報告書&レポート
ペルーLas Bambas銅鉱山と社会争議
はじめに
ペルーLas Bambas銅鉱山(Apurimac州)では地域住民の抗議が頻発しており、2016年の操業開始から2023年1月末までの精鉱輸送道の封鎖日数は600日程度にのぼる1。本稿では、本鉱山を取り巻く争議の内容や背景、要因について取りまとめ、これまでに提案された解決策を紹介することとする。
Las Bambas銅鉱山の開発が始動したのは、2004年のペルー政府によるLas Bambas銅プロジェクト国際入札に遡る。開発オプション権を121mUS$で落札したスイスXstrataは、ペルー政府との契約に基づき2005年から探鉱を、2011年に鉱山建設を開始した。そして、2013年5月にGlencoreがXstrataを買収した。
Glencoreは、中国総務省(MOFCOM)による合併認可2の条件を履行するため、本プロジェクトの売却を決定した。そして2014年4月、Las Bambas銅プロジェクトはMMG Ltd.(以下MMG社)を筆頭とする中国企業コンソーシアムによって5.58bUS$で買収された。この鉱業権者変更がプロジェクトに大きな変化をもたらし、争議の要因を形成していくことになる。以下、時系列でプロジェクトの歩みと争議の変遷を紹介する。
1.プロジェクトの歩みと争議
1.1.Xstrata~Glencore Xstrata時代(2004~2014年 探鉱~鉱山建設ステージ中期)
Las Bambas銅プロジェクトはApurimac州史上初の大型銅鉱床開発であり、同州はペルーで最も貧困率の高い地域の1つであったため、本プロジェクトには地域経済発展の担い手として大きな期待が寄せられていた。
Xstrataは2005年に探鉱を開始、2008年に合計306,908mの試錐を完了、2009年にFSを完了、2010年には鉱山操業に係る環境影響調査(EIA:Estudio de Impacto Ambiental)3の住民説明会を実施し、2011年3月にペルー政府はEIAを承認した4。鉱山建設に際し、同社の社会対策方針に基づく地域の雇用や宿泊所・レストラン等のサービス利用が増加し、地元Cotabambas郡Challhuahuacho区の経済は急速に発展した。
このような背景の中、以下に示す争議が発生した。
2005~2008年
・Las Bambas信託基金管理を巡る争議:プロジェクトの直接影響エリアにおける公共事業を目的としてXstrataの落札額の一部を基に設立された基金の管理方法(管理委員会にコミュニティが含まれていないことなど)への抗議デモを断続的に実施。
2008年
・Apurimac州Cotabambas郡Fuerabambaコミュニティ5による抗議デモ:プロジェクトにおける賃金増加やコミュニティ移転条件を巡る抗議を実施。国会やエネルギー鉱山省(MINEM)が仲介し、Xstrataは単純労働者の日当増加(25PEN(ソーレス)から35PENへ)やトラクター寄贈等に合意。
2011年
・Challhuahuacho区抗議デモ:2004年の入札要綱付帯書「Anexo k」に基づき国やXstrataが履行すべき社会・環境・経済・文化関連の17項目の実行や雇用条件改善を求めるデモが発生し、プロジェクトが一時停止。
2013年
・鉱山建設労働者による待遇改善デモ:警官隊との衝突が発生。
このように当初の争議は、基本的に地域側によるより多くの利益(雇用など)の獲得が目的とされ、プロジェクト自体への反対や環境関連の抗議は少なくとも主流ではなかった。
一方でXstrataは積極的な地域雇用やサービス契約により鉱山建設を推進したが、建設が終盤に差し掛かり雇用数などが減少するにつれ地域側の不満が増加していった。また、開発に伴い移転することになったFuerabambaコミュニティに対しては、新たな居住エリアに加え農地3千haと放牧地5千haの提供のほか様々な地域開発が合意され、周辺コミュニティや地域との格差が生じたほか、移転先を探していたXstrataに対するコミュニティ間の土地売却競争が発生した。
