え、COVID-19感染拡大による経済悪化や流通の変化といった様々な要因が影響し、より流動性が増している状況と言える。これまで比較的安全とされていた地域の治安が急激に悪化するリスクが存在するほか、実際の事件発生件数は報告件数を大きく上回るとされることから、統計を鵜呑みにはできない。治安当局による各種対策が取られてはいるものの、2018年以降の治安情勢は過去最悪の状況とされ、2022年以降も状況が劇的に改善はする見込みは薄い。近年では鉱山関係者を狙った直接的被害が多数報告されていることから、現地に赴く際には一般犯罪の標的から逃れるための基本的対策はもちろんのこと、国内の政治・経済構造を正しく理解し、犯罪組織間の抗争に巻き込まれることを予防することが重要である。統計上の数値や一過的な情報のみを安易に信用せず、現地の情勢に精通するリスクコンサルタント等専門家から常に最新の現地情報を取得した上で、適切かつ十分な安全対策を講じられたい。


  1. 2020年時点で連邦政府は75%と推測、非政府系犯罪統計調査機関Semáforo Delictivoは80%と推測する。
  2. 報復を恐れて被害を報告しないケースもあるため、政府の統計は正確ではなく、実際の被害件数を把握することは困難である。2020年の件数は1~6月に報告された件数を基準に算出された速報値である。
  3. 2020年の鉱業生産額順位は第1位:Sonora州(全国の鉱業生産額に占める割合34.2%)、第2位:Zacatecas州(同21.5%)、第3位:Chihuahua州(同12.7%)、第4位:Durango州(同9.1%)第5位:Guerrero州(同5.0%)であった。
  4. “Conferencia de prensa matutina, desde Zacatecas. Jueves 25 de noviembre 2021”. Sitio Oficial de Andrés Manuel López Obrador. 2021-11-25.
    https://lopezobrador.org.mx/2021/11/25/conferencia-de-prensa-matutina-desde-zacatecas-jueves-25-de-noviembre-2021/
  5. “En descenso, delitos del fuero federal y común. Conferencia presidente AMLO”. Sitio Oficial de Andrés Manuel López Obrador. 2020-08-20.
    https://lopezobrador.org.mx/2020/08/20/conferencia-de-prensa-matutina-desde-zacatecas-jueves-20-de-agosto-2020/
  6. 自治体の中には殺人件数をゼロと報告していても、実際には犯罪がカウントされていないケースや、自治体の中には殺人件数を報告しないケースがある。また、一部の州では犯罪を一定の地域でまとめて公表していることから、複数の自治体で発生した犯罪が一か所の自治体で発生したとカウントされている場合もある。
  7. 北東部の緑一色で示されたロス・セタスとガルフ・カルテルが活動する地域について、ロス・セタス(Los Zetas)はガルフ・カルテル(Cártel del Golfo)から独立して結成されたものの、初期の構成員はほぼ逮捕あるいは殺害されたことで解体され、その後派生した複数の小規模グループが現在活動中にあるとされている。
  8. “Presidente destaca labor eficaz de la UIF en combate a la corrupción; presenta Inteligencia Financiera Informe Anual de Labores”. Sitio Oficial de Andrés Manuel López Obrador. 2019-12-27.
    https://lopezobrador.org.mx/2019/12/27/presidente-destaca-labor-eficaz-de-la-uif-en-combate-a-la-corrupcion-presenta-inteligencia-financiera-informe-anual-de-labores/
  9. De la Redacción. “Congeló la UIF en 2020 más de 20 mil cuentas bancarias: Santiago Nieto”. La Jornada. 2021-01-09.
    https://www.jornada.com.mx/notas/2021/01/07/economia/congelo-la-uif-en-2020-mas-de-20-mil-cuentas-bancarias-santiago-nieto/
  10. Laura Y. Calderón, Kimberly Heinle, Rita E. Kuckertz, Octavio Rodríguez Ferreira, and David A. Shirk ; “Organized Crime and Violence in Mexico: 2021 Special Report, Justice in Mexico”. University of San Diego. October 2021. pp. 51-52
  11. AMLO大統領は、警察が十分に機能せず腐敗が蔓延していることや、国軍が憲法違反や人権侵害といった行為に及んでいると指摘し、警察と国軍に代わる文民統制の組織として国家警備隊を創設することを提案した。創設に必要な憲法改正案は上下院ともにほぼ満場一致で議会の承認を得て、2019年5月27日に「国家警備隊法(Ley de la Guardia Nacional)の施行に至った。
  12. Samuel Williams. “Cárteles mexicanos compiten para extorsionar a mineras”. BNamericas. 2021-12-01.
    https://app.bnamericas.com/article/section/all/content/xi20rr5qr-mexican-cartels-fighting-to-extort-mining-companies
  13. Fresnillo PLC. “Annual Report and Accounts 2020”. 2021. p.116.
    http://www.fresnilloplc.com/media/488895/200421-fresnillo-ar2020-web.pdf
  14. Samuel Williams. “Ladrones armados roban oro de mina en México”. BNamericas. 2020-04-09.
    https://app.bnamericas.com/article/section/all/content/x7pmw1put-armed-robbers-steal-gold-from-mexico-mine
  15. Ezequiel Flores Contreras. “Guerreros Unidos cumplen amenaza de atacar objetivos de minera canadiense Torex Gold”. Proceso. 2020-07-17
    https://www.proceso.com.mx/nacional/estados/2020/7/17/guerreros-unidos-cumplen-amenaza-de-atacar-objetivos-de-minera-canadiense-torex-gold-246344.html
  16. Eduardo Yener Santos. “Queman camioneta de minera Equinox en la carretera Iguala -Chilpancingo”. Quadratin Guerrero. 2020-09-01.
    https://guerrero.quadratin.com.mx/queman-camioneta-de-minera-equinox-en-la-carretera-iguala-chilpancingo/
  17. Consolidated Zinc LTD. “Plomosas Operations Update – Security Incident”. 2021-11-22.
    https://www.consolidatedzinc.com.au/wp-content/uploads/2021/11/20211122-Plomosas-Operations-Update-Security-Incident-FINAL-.pdf
  18. Outletminero. “Policía Minera Inicia Operaciones en Caborca”. 2020-10-19.
    https://outletminero.org/policia-minera-inicia-operaciones-en-caborca/
  19. NTR Zacatecas. “Instalan servicio para protección y resguardo de empresas mineras”. 2021-06-26.
    http://ntrzacatecas.com/2021/07/26/instalan-servicio-para-proteccion-y-resguardo-de-empresas-mineras/
  20. Samuel Williams. “Cárteles mexicanos compiten para extorsionar a mineras”. BNamericas. 2021-12-01
    https://app.bnamericas.com/article/section/all/content/xi20rr5qr-mexican-cartels-fighting-to-extort-mining-companies
  21. Cámara Minera de México. “Informe Annual 2019”. p.30.
    https://camimex.org.mx/application/files/1815/7064/6694/Info_2019.pdf
    Cámara Minera de México. “Informe Annual 2020”. p.29.
    https://camimex.org.mx/application/files/5816/0204/8730/info_2020.pdf
    Cámara Minera de México. “Informe Annual 2021”. p.24.
    https://camimex.org.mx/application/files/2916/3095/7239/info_2021.pdf

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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