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報告書&レポート

2022年5月18日 バンクーバー 事務所 佐藤すみれ
22-05

メキシコ2022年鉱業法改正の概要と課題

<バンクーバー事務所 佐藤すみれ 報告>

はじめに

世界的なリチウム需要の増加とそれにともなう調達競争が激化する中、メキシコにおいても数年後に迫る国内初のリチウム生産開始への期待と資源ポテンシャルへの関心が急速に高まっている。過去の新自由主義政策を否定するAndrés Manuel López Obrador(AMLO)大統領は、資源自給自足や主権保護といった国力強化実現のため、石油や電力部門に対する政府権限の強化に加え、リチウムをエネルギー転換のための国家戦略資源と定め、探鉱からその利用までを国営化する方法を模索してきた。今回、2022年4月21日に改正鉱業法が施行されたことで、今後は民間企業の新規参入が規制されることとなる。鉱業法改正法案提出から公布までに要した期間はわずか4日で、その直前には通称「電力改革」と呼ばれる憲法改正案が否決されたこともあり、鉱業法改正案がスピード採決された背景には政治的意図も見え隠れする。本レポートでは、改正鉱業法の要点及び懸念点、次に改正に至るまでの背景と法的プロセス、最後に各界の反応と政府のエネルギー構想について報告する。

1.鉱業法改正点と懸念される影響

1.1.改正の主なポイント

今回の改正によって第1条、第5条、第9条、第10条が修正・追加された。以下に大きく5つの要点をまとめる。

  • リチウムの探鉱、採掘、選鉱、利用については、新設される公共機関が責任を負うものとする。(第1条)
  • リチウムは公益事業と宣言され、この分野における鉱業権、ライセンス、契約、許可は付与されず、リチウム鉱床が存在する地域は国有鉱区とする。(第5条-Bis条)
  • リチウムは国家財産と認識され、その探鉱、採掘、選鉱、利用はメキシコ国民の排他的利益のために留保される。(同上)
  • リチウムの経済バリューチェーンは、新設される公共機関を通じて国家が管理、統制する。(同上)
  • 鉱物資源の探査および採掘は、連邦政府によって国家戦略鉱物と宣言されたリチウム及びその他の鉱物を除き、鉱業権を取得することにより可能である。(第10条)

今後は新設される公共機関がリチウムの探鉱から利用までを担い、バリューチェーン全体を管理することとなる。経過措置として、本法が施行されてから90日営業日以内に当機関を設立することが定められているが、本稿執筆時点では政府による詳細は発表されていない。また、5点目に記載した国家戦略鉱物に関して、リチウム以外の戦略鉱物は指定されていないことから、リチウムを除く各種鉱物の探鉱および採掘に関しては改正前と同様の扱いとなる1

1.2.既存リチウムプロジェクトおよびその他の鉱物に対し懸念される影響

憲法第14条で法の不遡及の原則が定められていることから、本改正前の段階で既に付与された鉱業権は引き続き有効で、直ちに影響を及ぼさないとの見方が大勢である。しかしながらAMLO大統領は、2022年4月20日の定例会見において、今後リチウムの探鉱・採掘に係る全ての鉱業権に係る手続きを見直す旨を明言している2。現在メキシコ国内で開発ステージに進んでいるリチウムプロジェクトはSonora Lithiumプロジェクトのみであるが、本件に関しては、地元コミュニティとの協議実施の有無や、連邦経済競争委員会(COFECE)が中国企業である江西贛鋒鋰業股份有限公司(Ganfeng Lithium、以下、贛鋒リチウム業)による買収に関し競争法上の観点から下した判断についても確認が行われる旨が説明された。改正による直接的影響はないとされるものの、仮に不正が見つかった場合には鉱業権が取り消される可能性があるほか、改正法により鉱区の接収も可能とされることから、法的不確実性は依然として残っている。

また、今回追加された条文には、戦略資源と指定されたその他の鉱物も同様に国が独占する旨が記されたことで、今後いかなる鉱物も政府の宣言によって規制することが可能となる。現時点でリチウム以外にその他の戦略資源の指定に関する動きはみられないものの、法的不安定さが増す内容となっている。