このような中、2013年5月、GlencoreがXstrataを買収しGlencore Xstrataになると、Las Bambas銅プロジェクト売却プロセス開始を発表した。さらに、当初計画されていた同社のTintaya銅鉱山(Cusco州Espinar郡)の既存設備が利用できなくなることに鑑み、同年から2014年にかけて表1のとおりEIA変更を申請し、MINEMはこれらを承認した。そして2014年4月、Las Bambas銅プロジェクトの権益はMMG社に移行した。
2011年 EIA(当初の計画) |
2013年 第1回技術根拠報告書(ITS:Informe Técnico Sustentatorio)6 |
2014年 第2回環境影響調査修正書(MEIA:Modificación del Estudio de Impacto Ambiental)7 |
・Las Bambasエリアで選鉱した精鉱を地中のパイプライン(206km)でTintayaエリアに輸送。 ・Tintayaエリアで銅精鉱とモリブデン精鉱を生産後、Matarani港へ鉄道輸送。 |
・モリブデンプラント、ろ過プラント、精鉱貯蔵施設の設置場所をTintayaエリアからLas Bambasエリアへ変更。 | ・Las Bambasエリアで銅精鉱とモリブデン精鉱を生産後、Pillones駅まで447.9kmの道路をトラック輸送、Pillones駅からMatarani港へ鉄道輸送。 ・トラックは1日往復各125台。往路はトラック重量52.8t+精鉱重量38t。 |
1.2.MMG社時代(2014~2015年 鉱山建設ステージ後期)
2015年に入ると、MMG社は鉱山建設を完了し初の銅精鉱を生産した一方で、以下のように争議の規模が拡大した。
2015年
・(2月)Challhuahuacho区72時間抗議デモ:Xstrataとの合意事項履行や雇用機会増加等を求めて住民約千名が道路封鎖や鉱山建設作業員の拘束を実施。Challhuahuacho区開発会議(Mesa de Desarrollo Challhuahuacho)発足で合意。
・(9~10月)Cotabambas郡無期限抗議デモ:EIA変更に関する事前の説明不足に抗議する大規模デモで3名が死亡、政府はCotabambas郡、Chumbivilcas郡、Espinar郡に非常事態を宣言。
ここで、以降長年にわたり争議の要因となったEIA変更の概要について記す。
表1に示されるとおり、当初のEIAでは、Las Bambasエリアでの採鉱と選鉱で精鉱を生産後、パイプラインでTintayaエリアに輸送し、再度の選鉱により銅精鉱とモリブデン精鉱を生産し、鉄道で沿岸部へ輸送する計画であった。またプロジェクトの直接社会影響エリア(AISD:Área de Influencia Social Directa、図1参照)には、Las Bambasエリア周辺のApurimac州の18コミュニティに加え、パイプライン沿いのApurimac州とCusco州の20コミュニティと4つの町が考慮され、AISDを対象とする雇用プログラムや社会プログラムが計画されていた。さらに、鉱山周辺エリアやパイプラインが通過する集落を繋ぐアクセス道を整備し重機や人員の移動に利用することや、本アクセス道は操業3年目にアスファルト舗装され、コミュニティによる利用も可能となることが予定されていた。
ところが、2013年のITSでプロジェクトからTintayaエリアが除外され、モリブデン生産プラントやろ過プラント、精鉱貯蔵設備の設置場所のLas Bambasエリアへの変更が承認された。即ち採掘から精鉱生産までの全てがLas Bambasエリアで完結することになった。
さらに2014年のMEIAでは、精鉱輸送方法が約450kmの国道(Via Nacional)によるトラック輸送(精鉱輸送トラック1日往復各125台、物資輸送車60台)に変更された(図2参照)。またパイプライン設置中止に伴い、パイプライン沿いのコミュニティがAISDから除外された。
参考としてTintaya選鉱所計画地を追記
この一連のEIA変更に対し、地域社会は主に以下の点について抗議した。
- (1)ITSにより、環境負荷をもたらす可能性のあるモリブデンプラントや精鉱貯蔵設備の設置場所の変更が、住民参加プロセスを経ず決定された。(※ITSは変更による環境負荷が「軽微」の場合適用される、住民参加プロセスを含まない手続きである。)
- (2)2014年のMEIAでは、住民参加プロセスは含まれていたものの、資料配布や情報提供オフィスを通じた限定的な情報提供に留まった。その結果、多くの住民は変更内容をMEIA承認後に知ることとなった。
- (3)精鉱輸送道は国道であるため、パイプラインと異なりプロジェクト設備の一部として考慮されず、MEIA内に本道路利用による環境負荷の評価や環境対策は含まれなかった。
- (4)パイプライン設置中止に伴い、AISDから除外されたコミュニティに対する雇用・社会プログラム、環境モニタリングが中止された。
1.3.MMG社時代(2016~2022年現在 操業ステージ)
2016年に商業生産が開始されて精鉱輸送道の利用が本格化すると、コミュニティの不満はより高まったほか、争議エリアが鉱山周辺(Apurimac州)から本道路沿い(Cusco州)に拡大した。政府は複数の協議会を設置し対話を試みたが、協議は難航した。
2016年
・(3月)Apurimac州のコミュニティ代表者らが国会を訪問、企業に説得され1m2当たり0.3PENで土地を売却したが、低額すぎたとして契約取消を求めた。また先住民事前協議の実施を要求。MINEMは、契約取消は司法手続きが必要なほか、事前協議の実施は不可能と回答。
・(8~10月)Cotabambas郡で道路封鎖:複数のコミュニティが、精鉱は本来パイプラインで輸送されるはずであったとし、トラックによる粉塵・騒音・振動被害に抗議。10月に住民1名が頭部に銃弾を受けて死亡し、デモが激化。Vizcarra副大統領(当時)や複数の閣僚が現地を訪問し、一部コミュニティは抗議を一時停止したが、4つのコミュニティは粉塵被害への補償などを含める30項目の要求を政府へ通達。
・(10~12月)Chumbivilcas郡で精鉱輸送道封鎖:EIA修正、精鉱輸送道のアスファルト舗装、Chumbivilcas郡のLas Bambas銅鉱山影響化エリアとしての認定等を要求。12月に政府は非常事態を宣言。
こうした状況の中、2016年10月に環境省は、モリブデンプラント等の位置変更は本来ITSではなくEIA修正(MEIA)によって行われるべきであったとの認識を示したほか、1日往復各250台の精鉱輸送トラック通過(約6分毎)など未評価の社会・環境負荷が存在するとの見解を示し、新たなMEIAの必要性を指摘した。
ペルー政府は158件の公共プロジェクトによるCotabambas郡開発計画のほか、周辺コミュニティに対する17mPENの補償金の支払いなどを提示したが、関連省庁や自治体との調整が不足していた上、コミュニティ側がMMG社との直接交渉を要求し、交渉は難航した。
2017年に入っても、事態は改善されず以下に示す争議が続いた。
2017年
・(2月)Cusco州Espinar郡Coporaque区で精鉱輸送道閉鎖:精鉱輸送道のアスファルト舗装を要求。政府は同区への非常事態宣言を発令。
・(2~4月)Cotabambas郡で精鉱輸送道封鎖:政府やMMG社による約束の履行などを要求。政府は同区への非常事態を宣言。4月、運輸通信省はQuehuira等の4コミュニティに対し精鉱輸送道通過の対価25PEN/m2支払いに合意。
・(6~8月)Cotabambas郡Mara区などの10コミュニティによる抗議開始:精鉱輸送道としての土地利用に対する対価、環境被害補償に加え、先住民事前協議の実施を要求。8月には精鉱輸送道が封鎖され、政府は非常事態を宣言。
2017年は通年で操業が行われ、生産量は銅量453千t(ペルー全体の18.5%)に達した10。しかしこれ以降抗議活動が頻繁になり、生産量は年々減少していく。
2018年に入ると、争議の焦点はEIAから精鉱輸送道へとシフトしていった。一方Kuczynski大統領(当時)は精鉱輸送道に替わる鉄道敷設の必要性に言及した。
2018年
・(1月)Chumbivilcas郡で道路封鎖:政府は精鉱輸送道全線(482km)に対し非常事態を宣言。
・(8~9月)Chumbivilcas郡Yavi Yavi等での精鉱輸送道閉鎖:Apurimac-Cusco州間の6本のアクセス道のカテゴリーが「国道」に変更されたために精鉱トラックの自由な通行が可能となったと抗議。8月31日、政府は精鉱輸送道のほぼ全域(486km)に非常事態を宣言。