2.鉱業法改正の背景

2.1.リチウムのポテンシャルに対する期待の高まり

メキシコのリチウムのポテンシャルに対する国内の関心は、主にSonora Lithiumプロジェクトの進展をきっかけに、2019年後半以降に大きな高まりを見せることとなった。Víctor Toledo環境天然資源大臣(当時)は2019年12月、大統領会見において同プロジェクトや国内のエネルギー転換に言及し、石油に代わる新たな資源としてリチウムは国家戦略となるとの見通しを述べた3ことで、国内の多数報道機関の注目を集めた。この発言の数か月前には、英Bacanora Lithium社及び中・贛鋒リチウム業との間でSonora Lithiumプロジェクトの戦略的投資契約が完了し、贛鋒リチウム業が同プロジェクトの権益22.5%を獲得していた。その後贛鋒リチウム業はオプション行使により同プロジェクトの権益を50%に引き上げ、2021年8月には贛鋒リチウム業によるBacanora Lithium社の買収提案が合意に至り、中国企業によるSonora Lithiumプロジェクトの全権益獲得に向けた動きにメキシコ政府が警戒し、国家による独占の構想を強めることに繋がった。

2.2.憲法改正案否決

政府は当初、憲法改正によってリチウムの独占化を目指していた。AMLO大統領は、エネルギー転換のため電力部門の規制強化ならびにリチウムを含む戦略鉱物の国家独占化を目的とする憲法第25、27、28条改正法案を2021年10月に国会へ提出した。この法案は鉱業界からの反対意見はもちろんのこと、民間発電事業者の既存案件を著しく阻害するとし、経済界からの大きな反発を招いた。下院で20回以上に亘る公聴会が開催されたものの、原案に加えられた修正は僅かであり、2022年4月17日に実施された下院本会議採決の結果、賛成275票、反対223票と、憲法改正に必要な出席議員数の3分の2の票が得られず否決された。AMLO大統領はこの結果に対し、「反対議員らによる国家への裏切り行為であり、国民や国家の公共利益を守る代わりに、略奪に専念する外国企業の擁護者となった。」と非難した4。なお、憲法改正案否決後、連邦与党のMORENA(国家再生運動)党員が中心となり反対票を投じた議員らに対し過剰な非難を続けたことで、与党議員の言葉を借りて言うならば、議会が「愛国者」と「反逆者」に二分されかねない事態に発展した5


憲法改正案否決後にMORENAが市民向けに主催した「国家主権フェスティバル」の広告と当日(2022年4月24日)の様子

左:憲法改正案否決後にMORENAが市民向けに主催した「国家主権フェスティバル」(2022年4月24日)の広告
右:イベント当日の様子、ステージの両脇には「反逆者」の文字と共に改憲に反対した議員らの顔写真と名前が掲示された

出典:MORENA公式Twitter


「リチウムは我々のもの」

訳:「リチウムは我々のもの」
出典:MORENA公式Twitter

3.鉱業法改正案の提出、両院可決まで

AMLO大統領は憲法改正案が否決される可能性を考慮し、リチウム独占化の代替手段として、憲法改正案の採決と同日(2022年4月17日)に鉱業法改正案を下院に提出していた。同法案は翌18日に通過(賛成275票、反対24票、棄権187票)、上院においても翌19日に可決された(賛成87票、反対20票、棄権16票)。その後大統領府の承認を得て改正施行令が2022年4月20日付け官報で公布され、翌21日に施行されるに至った。AMLO大統領は、改正鉱業法の成立に非常に満足しているとコメントし、賛成票を投じた上下両院議員に対し「外国および民間企業によるメキシコ国家の財産略奪を防ぐことに協力してくれた。(改正は)公益、国民、国家にとっての勝利であった。」と謝辞を述べた。また、Rocío Nahleエネルギー相、Marcelo Ebrard外相をはじめ、政界関係者からは祝辞のコメントが相次いだ。

一方、野党側からは強い反発が上がった。最大野党であるPAN(国民行動党)所属のFelipe Macías下院法務委員長は、「野党が改憲を拒否したことによる敗北への埋め合わせとして手っ取り早く行われた改正であった」とコメントしたほか、同改正法が憲法論争の対象になる可能性があると語った。また、PRI(制度的革命党)のRubén Moreira議会調整官は、「我党はリチウムの重要性を理解するものの、国家予算や技術の不足から(資源が)採掘されないままとなることを懸念する。我々がリチウムを守ることに関心を示している一方で、技術的ではなく政治的意図による改正が推し進められたことはフェアではない。」と非難した。