・(9月)Chumbivilcas郡Velille区での抗議デモ:精鉱輸送によるコミュニティ所有地の利用への対価の支払いや、全てのコミュニティがLas Bambas銅鉱山の影響下地域として認定されることを要求。
2019年以降も、以下のとおり精鉱輸送道を中心とした争議が継続した一方で、Chumbivilcas郡のように鉱山のサプライヤーとなることへの要求等も行うようになった。加えて、2019年にSouthern Copper社のTia Maria銅プロジェクト(Arequipa州)への抗議、2020年はCOVID-19関連の抗議などLas Bambas銅鉱山以外の要因による道路封鎖も重なり、2019~2021年はいずれの年も精鉱輸送道の封鎖日数は100日以上となった。
2019年
・(1~5月)Challhuahuachoコミュニティによる抗議:精鉱輸送道の国道へのカテゴリー変更等に抗議、土地利用対価を要求。Yavi Yaviエリア等で60日以上道路封鎖。警官との衝突による負傷者発生、コミュニティ代表や顧問弁護士の逮捕、鉱山従業員3千名の足止め等の事態が緊迫。5月、MMG社はFuerabambaコミュニティ住民1名あたりに対し最大50,000PENの過去の賃金支払いに合意し封鎖解除。
・(9~10月)Chumbivilcas郡の複数コミュニティによる道路封鎖:トラック通過による環境汚染、通行料支払い、当初の計画に基づく精鉱輸送パイプライン設置等を要求。
2020年
・(3月)政府、COVID-19に係る国家非常事態を宣言。
・(10月)Chumbivilcas郡で道路封鎖:MMG社による約束不履行に抗議。トラクターや麦などの寄付実施で合意達成。
・(12月~2021年1月)Cotabambas郡で道路封鎖:2016年の大統領令に基づく地域開発や鉱業Canon早期交付を要求。MMG社は同郡の一部を「経済・環境優先エリア」とすることや基礎インフラ工事の実施で合意達成。
2021年
・(6月)Cotabambas郡Huancuireコミュニティが約束不履行等に抗議し鉱山敷地を占拠。
・(7月~2022年1月)Chumbivilcas郡で断続的な道路封鎖:道路メンテナンスや精鉱輸送業務の受注、影響化地域としての認定を要求。12月後半、鉱山は操業完全停止。2022年1月、10コミュニティがLas Bambas銅鉱山に対して精鉱輸送トラック14台と一般車両14台によるサービスを提供すること等で合意。
2022年
・(1~2月)Chumbivilcas郡で道路封鎖:22年1月に合意拒絶したコミュニティが封鎖を開始。Torres首相等政府代表が現地訪問、精鉱輸送道のカテゴリー変更に係る調査等の実施で合意。3月にはEspinar郡でも道路封鎖が発生。
・(4~6月)Fuerabambaコミュニティによる抗議: MMG社による約束不履行等を訴え鉱山敷地を占拠、4月20日~6月10日操業停止。コミュニティは、土地の返還もしくは鉱山の利益の50%を要求。5月、政府は非常事態を宣言。
・(10~12月)複数コミュニティが約束不履行を訴えChumbivilcas郡、Espinar郡で精鉱輸送道封鎖、Cotabambas郡でアクセス道封鎖。12月7日にCastillo大統領が罷免され、Boluarte副大統領が大統領に就任。新政権に抗議する道路封鎖がペルー各地で発生。
以上のとおり、現時点でLas Bambas銅鉱山を取り巻く争議収束の兆しは見えず、精鉱輸送道の封鎖日数は年々長期化し、精鉱輸送だけでなく物資や人員供給を阻み長期の操業停止を引き起こしている。2022年第2四半期においては、敷地占拠で50日以上に及ぶ操業停止が起こり、MMG社は2022年の生産ガイダンスを取り下げた。
2.争議の要因と留意点
Las Bambas銅鉱山を取り巻く争議は様々な要因が絡み合っているが、個々の要因に対する対応が必ずしも最適でなかったことが事態をさらに複雑かつ深刻化したといえる。以下にこれら要因や留意すべき点を挙げる。
(1)地理的要因
本鉱山は精鉱輸送道を通じてApurimac州とCusco州の合計4郡、14区のほか70以上のコミュニティと関与しており、このステークホルダーの多さが社会対策を複雑にしている。2021年MMG社の法務マネージャーは、地域住民の期待や要求は操業キャパシティを超えていると言及、特定のコミュニティへの対応が別のコミュニティとの争議を生むことを避けなければならないと説明した11。また、コミュニティや自治体間の対立も争議の要因として留意すべき点である。
(2)社会対策方針
複数の文献12によれば、Xstrataの社会対策は非常に寛大であり、雇用や社会プログラムのほか地域祭事への支援や現金給付などを展開し、これらが争議解決の手段ともなっていたと考えられる。これはXstrataが短期かつ効率的に鉱山開発を進めるには有効であったとしても、持続的な手法ではなく、このような対応に慣れた地域社会が何らかの不満を覚えた際にすぐ抗議に訴える下地を作った可能性がある。また、短期間の売却決定により、MMG社への社会情報提供が十分でなかった、あるいはMMG社の方針とは相反したため引き継がれなかった可能性もある。
(3)国の関与
鉱業争議と聞くと「地域vs.鉱山企業」の図式を思い浮かべがちだが、本鉱山に関しては地域住民の不満や抗議の要因は「国」にもある。
例えば、住民は抗議の理由として「約束の不履行」を度々訴えているが、本鉱山に係る最初の合意書であり長年抗議の対象となった2004年の入札要綱付帯書「Anexo k」は、企業だけでなく国が履行すべき事項も定めている。また国は争議のたびに協議会を設置し合意書を締結し、様々な公共事業の実施を約束しているが、権限を持たない省庁職員による合意書への署名、合意締結後のフォローアップが不十分、交渉ルートや窓口が非統一など13、国による争議介入の機能不全から、合意不履行を訴える争議が繰り返し再発している。特に2021年のCastillo政権樹立後、政府による争議対応の質低下が指摘されている。
また上記(2)とも関連する点でもあるが、国は当初、争議解決のための協議会設置の際、地域からの参加者を州政府以下の地方行政代表者とし、争議の主体である農民コミュニティを含めていなかった(※農民コミュニティは、行政区分とは異なる歴史的背景に基づく共同体である。Las Bambas銅鉱山周辺の農民コミュニティは文化省の先住民データベースに含まれている)。このステークホルダーの取り違え、あるいは農民コミュニティの軽視が「自分たちは排除されている」との不満に基づくさらなる争議の要因となった14。
さらに、本鉱山の争議の中心であるEIA審査や精鉱輸送道のカテゴリー変更において、国は当事者であり、明らかに争議に係る責任や役割の一端を負っていたといえる。
(4)制度の空白と変更の端境期
前述のとおり、当初Tintayaエリアに建設が予定されていたモリブデンプラント等の設備は、2013年ITSによりLas Bambasエリアへの移動が承認された。ITSは環境負荷が「軽微」の変更に適用される、市民参加プロセスを含まない手続であり、2013年のHumala政権時、民間投資促進政策の一環として生まれた背景がある。すなわち、モリブデンプラント等の移動は、導入直後の制度を利用した変更であったと言える。これら設備の環境負荷に係る市民参加プロセスが行われなかったことにLas Bambasエリアの地域住民は抗議し、環境省は本変更について「本来は市民参加プロセスを含むMEIAが適用されるべきであった」との見解を示した。
さらに、精鉱輸送方法の変更については2014年のMEIAで言及されているものの、精鉱輸送道そのものは公道であるため鉱山設備として考慮されず、環境評価対象とならなかった。当初のEIAでは地中の精鉱輸送パイラインによる環境負荷や対策が評価・策定されているにも関わらず、道路輸送による環境負荷は評価されなかったのである。この点に関して2016年に国会で説明を求められた当時のMINEM大臣は「公道は鉱山操業による直接的な影響の対象ではない」一方で「(鉱業セクターでなく)一般的な道路交通法の適用対象であると判断された」と説明した15。
なお2014年の本MEIAはMINEMによって承認されたものの、2015年以降、鉱山操業に係るEIAやMEIAの審査権限は環境省傘下の持続可能環境投資許可庁(SENACE)に移行した。2016年に国会でMINEM大臣と同席していた当時の環境大臣は「Las Bambasのようなケースが繰り返されないためにも、環境省やSENACEはしっかりとした審査・評価を行っていく」と表明した16。