4.業界の反応

4.1.違憲性の疑い

メキシコ鉱業会議所(CAMIMEX)のKaren Flores事務局長は、そもそも憲法第27条において鉱物の所有権は国家に帰属すると定められており、鉱業権の付与により活動が管理されているため、リチウム国有化を目的とした鉱業法改正は非理論的であると主張する6。また、メキシコ西部工科大学社会法学部教授を務めるMarcos del Rosario Rodríguez博士は、最高法規である憲法においては放射性鉱物のみが鉱業権付与の対象外と定められており、二次法である鉱業法によってこの規制をリチウムに適用することはできないため、改正法は違憲とみなされると指摘する7。なお、既に付与されている鉱業権の扱いに関し、Baker McKenzie法律事務所のJorge Ruiz弁護士は、当時有効であった法律に基づき許可されたものに対しては決定を覆すことはできないと意見する8。また多くの業界関係者は、仮に政府による鉱業権取消し等損害が発生した場合には、国が多くのアンパロ訴訟(憲法違反を理由とする保護請求制度)に直面すると予想している。

4.2.実現可能性に関する疑念

政府が民間企業の力に頼ることなく探鉱から採掘、活用までを担うことについて、業界からは実現可能性への疑念が多く寄せられている。メキシコ鉱山・冶金・地質技師協会(AIMMGM)は公式SNS上で計3ページにわたる声明を発表し、その中で、国内で発見されているリチウムの多くが粘土鉱床によるもので、世界的にも商業生産に成功した例はなく、探鉱から生産までに巨額の資金を要することから、国の財政を脅かすリスクが存在すると警鐘を鳴らした9。CAMIMEXも同様に声明を発表し、国内のリチウム資源量に関する十分な情報はなく、現時点で採掘の経済性が確認されている鉱床は存在しないと綴った10。なお、米国地質調査所(USGS)によると、メキシコのリチウム資源量は1.7百万tとされ、いわゆる「リチウムトライアングル」として知られるボリビア(21百万t)、アルゼンチン(19百万t)、チリ(9.8百万t)の資源量と比較しはるかに少ない11。また、メキシコ地質調査所(SGM)が2022年3月に行った講演では、通常潜在性地域の開発について知見を得るには10~15年程度の探鉱が必要とされるところ、同所が現在実施中の探鉱調査期間は計8か月と非常に短いほか、潜在性が確認されたサンプルの大多数が粘土層で採取されたものであるため、塩湖からのリチウム抽出と比較し技術およびコストの面で課題が存在すると説明された。

4.3.改正支持派の意見

今回の改正に対し、総じて鉱業界が反発しているとは言えず、一部支持する声も上がっている。メキシコリチウム会議所(CAMEXLI)のMarco Antonio Sánchez会頭は、リチウムがサステイナブル・モビリティをはじめその他様々な産業の基礎となるほか、現在欧州が直面するエネルギー危機を例に、国家安全保障の観点からも国による管理が重要と語った。また、同会議所は民間投資の促進を目的にこれまで約2年間に亘って上院、下院、各省との協議を進めており、将来的に国内外の民間バッテリーメーカーが生産事業に投資することが可能となるとの見解を述べた12

5.エネルギー転換に向け連邦政府が描く構想

前述のとおり、政府は今後90日以内に新設される公共機関を通じて、リチウムのバリューチェーン管理を担うこととなる。Rocío Nahleエネルギー相は、2022年4月13日に開催されたフォーラム「ラテンアメリカのリチウムの展望」において政府の構想を明らかにした。Nahle大臣によると、現在政府が計画を進める国家エネルギー転換の主題として、レアメタルおよびレアアースの採掘、エネルギー備蓄、エレクトロモビリティの導入等が挙げられた。また戦略計画として、リチウム採掘及び抽出技術開発、バッテリー組み立て技術開発、バッテリー製造ロボットの開発、電気自動車(EV)および国家電力系統に導入する大型蓄電システム用リチウムイオンバッテリー(LIB)の国内製造等が紹介された。Nahle大臣は、現在LIBコストのうち51%は原材料が占めると説明したうえで、メキシコにはリチウム、グラファイト、マンガン、ニッケル資源があり、国内でバッテリーセル生産が可能となれば、原材料コストに加え製造コストも下げることが可能と論じた。電力庁(CFE)は今後30年間で約6,000MW規模の蓄電システムが必要になると試算することから、国内でのリチウムの需要は非常に高まると強調した。