また、当初は鉱山設備の一部である「アクセス道」であったコミュニティ間を繋ぐ道路が、自治体からの申請により「国道」に変更された件に関しても、度重なる抗議デモが発生した。本件についても、企業、自治体、運輸通信省の責任範囲の曖昧さが事態をより深刻化させている。
このように、国による制度適用や責任範囲の曖昧さや空白、新制度への移行との時期重複なども、精鉱輸送道を巡る一連の行政手続の透明性や明確性を損ね、争議の要因を形成したことが指摘できる。
3.提案されている解決策
(1)精鉱輸送経路の変更
MMG社や政府は、精鉱輸送道のアスファルト舗装や、沿線の自治体やコミュニティに対する公共投資や社会プログラムによる争議防止に取り組んでいる。他方、本道路そのものが争議要因であるという点に鑑み、根本的かつ長期的な解決方法として複数の代替ルートが検討・提案されている。このうち政府が提案する鉄道敷設に関しては運輸通信省の委託を受けたコンサルタントによる予備調査が2021年末に完了する見通しが示された17。他方、Apurimac州政府が提示する代替道は、現行の精鉱輸送道よりも沿岸までの距離が130km短い等の利点が示された18。この2案はいずれも最終目的地が現在のMatarani港とは異なるSan Juan de Marcona港(Ica州)を想定している。
(2)要求の整理と一本化
2022年にMINEMのHerrera大臣は、鉱山会社とコミュニティ間の合意書について、5年以上前に作成された古い合意書が複数あり履行状況確認が困難なケースや、企業によって履行されているにもかかわらずコミュニティによって認識されていないケースなどがあるため、これらを整理し一本化するほか、国による約束の履行状況を確認する方針を示した19。
(3)MMG社による争議対応方針の転換
2022年にMMG社幹部は、これまでは抗議発生のたびに取り交わす個別の合意や約束に基づく一時的な拠出を繰り返してきたものの、これ以上新たな約束を結ぶことが不可能な限界点に達しており、新たな仕組みが必要だとの認識を示し、現在、地域コミュニティに対してロイヤルティあるいは何らかの対価を毎年、長期にわたり支払うシステムの構築を模索していると表明した20。
おわりに
2022年も地域住民による抗議活動が継続された一方で、MMG社は8月半ば、Fuerabambaコミュニティが設立したLlallawa de Fuerabamba社が2023年2月から排出規制Euro5等、MMG社の基準を満たす最新車両50台による精鉱輸送を担うことで合意、契約締結したと発表した。MMG社は本契約について、同社と地域コミュニティが対話や理解を通じて、双方が受益する合意を達成した歴史的節目であるとの見解を示した21。
現在Las Bambas銅鉱山を巡る争議は、単なる反鉱業活動ではなく、鉱山企業に対するより多くの利益還元や補償の要求が中心である。さらに、上記の合意事例などからは、企業とコミュニティは、かつての「与える側」と「受け取る側」の関係から、「ビジネスパートナー」という対等な関係への発展を目指していると言える。
2022年12月にBoluarte大統領が就任して以来、ペルー南部では反政府デモや道路封鎖が深刻化し、一部鉱山への暴徒侵入も発生している。Las Bambas銅鉱山は精鉱輸送や生産に必要な物資の供給が停滞し、2023年2月10日MMG社は、このままの状況が続くと生産停止を余儀なくされることになると発表した。
操業8年目となったLas Bambas銅鉱山は、安定的な操業を再開できるのか。地域社会との関係強化のみならず、ペルーの社会情勢も含め、今後も動向を注視していきたい。
- 2022年11月3日付けMMG Las Bambas社プレスリリースの時点で、2016年の操業開始以降、精鉱輸送道の封鎖は540日以上である。
- JOGMECカレント・トピックス:ペルーLas Bambasプロジェクトの権益売却~中国独禁法の域外適用と権益獲得に詳述。
- Resolución Directoral N° 073-2011-MEM/AAM
- MMG Las Bambas社ウェブサイト(2023年1月時点)を参照。
- FuerabambaコミュニティにはLas Bambasプロジェクトを形成する3鉱床のうち最初に開発されたFerrobamba鉱床が位置していたため、MMG社との合意に基づき新たなエリアに移転した。
- Resolución Directoral N° 305-2013-MEM-AAM
- Resolución Directoral N° 559-2014-MEM-DGAAM
- Xstrata「Estudio de Impacto Ambiental Proyecto Las Bambas」(2010)
- MMG社「Informe de Sostenibilidad de Las Bambas 2021」の図に加筆。
- MINEM「Boletín Estadístico Minero, Edición: 31, Enero 2018」
- 2021年12月20日、RPP NoticiasがYouTubeに掲載「Las Bambas: Perú perderá más de S/ 5 millones diarios por paralización de la mina」
- 例えばLeonidas Wiener Ramos著「Gobernanza y Gobernabilidad: el caso Las Bambas」(2018)
- 2016年10月20日、Congreso de la República del PerúがYouTubeに掲載「Ministros informan sobre lo ocurrido en proyecto las Bambas」参照
- 当初EIAが承認された2011年は先住民事前協議法の施行細則が公布されていなかったが、2012年に同施行規則が公布され、それ以降は先住民事前協議が実施されるようになった。
- 2016年10月20日、Congreso de la República del PerúがYouTubeに掲載「Ministros informan sobre lo ocurrido en proyecto las Bambas」参照
- 同上
- 2021年6月30日付けGestión紙ウェブサイト「MTC: “A fin de año se concluiría el perfil del ferrocarril San Juan de Marcona, con ramal a Las Bambas”」
- 2022年1月4日付けGestión紙ウェブサイト「Apurímac planea habilitar ruta alterna para Las Bambas y otras mineras en seis meses」
- 2022年6月14日付けRumbo Mineroウェブサイト「PDAC 2022: Minem trabaja en una reingeniería para solucionar los conflictos sociales」
- 2022年7月22日付けEl Comercio紙ウェブサイト「Las Bambas: MMG explora pagos de renta anual a comunidades mientras siguen tensiones」
- 2022年8月16日、Minera Las BambasがFacebookに掲載
おことわり:本レポートの内容は、必ずしも独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構としての見解を示すものではありません。正確な情報をお届けするよう最大限の努力を行ってはおりますが、本レポートの内容に誤りのある可能性もあります。本レポートに基づきとられた行動の帰結につき、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構及びレポート執筆者は何らの責めを負いかねます。なお、本資料の図表類等を引用等する場合には、独立行政法人エネルギー・金属鉱物資源機構資料からの引用である旨を明示してくださいますようお願い申し上げます。