おわりに

メキシコ人によるメキシコ人のためのリチウム資源開発を目指すAMLO大統領の下、憲法改正法案の否決を受けて異例のスピード採択となった改正鉱業法は、数多くの法的不確実性を内在し、プロジェクトの進退に影響を及ぼしかねないものとなった。国家に対して強力な権限を付与する一般法が、審議が十分になされないまま、提出からわずか2日で上下両院において可決されたことにより、少なからずメキシコの立法制度に対する信頼性が損なわれてしまったといえる。AMLO大統領をはじめ、与党議員らは改正実現を「国家の勝利」と強調する傍ら、粘土鉱床を主とする国内のリチウム採掘の実現性は未だ不明とされているほか、政府による具体的な開発計画も打ち出されていない。国は今後、技術的、資金的課題に加え、場合によってはアンパロ訴訟や国際請求、各国との貿易協定上の問題に直面する可能性も懸念される。エネルギー転換に向けて現政権がどのような具体策を打ち出すのか、今後も注視が必要である。


  1. AMLO大統領自身がこのように説明している。
  2. “Versión estenográfica. Conferencia de prensa del presidente Andrés Manuel López Obrador del 19 de abril de 2022”. Gobierno de México. 2022-04-19.
    https://www.gob.mx/presidencia/es/articulos/version-estenografica-conferencia-de-prensa-del-presidente-andres-manuel-lopez-obrador-del-19-de-abril-de-2022?idiom=es
  3. “Versión estenográfica de la conferencia de prensa matutina | Jueves 12 de diciembre, 2019. Gobierno de México. 2019-12-12.
    https://www.gob.mx/presidencia/articulos/version-estenografica-de-la-conferencia-de-prensa-matutina-jueves-12-de-diciembre-2019
  4. “Versión estenográfica. Conferencia de prensa del presidente Andrés Manuel López Obrador del 18 de abril de 2022”. Gobierno de México. 2022-04-18.
    https://www.gob.mx/presidencia/es/articulos/version-estenografica-conferencia-de-prensa-del-presidente-andres-manuel-lopez-obrador-del-18-de-abril-de-2022?idiom=es
  5. 与党からの非難に対し、野党のPRI(制度的革命党)、PAN(国民行動党)、PRD(民主革命党)からなる野党連合は、一連の行動がヘイト・キャンペーンとみなされることから、国連人権委員会に対し思想、信念、表現の自由の保護のため同機関による介入を求める書簡を提出する事態に発展した。その後もMORENAのMario Delgado幹事長は、反対票を投じた計223名の下院議員を国家反逆罪として連邦検察総局に告発する意向を発表した。
  6. Milenio Noticias con Pedro Gamboa. 2022年4月20日放送
  7. Montserrat Muñoz. “Inconstitucional, la modificación relativa al litio en la Ley Minera”. Instituto Tecnológico y de Estudios Superiores de Occidente. 2022-04-22.
    https://iteso.mx/web/general/detalle?group_id=30285588
  8. Samuel Williams.“Reforma del litio en México no debería afectar a concesiones vigentes”.BNamericas. 2022-04-26.
    ht/app.bntps:/americas.com/article/section/all/content/xlk8ggc1j-mexico-lithium-reform-has-no-impact-on-existing-concessions
  9. Asociación de Ingenieros de Minas, Metalurgistas y Geólogos de México. [@AIMMGM_Nacional]. 2022-04-18. https://twitter.com/AIMMGM_Nacional/status/1516192620996878340
  10. Cámara Minera de México. “Es indispensable dar certidumbre jurídica al sector minero responsable que opera en México.”. 2022-04-19.
    https://camimex.org.mx/application/files/8116/5046/4781/22.04.19_Boletin_CAMIMEX_Ley_Minerav3.pdf
  11. U.S. Geological Survey. “Mineral Commodity Summaries 2022”. 2022-01-31. p.101.
    https://pubs.usgs.gov/periodicals/mcs2022/mcs2022.pdf
  12. Noticieros Televisa. Despierta. 2022年4月19日放送

おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。

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